xSS-x-14 閑話、ファーストキスは誰のもの

 霊魔国より帰参してから一週間弱。諸々の後処理のせいで忙しかった一総かずさたちの日常は、ようやく落ち着きを取り戻した。


 久方振りに余暇を満喫できるようになった彼らは、各々の自由に一日をすごすことになる。


 一総は不在中の世界情勢の収集や盗んだ貰い受けた魔導書を読み込むため、蒼生あおいは溜まったアニメを消化するため、それぞれ朝食後より自室にこもっている。ミミとムムのメイド姉妹は、周辺地理を早く覚えたいと散歩に出た。


 そして、残る真実まみつかさ、ミュリエルの恋人組はといえば――


「「「むむむむむむむッ」」」


 リビングにて、唸りながら顔を突き合わせていた。


 何かの遊びや悪ふざけといった雰囲気ではない。殺意とまではいかないが、どこか緊張感の溢れる一触即発の空気が蔓延しているのだ。


 全員がムスッと不機嫌そうな表情を浮かべる中、やれやれと肩を竦めながら真実が言う。


「センパイが告白してくれた順は、私が最初でした。なら、今回も私が最初なのは当然でしょう」


 負けじとミュリエルと司も口を開く。


「それなら、告白の大トリだったアタシの方が相応しくないかしら? いつも同じ順番だと平等ではないわ」


「いやいやいや。その流れじゃ、私はいつまで経っても二番手なんだけど。色々と裏で画策した功労者なんだから、こういう時に得したいよ」


「うるさい人たちですね。ここは正妻ポジションである私に譲ってくださいよ。約束しましたよね!」


「正妻は譲るって言ったけど、そこまで許した覚えはないわよ!」


「別のは最初を譲るんだから、この初めては私たちに譲ってもいいと思うよ!」


「司センパイは、もうデートしてるんですからいいじゃないですか!」


「そうよ。アタシたちは、カズサと恋人らしいことは何もできてないのよ!」


「よく言うよ。ミュリエルは、散々一総くんと二人っきりでお茶会したんでしょう。それだって立派なデートだよ!」


「違いますぅ。あれは友達としてだから、カウントしないのよ!」


「やっぱり、私が一番何もしてないじゃないですか。譲ってくださいよ!」


「だから、あっちの初めては譲るって言ってるじゃん!」


 一総に関する何かの順番を巡り争っているようで、各人が己が主張を言い合っていた。そこに一切の妥協はなく、決着がつく気配は微塵もない。


 口論は徐々にヒートアップしていき、声に苛立ちが混じっていく。それに合わせて、場の空気の剣呑さも増していった。


 さすがに手を出す愚は犯していないが、この調子だと時間の問題だろう。


 三人はそれぞれ地団太を踏み、大声で宣言する。


「「「一総|(センパイ)(くん)のファーストキスをもらうのは私|(です)(よ)(だよ)!!!」」」」


 そう、彼女たちは”誰が最初に一総とキスをするか”を決めるために言い争っていたのだ。


 そんなことで、と呆れる人もいるかもしれないが、彼女たちにとっては大事なことだった。


 今後、色々な初めてを経験していく上で、どうしても三人で譲り合わなくてはいけない。それについて諦めはついているけれど、やはり乙女として、恋人のファーストキスは自分のものにしたい欲求が強かった。なお、自分のファーストの相手は決まり切っているので、特に言及しない。


「……話し合いじゃ、いつまで経っても結論出ないよ。別の方法で決めよう」


 睨み合っていた三人だったが、不意に司が提案する。


 彼女の言う通りだった。どう考えても、言葉による折り合いはつきそうにない。


 そのことは他の二人も理解していたようで、素直に賛同した。


「そうね。でも、どうやって順番を決めるの?」


「ここは、定番のジャンケンでいいのでは?」


 腕を組んで小さくかぶりを傾けるミュリエルに、真実が人差し指を立てて答える。


 彼女の案は妥当なものだった。結論をジャンケンの結果にゆだねるのは、一般的によく行われることだ。


 他に案もないため、全員は意を決して拳を構える。ただ、彼女たち皆、真剣な表情の中に僅かな余裕を感じられた。


「ジャーンケーン──」


 事前の駆け引きなど一切なく、司がかけ声を上げる。真実の眼がある以上、ブラフに何の意味もないからだ。


 三人は声に合わせて拳を引き、いよいよ自分の手を公開する。


「「「ポン!!!!」」」


 異口同音の、裂帛の声が響いた。賭けているモノを考慮すれば、もありなん。


 はたして、その勝敗は──全員“パー“だった。あいこだ。


 微かに顔を歪める彼女たちだったが、すぐさま「あーいこで」と次の試合を始める。


「「「しょ!!!」」」


 再び上がる裂帛の声。やや声がかすれているところから、相当力を入れて叫んでいると分かる。


 そして、二回目の結果だが、また全員“パー“を出していた。


 その後、何度もジャンケンは行われる。


 しかし、何十回と繰り返そうと、勝敗が決することはなかった。結果は必ず“あいこ“であり、全員同じ手を出すのだ。


「「「ぜぇぜぇぜぇ」」」


 毎回大声を出すものだから、皆息が上がっている。


 体力的には余裕があるのだけれど、さすがにこれ以上続けるのは不毛。一旦休戦することになった。


「……ジャンケン、絶対決着つかない気がします」


「奇遇ね。アタシも同じことを考えていたわ」


 息を整えたところで真実が懸念を口にし、それをミュリエルが肯定する。


 まぁ、勝敗が決しないのも当然なのだ。誰も勝ちたいがゆえに言わないが、彼女たち全員、ジャンケンの際に異能を行使しているのだから。


 真実は『真破写覚しんはしゃかくの眼」を応用し、相手の手を未来予知していた。


 司は生体錬成の知識で肉体の微細な動きを把握し、高度な未来予測をしていた。


 ミュリエルは魄法はくほうの眼で魂を覗き見し、他二人の心の内を読み取っていた。


 三者三様に規格外な力チートを用いた結果が、あの何十回と続く“あいこ“だったわけである。決着がつくはずない。


 皆、他の二人が異能を使っているのは察している。しかし、それを指摘することはなかった。何故なら、異能を禁止する運びになるのが目に見えていたため。純粋な運に身を任せるより、いつか自分の異能が他を出し抜く可能性に賭けた方が、分の良い賭けだと判断したのだ。自らの異能に自信を持つ、彼女たちらしい考えだろう。


 とはいえ、そろそろ三桁に届く回数も続ければ、ジャンケンによる決着は無理難題だと悟る。勝負の方法を改める必要があった。


「別の方法に変えるとして、何にする?」


 司が問うと、真実とミュリエルは「うーん」と頭を悩ませた。


「クジ──はダメですね。クジを取る順番さえ決まらない未来が見えます」


 真実は提案しかけ、途中で却下した。


 ジャンケンの結末を考慮すると、当たりクジを見抜くくらい造作もないはず。であれば、クジを選ぶ順番が勝敗を左右することになり、それを決める段階で揉めるのは分かり切っていた。異能を使うまでもなく予想できる。


「何かしらのゲームがいいのでしょうけれど、アナログの代物はジャンケンの二の舞になりそうね」


 唇に人差し指を這わせながら、ミュリエルは言う。


 三人の能力的に、アナログゲームはジャンケンと大差ない結果を生むだろう。


 ことがことだけに、決着がつくまで何時間でも向き合う覚悟はあるが、やる前から結果がハッキリしているものを取り組みたくはなかった。


 妙案は浮かばず、頭を捻り続ける二人。


 彼女たちから提案が出ないと見て、司は「じゃあ」と口を開いた。


「テレビゲームはどうかな?」








          ○●○●○








 ゲーム機本体への異能行使の禁止というルールを設け、三人はテレビゲームによる勝負に臨むこととなった。ゲーム機はひとつしかなく、下手に異能で介入すると故障を招く危険性があったためである。


 勝敗を決めるゲームタイトルは、任地堂の最新ゲーム機のButtonボタンより、『大乱闘クラッシュシスターズ》となった。


 初めてプレイする者もいたので、最初の数回は慣らしで遊び、いよいよ本番となる。


「残機は三。経験の有無による差を出さないよう、アイテムはあり。三本先取した人が勝ち。このルールで大丈夫?」


「大丈夫です!」


「問題ないわ」


 司の最終確認に他の二人は首肯し、ついに試合の火蓋が切られる。


 序盤の試合展開は、おおむね平凡だった。経験者組である司と真実が一進一退を繰り返し、ゲームそのものに馴染みの薄いミュリエルが押されるというもの。


 一回目と三回目は司が、二回目と四回目は真実が勝ちを収める結果で終わった。


 ところが、これで決着がつくかと思われた第五試合にて、どんでん返しが起こったのだ。


「えっ!?」


「嘘っ!」


 真実と司から驚愕の声が漏れる。


 それも仕方ないこと。何せ、五回目はミュリエルが勝ってしまったからだ。それも圧勝。


 彼女は、先の四試合のぎこちなさが嘘のように、他の二人を手玉に取るプレイングを見せた。純粋な腕前は劣るかもしれないが、出現するアイテムなどを巧みに利用したのだ。


「うん。だいたい慣れたわ」


 そう強気な物言いをするミュリエル。


 ただの強がり……ではない。真実の眼には今の発言が本気であると映ったし、先のプレイングが偶然だとは思えない。


 ミュリエルは恐るべきことに、四回の試合でゲームの操作性を把握し切ってしまったようだった。脅威の学習能力。母国にて随一の頭脳と呼ばれただけはある才媛だ。まぁ、テレビゲームにその能力を注ぎ込むのは、少し呆れが滲んでしまうが。


 真実たちは気合を入れ直すけれど、六回目もミュリエルが勝利してしまう。


 とうとう、全員横並びの状態となった。泣いても叫んでも、次の試合ですべてが決まるのだ。


「「「…………」」」


 全員が固唾を飲む中、運命の最終試合は開始される。


 カチカチというコントローラーのボタン音やゲーム内の効果音のみが響く。


 彼女たちはかじりつくようにテレビ画面を見つめ、全身全霊を込めて戦い続ける。


 勇者の極度の集中力がなせるわざか、ゲームの勝敗は全然決しなかった。攻撃のことごとくが当たらず、必中アイテムによる微々たるダメージしか通らない。結果、十分以上経過しているのにも関わらず、誰一人として一機も落としていなかった。


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ────


 美少女三人が目を皿のようにしてゲームを行う様子は、正直言って不気味だった。怨霊に取り憑かれているのでは? と疑いたくなる光景だ。


 十分、二十分、三十分……一時間。


 さすがに多少の進捗はあったものの、未だに勝敗が決まる気配は感じられない。三人の集中力も限界知らずで、むしろここからが本番だと言わんばかりに、鬼気迫る空気を発していた。


 午前中から行われていたはずなのに、すっかり外は夕暮れ。


 ここまで一試合が継続するなど、勇者だからこその所業だろう。それほど、彼女たちにとってファーストキスは大事だということなのだが、もはや狂気の沙汰と評しても過言ではない。


 このまま何日もゲームは続くのではと思わせる状況だったが、それはあり得なかった。


 白熱する試合は、唐突に終わりを告げる。


 テレビ画面が、ブツンと暗転してしまったのだ。


「「「ああっ!!!???」」」


 突然のできごとに、彼女たちは情けない声を上げた。


 恨みがましく視線をずらすと、テレビの電源を繋ぐコンセントの側に、一総が仁王立ちしていた。無論、テレビのコードを抜いたのは彼だ。ゲームに集中しすぎるあまり、誰も彼の入室に気づいていなかったらしい。


「せっかく、あと少しで勝てそうだったのに!」


「大事な試合だったのよ。どうしてくれるの!」


「コンセントを抜くなんて、ゲームが壊れちゃうじゃん!」


 真実、ミュリエル、司が、それぞれ抗議の声をあげた。賭けていたものがものだけに、その声色は必死だ。


 しかし、一総は揺るがなかった。にこりと笑みを作り、淡々と尋ねる。


「キミら、いつからゲームやってたんだ?」


 その迫力たるや、修羅の如く。


 世の学生たちが今の彼を見たら、こう呼んでいただろう。オカンや、と。


 最初キョトンとしていた彼女たちだったが、チラリと時計と外の様子を見て動揺をあらわにした。どうやら、何時間もゲームを続けていたことに、今さら気がついたようだ。


 それから、バツが悪そうに目を泳がせる。


「ほら、答えろよ」


 煮え切らない三人に、一総は笑顔で再び問う。そこには言い逃れを許さない圧があった。


 観念するしかなかった。代表して、司が答える。


「えっと……六時間くらい?」


 自身の頭を小突き、テヘペロと舌を出す彼女。わざとらしいのだが、嫌味ない愛らしい姿だった。


 だが、そのようなものに惑わされる一総ではなかった。


「正座」


 無常にも宣告される言葉。


 彼女らは、大人しく断罪されるのだった。








          ○●○●○








「はぁ、キミたちはバカなのか?」


 説教の後、一通りの事情聴取を終えた一総は溜息を吐く。


 ソファに座る彼の前には、フローリングへ直に正座する真実、司、ミュリエルの姿があった。彼女らは、一様に体を縮こまらせている。


「他に方法があっただろう? それこそオレに相談するとか。もっと恋人を頼ってくれ」


「うぅ」


「返す言葉もない」


「ごめんなさい」


 呆れる彼の言葉に、三人は項垂れた。


 一総の言う通りだ。ようやく恋人同士になったのに、肝心の彼の意見を蔑ろにしていた。その事実を認識させられ、自分たちの不甲斐なさに落ち込んでしまう。


 気落ちした様子のカノジョたちを見て、一総は肩を竦めた。


 もう少し小言を言いたい気持ちはあるが、かなり反省はしているようだし、これ以上鞭を打つのは控えよう。


 彼はもう一度溜息を吐いてから、彼女たちに言う。


「反省したなら良し。全員顔を上げなさい。ほら、早く」


「「「??」」」


 うつむいたままの三人だったが、一総に急かされ、おもむろに顔を上に向ける。彼女らの瞳には、小さく笑む恋人の姿が映った。


 その顔が何を意図するのか分からず、彼女たちは小首を傾ぐ。


 全員が顔を上げたのを認めると、一総はひとつの異能を行使した。


「【暗幕ブラインド】」


 それは視界を遮る初級の魔法。真実たちの実力を考えれば抵抗レジストできてしまうものだったが、両者の実力差により、簡単に術にかかってしまう。


 いきなり視界が黒くなってしまった真実たちは慌てるが、一総はそんな彼女たちの顎を掴み、そっと唇を添えた。情熱的なものではない。生後間もない赤子を撫でるような、優しく触れるだけのキス。


「「「は???」」」


 あまりの急展開に、三人はフリーズする。


 その間に【暗幕】は解かれ、先程までと同じようにソファへ腰かける一総の姿が見えた。


 次第に状況を理解した彼女たちは、途端に慌てふためく。


「え、まさか、今キスしたんですか!?」


「ムードもへったくれもないんだけど!」


「ふ、ファーストキスが、こんなに呆気なく……」


 突然のキスに文句を垂れる彼女たちだったが、一総はどこ吹く風だった。


「誰がオレのファーストキスの相手かで揉めるんだったら、分からないようにキスすれば解決する話だろう。今の記憶は厳重に封印したから、誰にも真相は分からないぞ。それと、ムードを考えろとかの文句は受けつけない」


 なかなか結論を出せなかったキミたちが悪い、と彼は開き直る。


 それを言われると言葉に詰まってしまう真実たちだが、それでも強引な解決方法は納得し難いものがあった。


 彼女たちはその場で──立ち上がろうとしたけれど足が痺れていたため──次々と吠える。


「やり直し! やり直しを要求します!」


「こんなファーストキスは認めないから! もう一回やって!」


「あなたこそ、もっと他の方法があったでしょうに」


 結局、もう一度キスをし直す流れにはなったが、今朝のように揉めることはなかった。


 こうして、一総のファーストキスを巡る事件は幕を閉じた。





 なお、一総が合流してからの一部始終を、蒼生はリビングの出入り口から眺めており、「バカップル」と連呼していたとかいないとか。

 

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