006-5-07 見えない敵

 侑姫ゆきが颯爽と登場すると、場に一瞬の静寂が広まった。だが、その停滞はすぐに終わる。


「これはこれは、ユキ殿ではございませんか。先の戦争で行方不明になったと耳にし、心配していたのですよ。ご壮健な姿をお目にすることができ、このグインラース、心より安心いたしました」


 瞠目どうもくしていたグインラースは即座に再起動。調子の良い言葉を羅列した。


 侑姫は不快げに眉を曇らせる。


「『心配していた』なんて、よく言ったものね。あなた、私に騎士をけしかけたじゃない。ご丁寧に人質を添えて」


 彼女の言葉を聞くと、グインラースは大袈裟に驚いた表情を作った。


「それはまことですか!? 我が騎士が蛮行を仕出かしたのは私の未熟さゆえでしょう。申しわけございません。ですが、これだけは記憶に留めておいていただきたい。私はその話を承知していなかったと」


「騎士たちの独断だったと? 彼らは上位騎士だったというのに?」


「その通りです。お恥ずかしながら、上位騎士でも主人に反発する者は存在するのですよ」


「……そう」


 グインラースの言い分に、侑姫は小さく頷いた。


 そして、鋭い眼差しを彼へ向ける。



「バカにするのも、いい加減にしなさい! そんな嘘が通じると本当に思ってるの? 何を言うかと耳を傾けてみれば、くだらないことをベラベラと口にして……。私はそこまで間抜けじゃないわ」


 彼がどのような反応を見せるか様子を見守っていたが、予想以上にバカバカしいものだったため、つい大声を上げてしまった。幼いカミラを命の危機に晒し、自身をもてあそんでおいて、知らぬ存ぜぬが通じるはずがない。


 侑姫の怒声を受け、グインラースは肩を竦める。


「軽いジョークじゃないか。そんなに怒るなよ」


 あからさまにバカにした返し。


 いっそ清々しい言動に、侑姫は怒りが一転して感心してしまった。彼の雰囲気が前とは異なっていたのもある。


 眉をひそめつつ、彼女は問う。


「あなた、本当にグインラース?」


「別人に見えるのか? 俺は正真正銘グインラースさ」


 飄々としているが、嘘を吐いている風ではない。


 すると、隣にいるミュリエルが口を開いた。


「彼は転生者らしいです。ですから、あれが素なのでしょう」


「転生者ぁ? 本気で言ってるの?」


「ええ。アタシも信じられませんが、真実の可能性が高いです」


 元の世界でも議論が絶えない転生者。グインラースがそれだと言う。


 確かに、今の彼の雰囲気は現代日本の若者然としたところがある。言われてみれば納得できる部分はあるが……すぐに呑み込むのは難しかった。


 とはいえ、詳細を尋ねる時間はない。グインラースはこちらの隙を窺っているし、見えない敵も存在する。その辺りの議論は後回しだ。


 侑姫は思考を改め、再度ミュリエルへ提案する。


「さっきも言ったけれど、加勢するわ。異論はある?」


「いえ、願ったり叶ったりです」


「あら、私は王国の勇者だったのに?」


「今は猫の手でも欲しいですから。それに、カズサの友人であれば信用できます」


「なるほどね」


 一総かずさへの絶対的信頼が伝わってくる。ミュリエルにとって、彼の存在はかなり大きなモノのようだ。たぶん、特別な想いも抱いていると思われる。


 霊魔国の侵略を手伝っていた手前、説得する時間が必要であると踏んでいたけれど、色々と手間が省けて助かった。


「じゃあ、私が合わせるから、あなたは好きに攻めてちょうだい」


 実力的に、それがベストな判断だ。見えない敵の方は厄介だが、空間魔法を使えば、かろうじて位置を把握できる。つらい戦いになるだろうけれど、決して負け戦ではない。


 ミュリエルは首を縦に振り、即座に敵へ向かって駆け出した。侑姫もそれに続く。


「返り討ちにしてやる」


「ふふっ。力の差を知らしめてあげましょう」


 対抗の構えを見せる敵。


 まず、ミュリエルはグインラースへと飛びかかった。グゼは見えないゆえ、当然の行動だった。


 ともすれば、必然的に侑姫はグゼの対処に動く。


 先程から展開し続けている空間魔法の索敵により、彼の位置はだいたい分かっている。些か捉えにくいが、攻撃に問題はない。


 彼女は途中で進む方向を変え、誰もいない虚空へ向かって刃を振るった。【穿うがち】も発動する。


 瞬間、侑姫は一気に十メートル前方へ移動した。そして、振るった刀が何もない場所で止まり、火花を散らす。確かな手応えも返ってきた。


「これはこれは。まさか、私の立つ場所を追えていたのですね」


 感心した風な声を漏らすグゼ。姿は認められないけれど、確かに敵がそこへ存在した。


 対し、彼女は力任せに得物を押し込みながら答える。


「策もなしに戦うわけないでしょうが」


「それもそうです、ね!」


 グゼが言い切ると同時、刀越しに強い衝撃が伝わってくる。侑姫の攻撃を押しやったのだろう。


 彼女は無理に留まろうとはせず、流れに任せて後退する。ミュリエルも後ろに下がっていたようで、二人は隣り合う形で足を置く。


「そっちは問題ないみたいね」


「ええ、ギリギリではありますけど、彼はアタシだけで対処可能です」


 グインラースを斜視したところ、この短期間で派手に傷ついていた。どれも小さな負傷ではあるが、ミュリエルたちの戦況を十分に物語っている。


 ミュリエルの自信満々な言葉を聞き、侑姫は溜息混じりに言う。


「となると、重要なのは私の方ね」


 見据える──と言っても姿は見えないが──のはグゼと呼ばれる敵。『ブランク』の幹部たる空間魔法使い。推定、老齢の男。おそらく『認知』を操作する能力に長けており、発言の内容から研究職に従事する者。近接戦闘もそこそこできる模様。


 どれもこれも確たる情報ではない。戦い始めてから溢れた情報を寄せ集め、推測したにすぎないもの。


 徹底して自分をさらさない敵はとても厄介で、歴戦の勇者である侑姫を以ってしても不安が拭えなかった。


(何か嫌な予感がする)


 侑姫は心のうちで考える。


 素性がまったく掴めない点もそうだが、グゼを相手取る現状に対し、言い知れぬ寒気を覚えていた。正体不明の虫が背中を這いずり回っている、とでも表現すれば良いか。それほどの嫌悪感がある。


 相手が『ブランク』の幹部と聞いて怖気づいている? 否。多少の緊張は認めるが、それで片づけられるほど、勇者の勘は侮れない。グゼは得体の知れぬ何かを秘めていると覚悟すべきだろう。


 ただ、その“何か“を暴く猶予も手段もない。今は警戒はしつつも戦う他になかった。


 侑姫は小さく深呼吸をする。それから、ミュリエルが動き出すのを見計らって、自身も敵に向かっていく。


 ミュリエルがグインラースと刃を交える直前、彼女がこちらに視線を送ってきた。ごく短い視線の交差だったが、彼女の体内で発生する魔力と霊力の起こりを見て、何を意図しているのかを悟る。


 侑姫はグゼへ牽制の攻撃を放ちながら時を待ち、ここだというタイミングで飛び退いた。結果、侑姫とミュリエルの間にグインラースとグゼがいる立ち位置に変わる。


 次の瞬間、ミュリエルは極太のレーザーを撃った。直径十メートルはあろう太さの霊力の塊で、巨大さのみならず、込められた霊力の密度も相当なもの。何の防御もしなければ、街が複数吹き飛ぶレベルだ。


 だのに、そんなもの関係ないとばかりに、侑姫も追撃を放つ。


「五段突き──【星砕き】」


 刀に空間魔法を付与し、莫大な霊力を込めた突き。それを同時に・・・五回。


 一回でも高層ビルの如きエネルギー波を生み出す刺突が、同位相上に五度も出現する。科学的に考えればあり得ない現象が、空間魔法と彼女の有する武の技巧により実現した。


 膨大なエネルギーがぶつかり合い飽和する。辺り一面をまばゆい光で包み込む。星を滅ぼしかねない流星の槍が、その延長線上に存在する敵へと降りかかる。


 片や対軍規模の霊砲れいほう、片や対星兵器とも呼称すべき絶技。タイミングは絶妙で、たとえ救世主セイヴァーであっても完全回避は不可能だろう、見事な挟み撃ちだった。


 敵二人は、なす術なく彼女たちの大技に呑まれていく。声を上げるどころか、表情を変える暇さえ与えなかった。


 そして、強烈な閃光が周囲を照らし、破壊の風が霊魔国首都を蹂躙する──ことはない。


 いくら難敵を倒すためとはいえ、街や一般人を道連れになどできるわけがない。しっかり、王城周囲へ空間魔法による強固な結界を張っていた。敵に感づかれない、かつ二人の技に耐え得る頑強さを求められたため、敵のみを囲むという手段は取れなかったが。王城は消え去ってしまうけれど、必要経費と割り切ってもらおう。


 ちなみに侑姫たちは、攻撃直後に結界の外へと【転移】している。


「勝てたのでしょうか?」


 結界の外から未だ荒れ狂う結界内部を眺めていると、ミュリエルが呟いた。彼女の表情はどこか浮かない。


 気持ちは分かる。侑姫も素直に喜べなかった。この攻撃を受けて生きていられるはずが──もし生き残れても五体満足でいられるはずがないのに、何故か不安が残っているのだ。


 結界により必要以上の音や光を遮断している影響で、技が小規模に見えてしまっているせいか。敵が『ブランク』幹部という強大な者だったせいか。それとも別の要因が存在するのか。


 モヤモヤとした気分が増すだけで、一向に回答が浮かぶことはない。


「考えても仕方ない、か。今は勝利を喜びましょう」


「そう、ですね」


 侑姫がかぶりを振って無理やり笑むと、ミュリエルもぎこちなく笑った。後味は悪いが、自分たちは勝ったのだと信じることにした。それが誘導されたものだとも知らずに、彼女らは思考を放棄した。





 勝利を確信した直後の油断。どのような強者でも持ち得る隙であり、最大の弱点たる瞬刻。


 意図的に作られたそれは、転瞬よりも短い間隙かんげきだろう。──が、はじめから狙っていた者にとって、その短さなど関係はなかった。


 煮え切らなくも勝利の美酒を味わう侑姫たちへ、電光石火で迫る凶刃。不可視の刃は誰の目にも留まらず、刻一刻と侑姫の心臓へと導かれていく。


 もはや何ひとつの障害はなく、止められる者は何人なんぴとも存在しないと思われた。


 しかし、勝利の女神は『ブランク』には頰笑まない。


 現在、霊魔国が急襲を受けてから一時間。ついに、彼ら・・が到着する刻限を迎えていた。

 

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