006-5-08 新たな力
『七時の方向、短剣による胸部への刺突。振り返って刀で迎撃!』
結界内の攻撃が収まるまでの間。暇を持て余していた
すると、聞き覚えのある声が耳に伝った。
あまりにも唐突すぎて、さしもの侑姫でも内容を理解するのに一瞬のラグが生じる。それは致命的な一瞬のはずだった。
ところが、
「うえぇ!?」
侑姫の体は、彼女の意思に関係なく動いた。先のセリフの通り、振り返りながら七時の方向へ刀を振るった。
直後、彼女の予想外の展開が起こる。
ガキンという金属音が響き、刀から相当の重みが伝わってきた。それこそ、防がず身に受けていたら即死していただろう重みが。
そこに至って、ようやく侑姫の頭が追いつく。先程の警告も理解する。自分は命の危機を救われたのだと。
侑姫は体内の力を練り上げ、戦闘の構えを取った。隣にいるミュリエルも、事態を察したようで驚愕しつつも身構える。
「……今のを防がれたのは予想外も良いところですね」
グゼの声が響いた。
彼は生きていたのだ。そして、侑姫たちの油断するタイミングを狙ったのだ。
「どういったカラクリでしょう? たとえ第三者が介入しても、邪魔できない瞬間を選んだはずなのですが」
グゼは心底不思議そうに問うてくる。
確かに、先の一撃は防ぎようのないものだった。侑姫は全然気取れていなかったし、受けた警告を理解したのも攻撃を防いだ後。あの防御行動は、あからさまに不自然な動きだった。
この摩訶不思議な現象を説明できるとすれば、それを起こした人物のみだろう。
「説明しましょう!」
そう明るい調子で現れたのはツインテールにメガネの少女──
二人は【転移】によって、侑姫たちの目の前に登場した。
真実は意気揚々と語る。
「私の【真言】は、私の言葉を聞いた者の“情報“を書き換えるんです。さっきは『呆然と立ち尽くす』という現状を『迫り来る敵を迎撃する』っていう風に変えたわけですね。桐ヶ谷センパイ、すみません。ただ忠告しただけじゃ間に合いそうになかったので、勝手に体を動かしました」
「い、いえ、構わないわ。あなたのお陰で助かったわけだし」
突然水を向けられたせいで、少し慌てる侑姫。真実は命の恩人なのだから、本当に気にしていない。
ただ、あっけらかんと話しているが、彼女の力は規格外も良いところだった。今の内容が事実だとすれば、彼女は思うがままに他人を操れることになる。神の御業と言っても過言ではなかった。
「まぁ、力量差によっては、強い意思で抵抗されちゃうんですけどね」
「なんで自分から弱点言っちゃうかなぁ」
大暴露をする真実へ、司が頭を抱えながらツッコミを入れる。真実は真実で「あっ」と溢しながら口を押さえていた。あまりにも遅すぎる。
「……マミって、一度は世界を救っているのよね?」
隣からミュリエルの呆れた呟きが聞こえてきた。
その疑念はとても共感できる。勇者にしては、彼女はかなり無用心だ。よく生きて帰ってきたと思う。
微妙な空気が流れる中、真実は取り繕うように声を上げる。
「わ、私の話はいいんですよ! そんなことより、そこの敵さんに最後通告です。私たちが帰還したからには、霊魔国側の勝利は揺るぎません。無駄に命を散らさず、大人しく投降しなさい」
露骨な話題逸らしに幾人かが半眼を向けるが、真実は鋼の精神でそれらを無視する。
数秒後、グゼの笑声が聞こえた。
「この私を前にして『勝利は揺るがない』ですって? 多少規格外の異能を所持しているようですが、自ら弱点をさらす輩に敗北するほど、私は弱くありませんよ」
強者ゆえの自信か。彼は投降の話を蹴った。
それを聞き、司が呆れた声を漏らす。
「真実ちゃんがバカなことしたから、お相手さんのプライドを刺激しちゃったよ」
「えええ、私のせいですか? 違いますよね、ミュリエル?」
「ちょっと擁護できないわね」
「そんなぁ」
生死をかけた戦いをしていたはずなのに、真実たちが訪れた途端に弛緩した空気が蔓延していた。
ここが平穏な日常ならいざ知らず、目前にいるのは『認知』を操作する強敵。侑姫の目すら誤魔化す強者だというのに、彼女らに緊張感はない。
いや、一応の警戒心はある。油断しているわけでもない。ただ、グゼを恐るるに足らずと確信しているようだった。
慢心している? 【真言】とやらの話を聞けば無理からぬことだが……それも的確ではない気配があった。
侑姫と同じ疑念を持った者がこの場にもう一人──グゼだ。
とはいえ、彼女とは異なり、彼の感情は疑念だけに収まらなかった。『ブランク』幹部として絶対的自信を有していたグゼは、真実たちの態度が自分をバカにしているものと捉えたようだった。
「私を舐めてかかるのも、今のうちですよ!」
怒りを湛えたグゼの声。彼が何か仕かけてくるのは一目瞭然。
当然、身構える侑姫とミュリエルだったが、真実と司の二人は違った。自然体のまま、悠然と立っている。
(田中さんはともかく、天野さんまで?)
フォースの司まで動かないことに驚きつつも、さすがに見すごせないと、侑姫は二人へ注意しようと口を開いた。
──が、彼女が言葉を発する前に二人が動く。
「『捕捉』」
真実が一言呟いたかと思うと、彼女の二メートル前の空間が光った。それから、パズルのピースをひとつずつ外していくように、空間がめくれていく。パラパラと零れ落ちていくそこには、白衣をまとった高齢の男がいた。ボサボサの白髪と髭、クマの酷い眼が印象的。
老齢の男は驚愕に表情を歪ませ、自分の両手を呆然と見つめた。状況から見て、彼がグゼなのだろう。
その隙に、真実は司へ合図を送る。
「司センパイ、あとはお任せしましたー」
「はーい」
緩いやり取りの後、司は──何もしない。
否、彼女はすでにやるべきことを終えていた。
「術が発動しない!?」
見ると、グゼが必死の形相で身振り手振りを繰り返していた。再び異能を行使しようとしている模様だが、いつまで経っても術は起動しない。
司が
「いくらやっても無駄だよ。あなた個人限定で、私の固有世界に閉じ込めてるから。あなたの異能は一切使用不能っていう条件の世界にね」
「個人限定の固有世界ですと!? あり得ない。私はこうして、あなたたちと接触できているではありませんか!」
「そういう風に調整してるんだよ」
「不可能です。空間魔法でも、閉じない固有世界など作れっこない!」
「単体だと無理かもね〜。でも、私のは色々と組み合わせてるから」
「そんなバカな……。私の術が暴かれただけでも驚きだというのに」
グゼの意見をことごとく一蹴する司。最終的に、グゼは何も言えなくなっていた。
唖然としていたのは侑姫とミュリエルも同じ。自分たちを追い詰めていた敵を、ほんの一瞬で無力化してしまった事実に、驚きを隠せなかった。
「……自信をなくすわね」
武術の天才やらフォース最強やら持てはやされていたが、この二人の前では霞んでしまう。
ただの独り言だったのだが、それに真実が反応を示した。
「桐ヶ谷センパイは桐ヶ谷センパイですごいじゃないですか」
「田中さんたちほどじゃないわよ。私たちを
やや気落ちした様子で侑姫が語ると、真実は首を大きく横に振った。
「今回は相性が良かっただけですよ。本来の実力を出せていれば、センパイたちだけでもグゼは倒せました」
「そんな慰めは……」
「ちゃんと根拠はあります」
「どういうこと?」
こちらの渾身の一撃を受けても無傷だった敵。それを見て『侑姫たちだけでも倒せた』とは、どういった見解なのだろうか。
侑姫が不思議そうに問うと、真実は人差し指を立てて返す。
「グゼの能力は、『空間魔法を応用した“認知“の操作』です。それを使っていろんな人の記憶をいじったりしてたわけですね」
「そこは理解してるわ。私たちも奴の姿を認識できなかったわけだし」
空間魔法の探知でさえ、多少誤魔化されていた気配があった。だからこそ、最後の一撃も回避されたのだと思われる。空間魔法の練度に差があったゆえ見破れなかったと考えると、不甲斐ない気持ちが湧き出てくる。
その辺りの心情を吐露すると、真実は両手でバツを作った。
「それがアイツの術中なんですよ。グゼは、私たちから見えなくなるように認知を操作してたんじゃありません」
「え?」
彼女の思わぬ発言に、侑姫は目を点にした。
真実は構わず答えを口にする。
「グゼは、自分が敵対者よりも強く見える風に認知を塗り替えたんです。実際の彼は、その辺の量産型よりちょっと強い程度の能力者にすぎないんですよ」
「……待って。つまり、彼の強さは全部ハッタリってこと?」
「強者と勘違いするんですから、姿が見えないと錯覚するし、こちらの攻撃は無意識に手加減しちゃうし、向こうの攻撃は自然とクリンヒットするわけです。ハッタリも突き詰めれば真理ってことなんでしょうねぇ」
どこか呑気な真実に対し、侑姫は渋面だった。酷い頭痛を覚え、侑姫は眉間を押さえる始末。
今まで感じていた畏怖が、すべてインチキだと言われてしまったのだから無理もない。自分たちは、ハリボテの怪物の影に隠れた子犬に怯えていたのと同義。側から見れば、さぞ笑いを誘う道化に違いなかった。
「私も最初は騙されてたんですけど、空間魔法を覚えたお陰で魔眼が強化されて、今では簡単に見破れるようになったんですよ。だから、今回は相性が良かっただけって話です。私には、センパイみたいな大規模攻撃はできませんもん」
「そんなものかしら、ね」
何とも情けない種明かしを聞き、侑姫は力なく肩を落とす。
真実の言う通り、相性の問題だったのだろう。しかし、こうも狡い手に引っかかったと思うと、これまで培ってきた自信が崩れ去りそうだった。
「こっちの準備は終わったんだけど、そろそろいい?」
深く溜息を吐いていたところ、司から声がかけられた。
振り向くと司とミュリエルが並んでおり、その奥に多種多様な術式でがんじがらめにされたグゼが転がっていた。どうやら、説明を受けている間にグゼの対処をしていれてくれたらしい。技巧派の二人が行った処置であれば、文句のつけようがない出来栄えのはずだ。
後始末を引き受けてくれたことを感謝しつつ、侑姫は尋ねる。
「もう心配はいらないのね」
「おおむねは。相手は『ブランク』ですし、不測の事態は考慮しておいた方が良いと思います」
「そこは心得てるわ」
油断ならないという司の言に、侑姫は深く頷いた。
この世界の戦禍を引き起こした
侑姫の理解が十分だと把握した司は、その場の全員を見渡した。
「じゃあ、これからグゼの尋問を始めるね」
「カズサを待たなくていいのかしら?」
そう訊くのはミュリエル。侑姫も同意の首肯をした。
司や真実が駆けつけられたということは、残る二人も戻ってきているはず。であれば、万全を期して、最大戦力である
すると司たちは、揃って罰の悪そうな表情を浮かべた。
侑姫は首を傾ぐ。
「何かあったの?」
一総に限って危機的状況などはあり得ないだろうが、二人の反応は些か気になる。
司は一瞬グゼを見ると、「あー」と声を漏らしながら歯切れ悪く言葉を紡いだ。
「一総くんは、避難所を絶賛防衛中です。王都で避難民の一番多かった場所が、集中的に狙われてたらしくて。ナディア王女が応戦してたんですけど、旗色が悪かったみたいだから、こっちに来てすぐに加勢へ行ったんですよ」
「そういえば、さっきから各地で起こってた戦闘音が減った気がするわ」
「おそらく、一総くんのところに敵が集まってるんだと思います」
「なるほどね」
司の説明に、侑姫は得心したと首肯しておく。
二人が微妙な顔をしていたにしては弱い理由だったが、敵であるグゼが目前にいたので、余計な発言を控えたのだろう。今話したのも事実のようだが、彼がここへ来られない本当の理由は別のところにあると察せられた。
「まぁ、大丈夫ですよ。『何かあったら一瞬で駆けつける』って、一総センパイが言ってましたから!」
真実の捕捉事項を聞いて、皆が「それなら安心だ」と頷く。一総が言うからには違えるはずがないと、誰もが信頼し切っていた。
司が柏手を打つ。
「さて、時間に余裕があるわけでもないし、手早く済ませましょう。ミュリエルも手伝って」
「承ったわ」
二人は手元にいくつもの魔法円や霊術式を展開し、意見を交わし合いながら高速で処理していく。この場でもっとも戦闘力が高いのは侑姫だけれど、畑違いの作業はまるでチンプンカンプンだった。
とはいえ、彼女たちの腕は確か。侑姫一人が理解していなくとも問題は起こらない。
複雑な処理を始めてから十分ほど。眉間にシワを寄せながら作業をしていた二人は、ようやく手を止めた。額に浮かんだ汗を拭いながら、大きく息を吐いている。
「終わったんですか?」
念を入れて真実が確認を取ると、二人は首肯する。
「ええ。尋問に不利益な術式は外したし、こちらの尋問用の術も完璧に埋め込んだわ」
「腐っても幹部だったね。情報漏洩を防ぐための古今東西の術が施されてたよ。ざっと三百くらい」
「嗚呼。スパゲッティみたいに、ぐちゃぐちゃに契約が絡まってましたもんね。お疲れさまでした」
司たちの吐露を聞いた真実は、納得の言葉を溢しながら労う。
そこへ侑姫が尋ねた。
「田中さんは、グゼに付与されてた術が見えてたのよね?」
「はい、バッチリ」
「だったら、田中さんが見た情報を二人へ伝えてた方が、効率良く進められたんじゃ?」
その方面に詳しくはないが、暗中模索で解呪していくよりも、かなり時間短縮できたのではないだろうか。
すると、真実は気まずそうに視線を明後日の方向へ逸らした。
「あー……ああいう複雑な術式、私はまったく理解できないんですよ」
「……ごめんなさい」
侑姫は謝罪を口にする。
先のセリフだけで、すべてを察するには十分だった。
真実は何でも見通せるが、見たものを正確に伝えられる頭脳を持っていないのだ。要するに、バカだということ。
自虐させてしまったことへの謝罪だったのだが、真実は涙目で怒る。
「謝らないでくださいよ、余計に惨めになるじゃないですか!」
「ご、ごめんなさい」
そうして二人が茶番を繰り広げていると、司とミュリエルが呆れた声音で口を挟んできた。
「二人ともー。遊んでる暇はないんだから、さっさとやるよ」
「マミがいると、途端に緊張感がなくなるわね」
これから尋問をする風には見えない、普通の女子高生のような会話。場違いにも程がある空気であったが、これが彼女たちらしさなのだろう。
戦禍が終息を見せる中、グゼの尋問が行われる。
少女たちは真相を追うのだ。
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