006-5-09 終戦

「頭痛が痛い」


 何とも頭の悪い言葉が、つかさの口から溢れた。


 頭脳派の彼女にはあるまじき驚くべき反応だったが、そのようなバカなセリフが口を衝いてしまうほどの情報を得てしまったのだ。


 その情報とは、尋問によりグゼから搾り取ったものである。


 真実まみは空笑いを浮かべ、侑姫ゆきは憮然と呟く。


「一総センパイの言った通りでしたね」


「『始まりの勇者』、『神座しんざ』……話のスケールが大きすぎて、若干ついていけてないわ」


 初耳の侑姫とミュリエルは呆けているが、「『始まりの勇者』が、世界群を管理する神座を神から奪った」というのは、一総が『空の部屋』で元神から聞いた話の合致していた。元々確度の高い内容が、より確固たる事実になったと言えよう。


 ただ、問題はその先だ。『ブランク』――『始まりの勇者』が何を目標として動いているのかを、ついに知るに至った。


「私たちの世界を『楽園』へ引き上げる、ねぇ。新手の信仰宗教みたいな謳い文句だね」


「この人が『楽園』の詳細を知らないせいってのもありますよ。もっと具体的な話が聞ければ、違う反応もできたんでしょうけど」


 うさんくさげに言う司に対し、真実は苦笑する。


 彼らが、元の世界――一総らの生まれた世界――を『楽園』とやらに昇格させようとしていることは判明した。だが、情報源であるグゼは自身の研究にしか興味がなかったため、肝心の『楽園』の情報は手に入らなかったというわけだ。


 ミュリエルは、ややイラ立ちを込めて言う。


「霊魔国や王国に手を出したのが、こいつの趣味にすぎなかったのは、さすがにハラワタが煮えくり返ったわね」


 得られた情報のふたつ目、それは『ブランク』がこの世界で暗躍した目的だった。


 グゼによると王国に協力したのは彼の独断で、『ブランク』とはまったく関係のない事柄だったらしい。彼の研究を進めるため、無関係の人々を戦禍に巻き込んだのだ。


 ミュリエルの言葉に、他の三人は頷く。


「同感です。人の命を何だと思ってのかって話です」


「ミュリエルはよく耐えたと思うよ。普通、あんな話を聞いたら、一発ぐらい殴りそうなものだもん」


「何を言っているの。まだ、こいつには価値があるから、殺したりはしないわ」


「それ、価値がなくなったら殺すパターンよね」


「当然でしょう」


「うわ、即答」


 過激な話もそこそこに、司は唸る。


「『ブランク』がこの世界に干渉した目的である、『鍵』っていうのを解析したかったんだけどなぁ」


「『始まりの勇者が用意した鍵を“世界の中心”に差す』でしたっけ。刺したと同時に『鍵』は消えちゃったみたいですし、叶わぬ願いですね」


「この人、幹部の割に、持ってる情報が中途半端なんだよ。『楽園』の詳細は知らないし、『鍵』の正体も知らない。知らないだらけ」


「確かに、組織の上役にしては無知すぎるわね」


 グゼから得た情報は、今まで手に入らなかったものばかりではあったが、かといって機密と言える突っ込んだものはなかった。司の言うように中途半端なのだ。彼が『認知操作』の能力を有していなければ、幹部の名乗りが偽称であったと疑うレベルだろう。


 勇者三人が頭を捻っていると、腕を組んで思考を巡らせていたミュリエルが呟いた。


「考えられるのは、ふたつのパターンね」


「というと?」


 司が問うと、彼女は人差し指を立てる。


「ひとつは、グゼが幹部の中でも下っ端の可能性。ひとくくりに幹部と言っても、上級幹部や下級幹部みたいな細かい格づけがあって、階級によって情報制限をしているかもしれないわ」


「それはない……とは言えないね。グゼから上級幹部とかの話は聞かなかったけど、師匠が組織内にいるって言ってたし。表立って格づけはしてないけど、実際は差をつけてた確率は高そう」


「もうひとつは、『ブランク』が完全なワンマン組織である可能性。計画の詳細はリーダーしか知らず、手足である組織員は概要しか伝えられていない」


「リーダーが『始まりの勇者』だと考えると、それも否定できないわね。彼は神をも下してるわけだから、何も教えなくたって多くの人がついてくると思うわ」


 ミュリエルの見解に、司と侑姫はそれぞれの意見を口にしつつも同意する。


 とはいえ、何も分からない現状を確認しただけ。何ひとつ状況は進展していなかった。


 司は黄金の頭を無造作に掻く。


「あーあ、幹部を生け捕りにできたから、色々と内情が知れると思ったんだけどなぁ」


「現実はそう甘くないわね。敵組織のリーダーを知ると、当然の結果って納得しちゃうけど」


「分かります」


 肩を竦める侑姫と大きく首を縦に振る真実。


 彼女たちの言葉を受け、ミュリエルは首を傾いだ。


「『始まりの勇者』って、そんなにすごい人なの?」


 勇者召喚から帰還した最初の一人であり、公式記録で唯一の空間魔法使い。その程度はミュリエルも知り得ているが、勇者たちが語るかの者の人物像はそれ以上の何かを感じさせた。


 その問いに対し、一瞬キョトンとする三人。だが、すぐにミュリエルが異世界人だと思い出し、納得の表情を浮かべた。


「『始まりの勇者』関連の話は、私たちの世界じゃ誰もが知る物語なんですよ。私でも知ってるくらい」


「真実ちゃんの自虐はともかく、子供から大人まで、勇者や一般人問わず知れ渡ってるよね。一種のおとぎ話に近いかも」


「小悪党から正規の大悪党、果てやドラゴンを始めとした悪鬼羅刹の退治劇。ありとあらゆる冒険譚が語られてるわ。だから、幼い子供たちには大人気のヒーローね」


「他の空想上のヒーローと違うのは、全部ノンフィクションってところ。勇者でも無謀な戦いを、『始まりの勇者』は勝ち抜いてるんだ」


「結果、『始まりの勇者』は他の勇者とは別格扱いされてるわけです。現世での最強勇者は『勇者ブレイヴ』センパイの名が上がりますけど、歴代最強の勇者を問われた場合は『始まりの勇者』で確定でしょう」


 もちろん、実際に最強なのは一総センパイですけどね、と真実はお茶目に締める。


 一通り話を聞いたミュリエルは、口元を触りながら頷いた。


「最強の勇者、か。歴代最多の異世界を渡った『勇者』を差し置いて称されるのだから、相当強いのでしょうね。それこそ、カズサくらいのレベルを想定すべきなのかも……」


「あながち否定もできないかなぁ。かの勇者は、現行の勇者関連の法律を整備するのにも一役買ったらしいから、頭脳方面でも優秀っぽい。文武両面で一総くんに匹敵すると思うよ」


「それが敵の首魁と。嫌な展開ね」


 侑姫がそう溢すと、場の空気は重苦しくなる。


 これまで多くの巨悪と戦ってきた彼女たちだが、かの者の偉業を幼少より知るだけに、今回ばかりは荷が重いと感じたようだった。


 すると、真実が声を上げる。


「なに重くなってるんですか! 敵がどんなに強かろうと、私たちには一総センパイがいるんですよ。負けるはずがありませんって!」


 陰鬱とした雰囲気を吹き飛ばす、不思議と明るい気持ちを沸き立たせるセリフだった。


 内容の説得力もあるが、真実という少女が持つ性質に依るものだろう。彼女の天真爛漫さは、自然と他者を勇気づける何かがあった。


 他の三人は小さく笑みを溢す。


「マミの言う通りだけれど、ものすごく他力本願よね、それ」


「うん。そこは嘘でも、自分が何とかしてやるって気概を見せなきゃ」


「ちょっと格好がつかないわね」


「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか」


 クスクスと笑う三人に、真実は唇を尖らせる。


 もう絶望感は一切存在しない。


 司は言う。


「とはいえ、『始まりの勇者』を相手できる人が、一総くんしかいないのは事実。であれば、露払いは私たちがやるしかない」


「センパイには、ボス戦に集中してもらうってことですね!」


 一総と『始まりの勇者』の戦力差が判然としない以上、彼には敵一人に専念してもらった方が良い。『ブランク』の総戦力がどれほどかは知らないが、空間魔法を手に入れた同じ土壌に上がった司たちなら、きっと戦い切れるはずだ。


 これから何をすべきか明確になり、意気込みを新たにする一行。


 しかし、その熱に水を差す冷ややかな声が、その場に響いた。


「はたして、あなたたち程度の実力で、我らを相手取れるのでしょうか」


「「「「ッ!?」」」」


 耳元で吹きかけられたような、明瞭な男性の声。


 司たちは背筋を凍らせ、バッと背後を振り返る。


 そこには誰もいない。荒寥こうりょうとした戦場跡が残るだけだった。


 ミュリエルが焦燥感を湛えた声で問う。


「マミ、敵の感知は!」


「ありません! というか、さっきからずっと監視は続けてました。なのに、何も反応がなかったんです!」


 先まで会話を交わしていた彼女たちだが、決して気を抜いていたわけではない。この場にはグゼという捕虜もいたのだから、常に新手の乱入がないかと警戒していた。


 だのに今の声は、彼女たちにまったく気取らさせず近づいたのだ。


「……グゼがいない」


 周囲警戒を続けていたところ、司が驚愕の声を漏らす。


 彼女の視線の先、先程までグゼが転がっていた場所には、空っぽになった拘束術式のみが浮いていた。中身はどこにも見当たらない。


「なめやがってッ!」


 司は悔しげに舌を打つ。


 新手の目的はグゼの身柄。だから、彼女たちへ不意を打てるチャンスがあったにも関わらず、声をかけるだけに留めた。


 それで理屈は通るが、そこに別の理由があるのは明白だった。


 自分の接近も悟れぬ程度のお前たちなど、放っておいても問題ない。


 グゼをさらった敵は、司たちにそう告げたのだ。


「まだまだアタシたちは弱いようね」


 皆が悔やんでいると、ミュリエルが言う。


 彼女の言う通りだった。空間魔法を手に入れたとはいえ、司たちの練度は低い。一総のために露払いをするなどと言える実力ではなかったのだ。


 かといって、ここで諦める彼女たちではない。


「修行です。強くなって、奴らをギャフンと言わせてみせます!」


「ええ、やられっぱなしは趣味じゃないわ」


「勝ち逃げは許せないもんね」


「霊魔国の借りは返してやらないと」


 次は勝つと闘志を燃やす司たち。この諦めの悪さがあるからこそ、彼女たちは生き残ってきたのだ。


 とはいえ、


「今は残党狩りと救命活動が先ね」


 ミュリエルの言うように、荒れ果てた霊魔国を放っておけるはずがない。数は減っているが、未だに戦闘音も聞こえてくる。


 皆は頷く。


「そうだね。じゃあ、各自散らばって救助活動と残党狩りをしようか」


「了解よ」


「分かりました!」


 早々に気持ちを切り替えた彼女たちは、戦場へ散っていく。


 最後の戦火が治るまで、三十分とかからなかった。


 こうして、一時間に及ぶ霊魔国急襲劇は幕を下ろした。

 

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