002-4-01 表面化する事態

 空間遮断装置アーティファクトが設置されている施設はアヴァロンの中心にある。外観は窓ひとつない白い建物。平屋建てで、サッカーコートくらいの広さだ。


 世界で七つしかない空間を操れる異能具いのうぐがあるということもあり、非常に警備は厳重だ。入室できる者も限られていて、犯罪者の搬入の時くらいしか即時許可が下りることはない。それは政府の重役も救世主セイヴァーでさえも同じ。


 【狂化】していた二十一名の者たちは、全員少なくとも数名の人々にケガを負わせていたので、確定で隔離処置が取られる。そのうちの一人を連行してきた一総かずさたちは、ちょうど建物に入るところだった。


 一総の背後から声が聞こえてくる。


「ここまで来て中に入れないなんて……場所が場所だけに無理やりついていけない」


 未練たらたらといった様子で、真実まみがグチグチ呟いていた。


 美波みなみの取りなす言葉が続かない辺り、彼女もついていきたかった口か。


 今回、入館の許可が下りたのは一総と蒼生あおい、新米風紀委員の二人の計四人。記者組は一般人にすぎないので、外で待機することになった。重要施設なので、これに関してはどうしようもない。いくら一総でも、この建物へ入る許可は融通できないのだ。


 一総は出入り口の一歩手前でチラリと肩越しに振り返る。後ろには予想通り、恨めしそうな表情をした真実たちがいた。


 彼は苦笑いを浮かべる。


「大人しくしててくれよ」


「分かってますよ!」


「……はい」


 真実はヤケ気味に、美波はうつむきながら返す。


 潜入しようとか下手なことを考えていないと良いが。そう憂慮しつつ、一総は建物へと踏み出す。他の三人も彼に続いた。


 出入り口には認証機能や異能探知などの防犯機能が取りつけられているが、許可が下りている四人は何の問題もなく通過できる。狂化男も妙な術がかけられていることもなく、すんなりチェックを通れた。


 入ってすぐは受付で、広いエントランスホールが迎えてくれた。観葉植物がいくつか存在する以外は殺風景だが、清潔さは保たれていて、外観と同じ白色が綺麗な場所だ。


「こ、ここが空間遮断装置の保管施設ですか……。俺、初めて中に入りました!」


「私もですっ」


 加賀と佐賀は感嘆の声を上げる。心なし、瞳がキラキラ輝いているように見えた。


 無理もない。『始まりの勇者』しか行使者がいないと言われる空間系異能。それが付与された生きた伝説と謳われる異能具アーティファクトと対面できる機会など、滅多に訪れるものではないのだから。ベテラン風紀委員ならまだしも、新米の二人にとって感動もひとしおだろう。


 対して、一総と蒼生は落ち着いたもの。両名とも前に訪れたことがある上、空間遮断装置に何の思い入れもないからだ。


 一総はキョロキョロと周囲を見渡す加賀たちを促し、受付を手早く済ませる。そして、案内役の先導の元、空間遮断装置のある最深部まで進む。

 余談だが、狂化男を乗せた台車は案内役の彼が運ぶこととなった。


 大人三人くらいが並んで通れるほどの廊下。ここも真っ白で、さらには繋ぎ部分がひとつも見えないため、今まで以上に神秘的な光景に映る。


 最深部は地下深くにあるため、このまま歩いて下っていくのだ。エレベーターなどがないのは、侵入者が現れた際に時間を稼ぐためらしい。


 道中、一総は【魂魄探知】を使用した。霊術のひとつで、一定範囲の魂を識別する探知系の異能だ。


 本来、施設内での異能の行使は禁止されていて、見つかれば厳罰に処されるのだが、彼は全く躊躇しない。罰など気にしないし、【魂魄探知】は日頃から癖のように幾度となく使用しているので、息をする如く隠蔽することができる。国の防衛をくぐり抜けるなど朝飯前だった。


 すでに狂化した輩は全員建物内にいるようで、それらを運ぶ風紀委員と共に最深部に向かって進んでいる。侑姫ゆきの存在も最深部に見られた。狂化男たちを捕縛して回ったという勇気ゆうきは見当たらないので、おそらく警邏を優先したのだろう。二十二人目が現れないとも限らないので、当然の判断だ。


 そして、もう一人。


「ついに動き出した、か」


 思わず言葉が口を突く。


「かずさ?」


 蒼生が心配そうに声をかけてきたので、問題ないと返しておく。


 一総は探知を【魂魄探知】から【遠隔投影リモート・ビュー】の魔法に切り替え、直接目視できるようにする。


 場所は最深部付近にあるセキュリティ管理室。その場にいるはずのない人物が立っていた。逆に、そこにいるべき警備員たちは、その侵入者の足元で事切れている。非常にまずい状況だった。


 しかし、それ以上に一総の頭を悩ませることがあった。侵入者を、数分前に施設の外で見ていたのだ。


 百歩譲って誰にも気づかれずに施設に侵入できたとしよう。それでも、一総たちを追い越して数分で最深部へ向かうなど、物理的に不可能だ。


(どうやって……まさか【転移】か?)


 ひとつの可能性が頭をよぎる。


 空間魔法の【転移】であれば、侵入および距離の短縮ができるが、空間系異能の使い手が他にいることは信じ難かった。


(ん? これは?)


 ふと、侵入者に違和感を覚える。具体的に言い表せないが、何かが引っかかる。


 だが、その違和感をすぐに解き明かすことはできなかった。


「かずさ!!!」


 蒼生がいつになく焦った声を上げたため、一総は我に返った。


 そのおかげで注意が自分の周囲に向き、深刻な事態が始まろうとしていることに気がつく。


 彼は目を大きく見開く。


 一行を先導する案内人が運ぶ狂化男。その内部に“力の圧縮”が確認できたのだ。魔力や霊力、体力、神力など、体内にあるありとあらゆる・・・・・・・力が急速に集まりだしている。


 今は集まり始めたばかりだけあって、小さな圧縮だ。感度の良い眼を持っていなければ分からない程度。現に、一総と蒼生以外は状況を理解しておらず、険しい表情を浮かべる二人へ怪訝な視線を向けている。


 しかし、収束する速度を考慮すれば、十秒もしないうちに周囲一帯を跡形もなく吹き飛ばす爆弾へと変貌する。この近距離で無防備を晒せば、確実に死んでしまう。


 どうやって施設のセンサーや一総の目を誤魔化したのか。そんな疑問が一瞬だけ浮かぶが、そのような場合ではないと思考を切り替える。


 一総は即座に声を張った。


「総員、緊急離脱および防護を展開しろ!」


 皆の反応は迅速だった。


 蒼生、加賀、佐賀の三人はすかさず・・・・その場から駆け出し、それぞれ防御系の異能を発動する。案内役はとっさに反応できていなかったが、一総が横に抱えて離脱した。


 一総は自身に防護壁を張ると同時に、狂化男の周りにも防壁を展開する。爆発の衝撃をできる限り抑えるためだ。


「チッ」


 いくつもの魔法陣を操る彼は舌打ちをする。


 気づくのが遅すぎた。“力の圧縮”の予兆を察することができれば爆発自体を無効にすることができたが、現状では被害を最小限に留めることしかできない。


「衝撃に備えろ!」


 圧縮が終わり、狂化男が危険な光を放ち出す。


 そして、ついに――――――



 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッッッッ!!!!!!!!!!!



 盛大な轟音と共に、一総たちを力の暴威が包み込んだ。




          ○●○●○




 一総たちと別れた真実は施設の斜向かいにて待機していた。特段やることもないので、美波と雑談をしているだけ。真実としては、こんな喋っているだけで時間を浪費するくらいなら他のことをしたいと考えてしまうのだが、一総についていくことは不可能だし、彼らを放ってこの場を移動するのもはばかられたので、結局は何もできないのだった。


 そうやって呑気にすごすこと十数分か。すさまじい轟音と地響きが真実たちの元へ届いた。


「な、なに!?」


 突然の事態に動揺する真実。


 最初の音から一分も経たないうちに、ドゴンドゴンと大きな音が次々と聞こえてくる。


 音の先へ目を向ければ空間遮断装置の保管施設から黒煙が立ち上っており、目前の建物で何かが起こったのは一目瞭然だった。


「センパイ……」


 中にいる一総たちの無事を心配する気持ちが溢れてくる。


 しかし、彼女は動けない。今、自分が爆煙を上げる建物へ突入しても、役に立てないことが理解できていたからだ。勇者としての経験が、シングルにできることなどないと無慈悲に告げていた。


 やるせない気分で立ち尽くしていると、


「行こう、真実ちゃん!」


 美波が手を引いてきた。


 彼女は目の前の白い建造物を指差している。先の爆発の影響か、一部が崩れていた。


「今なら裏口が崩れてたから侵入できそうだよ。助けに行かないと!」


「で、でも」


 いつになく勢いのある美波に対し、真実はたじろぐ。


 助けには行きたい。でも、自分なんかが向かっても何の役にも立てない。相反する感情が真実の中にあり、なかなか踏ん切りがつかないでいた。


 ただの知人であれば、悩むことなく待機することを選んでいただろう。どちらが正しい判断か分かっているのに、それでも彼女は何故が懊悩おうのうした。


 そんな彼女に、美波は目を合わせる。


「後悔しないの? 私は今行かないと後悔すると思う」


「……」


 美波の言葉には嘘偽りがない。単純なことだが、真実にはしっかり届いた。


 悩んでいる場合ではなかった。合理的だとか、正しい判断とかはどうでも良い。ずっとつけ回すと宣言した取材対象と大切な友人が危険に見舞われているのだ。それなら、手を貸すために駆けつけないといけない。


(そうじゃなきゃ、私は絶対に後悔する!)


 今までの困惑した表情を改め、キリッと真面目な顔をする真実。


 彼女は魔眼の力を抑制していた眼鏡を外し、力強く言う。


「私も行くよ、美波!」


「うん!」


 頷き合った二人は戦場へと赴く。


 それが仕組まれた道だとは知らずに、彼女は歩いていく。


 終幕という舞台に、とうとう全ての役者が上がったのだった。

 

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