002-3-05 狂化人間(後)

 三十分経って、ようやく男の力が抜けたことを確認する。やっと気絶したようだ。【肉体変形】などのスキルで抜け出さないか警戒していたが、そういうこともなく安心した。


 しかし、一総の絞め技を受ければ長くても五分で落ちるはずなのだが、それを六倍の時間も耐えたのだから、【狂化】とは恐ろしい。


「おつかれ」


「お疲れ様です、センパイ」


「お、お疲れ様です」


「さすが先輩! お疲れ様です!」


「お疲れ様でした、先輩」


 蒼生や避難誘導を終えた真実たち、報告を受けて遅れて合流した加賀たちが労いの言葉をかけてくる。


 一総は気絶した男から離れながら口を開く。


「今回はさすがに疲れた」


 色々と気を遣うことが多すぎた。やはり問題は、正体を隠して人気のない場所でサックリと済ませた方が楽だ。


 加賀たちが男を受け取ると、拘束を始める。


 それを眺めながら、一総は二十分前くらいから気になっていたことを訊いた。


「加賀、佐賀。風紀委員の応援が来てない理由は分かるか?」


 そう。緊急連絡をするほどの事態だったのにも関わらず、先のメンバー以外は誰一人として駆けつけていないのだ。すぐさま一総が事態を収拾したとはいえ、せめて男を逃がしたという隣の区画担当が来てもおかしくはないはず。


 二人はテキパキと手を動かしながらも顔を見合わせる。何か疑問に思ったのか、小声で会話をしていたが、すぐに結論が出たようで、こちらへ目を向けた。


 最初に佐賀が口を開く。


「戦闘中だろうことを配慮して、端末に連絡を入れてなかったみたいですね。侑姫ゆき先輩なら、伊藤先輩が戦うって分ってたでしょうから」


「何かあったのか?」


 自分が率先して戦うと思われていることに物申したい気持ちはあったが、実際に戦ってしまった上、話が進まないので黙殺する。


 会話を加賀が引き継ぐ。


「この男が暴れてから、連続で二十件も暴動があったんですよ。それも全員が【狂化】状態で。だから、応援は他に向かったんだと思います。ここの犯人を捕まえたことは連絡していたので」


「そういうことか」


 加賀たちが合流したのは、一総が絞め技を始めてから一分後。その時に捕縛のことを伝えたのであれば、隣の役員たちが他に回っても不思議ではない。


 それにしても――


「【狂化】した人間が二十人も現れたって大変じゃないですか! こんなところで呑気にしてていいんですか?」


 大人しく話を聞いていた真実が、我慢ならなくなったのか、大声を上げる。


 一総も似た感想を抱いていた。彼女とは心配している点が違うのだが。


 一総は言う。


「田中は落ち着け。今言った二十件はとっくに沈静してる」


 えっ、と目を見開く真実。


 男を拘束し終えた加賀が頷く。


「先輩の言う通り。【狂化】した連中は全員フォースということもあって手を焼いたらしいけど、師子王ししおう先輩が各地を回って対応したようだよ」


「あいつなら、やってのけるだろうな」


 相対した感じでは、【狂化】フォースは最低でも十倍くらいパワーが増していたので、風紀委員たちは手こずったことだろう。だが、勇気ゆうきともなれば一瞬で片付くはずだ。本気を出せない一総と違って、彼は全力で取り組めるのだから。


 それを聞いて、真実は安堵の息を漏らした。


 しかし、安心するのは早計だ。


 一総は顔をしかめる。


「色々とまずいな」


「まずい」


「そうですね」


「どうしましょうか……」


 蒼生、加賀、佐賀の三人は状況を理解しているようで、難しい表情をしている。


 対する真実と美波は理解が及んでいないのか、困惑した顔だ。


「何がまずいんですか?」


 真実が恐る恐る尋ねてくる。


 それに佐賀が答えた。


「左坏祭中の捕縛者――狂化人間も含めて、仕組まれたものである可能性があります」


「え、えええええ!!!!????」


 真実は大仰に驚愕した。


「左坏祭中のって、相当の数を捕まえたんだけど、全部?」


「全部とは言いませんけど、ほとんどが仕組まれたことかと」


「そ、そんな……」


 これまでの五日間、多くの逮捕の瞬間を目にしていただけに、ショックが大きいようだ。


 そこへ、一総はさらなる爆弾を落とす。


「まぁ、捕縛者の増加が何者かの仕業だなんて、祭りが始まる前から分ってたことだけどな」


「「「「ええっ!?」」」」


 記者の二人に加えて、風紀委員二人の声が増えた。


 一総は加賀たちへ半眼を向ける。


「気づいてなかったのか……」


「すみません」


「面目ないです」


 二人は意気消沈してしまうが、それを気にしている場合ではない。


 メンバーの半分以上が事態を把握していなかったので、仕方なく説明を始める。こういうところが、説明キャラのイメージを固めてしまっているのかもしれない。


「左坏祭が始まる前から捕縛者の数は上昇していただろう。祭り中ほどの振れ幅じゃなかったが、その時点で何者かの干渉を疑わなきゃ話にならない」


 何か変化があった時、検証もせずに「偶然」という便利ワードで片づけてしまうのは愚の骨頂だ。実際、侑姫も裏で調べていたようだ。


「今まで捕まったやつらは何かの精神系異能を施されたのだと推察はしていたが、特定はできなかった。でも、【狂化】した連中が現れたとなれば、ひとつしかない。【狂化】を微量に施し、対象の欲望を刺激するようにしたんだろう」


 欲望を僅かに狂わせるだけでも、犯罪行為に走る輩はいる。まぁ、耐えようと思えば耐えられるものなので、捕縛された者たちに同情の余地はないのだが。


「で、現状で問題になってることは一点だ」


 一総は一本の指を立てる。


「【狂化】という手の内を晒してまでフォースたちを暴れさせた。つまり――」


「バレても問題ない段階になった」


 一総の言葉に重ねるよう蒼生が呟く。


 彼は頷く。


「そうだ。ゆえに、これから何かまずいことが起こるのは間違いない。全員、気を引き締めてくれ」


「気を引き締めろって、何に気をつければいいんですか?」


 不穏な空気に、真実が狼狽うろたえながら問う。


 一総は唇を噛んだ。


「今回暗躍してるやつの厄介なところは、そこだ。何がしたいのか分からない」


「先輩でも分からないんですか!?」


 驚いた声を上げるのは加賀。見れば、佐賀も瞠目どうもくしている。


 彼が一総にかける期待は、些か過剰な気がする。


 呆れ気味に一総は言う。


「オレを何だと思ってるんだ。分からないことの方が多いぞ、オレは」


「ご冗談を」


「……」


 くすりと笑う佐賀を見て、これ以上は何を言っても無駄だと諦めた。


 そんなことより、話を戻すことにする。


「一番有力だったのは、各地で犯罪を多発させて目的から目を逸らさせることだったんだが、それにしては事件の発生場所がバラバラすぎた。それも【狂化】が手段と分かれば納得できる。ただ欲望を刺激してただけなんだから、思い通りに暴れてくれるわけがない」


 他にも案はあったが、やはり【狂化】という手段を用いていることがネックだ。こうなってくると【狂化】を印象づける罠の線も出てくるが、どちらにしても情報が不足していて結論は出せない。


 一総は溜息を吐く。


「だから、相手の目的が判明しない以上、警戒を引き上げる他にない。そっちも同じ考えでしょう、桐ケ谷先輩」


 最後、彼は加賀の通信端末に話しかける。


 皆がギョッとする中、返答があった。


『うわ、よく私が聞いてるって分かったね』


「先輩の行動パターンは分かりやすいですから」


 五年間もつきまとわれた経験は伊達ではない。


 侑姫はクスクス笑う。


「話は概ね聞いてたけど、同意見だよ。風紀委員には各自警戒を強めるよう声をかけてるから、とりあえず捕まえた人たちを連行してね。待ってるから」


「了解」


 一総が了承の言葉を言うと、端末は沈黙する。


 彼はすぐさま行動を移した。拘束した男を、いつの間にか持ち出した台車へ乗せる。


「ほら、さっさと行くぞ」


 未だ呆然としていた面々に促す。


「えっと……どこへ向かうんですか?」


 目的地が考え至らなかった真実が、そう問うた。


「街中で暴れ回った重犯罪者を連れていく場所なんて、ひとつしかないだろう」


 一総は何を言っているんだと呆れながら答える。


「空間遮断装置の保管施設だよ」


 その言葉に、彼女は息を呑んだ。

 

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