002-3-04 狂化人間(前)

 左坏祭さつきさい最終日。祭りの閉幕まで残り三時間弱とあって、島中がこれ以上ないテンションで盛り上がっていた。


 その中、一総かずさたち(一総、蒼生、真実、美波、加賀、佐賀の六人)は恒例の警邏を行っていた。今回担当を任されたのは某大学が出し物を開いている区画。三階建てほどの建造物が周りを囲む開けた場所だ。多くの資金が捻出されているのか、一総たちの高校よりも派手な様相だった。


 五日目の犯罪率も相変わらずで、先程からスリや万引き、痴漢などが引っ切りなしに起こっている。


「センパイ、ずっと不思議に思ってたんですけど」


 加賀かが佐賀さがが輸送担当の者に逮捕者を渡すため離脱していたところ、真実まみが一総へ声をかけてきた。


「スリとかの軽犯罪も立派な犯罪ですよね? どうして空間遮断装置アーティファクトを使った隔離処置を取らないんですか?」


 彼女が指しているのは普通の犯罪ではなく、異能を行使しての犯罪だ。


 こう言いたいのだろう。普通の牢屋に入れては脱獄の心配があるのではないか、と。


 チラリと真実を窺いながら、一総は平然と返す。


「それがルールだから」


「説明を端折らないでください!」


 すかさず物申す彼女。ツッコミの鑑と言っても良い反応速度だ。


「そういう規則なのは知ってるんですよ。私が訊きたいのは、何故そのようなルールができたかってことです!」


「えー」


「わ、私も知りたいです……なんて」


 渋っていると、思わぬところから援護射撃。美波みなみも興味があるらしい。


 一総は眉を寄せる。


「面倒そうな顔をしないでくださいよ。いつもしっかり教えてくれるのに、なんで今回に限って渋るんですか」


 真実はそう言うが、一総は説明キャラになった覚えはなかった。教えるのが必要な場面だったり、他者が説いているのに便乗したりしていただけだ。当人に必須ではない知識を与えることへ積極的にはなれなかった。


 また、空間遮断装置について、一総は他の誰よりも知って・・・・・・・・・いる・・。真実との会話は意図せず弾んでしまう傾向があるため、下手に話したせいで余計なことを漏らす愚行を犯したくなかった。


 さて、執念深い彼女の追及を、どうやって切り抜けようか。


 そう一総が思考を回し始めた時、意外な人物が口を開いた。


「軽犯罪者に空間遮断装置が使われない一番の理由は、空間遮断装置の数が少ないから」


 唐突に語り始めたのは蒼生あおいだ。


 強弱に差はあれど、他の三人は驚いて彼女を見る。


「空間遮断装置は『始まりの勇者』しか使える者のいない【空間】系の異能が付与されてるから、とても希少なアイテム。各アヴァロンにひとつずつ――つまり、世界で七つしか存在しない。全ての異能犯罪に使用していては手が回らなくなるため、軽犯罪を犯した異能者には普通の犯罪者と同じ処理をし、空間遮断装置を円滑に使用できるようにしてる」


 何かをそらんじるように言葉を紡いだ蒼生は、最後に「ふぅ」と息を吐いた。珍しく長々と喋ったので、疲労を感じたのかもしれない。


「そういうことだったんですね。よく考えれば分かることでした……」


 黙って耳を傾けていた三人のうち、初めに口を開いたのは美波だった。感慨深そうに頷いている。


 それに真実が続く。


「とても参考になる話でした。でも、魔王――犯罪異能者を普通の処理で済ますって危なくないでしょうか? 逃げられませんか?」


「獄中で異能を使ったら量刑が増し増し。軽犯罪程度でそれを犯すのは割に合わない」


「補足すると、脱獄犯は上位のフォースや救世主セイヴァーが追跡するから、日本での逃亡成功者は今のところゼロだ」


 真実の疑問に、蒼生と一総は流れるように答えた。


 ちなみに、異能使用による量刑増加は、逮捕時に黙秘権云々と一緒に説明される。


 一通り話終えたところで、真実は首を傾いだ。


「ある程度の関わりある伊藤センパイが知ってるのは自然だと思いますが、蒼生センパイは何で詳しいんでしょう?」


 それは一総も些か気になっていたことだ。


 蒼生は数秒だけ考え込むと、僅かに一総へ視線を向けてから答えた。


「帰還時、私に必要な知識だからって、空間遮断装置に関する知識を教えられた」


「どうして必要なんですか?」


「答えられない」


 美波が尋ねるが、蒼生は首を横に振る。


 記者二人はよく分からなかったようだが、一総は状況を理解した。


 蒼生は脱出不可能とされていた隔離空間を破ったことがある。その重大さを伝えるために、政府が空間遮断装置の情報を教授したのだろう。


 そういえば、前に彼女の記憶を探った時、そういったものがあった覚えがある。スパイかどうかを調べることに重きを置いて他の部分は軽く流していたため、すっかり忘れていた。


 最近気が抜けすぎていると己を叱咤しつつ、話題を変えることに思考を向ける。蒼生の能力に関わってくる話を続けるわけにもいかない。知られれば、どんな面倒ごとが舞い込んでくるか分からないのだから。


 蒼生へしつこく質問をしている真実に声をかけようとした。


 その時――――


『ケースX4発生! 繰り返す、ケースX4発生! 場所はエリアCー2。対象のルートはCー1方面。Cー1担当の者は大至急Cー2隣接箇所へと向かうこと――』


 風紀委員専用の通信端末から、切迫した声が聞こえてきた。ボリュームが大きかったせいで、近くにいた蒼生たちだけではなく、周囲の通行人にも内容が漏れてしまう。


 何事かとざわつく周りを無視して、一総は辺りを見渡しながら思考を加速させた。


 ケースX4とは、事態を簡潔に伝えるために用意された風紀委員の隠語だ。それが指し示すのは「重罪の現行犯が逃亡した」ということ。しかも、エリアCー2は隣の区画で、現在地はCー2に隣接するCー1。まさに今、犯罪者がここへ向かってきているのだ。


 面倒ごとだとは思いつつも、一総の頭は戦闘へと切り替わっている。風紀委員から逃亡できる実力者となれば、最低でもトリプル以上。周りへの被害を防ぎながら戦うには、緩んだ気分のままではいられなかった。


 区画でも端の方だからか、一総たち四人を除けば、通行人は二十人もいない。だが、運の悪いことに全員が一般人だった。


 となると、いつ戻ってくるか定かではない加賀たちをアテにするわけにもいかないので、今いる四名で一般人を守りながら犯罪者と戦うしかなかった。


 一総が本気を出せば簡単に片づくのだろうが、こんな耳目の多い場所で力をひけらかすわけにはいかない。慎重に動かなければ。


「村瀬、田中、エヴァンズ」


 一総は三人へ声をかける。


 すでに状況を理解していた彼女たちは、真剣な面持ちをしていた。


 彼は手短に指示を伝える。


「田中とエヴァンズの二人は一般人の避難誘導を頼む。蒼生は流れ弾がいかないよう防御に徹してくれ」


 相手がトリプル以上であるなら、記者二人では足手まといになる。本気を出せない一総では戦闘が長引く可能性が高いため、周囲の人々を離れた場所に逃がしてもらった方が良い。


 蒼生を防衛に回したのは異能具のバングルがあるからだ。あれの防護膜であれば確実に被害を抑え切れる。


「どこまで使っていい?」


 腕輪の使用を前提としていることは理解しているようで、蒼生はそう尋ねてきた。


 異能具は秘匿にするという約束があったので、確認をきちんと取りたいのだろう。


「君の判断に任せる……が、極力『換装コンバージョン』は使わないでほしい」


 変身機構はかなりの技術力が注ぎ込まれている。蒼生の身を守る最善を目指したとはいえ、露見すれば厄介ごとを招きかねない。


 それに、犯罪者の相手は一総がするので、彼女が『換装』しなくてはならない事態には陥らないはずだ。通常の防護膜でも十分だろう。


 一総は三人の顔を見渡す。


「作戦は以上だ。質問がなければ、各自指示通りに行動しろ」


 彼の言葉に蒼生たちは頷き、素早く動き出す。真実と美波は一般人への状況説明と避難誘導。一総と蒼生は、敵がいつ来ても良いように感覚を研ぎ澄ませる。


 それは一分もしないうちにやってきた。


「来たか」


 鋭い視線を、近くにあった建物の屋上へと向ける。


 すると、何かが上から降ってきた。


 ドスンと重々しい音を立てて地面に降りたのは、一人の青年だった。目は白目が見えないほど血走っていて、衣服はズタボロの上に血塗れ。ケガをしているのか、右腕はだらんと下がり、指先から血の雫を滴らせていた。


 明らかに異常な状態の男を目にして、避難を始めていた人々はにわかに騒がしくなる。


 一般人らは真実たちに任せているので、一総は一切を無視する。意識を注ぐべきは目前の青年だ。


 体に流れる力の総量から、男がフォースであることが分かった。加えて、落ち着きなくギョロギョロと動く充血した瞳や不規則な呼吸の仕方、溢れ出るオーラの質から、【狂化】の類の異能を使用していることにも気づいた。


 【狂化】とは状態異常系統の異能だ。理性が吹っ飛び、身体系の異能しか使えなくなるデメリットを受ける代わり、身体能力の爆発的上昇、各種状態異常無効、痛覚鈍化、気絶への超耐性、阻害無効が付与される。


 ただ倒すだけなら【狂化】は勇者にとって脅威ではない。先の行動は読みやすいし、不意打ちも容易。おまけに、手数の多さという勇者の利点を潰しているため、普通のフォースを相手取るより楽だろう。


 ところが、現状はそうとも言えない。隣の区画担当が逃がしたのも頷ける。


 【狂化】状態の敵は殺すのは簡単だが、捕縛するのはとても難しいのだ。状態異常無効のせいで眠らせることも麻痺させることもできず、束縛系の異能だって耐性により無効化されてしまう。気絶させることも、耐性により非常に困難だ。


 捕まえるためには、上昇している腕力にも耐え得る結界を張るか、卓越した格闘技術で抑え込むか、相手が気絶するまでボコボコにするしかない。


 まぁ、本気を出せない一総は実質一択のようなものなのだが。


「ああ、本当に厄介だ」


 一総は眉をしかめ、愚痴を溢す。


 未だ多く残る一般人に配慮しながら【狂化】したフォースを殺さずに御する。しかも、実力がバレないようにしながら。難易度が鬼畜すぎて、逆に笑えてくるくらいだ。


 こういうことが起こり得るから、風紀委員はやりたくなかったのだ。見回りや軽犯罪の対処、デスクワーク程度なら、まだ良い。しかし、今のような緊急事態は御免被りたかった。実力を隠すのに様々な気を回さなくてはいけないし、何より一総の目指す平穏な日常とはかけ離れた光景だ。


 依頼を受けたのだから向き合うしかないのだが、もし仕事でなければ知らんぷりして逃げているところだ。


 一総がげんなりしている間、男は周りへ忙しなく視線を巡らせていたが、その瞳が一点に定まる。


 と同時に、男は残像をも生む速度で駆け出した。


 彼が向かう先に立っていたのは蒼生だ。


「ッ!?」


 一瞬息を呑んだものの、注意深く観察していたため、蒼生が男の姿を見逃すことはなかった。突っ込んでくる敵に対応できるよう、気を引き締めて構える。


 だが、二人の衝突が起こることはなかった。男が蒼生へ到達よりも早く、一総が男の目の前に躍り出たから。


 一総は突っ込んでくる男の片腕をそっと掴むと、体を半身にして、突っ込む速度を利用しながら斜め上空へ放り投げた。


 男は蒼生の上を通りすぎていき、離れた地面へ背中から落ちた。かなりの衝撃があったのか、体を硬直させている。


 その光景を目にしたギャラリーはポカンと呆けた。恐ろしい形相の者が、あっけなく吹っ飛ばされたのだから無理もない。


 ただ、今の攻撃で一総が使った異能は、たったのふたつだ。接敵時に不意をつけるように【縮地】を。落下時に大きなダメージを与えられるように【衝撃集束】を使った。投げ飛ばしたのは純粋な合気の技術だ。


 今回のことで目立たたずに終えることは不可能だと、一総は早々に見切りをつけていた。それなので、異能は誰しもが使えるメジャーなもののみを僅かに行使することにし、大半は単純な技術で戦うことにした。


 勇者の強さの評価は強力な異能をどれだけ使えるかにある。


 何故かといえば、様々な技術を用いたところで異能者には敵わないからだ。いや、その道一本を極めた者ならば、シングル程度には勝利できるかもしれない――が、それでも、ひとつの世界の法則の一片を修めたにすぎない。複数の世界の法則異能を行使できる勇者は別次元の存在なのだ。


 よって、多少の格闘技術を披露したところで、一総の勇者としての評価が激変する心配はない。相手が【狂化】していて、本来のフォースの力を発揮できていないこともプラスに働いている。


 もしかしたら、「シングルでも勝てる」という噂が「ダブルでも勝てる」くらいには上昇するかもしれないが、微々たる差なので気にしない。


 そういう考えの元、一総は【狂化】している男へ対処をしていく。


 倒れる男まで近づいた彼は、【身体強化】で腕力を上げつつ、関節技で拘束して首を絞めていく。異能に依らない拘束なので【阻害無効】は適応されない。【身体強化】程度の腕力では【狂化】のパワーには敵わないが、そこは技術を駆使して何とかしていく。


 男は暴れもがこうとするが、それを許す一総ではなかった。技が解けることはなく。そのまま絞め技は続いていった。


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