002-3-03 真実の問い

 左坏祭さつきさい四日目。いよいよ折り返し地点をすぎ、街は一層に盛り上がっている。一総かずさたちの喫茶店は初日より多くの客が訪れ、連日繁盛していた。


 昨日公開された売り上げの中間発表では、学生部門で断トツの一位を記録し、仲間たちで大いに喜んだものだ。


 順調に進んでいる彼らの祭りだが、全てがそう言えるわけではない。風紀委員の仕事では、何やらキナくさい雰囲気があった。


 一日目から増加傾向にあった捕縛者の数なのだが、日を追うごとに少しずつ増えていっているのだ。それこそ、全役員が無休で動かないと、そろそろ手が回らないのではないかと懸念されるほど。


 ゆえに、左坏祭前は五日通して同じだったシフト表は見直され、本日より仕事の配分が増えた予定で人員が回されることになった。


 正直、一総は喫茶店の仕事を減らすのは嫌だったのだが、政府からの任務が優先されるため諦めるしかない。この四日でクラスメイト達の手際が良くなったので、ピーク時に一総がいなくても、それなりに店を運営できるようになったことがせめて・・・もの救いか。


 そして、時刻は二十時すぎ。大半の者が夕食を済ませているだろう時間にて、一総たちは黙々と仕事をこなしていた。


 彼らはとある飲食街の警邏を担当していた。


 左坏祭の見学に来た外部の者の中には当然宿泊客もいる。というより、日帰りの方が珍しく、五日すべてをアヴァロンですごす猛者もいるくらいだ。そうなると、必然的に日を重ねるごとに島内の人口は増えていき、四日目ともなれば相当数の人々が滞在していた。


 だからか、やや遅めの時間帯だというのに多くの店の席は埋まっていて、観光地特有の熱気が溢れ返っている。


 こういう“不特定多数の人間が集まっていて”、“(祭りなどの余韻から)人々が浮かれていて”、“空腹もしくは酒が入っている”、といったシチュエーションは、ものすごく問題が発生しやすい。


 実際のところ、先程から酔っ払い同士のケンカの仲裁や子連れ家族のマナー違反への注意、偏屈なクレーマーへの対処と、様々な事態への対応が求められていた。


「クレーマーとか個人レベルで問題を起こす人って、意外と若者は少ないんですよね。なんででしょう」


「若者は群れないと大それたことができないんじゃないか? 歳を重ねると面の皮が厚くなるんだよ、たぶん」


「なるほど」


 次々と舞い込む仕事で忙しいはずなのに、道の端で突っ立って過激なことを言うのは、一総と真実まみだ。


 他のメンバー――蒼生あおい加賀かが佐賀さがはというと、彼たちの目の前で絶賛仕事中。口論の仲裁をしている。


 どうして二人は何もしていないかといえば、この仕事に向いていなかったからだ。ケンカの仲立ちもクレーマーの対応も、余計な一言を言ってしまい、却って相手を怒らせる始末。一総と真実の両名は、ここで求められている仕事に対し、圧倒的に不適格だった。


 蒼生も全然喋らないので向いてはいないのだが、誰もが息を呑む美貌を見て冷静になってくれる客が大多数で、リフレッシュアイテムのように立っているだけで貢献していた。


 また別のケンカを止めに入る三人を眺めながら、真実は呟く。


「蒼生センパイでさえ役に立ってるのに、私たちって何なんですかね……」


 哀愁漂う彼女のセリフに、一総は首を振る。


「それ以上考えるな。虚しくなるだけだ」


 風紀委員の仕事を嫌がっていた一総ではあるが、さすがに戦力外通告をされれば落ち込みもする。千を超える世界を救い数多の異能を操る彼にとって、何もできないという経験は久しく味わっていなかったものだ。その衝撃は人一倍だろう。


 ハァと同時に溜息を吐く二人。その姿は、どことなく煤けていた。


 しばらく、仕事に奔走する蒼生たちを黙って眺めていた両名だが、ふと真実が口を開いた。


「ねぇ、センパイ」


「なんだ?」


「ひとつ訊きたいことがあるんですが、いいですか?」


「………………」


 彼女の問いに一総は沈黙する。


 それは「取材は受けない」という彼の意思表示であり、それを理解していた真実は苦笑いを溢した。


「あはは。心配しないでください。今からする質問は、あくまで個人的なモノであって、決して記事にはしません。もちろん、公にすることもありません」


 真っすぐ一総を見つめ、ハッキリと言い切る真実。


 一総は静かにその瞳を見つめ返す。


 交差するまなこは一片も揺らがない。そこに嘘偽りはないように見えた。


 この約一週間という期間で、彼女が本気で嘘を嫌っていることは十二分に承知している。それでも確認しようとしたのは、彼の用心深さから。


 一週間もあれば他人の本質を見抜ける自信はあるが、世の中に絶対ということはない。幾千幾万と人間を観察してきた彼の目を誤魔化せる者がいないとも限らないのだ。


 それを言ったら、瞳を合わせただけで虚偽の見極めができるとも限らなくなってしまうが、それではキリがないので妥協も必要だ。


 念を入れておけば、万が一騙されたとしても自分の能力不足だと割り切れる。それに、今回のことで後手に回ったとしても、対処のしようはいくら・・・でもあるので大丈夫だと判断した。


 一総は瞑目し、肩を竦める。


「それで、質問ってのは何なんだ?」


「えっ……ありがとうございます!」


 一瞬、間の抜けた表情をした真実だったが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。


 真実が言葉を選ぶように目を彷徨さまよわせ始めたので、一総は悠然と彼女が問いかけてくるのを待つ。


 たっぷり五分をかけて、ようやく彼女は言葉を紡いだ。


「センパイは私の眼のこと、怖いって思ったりしますか?」


「はぁ?」


 尋ねられたことが予想外すぎて、思わず変な声を出してしまった。


 眼というのは魔眼のことを指しているとは思うが、どうして今になって怖いかどうかを訊いてくるのか、彼女の意図が読めない。


 だから、答えを言う前に、疑問を率直にぶつけることにした。


「ものすごく今さらな質問だな。出会ってから今まで、魔眼の力なんて使いまくってるくせに。特に嘘の探知は常時発動してるだろう」


「確かにそうなんですけど、センパイにはきちんと確認しておきたいと思ったんですよ。なので、お願いします。正直な感想を教えてください」


 こちらを見つめてくる真実の瞳は真剣そのもの。


 そんな彼女に対し、嘘や誤魔化しで返すのははばかられた。


 真面目な答えを出すために、ひとまず真実の魔眼について思慮してみる。


 前に語っていた能力が事実とすれば、彼女の眼は実に強力な部類だと思う。火力という点では物足りないところもあるが、嘘の探知や軽い透視、魔力視などの便利な能力を複数有している。非常に使い勝手の良い瞳だ。


 その反面、敵として力を向けられたら厄介であることも否定できない。透視は犯罪にも利用できるし、小さな嘘を見逃さないというのを窮屈に感じる者もいるだろう。ゆえに、彼女から瞳を向けられることを「監視されているようで怖い」と溢す人間がいてもおかしくなかった。


 ――実際に言われたことがあるから、一総へこういった質問を投げかけているのかもしれない。


 では、一総自身は真実の魔眼に対して、どのような感情を抱いているのだろうか。


 整理した事実も踏まえて、自分の気持ちを改めて確かめる一総。


「……………………」


 大仰に思考を巡らせたは良いが、結論はものの数秒で出てしまった。それこそ、真実の問いと同様に“今さらすぎること”だった。


 導き出した答えを伝えるため、一総はゆっくり口を開く。


「簡潔に答えよう」


「はい」


 一総の言葉に反応して、真実の翡翠の瞳が不安に揺れる。


 彼は短く言い切った。


「オレは君の魔眼を恐れてはいない」


 とても簡単なことだった。彼女の眼に畏怖や脅威を感じていたら、今の今まで放置しておくはずがない。一総が真実へ抱いていた感想が「ポンコツ記者」だからこそ、こうして並んで立っているのだ。


 それに、たくさんの異世界を渡ってきた一総は、真実の魔眼程度など見慣れたもの。嘘がつけないことは秘密の多い彼には面倒な枷だが、それならば嘘以外の手段を用いれば良い。


 つまり、一総にとって真実の魔眼とは、手間がかかる代物以上でも以下でもなかった。


 そもそも、


(オレの予想が正しければ、田中の眼は…………今考えても仕方ないか。結論が変わるわけでもない)


 飛躍しかけた思考を振り払い、真実へと視線を向ける。


 彼女は一総が本音で語っていることを理解したようで、感情を全面に出していた。


「ありがとうございます、センパイ!」


 満面の笑顔で礼を言う真実。


 元々容姿の良い彼女から屈託のない笑みを向けられ、一総は不覚にも胸を高鳴らせた。


 何となくバツが悪く感じた彼は、それを隠すように言葉を放る。


「オレは思ったままに答えただけだ。あと、恐怖は微塵も感じないが、君が面倒くさいやつだとは思ってるぞ」


 それを聞き、真実は表情を一転させて、頬を膨らませる。


「あー、そういうこと言っちゃいます? せっかく私が素直にお礼を言ったのに!」


「繰り返しになるが、オレは正直に答えただけだ」


 一総が肩を竦めると、真実は諦めたように息を吐いた。


「センパイがそういう人だってことは知ってましたけど、少しは空気を読んでくださいよ。でも、質問に答えてくれたのは、ありがたかったです」


「気にするな」


 先程の空気から、よっぽど重要な問いであることは理解していた。自分に可能な範囲とはいえ、それを容赦なく断るほど、一総は非道な人間であるつもりはなかった。


 それから風紀委員の仕事が終わり帰宅するまで、真実は終始機嫌が良さそうに笑っていた。

 

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