002-4-02 双子

 粉塵が舞い散り、ガラガラと瓦礫の崩れる音が断続的に鳴る。辺りは薄暗く、煙が蔓延しているせいで視界が上手く通らないが、音の反響の仕方から地下にいることが分かる。


 先の人間爆弾による爆発は人的被害こそ完璧に抑えたものの、建物へのダメージをゼロにすることはできなかった。結果、床が崩壊し、一総かずさたちは下の階へと落下してしまったようだ。


 上から吹き込む風の流れから、かなり下まで落ちたらしい。探知魔法をいくつか再展開すれば、何と空間遮断装置アーティファクトのある最下層まで落っこちていたことが判明した。爆発前に防壁を張っていなければ、大ケガでは済まなかったに違いない。


 下級の風魔法で粉塵を取り去ると、一総は他のメンバーの無事を確認する。


「全員無事か?」


「だいじょうぶ」


「大丈夫です」


「問題ありません」


 蒼生あおい加賀かが佐賀さがは問題なさそうだ。声からも、見た目からもケガをした様子は感じられない。


 ただ、


「案内役の人は気絶してるんですね」


 佐賀が言ったように、一総が抱えていた彼は完全に伸びていた。命に別状はなさそうだが、しばらくは目を覚まさないだろう。


「気絶してるものは仕方ない、オレが運ぶ。それよりも、これからどうするかを決めないと」


 そう言いながら、一総は探知魔法へ意識を傾けた。


 建物は酷いありさまだった。あちこちから煙が上がり、ボロボロに崩れている。自分たち連行していたやつ一人ではあり得ない惨状なので、他の二十人も吹き飛んだのだろう。連中の反応が見当たらないので間違いないと思われる。


 ここ以外の人的被害だが……建物ほどではないにしろ深刻だ。ほとんどの風紀委員がケガを負っている。死者がいないのは不幸中の幸いだが、すぐに処置を行わないと命に差し障りそうな者が何名かいる。戦闘を行える者に至っては、一総たちを除いて侑姫ゆきしかいなかった。


 しかも、その侑姫はといえば、この事態を引き起こした黒幕と絶賛戦闘中。頭が痛くなるような危機的状況だ。


「今から指示を与える」


 ざっと状況を把握した一総は、皆の注目を集める。


 ここまで巻き込まれてしまっては、知らぬ存ぜぬは通らない。一総たちを殺そうという明確な意思を感じ取った以上、黒幕は彼の日常を脅かす敵だ。


「加賀と佐賀は最深部へ向かえ。この先の道を進めば、すぐに到着する。敵の目的は空間遮断装置の奪取だ。そこで桐ケ谷先輩が戦ってるから、加勢してくれ」


 侑姫たちが戦闘を行っている場所は空間遮断装置の安置されている部屋。この施設が爆破されたことからも、狙われているモノが何かは明白だった。


 今のところ両者の実力は拮抗しているようだが、敵の目的を完全に挫くためにも増援を送った方が良い。


 二人は驚いた様子を見せたが、即座に表情を引き締める。一喜一憂している場合ではないと理解しているのだ。新米とはいえ、優秀な風紀委員だ。


 続けて言葉を紡ぐ。


「オレと村瀬は救助活動を行う。気絶してる案内役も安全なところへ連れて行かなくてはいけないし、この爆発でケガを負ってる人も多いはずだ。放ってはおけない」


 正直言うとケガ人はどうでも良くて、別行動をしたい建前にすぎないのだが、本当に救助はするつもりなので許してほしい。実際、一総が本気で動かないと命が危ない者はいるし、こういった状況に至ってまで本気を出さずに行動するのは、後手に回りすぎてしまうのだ。


 また、黒幕の力量的にフォースが三人も揃えば問題なく対処できるはずだ。無理に一総が決戦へ向かう必要性は薄かった。


 と、色々と言いわけを並べたが、結局のところは一総が堂々と人前で戦いたくないという理由が大半を占めていたりする。


「何か質問はあるか?」


 真剣な眼差しで皆に伺う。


 対し、三人からの返事はない。本音はどうあれ、一総の采配が最善であるからだった。


 異論がないことを確認した一総は大きく頷く。


「では、各自適切な行動を取ってくれ」


 その言葉と共に、各々が散開していく。


 一総と蒼生は案内人を抱えて地上に向かう道へ。加賀と佐賀は空間遮断装置のある最深部へ向けて。






 加賀たちが最深部へ到着した時、そこではすでに激しい戦闘が行われていた。幾度となく反響する金属音と煌めく火花、高速で動くふたつの影。常軌を逸した戦いがあった。


 部屋に近づくにつれて戦闘音は聞こえていたため、二人は敵に気づかれないよう気配を殺し、出入り口の陰から加勢するタイミングを見計らう。


 繰り広げられているのは高次元の戦だ。加賀たちも目で追うのがやっとで、交差する影の一人が侑姫であることくらいしか判別できない。


 敵の正体も見極められない己の力不足を歯痒く思いながらも、目の前で起こる戦闘に魅せられていた。




 風紀委員長である侑姫がフォースで最も強く、救世主セイヴァーとも互角に戦えるのではと噂されているのは知っていた。しかし、話を聞くのと実際に目にするのでは大きく異なる。思い知るのだ、彼女は自分など足元にも及ばぬほど強いと。


 そんな侑姫と渡り合えている相手も手練れであることは間違いなかった。魔力で生み出した刀を振るう侑姫に対し、敵はおそらく無手で相手をしている。異能戦において武器の有無は優劣に大きく関係してこないが、それでも影響は皆無ではない。敵対者の底知れない実力が窺い知れた。


 そこへ助勢に入っても役に立てないのではないか不安が襲ってくる。


 加賀は頭を振った。余計なことへ思考を割いている場合ではない。空間遮断装置は絶対に守り切らなくてはいけないのだ。風紀委員として、全力を尽くす以外の選択肢はない。




 侑姫たちの戦闘を見守ること数分。ついにその時は訪れる。


 衝突と離脱を繰り返す両者。だが、今回の離脱の際、敵に僅かな隙が生まれたのを加賀たちは見逃さなかった。


 間髪入れずに飛び出す二人。事前に【身体強化】などを重ねがけしていたため、この一瞬のみ、侑姫たちを上回る速度で動くことができた。


 相手の懐へ潜り込み、加賀は拳を、佐賀は魔力をまとった手刀を叩き込む。


「チッ」


 舌打ちが耳に届いた後、確かな重みが拳に伝わってきた。


 敵は吹き飛ばされ、数メートル先で立ち止まる。手応えは感じたが、あの程度しか飛ばせなかったとなると、しっかりガードされていたようだ。手刀の方に至っては完全に避けられていたようで、佐賀は苦々しい表情をしている。


 ところが、二人の苦い表情は一変した。目を見開いた彼らのそれは、まさに驚愕。信じられないといった感情がありありと表れていた。


 その理由は敵の正体を知ってしまったがゆえ。動きを止めたため、影でしか捉えられていなかった者が誰であるか判明したのだ。


「エヴァンズ、さん?」


 佐賀が呆然と漏らす。


 そう。彼らに相対していたのは、エヴァンズ美波みなみに瓜ふたつの人物だった。服装こそ制服ではなく、体にフィットした動きやすそうなものを身に着けていたが、黒髪のおさげや地味な顔立ちは間違いなく美波だ。


 狼狽する二人を見て、美波はガードに使ったのだろう両腕を下ろしながら笑った。


「二人はボクの正体を知らずに突っ込んできたんだねぇ。その驚いた顔はケッサクだよ」


 加賀たちの見たことのない下卑げびた笑みと砕けた口調。容姿が同じでも中身は別人すぎた。


 動揺から抜け出せない二人へ、侑姫からの叱責が飛ぶ。


「二人とも、しっかりしなさい! いくら知人に似ていようと、今は明確な敵なのよ。油断していい相手じゃないわ!」


「ッ!? すみません!」


「もう大丈夫です!」


 我に返る加賀と佐賀。


 彼女の言う通りだ。美波が侑姫と戦っていたのは事実で、彼女とは疑いようもなく敵対している。外見は類似しているが、かけ離れた性格やシングルとは思えぬ実力から、何者かが姿を模倣していると考えた方が筋は通る。


 構え直す三人を見て、美波は面白くなさそうに唇を尖らせた。


「なーんだ、もう冷静になっちゃうのか。つまんないなぁ」


 気の抜けた声を上げる彼女。


 無防備な体勢をしているが、加賀たちは踏み込めない。美波の瞳は、獲物を狙う猛獣のようにギラギラと輝いていたからだ。


「どうして空間遮断装置を狙うの?」


 情報を聞き出すチャンスと考えた侑姫が問う。


「普通なら教えないところなんだけど……」


 美波はニヤニヤと嫌らしく笑んだ。


「これから死に行く君らには、特別に教えちゃおうかな」


「フォースを三人相手にして勝てるっていうの? 私と互角だったのに」


 険しい表情で問い返す侑姫。


 それを受けて、美波の口は大きく弧を描いた。これ以上ないくらいの満面の笑みを見せる。


「それはこれから分かることだよ。向こう・・・は簡単に済む遊びみたいだし、久々に最高火力でいっちゃおうかなぁ」


 美波の瞳が妖しい紫紺しこん色に輝いた。


 それを目にした加賀はズッシリと思い枷をハメられた感覚に陥る。が、それも一瞬だけで、すぐに元通りに戻った。


 何をされたのか分からず困惑していると、侑姫の慌てた声が聞こえてくる。


「今のは魅了の魔眼!? 涼太、大丈夫?」


 魅了とは精神操作の魔法のひとつで、かけられた者は術者と友好関係であると誤認してしまう術だ。特に異性への効果は絶大で、時として何でも言うことを聞かせることができてしまうほど強い影響力がある。


 先程の重い感じは魅了を受けたかららしい。初めての経験で戸惑いはしたが、無事に抵抗レジストできたようだ。


 問題ないことを伝えるため、加賀は左腕を掲げる。


「先輩、俺は大丈夫です――」


 今もエヴァンズを敵として認識してます。そう発しようとしたが、最後まで言葉にすることはできなかった。


 何故なら、掲げた腕がスッパリ斬り落とされてしまったのだから。


「は?」


 呆けた声を漏らす加賀。


 肘から先が損失し、ダラダラと血が噴き出ている。


 そして、血の噴水の向こう側には手刀を振り抜いた姿勢を取っていた佐賀がいた。


 恋人が突然取った敵対行動に、加賀の思考はまとまらない。


 止血しなければ。これは凉子がやったのか。信じられない。とにかく距離を取らないと。それよりも凉子の様子を確認しないと。エヴァンズは何をしたんだ。


 次々と考えが浮かんでは消えていく。やるべきことは複数あるはずなのに、混乱した頭では動くこともままならなかった。


 それは傍から見ていた侑姫も同様で、瞠目どうもくした状態で固まっていた。


 動転している彼らを観察していた美波は、盛大に笑う。


「あはははははははははははははは!!!! これだから魅了の魔眼はサイコーなんだよ。ボクの一番のお気に入りさ! 味方に裏切られて呆然とする顔、とってもケッサクだよ!」


 真っ先に正気を取り戻した侑姫が声を震わせる。


「どうして凉子が!? 魅了は同性への強制力が弱いはずなのに!」


 それを聞いて、腹を抱えて美波が笑声を止め、侑姫へニッコリと優しげな笑みを向ける。今までの表情と百八十度違うそれは、とてもドス黒い笑顔に見えた。


「フフッ。ボクは一度だって自分が女だなんて言ってないよ?」


 心底おかしそうに彼女――否、彼はわらう。


「ボクの名前はエヴァンズ伊波いなみ。美波の双子の兄さ。組織の偉大な目的のために、空間遮断装置を奪いに来た」


 衝撃の自己紹介を終えた伊波は、再び動き出す。


 三対一だったはずが、いつの間にか二対二。しかも、こちらは負傷者を抱えている。


 たった一手で逆転された状況に、加賀と侑姫は絶望するしかなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る