002-4-03 友の裏切り
壁や床が崩れる中を進む
そういった雰囲気を一切無視して、躊躇いなく歩を進める二人。ぐんぐん歩いていくのは
どれくらい歩いただろうか。瓦礫や穴などを避けながら進んでいるため、歩速が速いとは言いがたい。いくつか階段を下りたが、最深部までは遠そうだ。急ぐならば途中にあった穴から飛び降りれば良かったのかもしれないが、ショートカットした区間に一総たちがいる可能性も捨て切れないので、地道に歩いているのである。
また、一総たちの安否を気遣う真実は、同時に別の心配も抱いていた。
それは美波のことだった。いつもは自信なさげで大人しい様子の彼女だが、今は人が変わったように積極的に行動をしている。瞳も、獲物を目前にしたハイエナの如く、危険な色を宿していた。
真実も何度か配慮の言葉をかけたのだが、美波は大丈夫と返すばかり。友人にそう言われては、嘘も吐いていない以上は強く追及することはできなかった。
そうこうしているうちに、二人はひとつの扉の前へ辿り着く。自動扉なので、本当なら独りでに開くはずなのだが、状況が状況のために今は反応を示さない。
美波は閉じた扉を強引にこじ開け、躊躇いなく中へ入っていった。
それを見た真実は唖然とした。
今開けられた扉は重厚な様相をしていて、とても素手で何とかできるものには見えない。だというのに、戦士職でもない美波が腕力で開いたのだ。驚く他ないだろう。
「真実ちゃん」
声をかけられて我に返る真実。
彼女が呆気に取られているうちに美波は結構先まで進んでいたようで、部屋の中央辺りに立っていた。慌てて美波の傍へ駆け寄る。
彼女たちが入室した場所は倉庫のようだった。壁も天井も普通の部屋よりも遠く、無骨なコンテナがいくつも積まれている。
真実は美波の数メートル手前まで近づいたところで尋ねる。
「ねぇ、美波。ここが最深部のわけないよね?」
このような雑然とした場所へ
どうにも胸騒ぎがした。先程まで胸中にあった心配は不信感へと変化している。
美波はニッコリと笑う。
「ここは第五コンテナ室。空間遮断装置と同じ最下層にある部屋だけど、位置は正反対。しかも、最深部に向かうには、わざわざ上の階まで戻らないと行けないよー」
いつものオドオドした雰囲気は一切なく、愉快そうな語調で彼女は喋る。口が描く三日月は大きく歪んでおり、どことなく恐れを感じさせた。
姿形や声は美波そのものなのに、目の前の彼女が友人ではない誰かに見えてしまう。ある種の恐怖を覚えた真実は、思わず後退りをした。
その反応を受けて、美波は声を震わせる。
「怖くなっちゃったのかなぁ? でも、残念ながら逃がしてあげないよー」
美波は片腕を横に凪ぐ。それに連動して出入り口の傍に積まれたコンテナの塔が崩れ落ち、激しい音を鳴らしながら出入り口を埋めてしまった。
結果を見届けた美波は満足そうに頷く。
「これで場は整ったね。それじゃあ、始めよっか!」
ニコニコと笑みを浮かべ、スキップを踏んで彼女は近づいてきた。
様変わりした友人に言い知れぬ嫌な予感を覚えた真実は、逃げるように後ろへ下がっていく。――が、最終的には落ちたコンテナに背を預けることになってしまう。
目と鼻の先まで接近した美波は、真実と瞳を合わせた。刹那、美波の眼が一瞬だけ
視線が交差したのは僅かの間のみで、すぐに美波は目を逸らす。
彼女は不満げに唇を尖らせた。
「やっぱり効かないなぁ。その眼のせいかな? だとしたら、ますます欲しくなっちゃったよ」
その言葉から、今さっき、美波が真実へ何かをしたことが推察できた。しかし、具体的なことは何も分からない。
それどころではない。真実は現状を何ひとつ把握できていなかった。美波がいつもと異なる様子なのも、どうしてコンテナ室に連れて来られたのかも、何が理由で出入り口を封鎖したのかも、全てが不明だった。
ぐるぐると思考が渦巻いている間にも、目前の少女は行動を開始してしまう。
美波は真実の顔をガッシリ掴み、覗き込んでくる。その力は強く、振り払うことは叶わない。よく見れば、いつの間にか手足も魔力で拘束されており、もはや動くことも困難な状況に陥っていた。
真実と美波の顔の間に、小さな魔法陣が展開される。瞳ほどの大きさで、数も瞳と同じふたつ。
真実の目が不安に揺れた。
「な、何をする気なの?」
混乱する頭で、何とか口を開く。
恐怖に歪む表情と
「うんうん。仲が良かったはずの友人に、人気のない場所で縛られて魔法を向けられる状況。とっても怖いよねぇ。ものすごく焦るよねぇ。その反応、すっごくステキだよぉ」
違法薬物を服用してハイになった中毒患者のような、恍惚とした表情を浮かべる美波。
妖しい笑顔のまま、彼女は続ける。
「このまま何も知らないのは可愛そうだから、ネタバラシしてあげるね?」
「ネタ、バラシ?」
「そう。ネタバラシ」
小気味良く頷く美波を見て、激しい胸騒ぎを覚えた。彼女の話を聞いてしまえば、ものすごく後悔する。そういった予知にも似た何かを感じる。
この時、真実は美波の話そうとしていた内容を何となく分っていたのかもしれない。現状を冷静に受け止めれば、すぐに辿り着く結論なのだから。
それができなかったのは、偏に彼女が友人だったからだ。美波は異世界から帰還して初めてできた友達で、一緒に記者になる夢を目指した仲間だったから、明らかになる
しかし、そんな
「
飴菓子の如き粘り気を孕んだ声音は、真実の耳に
混乱を通り越して、頭が真っ白になる。自分の視界が遠のく錯覚に陥る。気絶する無様は晒さなかったが、もう彼女の瞳には覇気がなかった。
「う、嘘……」
考えがまとまらぬ中、何とか絞り出した一言。それはとても空虚だった。
美波は鼻で笑う。
「嘘じゃないって分ってるでしょう?」
「……」
言い返せない。
そう、分っていたのだ。美波が何ひとつ嘘を言っていないことは、自身の魔眼が証明している。
それでも、真実は美波の言葉を信じたくなかった。短いつき合いとはいえ、彼女のことは親友だと思っていた。夢を共有し、語らい、進んでいく。心から信頼できる友達だと思っていた。魔眼のことを知って去っていった召喚前の友人とは違い、美波は自分の眼を受け入れてくれていると信じていた。
それなのに――
「真実ちゃんの眼は本当にステキな力を秘めてる。ああ、それがもうすぐ私たちのモノになるなんて! 常に魔眼を向けられるなんて嫌だったけど、終わり良ければ全て良し。退屈だった友人ごっこも許せちゃうよねぇ」
美波は一片も真実のことなど受け入れてはいなかった。去っていった旧友たちと一切変わらなかった。彼女が見ていたのは魔眼のみで、真実自身は眼の付属品にすぎなかった。
これまでの友情を全て否定され、打ちひしがれる真実。
(
心に走る痛みは激しく、呼吸は苦しく、立つこともままならない。魔力で手足を拘束されていなければ、その場に倒れ込んでいただろう。
その様子を窺う美波は、満面の笑みを浮かべていた。
「うんうん、その表情ステキだよぉ。親友だと思ってた相手に裏切られた時の表情、色を失っていく瞳! ああ、いつ見ても他人の心が折れた瞬間は昂っちゃうね」
彼女はひとしきり絶望する真実を堪能すると、行動を再開する。
「そろそろいいかな? 魔眼を摘出すると所有者は死んじゃうんだけど、恨まないでね?」
どこまでも自分本位に語る美波。
目の前の魔法陣ふたつが淡く輝き始める。
致命的な何かが始まろうとしている最中、真実は呆然と虚空を見つめていた。
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