005-2-04 謁見と粛清

 一総かずさたちが霊魔国への協力を申し出てから数時間後。彼らは玉座の間にいた。大理石の床、黄金や宝石を散りばめた装飾、芸術的な天井画など、王と謁見するのに相応しい華やかさがある。


 この部屋の存在意義からして、当然ながら一総たち以外にも人がいる。霊魔国の国王を筆頭とした王族、各地に自領を持つ貴族や国政を担う官僚たち。国を支える面々が勢揃いしていた。


 本来、これほどの面子が顔を揃えることは滅多にないのだが、政治にも大きな影響力を持つミュリエルが招集した結果、必要な人員を全て集められた。国の趨勢を決めかねぬ戦時というのも加味されたと思われる。


 さて、肝心の集会の様子だが、大きく騒ついていた。城に住む王族や重役を持つ貴族はともかく、他の大多数の動揺は激しい。


 何が原因かと問われれば、間違いなく一総の存在だ。国王を前に堂々と立つ彼を見て、誰もがその顔色を悪くしている。中には腰を抜かす者までいた。


 この異様な空気に、過去を知らない蒼生あおいたちは困惑するが、当の一総はどこ吹く風。周囲には目もくれず、真っすぐ玉座に座す国王を見据える。


 ミュリエルの父であり霊魔国の君主である男は、厳格そうな風貌の男だ。吸魂魔ソウル・サッカーは不老長寿の種なので当てにはならないが、外見は三十代後半に見える。


 彼は顔を険しくさせたまま、口を開いた。


「相変わらず太々しい奴だな、貴様は」


「オレたちが頭を下げてないことを指して『太々しい』なんて言ってるのか? 十年前にも言ったが、オレはお前の家臣ではないし、お前たちがやったことを許しもしない。だから、絶対に頭は下げないぞ。というより、開口一番がそれとは、お前こそ相変わらず頭が弱いんだな」


 ゾワリ。


 一総が悪態を吐いた瞬間、背筋を冷やす殺気が部屋を満たした。それをまともに浴びた周囲の貴族と、王の傍に立つミュリエルを除く王族は震え出す。


 だが、矛先を向けられたはずの一総や勇者たちは身動ぎもしなかった。歴戦の戦士である一総やつかさは言わずもがな。経験の浅い蒼生や真実まみも、テロリストから本気の殺意を向けられたことがある。王がこの世界でも上位の実力者に入るとしても、所詮は格下の殺気にすぎない。


 あまりにも短気で浅慮な行動を起こす国王。彼は典型的な選民思想家で、勇者のことを奴隷程度にしか考えていない。ゆえに、立場を弁えない一総の態度が気に食わなくて仕方がないのだ。それでも治世能力は高く、優秀な人物だと評価できるのだが。


 十年前と何も変わらない王へ溜息を溢しつつ、一総は話を進める。


「人を集めた時点で察してるとは思うが、オレたちは今回の戦争に手を貸す。戦前の国土にまでは戻すと約束しよう」


 この言葉に、先程とは別の意味で周囲が騒がしくなった。おそらく、多くの貴族は『黒鬼こっきの力添えがあれば戦争に勝てるのでは?』と浮かれているのだろう。あれほど恐れておいて現金なものだが、協力的もしくは中立を保ってくれるのなら文句はない。


 問題なのは、それ以外の反応を示した者たちだ。


(こちらを睨んでるのは、代替わりした若い当主が多いか。オレのことを詳しく知らないのなら無理のない反応だな。それは力を見せつければ何とかなるとして……あいつら・・・・の対応は面倒そうだ)


 一総が視界の端で捉えるのは、かつて蹴散らしたことのある貴族たち。きちんと目的があっての行動だったのだが、やられた側には関係ない。十年経った今でも恨んでいるようだ。


 しつこい怨恨に辟易へきえきしている間、国王が言葉を発した。


「正直に言おう、我は貴様の手など借りたくはない。平民にも劣る分際なのだから、選ばれし我が一族の役に立てることを喜べば良いものを、やれ最低限の生活は送らせろ、やれ自分は奴隷ではないなど、身の程を知らぬ反発をしてきた。しかも、その傲慢さは今も変わっていない。これ以上の不愉快はない」


 慣れている一総は無反応だったが、初対面である蒼生たちは違った。人を人と思わない発言に、盛大に顔をしかめている。過去の一総の扱いを悟ったこともあり、その瞳には怒りが乗っていた。


 せっかくの援軍を袖に振る行為に、官僚であろう重鎮らが慌てて口を挟もうと身を乗り出す。


 だが、それを王は制した。


「──が、個人的感情を挟めるほど、今の我が国に余力はない。貴様の力だけは我も認めるところ。よって、提案を受け入れてやろう」


 あくまでも自分らの方が立場が上だと、そう豪語する返答だった。


 一総を嫌うから、わざとあおって・・・・いるのではないかと考えるかもしれないが、この王に限っては異なる。吸魂魔は全種族の上に君臨する種族であり、そのさらに上へ立つ王族は世界の覇者と、本気で信じているのだ。


 そして、この思想は程度の差はあれど、この場のいるミュリエル以外の貴族も有しているもの。黒鬼という恐怖の象徴の前だからこそ大人しいが、この場を立ち去った後はボロクソに悪口を言うに違いない。


 この国は吸魂魔には優しい場所だ。しかし、人にはとても厳しい地だろう。上層部が凝り固まった選民意識に捉われているのだから。


 長年の敵対国のバァカホ王国も人族至上主義を掲げているので、どちらが正しいとも言いがたい。両国間の戦いは、現代日本の価値観を持つ一総たちにとって酷く下らない代物だった。


 王を含めた霊魔国の連中の反応を確認した一総は、内心で溜息を吐く。この国が十年前から何ひとつ変化していないことに、少なくない失望を覚えた。


 十年前にあった世界の危機から学んでいたのなら、全面的に霊魔国へ協力をしようと考えていた。でも、このありさまであれば、二国の戦力差を元の状態──拮抗へ戻すだけで良いだろう。自分たちだけが特別だと盲信している輩は、いつまでも争っていれば良い。


 一総は霊魔国へある程度の見切りをつけ、国王に冷めた視線を向ける。


「了解した、霊魔国が元の状態に戻るよう尽力しよう。オレたちはミュリエルの世話になるから、何か用がある場合は彼女に言伝してくれ。あと、この後すぐに洗い出し・・・・をするぞ」


「好きにしろ」


 王は投げやり気味に言うや否や玉座から立ち上がり、部屋を退室していった。唐突な行動に、周囲の者たちは狼狽ろうばいしながら臣下の礼を取る。


 王とミュリエルを除く王族たちがいなくなり、玉座の間は静寂が支配した。貴族たちは姿勢を正しつつも、誰も口を開かない。ただただ、静かに佇む一総を警戒していた。


 空気が張り詰める中、ミュリエルが一総の隣へ歩み寄る。


「やるのよね?」


 主語のないセリフではあったが、彼は意味を理解している。


「ああ。今回は真実の力を借りて、手間を省こうと思う」


「頑張ります!」


 これから何をするか事前に聞かされていた真実は、やる気満々といった風に両拳を握り締める。


 微笑ましいその姿を視界に収めつつ、一総は周りに向かって声を発した。


傾注せよ・・・・


 決して大声ではなかった。しかし、彼の放ったそれは玉座の間の隅々まで伝播し、この空間にいる全ての者の意識を集中させた。元々警戒のために視線は向けられていたが、今の一言により、無意識に話を聞く姿勢をするよう矯正させたのだ。


 大した技術は使っていない。声に軽く霊力を込めたことで魂を揺さぶり、微弱な催眠術を施しただけ。何となくそうした方が良いと誘導するだけの、些細な能力しか行使していない。普通なら成功しないのだが、貴族たちがこちらを注目していたことが後押しになった。


 上手く術中にはまったのを悟った一総は一息つき、言葉を続ける。


「今から貴殿らに質問をする。否定なら挙手を、肯定なら何もするな。嘘を吐くことや応答を拒否することはお勧めしない。では、始める」


 一総は真実を斜視する。


 彼女が力強く頷いたのを認め、問いを口にした。


「質問、己は霊魔国を裏切っている。肯定ならそのまま、否定なら挙手を」


 途端、貴族たちが騒がしくなった。「何を言っているんだ?」やら「気でも触れたのか?」やら、正気を疑う発言が耳に届く。いきなり自分たちの忠誠を疑問視されたのだから、当たり前の反応だろう。


 だが、その混乱も次第に収まっていく。


 何故なら、一総が彼らをジッと見つめていたため。怜悧れいりな瞳から、今の質問が本気であると察せられたのだ。


 そして貴族たちは、一総が十年前になした所業と今回の一件を、ようやく結びつけられた。


 一総は十年前の王国との戦争に多大な貢献をした英雄であると同時に、多数の犯罪者や貴族を粛清した虐殺者でもあった。だからこそ、味方だったにも関わらず、霊魔国の人々にも黒髪の鬼──黒鬼として恐れられているのだ。


 彼の過去と今の問いかけ。そのふたつを並べて出せる結論は決まっている。黒鬼は再び貴族を粛清しようとしている。しかも、今この場で、だ。


 この事実を察した者らは震え上がった。


 彼が無闇やたらに殺しを行うわけではないのは理解している。十年前も、他国と繋がっていた裏切り者や違法行為をしていた悪徳者しか対象にしていなかった。


 しかし、だからといって、恐怖を覚えないことにはならない。あまりにも一方的な粛清はインパクトが強く、自らの無事を確信していても恐怖が拭えないのだ。


 恐怖に屈した者が慌てて手を挙げていき、次に一総へ恨みを抱いている者が苦渋の表情で続く。十年の間に代替わりした新参は最初こそ戸惑っていたが、粛清の話は聞かされていたのか、困惑しながらも挙手をした。


 予想していたことだが、この場にいる全貴族が手を挙げている。動かなかった者は誰もいない。


 一総は貴族らをザッと見渡し、それから真実へ目を向けた。彼女は目をすがめ、真剣な面持ちで挙手の群れを見つめている。


「どうだ?」


 一総が短く尋ねると、真実はすぐさま返事をした。


「あの人とあの人、あとは……あっちの人も嘘吐いてます」


 真実が淀みなく指を差したのは三人、伯爵一人と子爵二人だった。確か、全員現在の王国との国境に領地や勤務先を構える貴族だったはず。


「わ、私が国を裏切っているというのか!」


「藪から棒に、失礼ではないか!」


 子爵二人はうろたえ、激昂した。


 伯爵はというと、


「そう言うからには、何か証拠があるのでしょうな?」


 あくまで冷静な態度を保っていた。


 だが、魂を見通せる一総には分かる。彼は今、とてつもなく動揺をしていた。後ろめたいことを隠している、そういう反応が見られる。真実の能力は信用できるものだし、黒で確定だろう。


「証拠ならある」


 一総は強気に言う。


 対して、伯爵は眉を寄せた。


「まさか、そこの女が嘘を見破れる能力を持つとは言いますまい? 吸魂魔どころか霊魔国民でもない者の話など信用できるわけがない。物証が欲しいものですな」


「んなっ!」


 伯爵の発言に、真実が驚きの声を上げた。


 おそらく、自分の能力を疑われるとは考えてもいなかったのだろう。初召喚先では王族にその力を利用されていたと話していたから、疑問視されるという発想に至らないのも仕方がない。


 一方、一総は動じていない。この展開は予想の範疇にすぎなかった。ゆえに、強引ではあるが、対策も講じている。


(見つけた)


 真実が三人を指してから同時進行していた作業に当たりがつき、彼は心の裡でほくそ笑んだ。


 その後、こちらを見据える伯爵に向けて右手を掲げ、ひとつの魔法を詠唱する。


「【アポート】」


 それは物質転送の魔法。自分の元へ指定したものを引き寄せる能力だった。


 本来であれば無詠唱かつ魔力感知もさせずに行使できるが、今回はわざとらしく魔法名を唱え、魔力も思い切り拡散させた。これにより、一総が魔法を発動したのは周知された。


 【アポート】は無事に成功したようで、掲げた手の平の上に淡い光が灯った。すぐに光は消え去り、三枚の紙が出現する。それらは重力に従うことなく、ふわりふわりと手の上に浮いていた。


 この世界の文字が綴られた三枚の紙は、最後の方に印字が記されていることから何かの契約書と推測できる。これこそ、伯爵たちの罪を明かにする物証であった。


 一総が引き寄せた代物の正体を悟った伯爵が目を見開き、顔色を悪くする。子爵二人も最初こそ訝しげな表情だったが、次第に体を震わせていった。


 絶句する彼らに向かって、一総は満面の笑みを見せる。


「お望み通り、お前たちが裏切り者である証拠を用意したぞ?」


「な、何故それを貴様が……」


「それは自白か?」


「うぐっ」


 予想を超える展開ゆえに気が動転していたのか、伯爵は口を滑らせた。周囲の貴族たちも耳にしたため、もはや言い逃れはできまい。


 ここぞとばかりに、彼は畳みかける。


「オレが用意したこの紙は、そこの裏切り者たちが王国と交わした契約書だ。本人らの霊力が込められた魂の誓約が施されているので、偽造等はあり得ない。内容は……霊魔国内の情報を渡す代わりに、占領後の霊魔国領土の統治を任せるといった感じか」


 今までで一番の騒めきが起こる。多くの貴族たちが、伯爵たちへ怒りの視線を向けた。


 どうにもならないと理解したらしく、伯爵たちは揃ってその場にうなだれた。見苦しく足掻くと予想していたため、少し拍子抜けだ。


「まさか、あの防衛を突破するとは」


「確かに厳重に保管されてはいたが、オレにとってあの程度のセキュリティはないに等しい」


「黒鬼の実力を見誤ったか……」


 真実が魔眼で裏切り者を探り当て、一総が【探知】や【アポート】で証拠をかき集める。それが今回の作戦だった。


 物証を残していない可能性は一切考慮していなかった。何せ、長年の仇敵と手を組むのだ。今回引き寄せたような代物を用意しておかなくては、お互いに安心できないに決まっている。


 完全に心挫かれた伯爵たちへ拘束の霊術を施すと、彼はミュリエルに話しかけた。


「あとは任せていいか?」


「ええ、大丈夫よ。それにしても、たった十年で再び裏切り者が現れるとはね」


 呆れた様子を見せるミュリエル。


 一総は肩を竦めた。


「喉元すぎれば熱さ忘れるってやつだろう。ズル賢い輩はどこにでも出てくるものさ」


「それはそうだけれど、身内から出てくると嫌になるのよ」


「ご愁傷様」


 無神経な物言いにムッと眉をしかめるミュリエルだったが、すんでのところで思い留まった。彼にとって霊魔国の価値は無に等しいと彼女は知っているため、これ以上の問答が無駄であると悟ったのだろう。彼が手を貸すのは、あくまでミュリエル個人への恩返しなのだ。


 やるべきことは終わったので、一総は部屋の出入り口へと足を向ける。


「じゃあ、オレたちは退散するよ」


「分かったわ。ムムが待機しているでしょうから、案内に従ってちょうだい」


「了解」


 一連の流れを見守っていた蒼生たちを引き連れ、彼らは玉座の間から退室していく。


 その後ろ姿を、貴族らは緊張した面持ちで見送るのだった。

 

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