005-2-03 霊魔国の現状(後)
「強さのレベルと言い、転生者と言い、この世界って色々変じゃありませんか?」
「否定はできないな。でも、だからこそ、十年程度で再び世界の危機に陥ってるとも捉えられる」
一総が話の方向を転換したのが理解できた。今までの雑談とは異なり、明かに場の空気が緊張を始めたのだ。
唐突な話題の変更に、一同は表情を固くする。
それに乗るように、
「召喚された勇者が、まさか
そう。バァカホ王国側について霊魔国を追い詰めている勇者とは、
彼女が召喚される直前、あの心の叫びを聞いた身としては、思うところが多々あった。しかも、空間魔法を手にしたフォース最強──いや、この世界で霊術を習得している可能性を考慮すると
沈んだ様子の
「でも、桐ヶ谷センパイが敵対してるのなら、霊魔国が劣勢というのも理解できます。いくら異世界の平均より強くても、あの人に勝てるわけないですもん」
自分が侑姫と相対した描写でも想像したのか、彼女はブルリと身を震わせた。
ところが、そんな真実の予想を一総は否定する。
「それだけが理由じゃないはずだ」
「どうしてですか? 桐ヶ谷センパイほどの実力者であれば、万の軍でも単独で蹴散らせると思いますけど」
異を唱えられとは思わなかったらしい。真実は些か語気を強めて問うてきた。
対し、彼は冷静に返す。
「何も、桐ヶ谷センパイの強さを疑ってるわけじゃない。彼女だけのせいで、この国が負けてるんじゃないってことだ」
「?」
一総の意図していることへ理解が及んでいないようで、真実はただ首を傾ぐ。
大規模な戦争を経験していない彼女では無理のない反応かもしれない。こればっかりは、実際に肌で経験しなくては分からないものだ。現に、司は理解を示しているが、一方の
戦況の把握は生存率を上げるのに必要な力。面倒ではあるが、今後の真実たちのために教示しようとした。
すると、
“コンコン”
と、控えめなノックが部屋に響く。
一総は開きかけた唇を閉じ、扉の傍に立つミミを見た。ちょうど彼女もこちらへ視線を向けており、ばっちり目と目が合う。
一総が頷くと、ミミは心得たとばかりの表情をして扉を僅かに開けた。そして、廊下にいる何者かと言葉を交わし、再び彼の方を向く。
「ミュリエル様がお越しッス」
「通してくれ」
訪問者が誰か予想できていた一総は即答した。
それを聞き届けたミミが扉を開く。その後、ミュリエルが後ろにムムを伴って入室してきた。
ミュリエルの服装は、正門で出会った時と変わっていた。あの時もドレス姿ではあったが、今はそれ以上の豪華絢爛な代物に身を包んでいる。かなり派手な意匠だが、彼女の美貌は一片も陰っていない。
ミュリエルは美しい所作と共に謝罪をする。
「お待たせしてごめんなさい。少し準備に戸惑ってしまったの」
フランクさを混ぜた言葉であっても、彼女の優雅さは失われていない。その辺りはさすが王女だと評価できた。
その謝辞に対し、一総は気にするなと軽く手を振る。
とても王族相手に取る態度ではないけれど、それを
「それよりも、現状について説明をしてくれないか。こちらでも多少は話し合ったんだが──」
ミュリエルが着席したのを認めた後──ムムは背後に待機した──、そう言って先程までの会話を伝達する一総。
全てを聞き終えたミュリエルは静かに点頭した。
「大体、カズサの見解通りね。王国に現れた勇者があなたたちの知り合いだったのは多少驚いたけれど、彼女一人が戦況を揺るがしているわけではないわ」
どうやら、ミュリエルたちは侑姫の存在をしっかり認知していなかったらしい。使い魔経由で情報が渡っていると思っていたが、彼女たちが知るのは夏休み初期までで、桐ヶ谷の事件は伝わっていなかった。この世界で唯一侑姫の顔を知っていたメイド二人が、前線のいる彼女と対面できていないことも大きな要因だったろう。
閑話休題。
一総と同じ結論を言われ、真実は訝しげに問う。
「一総センパイも言ってましたけど、桐ヶ谷センパイ以外にも劣勢に立たされる原因があるんですか?」
その質問を受け、ミュリエルは頭痛を堪えるような表情を浮かべた。
「ええ、当然あるわよ。むしろ、勇者よりも難解な問題がね」
「あんなに強い人を敵に回す以上の問題ですか?」
侑姫の実力を目の当たりにしているだけに、彼女の言葉が信じがたいようだった。それは話を黙して聞いていた蒼生も同様で、無表情を微かに動かしている。
やはりというべきか、此度の戦争の問題点を正しく理解しているのは、ベテラン勇者の二人だった。
そのうちの一人である司が返す。
「村で倒した兵士から得た情報は覚えてる?」
「はい。勇者が桐ヶ谷センパイであること、王国が占領した規模、彼らの役割──補給路防衛のこと…………あとは、ここ一年で王国軍の幹部に若手が増えたってことくらいですね」
正直、侑姫の情報以外は役に立つものとは言えない。占領規模は霊魔国で知れたことだし、補給路はひとつのはずがないので、潰しても有効打にはならない。最後のも、ただの世代交代の話にすぎない。
真実はその程度に考えていたのだが、司を含む戦争を知るメンバーは異なった。
「この中でもっとも無視できない情報は、若手の幹部が増えたって話」
「えええ、どうしてですか?」
一番重要度が低いと考えていたため、真実は驚くしかない。
司は淡々と続ける。
「この世界みたいな貴族社会っていうのは、家格だったり年功だったりが、とても重視されるんだよ。稀に実力主義国家が誕生するけど、尋問した兵士の話ぶりから、王国がそうだとは言えない。逆に、ガチガチの身分社会だって断言できる。それなのに若手が昇進するのは、明らかに怪しいんだよ」
彼女の説明を聞いて得心がいったのか、真実は「確かに」と頷いた。
「では何故、今までの体制を壊すような人事を行ったのか。考えられる可能性は多岐に渡るけど、この戦時で一番あり得そうなのが──身分にうるさい者たちを黙らせるくらいの実力を若手たちが保持してるってこと」
「それは……」
真実は絶句した。
彼女は貴族社会がどういうものか、嫌というほど知っている。初めて召喚された異世界で、散々その闇を見続けてきたのだから。
ゆえに、それを覆す実力というのが上手く呑み込めなかった。
彼女が固まっているのを尻目に、一総も話に乗る。
「そもそも、勇者が現れた程度でオレに助けを求めるわけがない。勇者はやろうと思えば排除できる。となれば、短くとも十年は苦しめられるだろう現地民の異常強化が呼び出された原因の最有力候補になるのは、当然の流れなんだよ。そうだろう?」
彼は最後にミュリエルへ言葉を投げた。
ミュリエルは神妙に頷く。
「この世界に来て間もないのにそこまで推察できるなんて、さすがとしか言いようがないわね。二人の言う通り、アタシたちが抱える最大の問題は王国兵の強さよ。一年前まではこちらの方が若干上回っていたのに、今では下級兵にさえ歯が立たないの。勇者も厄介ではあるのだけれど、将来を見越せば、強化された兵士たちの方に対処していきたいわね」
「だったら、まずは──」
「ち、ちょっと待ってください!」
今後の方針を話し合おうとした時、真実が大声で遮ってきた。
何ごとかと目を向けると、困惑した様子の彼女がいた。
「至極当然のように『勇者はやろうと思えば排除できる』って言いましたけど、そんなことできるんですか?」
先の彼の言いようでは、侑姫が戦争に参加した程度なら一総を呼ばなかったと捉えられる。シングルやダブルならいざ知らず、それ以上の勇者を現地の人のみで抑えられるなど信じられなかった。
だが、疑問をぶつけられた当人たちは、平然とした顔で首肯するのだ。
「勇者っていうのは、戦力として不安定なんだよ。世界を救う使命という楔で繋がれた
「要するに、どういうことでしょう?」
「端的に言えば、世界の危機を解消ないし解消するよう勇者を誘導すれば、勇者は排除できる。あとは腑抜けた兵士しか残らないから、勝利を得るのは簡単だ」
「そんなことできるんですか?」
現地の人々の手に負えないからこそ、世界は勇者を召喚する。一総の語る解決策は机上の空論に思えてならなかった。
問われた一総は肩を竦める。
「別に、現地民だけで解決する必要はない。さっきも言ったが、勇者が解決するよう誘導するだけでもいい。無論、多大な労力と犠牲はかかるだろうが、放置するよりは断然マシさ」
「なるほど……」
納得したような、していないような。何とも微妙な顔をする真実。勇者への対処法がゼロではないと理解しただけでも良しか。
彼女の反応に苦笑しながら、一総は話を続行した。
「で、話を戻そう。今後の動きだけど、オレたちは王国兵が強くなった原因を探ればいいのか?」
一総の問いに、ミュリエルは首肯する。
「ええ、お願い。人間のあなたたちの方が、王国への諜報は容易でしょう。それと、申しわけないのだけれど……」
「分かってる。元の国境線まで王国軍を押し返すくらいなら手伝うさ。ついでに、国内の洗い出しもやっておこう」
表情を陰らせたミュリエルへ、間髪入れず提案をする一総。
最後まで言わせなかったのは、関係のない彼らに自国の問題を任せてしまうことへの彼女の罪悪感を察しての行動だった。恩人と慕うだけあって、一総の態度はいつになく思いやりに溢れている。
一総は他の勇者たちに言葉を向ける。
「オレは戦争に手を貸すつもりだが、みんなはどうする?」
無理につき合う必要はないと言外に伝える。
ここまで同行させておいて何を言っているのだと思うかもしれないが、それほどに戦争とは残酷なものだ。できる限り関わらない方が良いに決まっている。特に、まだ純粋さを残している蒼生と真実は。
しかし、この気遣いは余計なお節介だったようだ。蒼生たちは一様に呆れた顔をしている。
「当然手伝う」
「私はどこまでもセンパイについていきますよ!」
「右に同じ。というか、ここまで来て今さらだよ」
皆の反応を受けて、一総は僅かに頬を緩ませた。
彼女たちの性格から分かっていたことだが、実際に目の当たりにすると嬉しさもヒトシオである。信頼を寄せられるのは、とても心地良いことだ。
ミュリエルも感動したように、瞳を潤ませた。
「ありがとう」
こうして、一総たちは霊魔国所属として戦争に参戦する運びとなった。
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