005-2-02 霊魔国の現状(前)

 霊魔国の王都へ無事(?)に入れた一総かずさ一行は、ミュリエルの先導により王城へと向かっていた。


「なんか、イメージしてた街並みと全然違いますね」


 道中、呆れた様子で真実まみが口を開いた。


 それも仕方ない。霊魔国首都の景観は、『異世界』と言われて想像する中世ヨーロッパ風ではなく、非常に現代に似通ったものだったのだから。周囲にそびえ立つ壁や中央の王城、道を行き交う馬車がなければ、現代日本だと騙せてしまうかもしれない。一見、時代遅れに感じられるそれらも、中身の性能はまるで別物なのだが。


「私は一度しか召喚されたことがないので分からないんですけど、他の異世界もこんな風なんですか?」


「そんなことないよ、もっと文明レベルの低いのが普通。高度な文明が発展してる世界もあるとは聞くけど……」


 真実の問いに答えるつかさだが、釈然としないようだった。


 彼女が言う『高度な文明の存在する異世界』とは、電脳世界しかり機械帝国しかり、たいていは科学技術と異能が入り混じった世界なのだ。だのに、今いる世界には科学の気配を微塵も感じられない。明かに矛盾を抱えていた。


 二人の会話を耳にしたミュリエルが、チラリと視線を向ける。


「その疑問を解消する回答は持ち合わせているけれど、この国の建国期までさかのぼる話だから、今は説明できないわね」


 そう口にした彼女はフフッと笑みを溢した。


「それにしても懐かしいわ。初めてカズサに街を案内した時も似たような反応をしていたもの。『ボクの知ってる異世界と違う!』って大はしゃぎだった」


「その時のことは知らないッスけど、ミミたちと契約した時もご主人様は興奮した様子だったッスね。『ボクなんかと契約してくれてありがとう』って涙ながらに言われたこと、今でも覚えてるッスよ」


「あの時のご主人様は純真でしたね」


 一行の最後尾を歩いていたメイド二人も追従する。そこには回顧する気持ちもあったが、微かなからかいの感情も含まれていた。


 幼少の頃の話題を出されるのは一総でも羞恥を覚えるようで、彼は若干頬を染めながら言葉を挟む。


「当時は小さな子供だったんだから仕方ないだろう。それに、君らだって可愛らしい子供だったじゃないか」


 一総の細やかな反撃。これに対する反応は真っ二つに分かれる。


「か、かわ……」


 ミュリエルは顔を真っ赤にしてフリーズするが、ミミとムムの姉妹は──


「そりゃ当然ッス。ミミたちは世界一可愛い姉妹ッスから!」


「お褒めいただき、ありがとうございます」


 と、平然と受け止めていた。


 この辺の差は性格もさることながら、種族の違いが大きな要因と言えた。メイド姉妹は人間の精気を糧とする淫魔の一族であるため、セクシャル方面――容姿への賛美に照れる思考回路が存在しないのだ。


「センパイの小さい頃の話ですか。ぜひとも王女殿下方にはお聞きしてみたいです!」


 照れる一総というレアショットを目撃して身悶えていた真実が、テンションを上げたまま懇願する。


 それを受けてミュリエルは目を丸くしたものの、次の瞬間には小さな笑みを浮かべていた。


「最初も言ったけれど、アタシのことはミュリエルでいいわ。カズサの友人だもの、堅苦しい言葉遣いも不要よ。それでカズサの昔話だったわね。もちろん構わないわ。あなたになら、いくらでも話してあげる」


 真実を真っすぐ見つめる彼女の目には、ハッキリと友好の意思が感じ取れた。それは先程出会ったばかりの相手に向けるにしては些か過剰なもので、真実は困惑してしまう。


 そんな感情の機微を読み取ったのか、ミュリエルは柔らかに答えた。


「あなたたちにとってアタシとは初対面でしょうけれど、アタシからしたら、そうでもないのよ」


「どういうこと?」


 真っ先に蒼生あおいが疑問を呈する。


 ミュリエルは視線を後方のメイドたちに向け、続ける。


「使い魔のパスを利用して、カズサの動向を定期的に聞いていたの。だから、あなたたちのことも大雑把には知っていたわ」


「ああ、センパイへ救難信号出せるくらいだし、逆に情報を受け取ることもできるんですね」


「どうしても時間差が生まれてしまうので、リアルタイムとはいかないのが難点ですが」


 多少の補足をしつつも、情報源だったムムは真実の見解に頷いた。


 ミュリエルは「だから」と頬笑む。


「あなた──マミがカズサを大切に想ってるのは知っているつもりよ。実際に目の当たりにして、その想いの強さに驚くところはあったけれどね。そんな人なら、喜んで話してあげるわ。もちろん、他の二人も同様よ」


 最後の一言を聞き、蒼生と司は嬉々とした表情を見せた。どうやら、彼女たちも一総の過去に興味があったらしい。


「ほどほどに頼むぞ」


 和気藹々とした空気の中、苦言を溢すのは一総だ。未熟だった自分の話をされるのは、彼としても極力避けたいのだろう。異世界でのできごとなら尚さらか。


 一総の心情は理解しているようで、ミュリエルは「大丈夫、任せて」と返す。


 一総という共通点のお陰で意気投合した一同は、その後も温かい会話を続けるのだった。








 王城に到着し、応接間に案内された一総たち。ミュリエルは所用のためにムムを連れてこの場を離れており、今いるのは勇者組にミミを加えた面子だ。


 豪華なソファに腰を下ろし、それぞれが思い思いに待機しているところ、真実が納得いかないといった顔で口を開いた。


「やっぱり、おかしいですよ」


「何が?」


 蒼生が小首を傾いで反応する。


 突然の発言を訝しんでいるのは他の面々も同じで、一様に彼女へ視線を向けていた。


 真実は眉根を寄せつつ言う。


「このお城が、ですよ。外観は西洋風の古城なのに、一歩入れば『どこのSF映画だよ!』ってツッコミ入れたくなる性能じゃないですか。違和感ありまくりです!」


 彼女の言わんとしてることが理解できたのか、勇者組は嗚呼と頷いた。未だに首を傾いでいるのは現地民たるミミのみ。


 自動ドア、動く歩道、エレベーターなどなど。霊魔国の王城は古めかしい外見とは対照的な、近未来的なシステムが組まれていた。デザインこそアンティーク風だが、家具のひとつひとつも最新式だと思われる。


 一言物申したくなる真実の気持ちも分かるのだが、彼女以外の者は冷静さを保っていた。


「まぁ、街の様子を確認した時から予想できたし」


 そう語る司は苦笑気味に答えた。


 この程度の技術発展は想像の範疇のようだ。それは残る二人も同意見だろう。


 真実は小さく唸る。


「確かに予想を上回ってたわけじゃないですが、それにしたって外見と中身が不一致すぎません? いっそのこと、見た目もSFチックにしちゃえば落ち着くのに」


 近未来的部屋にて落ち着けるのだろうか。そのような疑問を一同は浮かべたが、誰も口にはしない。


 代わりに、意匠と性能にギャップが生まれている原因を、一総は説明し始めた。


「ガワが古めかしい最大の理由は“見栄”だな」


「見栄、ですか?」


「こういうゴテゴテしい様式の方が、受けがいいんだよ。この世界はオレたちの世界と違って貴族が実権を握ってる。『私はこんなにも素晴らしい家に住んでいるんだ』って見栄を張らなくちゃいけないのさ」


「あー、貴族の方々って、口を開けば自慢話ッスからねぇ」


「そういうものなんですか」


 やや得心のいかない表情をした真実だったが、現地民のミミに肯定されては頷かざるを得ない。価値観の違いだと、無理やり自分を納得させた。


「話の流れだから聞いちゃうけど、どうしてこの世界は技術発展が著しいの? ミュリエルちゃんは建国期まで話が及ぶって言ってたけど」


 司が問いかけてくる。


 彼女の様子からして、ずっと気になっていたようだ。他の異世界を知っているがゆえに、他の面子よりも違和感が強いのだろう。


 一総はミミの方へ視線を向ける──が、キョトンと首を傾ぐ彼女を見て、すぐに目を逸らした。何も知らないと悟ったためだ。


 自分の使い魔だけに、彼女の性格はよく知っている。素直で明るい陽気な子ではあるが、お調子者で楽観的、加えてものごとを深く考えない悪癖がある。自国の歴史など頭には入っていないに違いなかった。


 よくメイドが務まったものだと呆れかけたところで、首を横に振った。自分が頼んだから、ミュリエルは置いてくれていたのだ。彼女には礼を述べなくてはいけない。


「一総くん?」


「……すまない。考えごとをしてた」


 思考が横道に逸れたせいで、妙な間が空いてしまった。司が怪訝そうに声をかけてきたので、問題ないと手を振る。


 それから、「オレも詳しいわけじゃないが」と前置きをして説明を始める。


「技術が発達したのは、当然その知識を持ち込んだ輩がいたからだ。オレたちの世界にあるような科学の知識を、な。ただ、技術が馴染んでる街の風景を見たから分かる通り、持ち込まれたのは最近じゃない。この国の建国期──約五百年前までさかのぼる」


「それって誰なの? 五百年も前ってことは、勇者じゃないとは思うけど……」


 世界的な勇者召喚が発生したのは五十年前。どう考えても時期が合わなかった。


 とはいえ、司が断言しなかったのは、勇者召喚が流行・・したのが五十年前というだけであって、それより前にも同じ現象が発生していても不思議ではないため。


 また、日本だと五百年前は戦国時代にあたる。それでは現代日本の科学技術を伝授されていることに矛盾が生じるゆえ、現代人がこの世界の五百年前に転移した可能性を否定できなかったからだ。時間軸がズレるといった事例は聞いたことがないので、あくまで推測の域は出ないけれど。


 司が色々と推論を組み立てる中、一総が口にしたのは、彼女が考えもしなかったことだった。


「『転生者』だ」


「転生者ぁ?」


 予想外の回答に、司は素っ頓狂な声を上げてしまう。


 彼女は困惑した顔で続ける。


「転生者って、あの転生者?」


「混乱するのも分かる。君の想像通りの意味だよ」


「マジか……」


 言葉遣いが乱れるほど衝撃を受けたらしい。その驚きは一総も共感できるし当然のものと考えるが、些か大げさやしないかとも心の隅で思っていた。


 二人で盛り上がっているところ、恐る恐る真実が入ってくる。


「あのー、転生者って何ですか? いや、字面から何となーく予想はつくんですけど」


「私も知りたい」


 蒼生と真実の二人は知らないようだ。異世界関連の知識の中でも、存在が全く確認されていなかったマニアックな分野だから無理もない。


 まぁ、サブカルチャー方面で一時期話題を呼んだので、耳にしたことはあるのだろう。真実はおおよその推察をしている模様。


 一総は説く。


「転生者とは、文字通り生まれ変わりのことさ。前世持ちと言い換えてもいいな。今世とは異なる記憶を所持してる者を指す」


「えーっと、つまり……私たちの世界で死んだ人がこの世界で転生して、科学などの知識を伝えたってことですか?」


 こめかみに指を当てながら考察を述べる真実。


 その通りだと一総が首肯すると、次は蒼生が疑問を投げた。


「何でつかさは驚いてたの?」


 異世界転移が存在するのだから、異世界転生くらいあってもおかしくない。彼女がそう考えているのは察しがついた。それは真実も同じ。


 司が理由を語る。


「転生者っていうのは、存在が示唆されていても、実在が全く確認できてないんだ。数多の勇者が異世界に渡ってるのに、誰一人としてその噂を聞いたことがないの。一総くんもでしょう?」


「ああ。オレも、この世界以外で転生者の話は聞いたことがない」


 千を超える異世界を渡った一総でも確認できていない。その事実により、ようやく蒼生たちは事態の重要性に気づいたよう。


 真実は眉根を寄せ、難しい表情で言う。


「強さのレベルと言い、転生者と言い、この世界って色々変じゃありませんか?」


「否定はできないな。でも、だからこそ、十年程度で再び世界の危機に陥ってるとも捉えられる」


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