005-2-01 再会
村を占領していた王国軍を打倒した
(外観はあまり変わらないな。多少壁上兵器が増えたくらいか)
「懐かしい?」
戦時ゆえか、チェックが厳重な入国手続きの列で待機する途中、
ちょうど過去のことを振り返っていた一総は些か驚いた。どうやら、表情に出ていたらしい。
彼は苦笑気味で答える。
「まぁね。もう十年も前のことだから、たとえ苦い思い出ばかりでも懐かしんだりはするさ」
普通であれば十年前、それも七歳の時分の記憶など、薄れてしまっていても不思議ではない。しかし、一総はハッキリと覚えていた。初めての勇者召喚……数々の失敗や僅かな成功は、今も鮮明に思い浮かべられる。
「やっぱり一総センパイでも、最初の勇者召喚は失敗ばかりだったんですか?」
苦い思い出ばかり、と返したためだろう。
一総は肩を竦める。
「そりゃ当然。召喚から半年ほどは全敗で、逃げ足だけは鍛えられたよ」
「ほわぁ、全然想像がつかない話ですね」
目を丸くする真実の反応が愛らしく、思わず笑みを溢す一総。
司も笑声を上げながら続いた。
「確かに、負ける一総くんなんてイメージつかないかも」
「オレだって、最初から強かったわけじゃない。今言った半年間は、その辺の一兵卒にさえ勝てなかったよ。何せ、異能の『い』の字も知らない子供だったからな」
召喚されて早々、訓練など一切なく戦場へ放り込まれた。初戦の後も教育を受けさせてもらえなかったため、霊術や魔法は戦場の中で見よう見まねで覚えていったのだ。生き残れただけ上出来と言える。
その辺りを話すと、勇者経験のある真実と司は顔を引きつらせた。
「えええ……激ハードじゃないですか、それ」
「よく無事だったね。七歳の子供が異能の飛び交う戦場を生き残るなんて、普通はあり得ないよ」
「運が良かったんだろうなぁ。いや、当時の霊魔国はクソ以下だったから、運が悪かったとも言えるんだけど。恩人の支えがなかったら、全てを投げ出してたかもしれない」
彼の浮かべた笑みは、とても温かなものだった。大切な思い出を振り返っていると一目で分かる、優しい表情だ。
「恩人って、ここへ来る前に言ってた、センパイの使い魔を置かせてくれてる人のことですか?」
真実が若干ふてくされたような顔で問うてくる。
どうして機嫌が悪くなったのか一総には理解できなかったが、追及はしない方が良いだろうと、素直に質問へ答えることにした。
「そうだよ。この世界で唯一オレの味方であってくれた人で、オレに力の使い方と“人間”を教えてくれた人でもある」
「人間?」
妙な言い回しに、
「あー、なんて言ったらいいんだろうな。道徳観や倫理観、死生観……そういう人として忘れちゃいけない大切なことを教えてもらったんだよ」
それは人間性と言い換えても良いだろう。人が人たらんとする重要な一線で、早々に侵すことのない領分。それを他者から教授されなくてはならない状況が、彼の過去には存在した。
「簡単に言えば、彼女がいたから今のオレがいるってところかな。それだけ感謝してるんだ」
詳らかにしても面白くない話のため、一総は多くを語らない。
それを察したのか、蒼生も「ふーん」と頷くだけで追及はしなかった。
「一総くんがそこまで絶賛する人かぁ。会ってみたいね」
「すぐに会えるさ。彼女を訪ねるために、ここへ来たんだから」
興味津々の司へ一総は軽く返す。
そうこうしているうちに、待機列は一行の番まで回ってきた。
ようやく街中に入れると、一総以外の面々は肩の力を抜く。
しかし、ことは簡単には進まなかった。
「何故、人間がここにいる!」
十人いる門衛のうち、一歩離れた場所からこちらを窺っていた兵士が声を荒げた。それに合わせ、他の兵も険のある表情をして武器を構える。
場の空気が一瞬にして剣呑なものに変化した。
「ど、どういうことですか?」
突然兵士たちに囲まれたことに、真実は動揺の声を上げる。
それに対し、蒼生は若干眉を寄せつつも、淡々とした口調で返答した。
「わからない。でも、話を聞いてくれそうな雰囲気ではない」
彼女の言う通り、兵士たちは今にも飛びかかってくるだろう気配を発している。即座に動かないのは、一総たちの動向を警戒しているゆえだと推測できた。
一触即発の状態の中、さらに事態は変化する。
兵士の一人が、一総に目を留めて後じさりをした。
「こ、
彼の溢した言葉はこの場にいる全員の耳──待機列の者も含む──に届き、一瞬にして動揺が伝播した。
「黒鬼だって!?」
「本当だ、黒髪の人間の男がいる!」
「ひぃいいい、お助けを!!」
「そ、そんなバカな。あ、あれはお伽話だったはずだろ」
この世界の者たちから囁かれるのは恐れの言葉。まるで化け物を前にしたかのように、一総へ視線を向けている。
これらの反応に蒼生たちは驚く。
周囲の人たちの話はおそらく十年前の一総を指してのことだろうが、怯えられるのは予想外だった。一総の言いようから、彼は霊魔国側に立っていたはず。歓迎こそすれ、恐怖されるとは思うまい。
ただ、当の本人はどこ吹く風といった様子だった。悠然と立っているだけで、微動だにしない。
「お、落ち着け! 本物の黒鬼がこの世界にいるはずがないだろうが! こいつは偽物だ。どうせ、髪を染めれば何とかなると考えた阿呆に違いない。低俗な人間の思いつきそうなことだ!」
兵士たちへ気つけの言葉を投げたのは、最初に声を荒げた者だった。
どうにも彼が部隊のまとめ役らしく、他の面々も落ち着きを取り戻していく。騙されたと感じたのか、理不尽にも湛える怒りが倍増していた。
兵士たちがジリジリと包囲網を縮めてきたところ、今まで黙して観察を続けていた司が一総へ問う。
「もしかして、霊魔国って人外の国?」
「そうだぞ」
彼の返答は分かりやすい肯定だった。
カルムスド霊魔国は人間ではなく、人外──魔族が治める国だ。人間は数える程度しか生活しておらず、人口の大半は
「というか、気づくのが遅かったな。司なら、すぐにでも分かると思ってたんだが」
人体のプロフェッショナルたる彼女であれば、一目で目前の兵らが人間ではないと理解できるだろうと考え、わざわざ口にしていなかった。
すると、司は苦笑いする。
「肉体構造自体はほとんど人間だから、区別は結構難しいって。それに、初召喚先が人外の国だなんて思わなかったから、先入観が邪魔して気づかなかったんだよ」
「へぇ、そうなのか。魂は全然違うんだけどな」
魂の構造が大きく異なるから、てっきり体の作りも違うと思い込んでいた。まぁ、外見は人間と瓜二つなので、さもありなん。
二人が吸魂魔について議論を交わしていると、慌てた様子の真実が口を挟む。
「二人とも、何を冷静に関係ないこと話し合ってるんですか。今は現状を切り抜ける方法を考えましょうよ!」
見れば、あと少しで武器の射程に入るほど、兵士たちの包囲網は狭まっていた。
普通に街へ入ろうとしただけで襲われたのだ。それも味方しようとしていた勢力に。だから、焦る気持ちも理解できるが、勇者なのだから多少は落ち着きを持ってほしいものだ。
一総は溜息混じりに答える。
「切り抜けるって言っても、やることは決まってるじゃないか」
「まさか、蹴散らすんですか?」
「君はオレを何だと思ってるんだよ……」
過激な手段を取ると勘違いされ、脱力してしまう一総。
説明するのも面倒なので、実際にやってみせることにした。
といっても、一瞬で終わる。瞬間的に霊力を高め、それを霊波として放つ。それだけのこと。
「ッ!?」
真実たちや待機列に並ぶ一般人は避けたのだが、一番感受性の高い真実は感じ取れてしまった模様。一総から発せられた膨大な霊波に
一方、間近で浴びた兵士たちは悲惨だ。自分たちでは到底及びもつかない力をぶつけられ、全員が意識を手放してしまっていた。中には失禁している者もいる。
周囲の状況を確認した真実が言う。
「蹴散らすのと何が違うんですか、これ」
「全然違うだろう。ただ威圧しただけだ。耐え切れなかった向こうが悪い」
半眼を向けてくる彼女の苦言をかわしながら、一総は門の方を眺める。
膨大な霊波を放ったのは、何も兵士たちを黙らせるためだけではない。もうひとつの狙いがあった。
「うん、上手くいった」
「何がですか?」
真実が疑問を投げかけてくるので、門の方を見るように促す。他の二人も、つられて同じ方向を見た。
大型の馬車が余裕で五台は通れるだろう大きな正門。その中央に一人の人物が立っていた。
美しい少女だ。病的に白い肌、陽光を宝石の如く反射する銀の長髪、ルビーよりも鮮やかな赤眼。肢体はか細いながらに流麗で、それを
明かに良家の出だろう娘が、穴が開きそうなほど熱心にこちらを──一総を見つめている。
次の瞬間、彼女は駆け出していた。ドレスであることを気にも留めない全力疾走。彼女は何度かつまずきそうになりながらも、何とか一総の元へと辿り着いた。
そして、勢いそのままに抱きつく。言葉はなく、ただただ夢中で彼の胸に顔を押しつけている。
一総も、そんな少女を優しく受け止めた。困ったような照れ臭いような温かい表情を湛え、彼女の肩をポンポンと叩く。
余人には踏み込みにくい神妙な空気が周囲を包む。
この状況がしばらく維持されると思われた。ところが、それを裂く人物が一人。
「ちょっ、センパイから離れてください!」
真実だ。好意を寄せる一総へ異性が抱きつくことは、たとえ並々ならぬ事情が窺えようと看過できないらしい。眉尻を上げて、少女を彼から引き離す。
最初は抵抗を見せた少女だったが、ここが衆人環視であることに気がついたのか、頬を朱に染めながら自主的に体を退いた。
興奮が冷めない真実は続けて何かを言おうとしたが、それを司が阻止する。頭に血が上っている者がいては話が進まないため、強引にその場から引きはがした。
代わりに、状況を見守っていた蒼生が問いかける。
「誰?」
一総は柔和な笑みを浮かべたまま答えた。
「彼女こそ、オレの言ってた恩人さ。ミュリエル・ノウル・カルムスド。カルムスド霊魔国の第二王女だよ」
「ご紹介に預かりましたミュリエルと申します。あなた方はカズサのご友人ですよね? でしたら、気軽にミュリエルとお呼びください」
さすがは王族と言うべきか。先程まで顔を赤くして固まっていたのに、一瞬で気持ちを切り替えて優雅なカーテーシーを披露した。
第二王女という肩書きに驚きつつも、先の奇行の理由を悟る蒼生たち。加えて、恋する二人の少女は、ミュリエルの本心を直感で察してしまった。
一総以外の面々も挨拶を返そうと口を開く。
──が、それは第三者の乱入によって遮られた。
「そして、ミミたちは!」
「ご主人様の使い魔兼愛の奴隷の」
「ミミと!」
「ムムと申します」
「「よろしくお願いいたします(ッス!)」」
いつの間にやら一総の両脇に出現していた、金髪のグラマラスなメイドが二人。容姿がそっくりなことから、双子であるのは間違いない。
蒼生らは目を見開く。ミミとムムの接近に、まるで気づかなかったからだ。一総の使い魔と言われれば、妙に納得してしまうところはあるけれど。
メイド二人の行動は終わっていなかった。一総の顔を見上げると、瞳をうるませて彼の腕にヒシと抱きついたのだ。凶悪な胸が押し潰れ、視覚に強烈な衝撃を与える。当然、押しつけられた本人には触覚にも。
ミミたちの行動へ即座に反応を示したのは──これも当然なのだろうか、ミュリエルと真実だった。
「あなたたち、抜け駆けなんてズルいわよ!」
「駄肉をセンパイに押しつけないでください!」
二人がメイドらに飛びかかり、場が混沌と化したのは言うまでもない。
ただ、面倒ごとを嫌う一総が、この時だけは嬉しそうに笑っていたことは追記しておく。
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