005-2-05 公爵令息の来襲

 裏切り者の捕縛を終えた後にムムによって案内されたのは、王城よりやや離れた位置にある屋敷だった。ミュリエルが王城での生活を疎んだゆえに用意させた建物で、普段は彼女とメイド二人しか住んでいない。


 屋敷は王族が生活しているにしては地味だった。調度品はほとんどなく、過度な装飾もない。家具でさえ、必要最低限のものしか置いていなかった。


 この辺は、偏に一総かずさの影響が濃いだろう。幼少期に彼の価値観へ触れたミュリエルは、貴族の好む派手な意匠よりも、質実剛健な装いの方が好きなのだ。


 本日はこれ以上やることもないので、各自は用意された私室にて思い思いにすごす流れとなった。といっても、女性三人が一総の部屋へ突撃したため、全員揃って休息を取る形に落ち着いてしまっているのだが。


 一総が読書、他三人が彼の指導の元で霊術習得の訓練をしていると、屋敷の外から盛大な爆発音が聞こえてきた。


 すぐに臨戦態勢に移行する勇者たち。


 探知で外の様子を探ると、屋敷の正面にて、ミュリエルが誰かと言い争いをしているようだった。傍にはミミとムムの姉妹もいるので心配はいらないだろうが、念のために一総たちも騒動へ向かうことにする。


「何が起こってる?」


 道すがら、蒼生あおいが代表して訊いてくる。


 一総は【遠見】で確認できていることを、ありのまま伝えた。


「言い争いの末に、相手側が手を出したって感じだな。屋敷を囲む塀に穴が空いてる」


「ケガ人は?」


「それは大丈夫みたいだ。ミュリエルたちは無傷だし、周りに巻き込まれた人もいない」


「そう」


 人的被害がないと分かり、蒼生は安堵の息を漏らす。


 続いて、つかさが口を開いた。


「王族の住まう屋敷に攻撃を仕かけるなんて、どこのおバカさんなの? 賊かとも考えたけど、言い争いしてたって言うからには、それなりの立場がある人なんでしょう?」


 ただのテロリストだとすれば、相手に攻撃の隙を与えず倒すことが可能だ。ミュリエル、ミミ、ムムの三人が揃っているのなら、敵の影を捕捉した時点で制圧しているはず。


 屋敷への一撃を許したばかりか現在進行形で言い争いを続けていることから、相対している人物の身分が高い者であると察しがついた。


 一総は僅かに目を細める。


「外見からは、どっかの貴族令息ってくらいしか分からない。たぶん、オレたちと歳は変わらないと思う。五人いるけど、めちゃくちゃ偉そうにしてる奴以外は取り巻きかな」


 さすがの一総でも、貴族の当主くらいしか顔を覚えていない。よっぽど優秀でもない限り、無位無官のお坊っちゃんなど知るわけないのだ。


 彼は観察を続ける。


「言い合いの内容は、先の攻撃についてっぽいな。ミュリエルが抗議をしてて、対する貴族令息たちは正統性を主張してる。……ああ、そういうことね」


 途中、一総の声色が変化した。納得と怒りと呆れ、そういった様々な感情が混じった複雑なものだ。


 事件の原因が判明したと悟ったのだろう。司は真剣な眼差しで問う。


「何が分かったの?」


「どうやら、俺たちが原因らしい。危険分子を匿うなと向こうさんは主張してる」


 黒鬼こっきの存在をまるで恐れていないようだ。玉座の間の様子からして、貴族どもが子供たちに黒鬼の情報を与えないわけないと考えていたが、見当違いだったか。


 もはや探りを入れても情報は得られないだろうし、直接乗り込んだ方が早い。


 自分たちのせいだと知り、表情を強張らせた彼女らへ言う。


「現場に必要以上の危険がないと分かった。一気に乗り込むぞ」


 宣言の後、三人の返事を待たずして、一総は異能を発動する。当然、【転移】の魔法だ。


 予備動作を極限まで排除した魔法が行使され、一瞬の内に彼らの位置が移り変わる。屋敷の中から、ミュリエルの隣へと。


 短距離の転移ならば、発光することも魔法陣が出現することもない。あまりにも自然に、しかし、コマ落としのように不自然に、一総たちは姿を現す。


 突然の事態に、言い争いをしていた面々はギョッとした表情をするが、すぐに正気を取り戻した。


「カズサ!?」


「貴様が黒鬼か!」


 ミュリエルは、どうして来たのかという驚きの言葉。令息は怒りを噛み締めた言葉。


 一総はミュリエルの肩に手を乗せる。


「オレのせいで被った面倒ごとだろう? だったら、オレが自分の手で対処するよ」


「でも……」


 ミュリエルが反論しようとするが、彼は首を横に振った。


「恩人に手間をかけさせたくないんだよ。そりゃ、全く迷惑をかけないなんて無理だけど、それでも必要最低限にしたいのさ」


 一総はジッとミュリエルを見つめる。彼女も彼を見つめた。


 長い間見つめ合った気がするが、実際は数秒と経っていない。ミュリエルは頬を染め、瞑目した。


「分かったわ、任せる。でも、できるだけ穏便にお願い。相手のリーダーは公爵家の長男で、アタシの従弟なのよ」


「善処しよう」


 彼は頷き、貴族令息たちの方へ一歩踏み出した。同時に、蒼生たちへは待機しているようハンドサインを送っておく。


(しかし、公爵家と来たか。国のナンバー2……しかも従弟とくれば、強気に出れるのも不思議じゃない。バカな行動をしてるのには変わりないが)


 こちらを嘲笑う表情を浮かべる公爵家令息を見つつ、一総は対処の流れを算出する。


「待たせてすまない。オレに用があるそうだが、用件はなんだろうか?」


 相手がコチラの排除を望んでいるのは知っていたが、念のために尋ねてみる。穏便にというオーダーがあったので、へりくだらない程度に丁寧な物腰を意識した。対話の意思があると、言外に伝える。


 ところが──否。予想通り、令息たちが返してきたのは攻撃だった。霊術による炎球、バスケットボール大の炎の塊が、一総の顔面へ直撃する。


 相当の威力を込めていたらしく、周囲にも衝撃が渡り、土埃が舞い上がった。


 それを見届けた貴族令息どもは大爆笑する。


「あはははは、クリーンヒット!」


「無防備に前へ出てくるなんて、当ててくれと言ってるようなものですよ」


「黒鬼など大仰に呼ばれてはいたが、所詮は人間ということだろうさ」


「父上たちは、何をあれほど恐れていたのやら」


「言ってやるな。粛清を目の前で見せられたのだ。必要以上に恐怖を覚えたくもなるだろう」


 程度の低い会話を、好き放題に口にする彼ら。たった一撃入れただけで、もう勝った気でいた。


 分かり切っていることだが、一総はやられてなどいない。それどころか、傷ひとつ負ってもいなかった。


 先程の攻撃は予測できていたもので、わざとまともに浴びたのだ。何故なら、避ける必要性がないから。素人に毛が生えたくらいの、一般兵レベルの霊術を食らって、ダメージが通るはずはない。


「この十年で質が落ちたな」


 十年前なら、温室育ちの貴族でももう少し練度が高かった。


 そう呟きつつ、周囲を舞う土埃を霊術の風で払う。


 無傷の彼の姿が露わとなり、貴族令息たちは閉口した。遅まきながら、何も終わっていないことに気がついたのだ。


 霊術のデキもそうだが、状況把握の能力も落第点と言えよう。一総の無事という予想外の事態に硬直していることから、臨機応変さにも欠ける。


 霊術はともかく、後ろの二点に関しては貴族にも必要な能力だ。公爵家の長男がこれでは、霊魔国のお角が知れるというもの。まぁ、一総には全然興味のない事柄だが。


「もう一度問おう。用件は何だ?」


 先よりも重い声色で尋ねる。


 武力に訴えるつもりはなかった。穏便に済ませる約束だし、この程度の攻撃は幼子の悪戯と大差ない。児戯に対して怒るほど、一総は大人気ない性格をしていなかった。


 彼としては当然の対応をしたまでなのだが、相手側は異なる捉え方をしたらしい。一様に、顔を真っ赤に染め上げた。


 取り巻きどもが再度攻撃を仕かけようと構える。


 しかし、それを公爵家令息が制した。


 冷静な判断を下したわけではない。彼はこれ以上ないくらい渋面を作っており、他の誰よりも一総へ憎悪を向けていた。視線だけで人を殺せそうなほどだ。


 覚えのない恨みを一総が訝しむ中、公爵家の息子は声を上げた。


「私の名はヒースロイク・ヴェウル・アムゼーレ。アムゼーレ公爵家の長男だ。貴様が黒鬼で間違いないな?」


 言葉の端々に苛立ちが見え隠れしている。彼と面識はないし、アムゼーレ家と問題を起こしたこともないのだが、どうして恨まれているのだろうか。


 謎が深まっていくものの、話を止めるわけにはいかないので、一総は返答する。


「その口上は攻撃を行う前に欲しかったところだが……いいだろう。そちらの認識に間違いはない。オレが黒鬼で合ってるぞ」


「やはり、そうか。貴様が私の人生における最大の障害なのだな」


「うん? 一人で納得してないで、説明を要求したいんだが」


 何やら事情があるのは察せるが、内容はさっぱり分からない。大方、恨みを買っている貴族の差し金だろうが、もったいぶっていないで話してほしい。今後、戦争への対処で忙しくなる。内輪揉めにつき合っている時間はないのだ。


 ヒースロイクは一総をキッと睨みつけ、怒声混じりに告げる。


「私はミュリエルの婚約者だ! だというのに、貴様が存在するせいで彼女との結婚が全く進まない。これを人生最大の障害と言わずして、何と言うのだ!」


「はぁ?」


 予想の斜め上をいく回答に、さしもの一総も間抜けな声を漏らしてしまった。

 

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