008-2-09 悲願成就

 ところ変わって、つかさと第一の門番であるヴァンの戦場。千の天使人形が登場してから一時間以上経過していたが、戦闘はまだ継続されていた。


 爆発と錬成光が乱れる中、ホワイトブロンドの髪がはためく。


「チッ」


 戦場を駆ける司は、小さく舌打ちをした。


 千の人形軍団を相手に戦うのは、予想していたよりも厄介だった。


 三百六十度から剣や盾、格闘攻撃が繰り出されるのは良い、予想の範疇だ。立ち回りさえ気をつければ、何とか対処できる。


 だが、後方から、味方もろとも魔法の絨毯爆撃をされるのは勘弁してほしかった。広範囲攻撃のため、壁を作る以外の対策ができない。その対策も、近接戦闘を仕かけてくる人形たちのせいで、ままならない。


 結果、幾度となく重傷を負ってしまっていた。錬成術により一瞬で治癒できるものの、魔力は有限だ。このままではジリ貧である。


 加えて、最悪なことに、人形たちは不死身だった。こちらが倒そうとも、味方の魔法で巻き添えを食おうとも、幾分かすると復活してしまう。お陰で、いくら時間が経過しようと、戦場に立つ人数は変化しなかった。


 幸いと言うべきなのか判断に迷うが、ここまでヴァンに一切の動きがないのは助かっている。余裕綽々の態度からして、司を甘く見ているのだろう。現状を見れば、妥当な感想ではあるが。


 戦場へ意識を戻す。


 目前──いや、左右や背後、上からも攻撃が降り注ぐ。人形の持つ武器は剣と盾が基本なので、その軌道を読むのは容易い。


 ただ、再三にはなるけれど、彼女らの後ろから弾幕攻撃が襲いかかってくるのが面倒だった。こうもスシ詰め状態だと、広範囲に及ぶ魔法を回避することは叶わない。


 だから、錬成術を行使する。司の足元でバチバチと錬成光が弾け、地面の形状が変更される。真っ平な床から彼女を囲むドーム状へ。


 ちなみに、『ワールド・インシュレイション』はとうの昔に解除していた。天使人形たちは基礎スペックが高いので、異能を封じても身体能力によるゴリ押しをされる上、何故か彼女らに錬成術が効かないためだ。直に触っても、『連世の門』を用いようとも、まったく影響が現れない。


 魔法攻撃を牽制できるのと錬成術のタメがなくなるのはメリットだが、こちら側の決定打が欠けるのも事実。『断界』の維持コストを考慮すれば、魔法攻撃を許容する方がマシだった。


 閑話休題。


 突如出現した半球状の壁によって、周囲に群がっていた天使たちは弾き飛ばされる。やはり、錬成術の効果範囲にいたにも関わらず、術には巻き込まれなかった。


 その直後、後衛の絨毯攻撃が炸裂する。内側にいる司の耳にまで轟音が鳴り響くが、ドームが突破される兆しはなかった。


 どうにも、司たちの足場となっている純白の立方体は、現世に存在するどんな物体よりも硬い物質で構成されていた。それこそ、錬成術などで分解しない限り形状変更できない硬度だ。


 あまりに常識離れした物質だったせいで、熟練の錬成師である司であっても、『断界』の分析に加えて一時間に及ぶ試行錯誤の果て、ようやく錬成に成功したのだ。


(ずいぶんと時間がかかっちゃったけど、ここからは魔法攻撃でダメージを負わなくて済む)


 魔法の雨が降りしきる中、司は一息つく。この一時間で初めての休息だからか、安堵は思っていた以上に大きかった。


 あれだけの魔法攻撃を受けてビクともしない。ということは、剣などの近接攻撃も防げるはず。天使人形は物理の方が高い能力値のようなので、長く耐えられはしないだろうが、しばらくは頭を回す余裕ができた。


 冷静に思考し、現状の問題点をピックアップしていく。


 最大の障害は、何と言っても天使らの不死性だろう。


 天使ら一体一体の戦力は、司よりも大幅に劣る。ゆえに、いくら数が多かろうと、少しずつ始末できるはずだった。


 しかし、彼女たちが不死身であることで、その前提は崩れている。どれだけ雑魚でも、数が一向に減らない群体は脅威だった。死なないネズミに集られれば、百獣の王も倒れるというもの。


 となれば、その不死性を何とかするしかない。


 この一時間、隙を見ては分析したところ、不死身の要因は天使の魂に存在するみたいだ。肉体も『神座』由来の不思議物質が混じっているけれど、もっとも重要なのは魂の方。さらに、錬成術が効かない理由も、同じ要因だと判明した。


 ただ、具体的な部分は判然としない。物質マテリアルはともかく、霊体アストラルは司の専門外なのだ。そちらの分野は最近になって核心に近づけたものの、応用できるほどは精通していない。


 この場に一総かずさかミュリエルでもいたら状況は変わっていたかもしれないが、ないものねだりしても仕方がなかった。


 魔法による轟音が止み、剣撃らしき金属音が聞こえ始める。先程までとは異なり、ピシリピシリと壁が徐々に砕けていた。


 残された猶予は少ない。


 司は深呼吸をし、高鳴る心拍を落ち着かせる。


「焦っても、状況は好転しない」


 自分に言い聞かせるように呟き、再び思考の海に潜る。


 目下の優先事項は、天使人形の魂のさらなる分析。


 一時間費やした結果が現在なら、おそらく十倍の時間を要するだろう。それまで、敵の猛攻を耐え切れるかは未知数だ。そも、それより先に、一総がすべての決着をつけている可能性も高かった。だから、十時間もチンタラ分析するのは現実的ではない。


 魂の分析をせず別の手段で敵を打倒する、という選択はあり得ない。それを模索する時間が残されていないのもあるが、一番の理由は他にあった。


 司の生涯の研究が何であったか、覚えているだろうか。


 ──そう、自らの命を永遠にすること。


 かつて、魄法はくほう習得による手段は諦めたが、不老不死を目指すこと自体は諦めていない。


 だからこそ、目の前の敵は、垂涎ものの研究対象だった。この緊急時でなければ、じっくり時間をかけて調べていたに違いない。


 そういう目的もあって、司は天使たちの魂を調べるのに固執する。無論、死なないよう注意は払うし、本来の目的は忘れないけれど。


 そろそろ、錬成した壁が突破されそうだった。もう悠長に悩んでいられる時間はない。


 司はひとつ息を吐き、覚悟を決めた。


(多少の危険は我慢しないとダメだね)


 彼女が構えると同時、ドームの一点に大穴が開く。そして、雪崩の如く天使たちが突入してきた。


 このままでは、ドーム内が満杯になって動けなくなる。そこを魔法で狙われては敵わないので、司は即座に対処に乗り出した。


 まず、ドームの壁から内側に向けて、錬成術で無数のトゲを生成する。スシ詰め寸前だったこともあり、内部にいた者すべてが、回避もできず針のむしろと化した。天使らは不死身なれど、身体中を貫かれたせいで身動きが取れなくなる。トゲは高硬度の物質を素材としているため、破壊したくても叶わない。


 当然、司も串刺しになってしまうのだが、心配はいらなかった。彼女はトゲの錬成直後に肉体を捨てており、ドームの外で肉体を創り直していたのだから。しかも、容姿を天使たちに似せて。


 突入した天使が穴だらけになった後、すぐに上空で展開していた他の天使たちが魔法の絨毯爆撃を開始する。大穴に吸い込まれた攻撃は内部を蹂躙し、ドームの壁に当たったモノはそれを破壊し尽くす。先の剣撃で耐久力が落ちていたのか、ドームはあっさりと瓦解がかいした。


 魔法の雨に巻き込まれないよう、司は爆風に紛れて天使の包囲網を抜け出す。天使と瓜ふたつの外見に変更していたお陰で、まったく気づかれずに脱出できた。


 そして、天使の群れの外縁部に到着すると、そのうちの一体の顔面をワシ掴みにした。


「ッ!?」


 完全に不意を突かれた天使たちは、頭を掴まれた当人を含めて硬直してしまう。


 創造主のヴァンは、彼女たちにイレギュラーへの対応方法を教授していなかったらしい。


 都合が良いと、司はほくそ笑んだ。


 それから間髪入れず、天使を掴んだ彼女の手より膨大な錬成光が発生する。


 錬成術の通じない天使に対して、この行動は無意味に見えるだろう。だが、司は明確な目的をもって、これを行っていた。


 結果はすぐに現れる。


 最初の数秒こそ何の変化もなく、司への反撃の意思を見せていた天使。ところが、振り上げた拳は、司へ届くことなく落下した。それどころか、ビクンビクンと体を痙攣させ始める。誰の目から見ても、司が天使に何らかの術を施していた。


 異常事態に対面し、やっと固まっていた他の天使たちは行動に移る。近場の者らは剣を構えて突進し、遠くの者は魔法の発射体勢を取った。


 しかし、この攻め方で司を追い詰められていたのは、つい先刻まで。今の彼女に、このような単純な攻撃は通用しない。


 天使たちが到達する前に錬成術が発動し、司をドームが包み込む。先程と同じ、硬質の壁が敵の攻勢を阻んだ。


 純白の防壁は、天使たち得意の剣撃でさえ、突破に時間を要する。彼女らはドームに群がり、ただひたすらに攻撃を続けるのだった。


 一方、ドーム内部の光景に変化はない。司が天使人形の顔面を掴んだまま、何らかの術を行使していた。


 外から響いてくる轟音など気にも留めず、無心で術の発動を続ける。


 幾許の時間がすぎ、いよいよドームが破壊されようとした時。司の行動に変化が起きた。


 天使を掴んでいた部分から、今まで比ではない強烈なスパークが発生する。その後、呆気なく天使を手放した。


 重力に従って落ちる天使だったが、彼女が地面に触れることはなかった。何故なら、落下中に、霞の如く掻き消えてしまったゆえに。


 ここで、ようやくドームが破壊される。一箇所だけ壊された先とは異なり、ドーム全体が粉々になっていた。


 周囲の天使たちは、司へ行動する暇を与えないと言わんばかりに、餌に群がるアリのように突撃を仕かけてくる。


 対し、司は何故か微動だにしない。


 なれば、彼女にすべての剣が突き刺さる。一撃を見舞った天使は剣を刺したまま下り、控えていた天使が次弾を見舞う。そのため、第二陣、第三陣、第四陣と向かうにつれ、司の体に生える刃は増えていった。


 全天使人形の攻撃を受けた司は、もはや剣の塊とも言うべき姿だった。突き立てられなかった剣が、何本も側の床に落ちているほどである。


 それを認め、これまで戦闘を静観していたヴァンが、その結んでいた唇を開く。


「終わりですか。同じ研究者として、何かインスピレーションが得られるのではないかと期待したのですが……期待外れでしたね」


 人形一体を倒した方法は気になりますが、と彼は気の抜けた声を漏らした。


 すると、その言葉に返す風に、ひとつの笑声が響いた。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 いつまでも途切れない、どこか狂気的な色を湛えた声。


 その出どころは、間違いなく司だった。


 その場の全員の視線を集めるのと同時、司に突き刺さっていた剣が振動を始める。ガチャガチャ、ガチャガチャとうるさいほど震える剣は、おもむろに彼女の体から抜け始めた。


 カラン、カラン、カラン。


 一本ずつ、ゆっくり剣は抜けていき、とうとう中心にいた少女の姿を浮き彫りにする。


 彼女は無傷だった。天使たちが殺到する前の綺麗な姿のまま立っていた。


 そして彼女は、戦場とは考えられぬほど、喜色に染まった満面の笑みを浮かべていた。

 

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