003-4-08 異能とは呼べない何か

「終わったぞ」


「え、もう?」


 結界を解いてつかさの前に舞い戻った一総かずさは、簡潔に事実を報告する。それに対して彼女は、ポカンと口を半開きにしていた。


 無理もない。戦闘の様子は『境界遮断』によって外部に露見しないよう調整していたし、同魔法の効果で周辺被害も一切ない。もっと言えば一総も無傷だし、戦闘開始から十分しか経っていない。己を追い詰めた空間魔法使いと戦闘をしてきたとは、とても思えないだろう。


 そんな司の内心を知ってか知らずか、一総は何てことない風に答える。


「空間魔法使いとしては下の下だったからな。それほど苦労せず倒せたよ」


「そ、そうなんだ」


 敵の評価に司は表情を引きつらせるが、彼は気にせず話を進める。


「そんなことより、村瀬を救出するか。暴走状態のままなのは、さすがに良くない」


 一総は黒い半球体に向かって歩み出す。


 司も慌てて後を追った。


「一総くんは、アレをどうにかできるの?」


「あの異能を使っても世界が滅ばないように調整したのはオレだからな。原理は理解してる」


 現状、蒼生あおいの異能は暴走しているが、一総作の異能具による最低限の制御下にはあった。そうでなければ、一瞬で世界が滅亡している。


 異能具の制御が利いているのなら話は早い。それを通して外部からコントロールを行えば良いのだ。


「念のためにブラインドを張っておくか」


 ある程度近づいたところで、他者の目を遮る結界を展開する。今は監視されていないが、先程まで狙われていた身。手の内を隠すに越したことはない。


 無事に結界が張れたことを認めた一総は、両手を半球体へ向けて魔法陣を操作し始める。煌めく幾何学模様が指先の挙動に反応し、クルクルと回転していく。


 その様子を後ろで眺めていた司は、最初こそ固唾を飲んで見守っていたが、しばらくすると恐る恐る口を開いた。


「一総くん。ひとつ質問なんだけど、いいかな?」


「なんだ?」


「蒼生ちゃんが使った異能って何なの? 私はあんな能力を見たことも聞いたこともないよ」


 そう言う司には恐怖の感情が窺えた。


 一切合切を飲み込んで消し去ってしまう未知の力。理解の外にある強大な力というのは、誰だって恐れてしまうものだ。たとえ、使用者に悪感情を抱いていなくても、多少の心の揺れが出てしまうのは仕方がない。


 彼女の問いを受け、作業を進める一総は思案するように間を置いた。それから、ゆっくりと語る。


「アレを異能と呼んでいいのか、正直オレは図りかねてる」


「どういうこと?」


 まさかの返答に、司は眉をひそめた。


 どう見ても、目の前で起こっている現象は科学の範疇を超えている。異能以外の何ものでもない力だ。だというのに、一総が要領を得ない発言をしているのは何故だろうか。


「あの黒い半球体は、宇宙に存在する『広がる力』と星々の『引き合う力』を一箇所に集めたものなんだ」


「そのふたつの力を操作する異能ってこと?」


 であれば、世界を滅ぼせるというのも納得だ。今挙げた力は、どちらも創世に関わるエネルギーなのだから。


 だが、司の予想は外れていた。一総は「違う」と首を横に振る。


 そして、彼は衝撃の発言を続けた。


「あの力に『操作する』なんて殊勝な概念は存在しない。ただ集めて解き放つだけだ」


「は?」


 驚愕で目を見張る司。


 創世の力を操作なしで解き放つ。それではまるで……


「世界を滅ぼすためだけの異能、か?」


「ッ!?」


 司の内心を読んだように、一総は言葉を紡いだ。


 思わず息を呑む彼女だったが、そんなことも気にも留めず、彼は言う。


「村瀬の力を解析している時、同じことをオレも思ったよ。オレの異能具を使うことで、初めて操作が利く爆弾なんだ、あれは」


 しかも、調べた感触では、他にも似たような異能を複数持っている。そんな言葉は心のうちに浮かべただけで、口には出さない。どうせ当分使わせるつもりはないし、今伝えても混乱を招くだけだからだ。


 今回、蒼生の異能を詳しく調査して、改めて実感した。彼女はパンドラの箱だ。使いようによっては人類に新たな可能性を与えるかもしれないが、使わせれば基本的に世界が滅亡する。試したくても試せない、ハイリスクな賭けごと。


 それでも、異能具の補助を用いてまで使用可能にしたのは、偏に空間魔法使いに対抗するためだった。もし、一総レベルの使い手が現れた場合、蒼生の異能を当てにしないと勝負にならないのだ。


 無論、相応の安全策も講じた。異能が暴走しても世界が滅びないようセーフティは厳重にしたし、異能具を与えた三人は五体満足でいられるよう入念に機能を施した。結果、他の防御機能が疎かになってしまったのは、痛恨の極みとしか言えないけれども。


(村瀬の異能は、今後も要研究だな)


 彼女が空間魔法使いの集団に狙われているのだとしたら、異能の使用機会が絶対に巡ってくる。それまでには安全に使用できる方法を確立せねばならなかった。


 一総が密かに決意している間にも、蒼生の救出作業は佳境を迎える。最後の操作を終えると、黒い半球体は徐々に薄れていき、ついには完全に消え去った。


 半球体が支配していた領域には塵ひとつモノが存在せず、あるのは中心部に横たわった少女だけだった。


「蒼生ちゃん!」



 蒼生の姿を認めた司が、急いだ様子で彼女へと駆け寄っていく。それこそ、すっ転びそうな勢いだ。一総も呆気に取られながら、その後を追った。


 すぐに、司は錬成術を使って蒼生の身体の異常を確かめる。最初は緊張した面持ちだったが、次第に安堵の表情を浮かべた。


「良かった、身体に異常はないみたい。魔力枯渇で気絶してるだけだね」


「そうか」


 簡素な返事をする一総。


 彼にも安堵の気持ちはあったが、それ以上に驚きが心を支配していた。


 一総の反応に一瞬首を傾げた司だったが、即座に心情を察したようだ。彼女は苦笑いをする。


「私が、必死で蒼生ちゃんの命の心配をしてるのは意外かな?」


 正直に言おうか迷ったが、一総は誤魔化すことなく本音を吐露する。


「……そうだな。君はもっと打算的な人間だと思ってたから、結構驚いてるよ。それに──」


「『連世れんせいの門』を開いた人間だから?」


「ああ、その通りだ」


 一総は錬成術の奥義に至る方法を、その悪辣さを知っていた。司の過去を知ろうとしなかったのは、彼女の傷をえぐることはないと考えたのと、わざわざ手間をかけてまで他人の不幸を聞きたくなかったという理由もあった。


 術の深奥へ至るために大切な者を犠牲にする。そんな手段を取れる人間が友に対して心砕くことができるとは、今まで一総は思ってもいなかった。ゆえに、司の行動に驚愕したのだ。


 しかし、彼女を見て、考えを改める。


「……いや、『連世の門』を開いた奴だからこそ、そこまで他人の心配ができるのかもな」


 門を開くことができるほど誰かを大切にできる。それはとても素敵で、かけがえのない心のはずだ。少なくとも、今の一総には存在しない感情だ。


 非道な犠牲を払った者は、誰よりも犠牲を嘆いているのかもしれない。


「一総くん……」


 一総の言葉に感じ入るところがあったのか、司は嬉しそうに彼を見つめる。


 それが気恥ずかしくなった一総は、横に視線を逸らして話を進めた。


「村瀬の救出も終わったし、後始末をしよう。司は真実まみを連れて、師子王ししおうたちと合流してくれ。ちょうど、真実も目を覚ましたみたいだ」


 探知魔法に、目を開く真実の姿が映っている。無事なのは理解していたが、こうして目を覚ましたところを見ると、いっそう安心できた。


 それは司も同じようで、ホッとした表情を浮かべている。


「本当? なら、良かったよ〜。じゃあ、真実ちゃんを一人にしておけないから行くね。蒼生ちゃんをよろしく」


「任せろ。事後処理が終わったら、お互いに情報を報告し合おう」


「うん、また後でね」


 去っていく司の背中を見届ける一総。


 その後、彼は蒼生を背負うと、自宅に向かって歩き始めた。もちろん、隠密系の異能を全力で使って。


 甚大な戦闘の爪痕を眺めながら考える。


 空間魔法使いの集団『ブランク』。その目的は“楽園“へ赴くこと。そして、『破滅の少女』と呼称する蒼生を確保ないし始末すること。


 今後、蒼生と共に生活を続ける以上、平穏な日常は遠ざかっていくだろう。それは一総の望むところではない。


 でも、彼女を見捨てることはしない。今さら、蒼生のいない日常などあり得ないのだ。それくらい、彼は彼女──彼女たちとすごす日々を気に入っていた。


「やらなくちゃいけないことが、たくさんあるな」


 一総の呟きは、どことなく充足感に満ちていた。

 

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