003-5-01 終幕、彼女たちの決意
アヴァロン首脳会議を狙ったテロ事件から約半月。会場が吹き飛び、数名の死者が出てしまったものの、島自体の慌ただしさは鳴りを潜めていた。日本側の被害者は一人もおらず、会議場が日常生活の場から離れた位置にあったことが幸いしたのだろう。荒事に慣れている勇者の順応力を以ってすれば、当然の流れだった。
まぁ、被害のあった国は今でも
一総たちといえば、彼らは夏休みに入った。といっても、どこかへ遊びに行くとか若者らしいイベントは起きていない。いや、学生らしいイベントは発生しているか。
「うあああああああああ」
一総の家のリビング。冷房の効いた室内で奇声を上げるのは
何をしているのかと言うと、夏休みの課題を片づけているのである。休暇前にあったテストにて彼女は二科目ほど赤点を出してしまい、その分だけ課題の量が増えたのだ。勉学の苦手な真実にとって、まさに地獄の試練といえよう。
そんな彼女の嘆きを受け、アドバイザーをしていた一総が冷たい一言を放つ。
「うるさい。真面目にやらないなら、教えるのを辞めるぞ?」
「あああああ!? 後生ですから、それだけは勘弁してください! これだけの課題、自力では終わらせられません」
「自業自得だろうに」
自分が教師役を務めたのに何という体たらくだ、と彼は溜息を吐く。
全教科赤点を取っていないだけ真実にしてみたら奇跡なのだが、他の面子が強すぎた。一総は当然の如く一位で司は二位、三人娘も五十位以内に入っていた。そして、
一緒に勉強していたのに、どこで差がついたのだろう。真実は不思議でならなかったが、今は考える余裕はない。目の前のプリントの山を攻略しなければ、彼女の夏期休暇は訪れないのだから。
「これも『三千世界』と『ブランク』がテロを起こしたせいですよ、このやろー!」
あの事件がなければ、事情聴取に時間を奪われることなく勉強に励めたに違いない。そう八つ当たり気味なことを考えながら、課題の処理を進める。
それを聞いて反応したのは、同室にいた
「普段から勉強してない真実ちゃんが悪いと思うなぁ」
「右に同じ」
二人は真実とは離れた場所でレジャー系の雑誌を読んでいる。遊びの予定を立てているようで、正直気が削がれてならなかった。
真実は恨めしそうに二人を睨む。
「これだから頭がいい人は嫌いです。正論がいつも正しいとは限らないんですよ」
「それらしいこと言ってるけど、今回は正論が正しい」
「そうだね。日々の積み重ねが大事なのは、どんなことにも当てはまると思うよ」
「ぐぬぬ」
自分の方が間違っているのが理解できているので、真実は黙るしかない。
すると、彼女の後頭部が叩かれた。
「いたっ。何するんですか、センパイ!」
真実は背後に視線を送る。そこには、丸めて棒状にした教科書を持つ一総が立っていた。
彼は呆れながら言う。
「無駄口を叩いてないで、頭と手を動かせ。八月までには終わらせたいんだろう?」
「うぅ、分かりましたよ」
一総の言う通りなので、泣く泣く頷く真実。
愛しい彼とのバカンスを楽しみたいがゆえに、彼女は課題をせっせと勤しむ。集中力が乱れがちではあるが、ここは一夏の思い出のために頑張るのだ。
そう気合を入れた真実だったが、続く一総たちの会話によって、せっかくの努力も無駄となった。
「ところで、どうして司がいるんだよ」
「それは私が一総くんの恋人だから」
「……あの契約なら、期限を迎えたはずだが?」
「そのことなら無期限延長だよ」
「何言ってんですか、司センパイ!?」
一総が反応するよりも早く、真実が割り込んだ。好きな人の恋人に関わる問題だ。恋する乙女が黙っていられるわけがない。
司は平然と説く。
「だって、私は『ブランク』のメンバーと一戦を交えたんだもん。目をつけられても不思議じゃない。だったら、一総くんの傍で連携を取らないと。別れたのに一緒にいたら変でしょう?」
「一理ある」
「むぅ」
一総は得心がいったと頷き、真実は理解を示しつつも感情では許容できないといった、複雑な表情を浮かべた。
彼女の反応を見て、司は苦笑する。
「別に本当の恋人になるわけじゃないし、それっぽい行動もあまりしないから安心して……と言っても納得できないかぁ」
「恋は理屈じゃない」
蒼生の呟きが全てだ。恋愛感情は理論で説明できるものでも、理屈が通じるものでもない。理性では理解できても、感情が追いつかないのだ。
難しい顔をする真実を見て、仕方ないと司が彼女へ近づいていった。そして、耳元で囁く。
「真実ちゃんを差し置いて、彼と本当の恋仲になろうとはしないよ。これは絶対に守るから」
「え、それって……」
「ふふ」
笑う司は酷く蠱惑的だった。
全くもって安心できない言葉だけれど、
(宣戦布告なら受けて立つ!)
真実は先程までの表情を一変させ、気合の入った顔になった。
色々と複雑な経験を重ねているが、彼女は根の素直な人間。司が明確な立ち位置を示したことで吹っ切れたのだ。
もてあそばれている気もしたが、考えても仕方ない。自分のできる全力を尽くそうと、真実は力強く誓うのだった。
○●○●○
八月も目前となれば夜も暑い。蒸し蒸しとする熱帯夜、一総は自室で読書をしていた。ベッドに寝転び、文庫本に目を通していく。
良い具合にリラックスしてきたので、そろそろ就寝しようとした時、部屋の扉がコンコンとノックされた。誰が訪ねてきたか問うまでもない。ここに住む人間は二人しかいないのだから。
「入っていいぞ」
空間魔法のことまで知られた今、隠すものなど存在しないため、一総は入室を許可する。同時に、読んでいた本をサイドテーブルへ置き、ベッドから上半身を起こした。
「お邪魔します」
若干緊張した面持ちで部屋に入ってくる蒼生。
彼女は一総の姿を認めると、軽く頭を下げた。
「夜遅くにごめん」
「気にするな。君のことだから、大事な用なんだろう?」
この数ヶ月で蒼生の性格は大体把握している。簡単な用件で夜分に私室を訪問する子ではない。
蒼生は頷き、本題を話す。
「今後の予定について、相談したかった」
「予定か。どこか行きたい場所でもあるのか?」
「うん」
当たり障りのないところから触れてみたが、いきなり核心だったらしい。普段、自宅でジッとしている彼女には珍しい提案だ。
少し驚きつつ、尋ねる。
「どこに行きたいんだ?」
「私の生家へ……私がこの世界にいた頃の軌跡を歩みたい」
蒼生の返答は、一総としては意外の一言だった。これまでの生活態度から、彼女は自分の過去に関わることへの接触を拒んでいる風に彼は感じていたからだ。それが一転すれば、訝しみもする。
「どういう心境の変化だ?」
一総が素直に問うと、蒼生は一拍の間を置いて答えた。
「『ブランク』は私だけを狙ってるのに、みんなは協力してくれるって言う。嬉しいけど、私はほとんど戦えない。それが辛くて苦しい。今後の戦いで迷惑をかけたくないから、私は私の過去を知ろうと思う。記憶が戻れば、異能の使い方も思い出すはずだから」
彼女には珍しい長文だった。微妙につたない言葉だったが、込められた感情は溢れんばかりであり、それだけ現状に憂いていることが窺える。
いつも無表情だから分かりにくいが、蒼生はかなり情の深い人間だ。そんな彼女が、自分のために友人が戦うのを指をくわえて眺めていることなど、できないのだろう。
蒼生の真意を知った一総は、ただひとつ首肯した。
「分かった。夏休み中に本土へ行けるよう手配しよう。村瀬は自分の準備を整えておいてくれ」
「ありがとう」
蒼生は頬を緩ませ、僅かに笑みを溢した。
その後、退室する彼女を見送った一総はベッドで横になり、一息つく。
正直、アヴァロンの外には良い思い出はない。だが、ここで二の足を踏んでいるわけにはいかないと思う。
激動が続くこの頃。今が、過去を見つめ直す良い機会なのかもしれない。
一総はまどろむ意識の中、静かにそう考えるのだった。
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