xSS-x-03 閑話、彼女たちのサプライズ

 八月の暑さというのを私――村瀬むらせ蒼生あおいは嘗めていたようだ。ギラギラと輝く太陽、ジリジリとひりつく熱気、肌に張りつく湿気。それら全てが私の気力と体力を奪い、不快感を与えていく。


 この猛暑を過去の自分は経験していたんだと思う。でも、記憶を失っている私には関係のないこと。全部が初体験だ。


 よって、早々に夏バテして、リビングでグウタラしているのは仕方のないこと。脆弱とか引きこもりとは言うなかれ。悪いのは日本の熱帯気候なんだから。


「蒼生センパイ、聞いてますか?」


 ソファにグダァと体を預けながら無駄な思考を回していると、傍にいた真実まみから声がかけられた。


 そういえば、彼女が遊びに来ていたんだった。あまりにも怠くて、すっかり頭から存在を消し去っていた。ちょっと気を抜きすぎかもしれない。


 私は真実の方へゆっくり頭を向ける。


「何ひとつ聞いてなかった」


「えええー……」


「ごめん。話が退屈すぎて、つい」


「謝る気あります?」


 素直に謝ったのに、真実はジト目を向けてきた。解せぬ。


 まぁ、いつまでも話を引っ張っても仕方ないので、軌道修正することにする。


「そんなことよりも、何の話をしてたの?」


 すると、彼女はハッとした表情をした。


「そうでした。重要な話があるんですよ、蒼生センパイ!」


「重要?」


「これは先程仕入れた情報なんですが、何と一総かずさセンパイの誕生日が八月十日らしいんです!」


「ほほぅ」


 真実のことだから雑談の延長だと思っていたけれど、想定していたより大事なことだった。一総の情報とあっては聞き逃せない。……無粋なツッコミはなしで。


 身を乗り出したことで私のやる気を感じ取ったんだろう。真実も声に力を込める。


「あと二週間もないんですが、センパイの誕生日を盛大に祝いませんか? 日常を大切にしてるあの人なら、きっと喜んでくれると思うんですよ!」


「それはいい提案」


 私の頭の中に思い出は存在しないけれど、知識という形でなら存在する。それによると、誕生日というのは仲の良い人たちで祝う大切な日とのこと。であれば、日頃お世話になっている一総も祝福しなければいけない。


 夏の暑さで残量がゼロになっていた気力が、瞬く間に回復していくのを感じる。我ながら、単純な思考回路をしているなぁと呆れてしまう。


 私たち二人が一総の誕生日を祝おうとやる気満ち溢れていると、第三者の声が割って入ってきた。


「面白そうな話をしてるね」


 振り向くと、部屋の入口につかさが立っていた。


 彼女は先日の『三千世界』と『ブランク』のテロがあって以来、しょっちゅう遊びに来ている。ただ、錬成術で鍵をこじ開けて無断で入ってきているので、ややストーカー寄りの行動だったりした。インターホンは鳴っていなかったし、今回も同じだろう。


 私は呆れ混じりに言った。


「つかさ、鍵はこじ開けないで」


「ごめんごめん。次からは気をつけるね」


 顔の前で両手を合わせ、可愛らしく謝る司。


 その姿は元男とは思えないほど可愛らしいものだったが、これは行動を改める気はないようだ。いつも同じ反応だもの。一総は言って聞かせることを諦めてるし、私もそろそろ止めようかな。


「司センパイは、どうして来たんですか?」


 私に向けていたのとは異なる固い声音で、真実が司へ尋ねる。


 対し、司はわざとらしく肩を竦めた。


「どうしても何も、恋人の家に来るのに理由が必要かな?」


「偽装恋人でしょうが!!」


 真実がキレた。


 この二人、一応恋敵ということになる。真実は一総にベタ惚れしていて、司は形式上とはいえ一総の恋人になっているから。しかも、この前のテロがあってから、顔を合わせる度に司が真実をあおるものだから、この口論は恒例と化しつつあった。


 司は何を思って真実をあおっているんだろう。発破をかけているようにも見えるし、単純にからかっているだけのようにも思える。正直、司が一総のことを好きなのかも判然としないから、思惑が読めなかった。


 とはいえ、こうやって考えている間も二人は言い合いを続けているので、そろそろ止めに入らなければならない。暴力に訴えることはないとしても、いつまでもケンカをさせているのは宜しくないからだ。


「まみ、落ち着いて。つかさも、それ以上からかわない」


「だって、センパイ。この人が!」


「はーい。ごめんなさい」


 真実は言い足らなさそうな顔をして、司は軽い様子で言葉を止める。


 はぁ。何で私はこんなことをしているんだろう。ちょっと前まで、私は置物の如くその場にいるだけのポジションだったというのに。


 口論を止めることに成功したので、私は話を元に戻した。


「それで、かずさの誕生日を祝うんでしょ?」


「あ、はい、そうです。一週間弱しかないので、手早く準備をしないといけません」


「だったら、一総くん自身にも手伝ってもらう? そうすれば、あまり時間を気にせず終わると思うよ」


 確かに、一総の能力があれば、短い時間でも準備を整えることはできると思う。


 司の意見に真実は渋い表情をした。


「それもそうですけど、祝う対象に準備を手伝ってもらうのは微妙じゃありません? それに、できればサプライズにしたいんですよね」


 彼女の言いたいことは理解できる。でも、それは結構難しいことだ。


「かずさの目を欺けるの?」


「「…………」」


 二人は沈黙を返した。


 つまりはそういうことだ。万能たる彼に見つからないよう準備するなど、不可能に近かった。加えて、私に至っては常に行動を共にしなければいけない。家の中ならともかく、外出時に内緒で行動するのは無理だった。


 真実が恐る恐る口を開く。


「司センパイなら何とかできるのでは? 前に一度、一総センパイの裏をかいてましたよね」


 司は首を横に振る。


「無理だよ。ああいう手は監視くらいにしか使えないから。あと、一総くんのことだから、すでに対策を講じてるかも」


 以前、私に仕かけた『眼』は使えないみたいだ。彼女の言う通り、一総に同じ手が通じるとも思えない。


「……どうしましょう?」


 すがる目でこちらを見てくる真実。そんなこと言われても、私には何も思いつかない。そう簡単に彼を欺く方法が発見できるのなら、誰だって最強を名乗れると思う。


 しばらくの間、場を静寂が包む。


 そんな時、ポツリと司が呟いた。


「通販とか、どうかな?」


「通販ですか?」


 真実が問う。


 司は首肯した。


「私たちが動くんじゃなくて、関係のない人に動いてもらえばバレないんじゃない? プレゼントとかケーキとかを通販で頼むんだよ」


「悪くはない」


 私は賛成する。


 司の案であれば、おそらく一総に気づかれることなく誕生日を祝う準備を行える。最善策に違いなかった。


 しかし、真実は納得のいかない表情をしていた。


「全部通販頼みっていうのは、どうなんでしょう? 気持ちが込められてない気がします」


「そう? 一般家庭だってプレゼントやケーキは既製品をあげることが大半だよ。上流階級になると、料理でさえ他人任せの場合だってあるし」


「言われてみると、そうですね」


「それでも納得できないんだったら、料理の一品や二品を自分で作ればいいんじゃないかな? それくらいなら普段の料理と変わらないから、バレないと思うよ」


 司の提案に、ようやく真実も頷いた。


 次は、どこに頼むかである。


「どこに注文するの?」


「任せて! 私に心当たりがあるんだ」


 司が豊満な胸を叩いて、自信ありげに答えた。


「巷で人気爆発中の通販サイトがあるんだ。雑貨や食べ物、果てや家具や宝石まで。全部手作りらしいんだけど、既製品以上の質の良さだって」


「手作りで人気が高いんですか……。勇者が製作者ですかね?」


「それは不明。このサイト――というか会社の実態は秘匿にされてるから、誰も知らないんだよ。それでも人気があるから、それだけ質が良いってことなんだろうけど」


 司は分からないと答えたが、十中八九真実の予想が正しいと思う。手作りで既製品以上の出来栄えなんて(特に家具などは)、異能を用いなければ難しいのだから。


「プレゼントはサイトの中から各自で選んで、ケーキは三人で意見を出して決定しよう。それでいいかな?」


「問題ない」


「構いません」


 司の意見に賛成の意を示す私と真実。


 こうして、一総の誕生日を祝うサプライズは準備を整えていった。




          ○●○●○




 一総の誕生日当日。私たち三人は家のリビングに集合していた。すでに飾りつけ等の準備は終わっていて、残るは通販で頼んだ品が届くのを待つばかり。


 ただ、もう夕方近いというのに商品が届く様子はなかった。幸い、一総は異世界へ召喚されているらしく、朝から姿を見ないけれど、それでも焦りは募っていく。


「ちゃんと届きますよね? 日づけ変更ギリギリに到着したから期日は守ってますよ、みたいなオチはありませんよね?」


 メンバーの中で一番焦燥感が強い真実が、そんなことを言う。


 私は落ち着くよう彼女を諭した。


「深夜に届け物をする非常識な宅配業者はいないから、安心して」


「そうそう。頼んだ会社は評判がいいって言ったでしょう? そういう問題が起こったって話はないから」


「でも、私たちが初の問題に鉢合わせてしまったってことも……」


「考えすぎだよ、真実ちゃん」


 おろおろする真実をなだめる司は苦笑い。


 一総を想う気持ちの強さの表れなんだろうけど、さすがに若干うっとうしくなってきた気がしなくもない。まぁ、これも恋する乙女というものなんだろうと、寛容に受け止めよう。目指すは友達思いの良い女!


 それから何時間か経って陽が落ちた時、恐れていた事態が発生した。ガチャリとリビングの扉が開かれる音がしたんだ。ここにいるメンバー以外でそれを行う者なんて、一総以外にいない。


 マズイ。リビングは誕生日パーティー仕様になっている。通販した品が届いていないのに、この状況を彼に見せるわけにはいかない。


 真実は……慌てちゃって使いものにならないから、ここは司に任せよう。


 司へ視線を向けると、彼女もこちらを見ていた。視線が交差すると、任せてと言わんばかりに彼女はウィンクをする。


 そして次の瞬間、錬成術の光が輝いたかと思うと、リビングの入口と飾りつけのされた場所の間に特大の壁が出現した。ええぇ、そんな大雑把な手段を取るの? これじゃあ、逆に怪しまれる気がするのは私だけ?


「ごめん。これくらいしか方法が思いつかなくて」


 私が呆然としていると、司が申しわけなさそうに言った。


 うん。とっさのことだから仕方ないとは思うけれど、それなら何で自信満々にウィンクしたのかな……。司も大概勢い任せな性格をしているよね。


 そうしている間にも、一総がリビングへ入ってくる。


 案の定、司の作り出した壁を見て、顔を引きつらせていた。


「何だよ、これ」


「えっと……気にしないで?」


「自分の家に不自然な壁が出現してて気にしないって、無理があるだろう」


 ごもっとも。でも、気にしないでほしい。伝われ、この想い!


 ジーッと一総を見つめること数秒。彼は半ば投げやりに答えた。


「分かった、気にしないことにする。後で直しておけよ」


「ありがとう、かずさ」


 彼の寛容さに救われた。これで、通販した品が届くのを待つのみ。


 ホッと一安心する私たち。


 すると、一総が私たちそれぞれに近づいてきて、何やら渡してきた。


「ほら、三人とも。受け取れ」


 包装に包まれた箱が全部で四つだ。私、真実、司が渡されたものと、一総が持ったままのもの。


 彼は自分が所持したままの箱を掲げて、


「これはテーブルの上に置きたいんだけど、壁の向こう側だしなぁ。行っちゃダメなんだろう?」


 と尋ねてきた。


 その問いに首肯する私たちだが、何で突然箱を渡されたのか困惑している。


 真実が恐る恐る問うた。


「センパイ、この箱は何ですか?」


 何か嫌な予感がする。そんな顔色が彼女から窺える。それは私や司も同じだ。めちゃくちゃ嫌な予感がする。


 一総は平然と答えた。


「何って、お前たちが注文した商品だろうに。同じ家にいるから、手渡しすることにしたんだ。その方が余計なお金がかからないだろう?」


 嗚呼、やっぱり一総にサプライズを仕かけるなんて、土台無理な話だったんだ。


 私は二度と一総へサプライズはしないと、心に誓うのだった。






 その後聞いた話。


 一総は将来の布石として、色々な業務に手を出しているらしい。頻繁に勇者召喚される自分が、普通の職場に勤務することなんてできないから。


 そのひとつが通販サイト。全て自分だけで運営しているんだとか。


 私たちは、彼の誕生日プレゼントを彼自身に作らせたってことだ。何とも恥ずかしい。


 サプライズの話を聞いた一総は大笑いしていた。そんなに笑わなくても。


 でも、誕生日を祝われた時の彼の笑顔は、とてもステキだった。これを見れただけでも満足。あと、最後に全員が一総に頭を撫でてもらったので、さらに大満足。


 色々と失敗もしちゃったけれど、結果的には成功で終わったと思う。


 終わり良ければ全て良し。あの笑顔が見れるのなら、来年も一総の誕生日を祝いたい。サプライズはコリゴリだけどね。

 

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