003-4-07 空間魔法使いの戦い方
悪い予想とは得てして当たるものだ。
優男は下っ端だったので絞り取れた情報は大した量ではなかったが、空間魔法使いが十以上いることや複数の異世界に拠点を設けていることが分かった。組織の目的は“楽園”を目指すという判然としないもの。どう考えても厄介ごとの臭いしかしない。
空間魔法の使い手が最低でも十人。これは完全に想定外だった。なまじ一総は空間魔法を習得していたがゆえに、それがポンポンと現れるなど予想できなかったのだ。
(言いわけは後だ。今は目の前に集中しないと)
一総は深まりつつあった思考を払い、現状を見据える。
塵ひとつ残っていない会議場跡。後ろには魔力が空っぽで満身創痍の
探知系と思考系の異能を駆使して、状況把握を瞬時に終わらせる。
先程、司と話した内容ではないが、何てタイミングに入り込んだのだろうか。間一髪も良いところ。一歩遅ければ死人が出ていた。
先日のエヴァンズ戦の時もそうだったが、この頃は有事の際に駆けつける速度が遅すぎる気がする。用意周到を是とする一総としては、非常に憤りを感じる事態だ。対策を講じるべきだろう。
閑話休題。
それにしても、司たちはかなり苦戦を強いられたようだ。真実の戦線離脱や
安全マージンは取れていると豪語しておいて、この体たらく。油断して彼女たちを危機に晒したことは、反省しなくてはいけなかった。
「というわけで、ここからはオレが相手をしよう」
考えるのもそこそこに、一総は敵へと向き合う。
同時に、司が戦闘に巻き込まれないよう、強固な結界を張った。これは空間魔法によるもので、目の前の男へ自分の強さを知らしめるための行為だった。こちらを強者と認識すれば、相手も他の者へ注意を払う余裕をなくすはずだから。
彼の作戦は上手く作用した。先までチラチラと司を気にしていた青年だったが、今は敵意全開で一総を注視している。
一総はわざとらしく笑む。
「おいおい、そんなに睨むなよ。美少女から平凡男への交代が、そこまで不満なのか?」
「……」
司と同様に挑発を行ったが、男が乗っかってくる様子はない。彼女の時とは異なり、だいぶ一総を警戒しているのが理解できた。
周囲へ気を払う余力が敵にないことを把握した一総は、安心して戦いに集中できる。
早速、彼は先制して仕かけることにした。カカトを立て、爪先で地面を三度タップする。すると、不可視の薄い膜が周囲一帯を覆った。内側には一総と赤髪の青年が呑み込まれ、他の一切は外側に隔てられる。
青年は一総が何か術を発動したことに気がついたが、あまりの展開の速さに対応ができず、ビクッと体を揺らすだけだった。
正体不明の異能により一層警戒心を高める男に対し、一総は声をかける。
「安心しろ、今のは結界だ。そっちに害があるモノじゃない」
「結界だと?」
ここで初めて青年は言葉を漏らした。透明の膜が結界だという発言を信じられなかったのだろう。足から伝わる地面の感触は膜で隔てられているとは思えないほど鮮明だし、密閉された空間ではあり得ない風の流れも感じるのだから仕方ない。
この結界は、空間魔法のアレンジによって生み出された一総の特別製だ。その名も『境界遮断』。流動型の結界の一種で、術者の指定したモノや情報を遮断するという代物だ。今は一総と青年に関係するモノの外への流出を禁じているだけ。だから、環境が膜を張る前と変わらないのだ。
この術は外からの情報と中からの情報を別々に遮断設定できる。たとえば、中から外の景色を見えなくしても、外から中の様子を伺えるようにもできるわけである。
そして、『境界遮断』の最大の利点は流動型というところ。『境界遮断』は空間を隔てているのではなく、遮断する対象とそれ以外とを線引いているにすぎない。つまり、現在一総の背後にいる司が、最奥にいる敵の地点まで歩いていくことができるのだ。やろうと思えば、人混みの中で『境界遮断』を発動し、誰にも気づかれずに戦闘を行うこともできる。
まぁ、この情報を向こうへ教えるつもりはない。結界だと伝えたのは、常識とのギャップを以って相手を混乱させるためだった。安心しろと言っておきながら、全然そのような気はなかったということ。容赦のない手だった。
単細胞そうな赤髪の男には効果的だったようで、先程までの警戒も幾分か緩まり、戸惑いが大きくなっている。落ち着く前に叩くとしよう。
『今から姿を消すけど、慌てるなよ』
念話で司へ一言告げてから、『境界遮断』の設定を変更。外から二人の戦闘が見えないようにする。これで一総の実力が露見する心配もなくなった。
ちなみに、これを普段から使わないのは、膨大な魔力やその他エネルギーを消費するから、あっという間に術者を特定されてしまうためだ。実力を隠す目的で使うには、他者の目がない場所しかないという、本末転倒な条件なのだ。もっぱら、人がいなく周辺被害を防ぎたいという限定的な状況でしか使いどころがない。
一総は駆ける──と見せかけて、【転移】を用いて敵の目の前へ躍り出る。同時に、【
一総の攻撃は斧によって防がれる。相手も空間魔法使いのため、転移することは読まれていたらしい。
武器の質量的に鍔迫り合いは不利なので、すぐさま【転移】を行使。次は青年の背後に回り込む。そのまま刺突を繰り出したが、宙を裂いただけに終わった。
直後、死角から敵の気配を感知したので、横跳びで回避する。
先まで立っていた場所に大戦斧が振り下ろされた。地を割るその威力を見れば、直撃は死に繋がると分かる。
チラリと男を眺めた瞬間、再び彼は消えた。次は目と鼻の先に出現し、斧で突きを放ってくる。得物には空間魔法が付与されているので、受けるわけにはいかない。
一総は焦ることなく、回避に移る。最小限の動きで大斧の横に流れ、お返しとばかりに伸ばされた腕へ斬撃を落とした。
これに顔をしかめる青年。筋肉によって無理やり突きを止め、ギリギリで【転移】を成功させた。
少々離れた位置に移動した彼は、額に大粒の汗をかいている。見ると、その両腕には薄い切り傷があり、血が滲んでいた。
遠慮なしの転移合戦。武器に触れれば空間ごとえぐられるため、回避か空間魔法での防御が必須事項。これこそが空間魔法使いの近接戦だった。
その後も、二人は転移と斬撃の嵐を続けていく。避け、転移し、武器を振り、転移し、時には肉弾戦にも興じる。司の時も転移は何度も使われていたが、それとは比べ物にならないほどの速さで二人は戦っていた。もはや人間の動体視力で追えるモノではない。
延々と続く斬り合いは、どちらからでもなく終わる。十メートルくらいの距離を空け、二人は完全に停止した。
ここに来て、ようやく両者の姿が認められるようになる。
戦況は明らかだった。無傷の一総に対し、赤髪の青年は身体中裂傷塗れだったからだ。息も結構上がっている。満身創痍とまでは行かないが、彼我の戦力差は一目瞭然と言えよう。
「大体分かった」
一総は口内で言葉を転がす。
彼が敵を瞬殺しなかった理由は、相手の実力を測るためだった。
実力次第では思わぬしっぺ返しを食らう可能性がある。一総ならば対処もできるだろうが、万全を期したかった。空間魔法使いを敵に回すと、万が一もあり得てしまうのだ。
結果的に、それは杞憂だった。赤髪の男の実力は優男よりもほんの少し上というだけで、余裕で瞬殺できるレベルだ。おそらく、組織内の立場も下っ端だろう。
であるなら、聞き出せる情報もないし、これ以上戦闘を長引かせる必要性はない。
方針を決めた一総は日本刀を【空間倉庫】へしまう。武器を捨てて手を抜いたように見えるが、実際は逆だ。滲み出る空気が本気のそれへと変化した。
彼の様子を敏感に察した青年は、あからさまに動揺する。司と相対していた時の威勢の良さは微塵も感じられなかった。
「な、何もんだよ、てめぇ。幹部級の強さじゃねーか。そ、そんな奴がいるなんて、き、聞いてねーぞ!」
震える声で文句を怒鳴り上げる青年。最後の言葉が命乞いにならないのは高評価だ。戦士としての心構えはできているよう。とはいえ、幹部の強さの指数を教えてしまっている辺りは大減点と言わざるを得ない。こちらとしては嬉しい情報だけれど。
敵の心情などお構いなしに、一総は片手へ多量の魔力を集約。術式を素早く組み立て、ほぼノータイムで解き放った。
「『
底冷えする固い声音と共に、結界内の空間が爆ぜる。空間を地震のように振動させ範囲内のモノを最小単位まで分解する、広範囲殲滅型の最上級空間魔法だ。
長い詠唱と膨大な魔力をかき集めてようやく発動できる大規模魔法。それが秒にも満たない時間で繰り出されてしまえば、防げる者など存在するはずがない。落雷が幾度も落ちたような轟音が鳴り響き、赤髪の男はなす術なく滅殺されるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます