003-4-06 ヒーローのタイミング

 戦闘が長引くにつれ、二人の表情は乖離していった。青年が凶悪に笑みを深めていく一方、つかさは額に汗を滲ませている。面にこそ出さないが、心の裡では苦々しい想いでいっぱいだった。


 一見、互角に思える二人だったが、実際のところは司の圧倒的不利なのだ。錬成術の攻撃は空間魔法により完全遮断できるが、空間魔法の攻撃は防げない。『連世れんせいの門』での転移も空間魔法の劣化にすぎない。技術力テクニックで上手く誤魔化してはいるものの、持ち札のスペックの差は覆しようがなかった。


 だからこそ、司は男を挑発したのだ。頭に血が上った状態で短期決戦を仕かければ、ゴリ押すことができると信じて。


 現実はご覧のありさま。決定打を与えられず、ジリジリと無駄に戦いを長引かせることしかできなかった。一総かずさから空間魔法の脅威は聞いていたが、それでも警戒が足りなかったと痛感する。


 空間魔法使いが相手であれば『勇者ブレイヴ』であっても長くは持たないのだが、その事実を伝えても彼女の慰めにはならないだろう。司が今欲しているのは、言葉ではなく実益なのだから。


 徐々に『連世の門』による転移も補足されていき、司の体に傷が増えていく。頬、四肢、胴と、刻まれる部位の精密さが上がっていく。白い手による攻撃も、回避されることが多くなってきた。


 このままでは敗北も時間の問題だ。そう理解しているのだが、司には現状を打破する力も策もなかった。思考は空回りするばかりで、焦りが募る一方だ。


 そして、とうとう追いつかれる。


「ぐあっ!?」


 門を潜り抜けた先に大斧が迫っており、その刃の斬撃を脇腹に食らってしまった。皮を、肉を、骨を、内臓を裂き、彼女の体は宙を吹っ飛んでいく。


 戦闘の余波で更地になっていた地面を転がっていき、半球体の六メートル手前で勢いが止まった。不幸中の幸いか、もう少し威力が大きければ吸収範囲まで飛ばされていた。


 体が真っ二つになる寸前の司は、筆舌に尽くしがたい激痛に歯を食いしばりながら傷口と溢れ出る血に手を置き、錬成術を発動させる。すると、白い発光と共に、逆再生のように血が体内に戻り、体が再構成されていく。ついでに、体中にあった斬傷ざんしょうも治しておいた。


 一等治癒師の面目躍如とでも言おうか。司は即死さえしなければ、どんなケガでも回復が可能だった。


 その光景を見て、赤髪の青年は面倒くさそうに眉を寄せる。


「うざってーなぁ。どうせ勝てねーんだから、回復なんてすんなよ」


 彼の言う通りだ。司が回復することに意味などない。魔力にも上限がある以上、いつかは限界を迎えるのは分かり切っていた。彼女の全回復は戦いの時間を延ばすことにしかならない。


 だが、司は諦めない。敵を倒す力はないかもしれない。打開案をひらめくこともできないかもしれない。時間を稼いだところで無駄に終わるかもしれない。そうだとしても、諦めるわけにはいかなかった。蒼生あおいを、友を守るため――過去と同様の後悔を今回も背負わないためにも、彼女は最後まで踏ん張る覚悟があった。


 そんな司の心情を理解したのだろう。男は心底面倒そうに溜息を吐いた。


「勇者ってのは、どいつもこいつも徒労に命懸けるよなぁ。そこら辺、理解できねぇ」


 目の前に一瞬で現れた男が大戦斧を振る。


 司は『連世の門』によって遠方へ逃げるが、攻撃回避はならなかった。転移したというのに男が目前にいる状況は変わらず、そのまま右肩から腹の中心まで袈裟斬りにされてしまった。


 その場から飛び退き、すぐさま回復を施す司。


 それを見届けた男が、再び彼女を斬りつける。


 右腕が斬り飛ばされる。回復する。左足が爆ぜる。回復する。下半身が吹き飛ぶ。回復する。斬る回復斬る回復斬る回復斬る回復…………。


 展開は一方的だった。司は逃げること叶わず斬り刻まれ、錬成術で再構築するのを繰り返すだけ。反撃など一分も許されなかった。わざわざ全快になるのを待たれるというのも、優位性を見せつけられているようで精神的な負担となっていた。


「魔力が……」


 司は地に膝をつく。


 結局、何の打開策も浮かばずに魔力を使い切ってしまった。もう回復どころか、初歩の錬成術さえも行使できない。詰みだ。


 それでも、心だけは屈しないと、敵をきつく睨めつけた。


 男は感心と呆れを混ぜた表情をする。


「魔力ゼロまで追いつめたっていうのに、よく強気でいられんな。まぁ、そういう奴は嫌いじゃねーが。立場が違ったら口説いてたとこだぜ」


「あなたなんて、お断り」


「はは、そりゃ残念」


 全然残念ではなさそうな笑いを上げ、男は斧を振り上げる。得物には大きな魔力が込められており、周囲の空間が歪んでいた。


「念のために、強力なやつでトドメを刺させてもらうぜ。錬成師、全ての努力が無駄に終わり、友達ダチ一人も守れなかったテメェの非力さを嘆け」


 空間を切断しながら迫り来る刃。それを認めながらも、司は力強い眼を逸らさない。


 彼女は自分のしたことが全て無駄だったとは思っていなかった。確かに、自身が蒼生にできたことは何もない。ただ長時間戦闘を行っただけ。でも、その時間稼ぎこそが未来の布石になると信じていた。


 延ばしに延ばした時間。それよって生まれた猶予があれば、きっと彼は間に合う。打算で生きていた司が、いつの間にか心許していた友である彼なら絶対に。


 自分の命が助からないと悟りながらも、司の心は晴れやかだった。心残りは当然あるけれど、友のために力を尽くしたのなら、亡き親友へも胸を張れる気がしたから。


 斧が頭頂部へ接触するまで一センチメートルを切った。瞬きよりも短い速度で司の命は刈り取られるだろう刹那の間、彼女は瞳を開け続ける。最後の一瞬まで世界を目に焼きつけるように。


 そのお陰だった。彼女は心の片隅で期待していたタイミングを見逃さなかった。


 視界を占領する大斧が消え去り、一人の男の背中が現れたのだ。この世で最も強く頼りになる、司が認める友の背中が。


 彼女は、自分の頬が緩んでいくのを実感する。


「ナイスタイミングだよ、一総くん」


 今までの緊迫した空気を一転させ、軽口を叩く司。


 すると、一総はこちらに振り向いて、げんなりした表情を見せた。


「どこがだよ。ギリギリ……いや、遅すぎるくらいだろう、これは」


 魔力がスッカラカンであることを見抜いたようだ。彼の瞳には若干の心配の色が見えた。


 他人への関心がほとんどない一総に、僅かでも憂慮をしてもらえている。その事実に司は望外の喜びを覚えた。同時に、自身が彼へ親愛の情を抱いていることを改めて実感する。


 司は笑み深めながら言う。


「物語の主人公的にはベストじゃない? ヒロイン陥落だよ」


「何が物語だよ。君はそんな単純な人間じゃないだろう? まぁ、できすぎなタイミングだとは思うけどさ」


「確かに、私は命を助けられたくらいで恋に落ちたりはしないけど、誰も死んでない状況で間に合ったんだ。悪いタイミングではないはずだよ」


「それもそうか」


 司の意見に対して適当に頷き、一総は顔を正面へ向ける。彼が現れたことで、この場から離れた敵の方へと。


 一総は赤髪の青年を見据えながら、司へ声をかける。


「敵のことも、蒼生のことも、オレが何とかする。あとは任せろ」


 前に立つ彼の背中は、とても大きく見えた。

 

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