003-2-07 蒼生たちの逃走(後)

 一総かずさたちから駆け足で離れること十分弱。三人娘たちが移動系の異能を使ったお陰で、蒼生あおいたちは五キロメートルほど進んだ地点まで来ていた。


 道幅が広く背の低いビルが立ち並ぶエリアで、建物内に人の気配はあるものの、表に人影はほとんど見当たらない。陽の落ちたばかりの赤紫の空が寂寥感を覚えさせた。


 ここまで来れば大丈夫だろうと、蒼生たちは足を止めて一息吐く。


 それから、三人娘は経緯を説明欲しいと問うてきた。


「急にどうしたの?」


「それは……」


 真実まみが言葉を止め、蒼生へ視線を向けてくる。


 彼女自身、大体のことは察しているが詳細を知っているわけではないため、一任したいのだろう。


 蒼生は了承したと首肯する。


「あそこは危険だったから避難した」


 簡潔に状況を述べたのだが、些か色々と省きすぎたらしい。三人娘は眉を寄せる。


「まぁ、妙な空気だったけど……」


「いきなり現れた男の子が怪しいってことよね?」


「フォースの私たちが留まってた方が、戦力が固まって良くなかった?」


 彼女たちはあの場にいることの危険性を理解していたようだ。ただ、逃げ出したことに納得していない。


 ふむ、と逡巡する蒼生。


 説明するのは実に簡単だ。念話で一総に逃げるよう言われたからと伝えれば良い。しかし、それで三人が得心するかと問われれば、否と答えるしかない。


 多少一総のことを認めつつある三人娘だが、それは人格面の話。こと戦闘面に至っては、未だに弱いと考えている可能性が高かった。世界を四回救った実力者である彼女らが、弱者と感じている一総の指示を素直に受け止めてくれるとは考えづらいのだ。事実をありのまま話してしまえば、つかさのために戻ろうとするのは目に見えていた。


 蒼生としては、その結末は避けたい。誰よりも強い一総が離脱を促した。すなわち、あそこに留まれば命が危うかったのだろう。友人の身を危機には晒したくない。


(……どう伝えるべきか)


 そう言葉を選んでいると、ふと風が頬を撫でた。


「ん?」


 無性にそれが気にかかり、感触のあった方へ視線を逸らす。


 その次の瞬間――――




 バチバチバチバチバチバチバチバチバチ!!!!!!!!!!!!!!!!




 稲光が走った。


 蒼生の周りを、球を描くように電撃が迸る。


 彼女はすぐに何が起こったのか悟った。自分は攻撃を受け、異能具いのうぐの能力である【自動防護膜】が発動したのだと。


 敵との交戦が始まったことを把握した蒼生は、即座に行動を移す。雷光が周囲を満たす中、腕にはめられた異能具の腕輪を握り、コマンドを口ずさむ。


「『換装コンバーション』」


 簡略式の変身を使用したため、蒼生の姿も一瞬で切り替わる。ピカッと光った後には、白と蒼のワンピースに手甲と脚甲を装備した戦闘衣装を身にまとっていた。


 そして、忘れてはならない相手へ報告をする。


『かずさ、たすけて』


 念話によるそれは、間違いなく彼へと届いた。であれば、自分たちは確実に助かる。あとは瞬殺されないように時間を稼げば良い。


 一総に絶対の信頼を寄せる蒼生は、自らの身の安全を疑うことはない。だからこそ、堂々とその場に立った。


 電撃が消滅する。


 十秒ほどの攻撃だっただろうか。傍にいた真実と三人娘は気絶して倒れていた。パッと見た様子では外傷はないし、息もしているようだけれど、安否が心配になる。


 とはいえ、悠長にケガの具合を確かめている暇はなかった。


「今のを防いだか」


 低く鋭く冷たい声が聞こえる。


 蒼生たちの前には大柄な男がいた。筋骨隆々の体格に傷だらけの顔や体、冷たい瞳と、見た目からして一般人ではない。他に人影がないため、敵はこの男で間違いないだろう。


 相対距離は十メートルといったところ。異能を行使する勇者にとって、もはや戦闘可能距離に入っていた。気を抜ける状況ではない。


 男の一挙一動も見逃さぬよう、神経を張り詰めさせる蒼生。


 緊迫した空気の中、男はつまらなそうに呟いた。


「その腕輪の力で俺の攻撃を防いだのか。異能を使えないと聞いていたんだが……これは面倒なことになった」


「私のことを知ってる……?」


 蒼生の情報は日本政府にとってトップシークレットだ。それがもたらす世界の混乱を想像すれば、納得のいく対応と言える。そんな情報が部外者に漏れていたとなると、今後も自身が襲われる危険性を孕んでいた。


 よって、今の発言は到底聞き逃せるものではない。


「あなたは何者? 襲ってきた目的は?」


 答えが返ってくるとは思っていない。だが、問わないという選択肢はなかった。僅かにでも可能性があるのなら試すべきだし、言葉を交わせば時間も稼げる。


 しかし、男から返ってきたのは言葉ではなかった。


 刹那の間に展開された魔法陣から雷の槍が放たれる。それが行く先は気絶した真実だ。


「ッ!?」


 息を呑んだ蒼生は、異能具により強化された身体能力を活用し、間一髪で攻撃の前に躍り出る。


 雷槍は蒼生に触れる前に防護膜へ衝突。激しい光と音を出して消え去った。この程度の威力では、一総謹製の異能具は揺るがない。


 自分の攻撃を容易く防がれたというのに、男の表情に焦りはなかった。


 彼は興味深そうに蒼生を見つめた後、すぐさま攻撃を再開する。同じ雷槍だったが、今度は機関銃の如く連続して放たれた。


 逃げる隙間のない弾幕に、蒼生は内心で舌を打つ。


 自身を守るだけなら棒立ちでも構わなかった。しかし、彼女の周りには友人ら四人が倒れている。無視などできるはずがない。


 蒼生は急いで友人たちを一箇所にまとめ、降りかかる攻撃からかばうために、その前へ立つ。


 直後、ドドドドドドドと轟音を響かせて、雷槍の雨が防護膜へぶつかった。


 安堵の息を溢す蒼生。


 雷を受けてもビクともしていない膜だが、迸る閃光やら衝撃音から、かなりの威力が込められた攻撃だと分かる。あと一歩遅れていたら、誰か一人が蜂の巣になっていた。


 嵐が晴れ、それでも無傷な蒼生たちを見た男は、感嘆の息を漏らした。


「これでも無事か。厄介だな」


 言葉とは裏腹に、淡々とした声音だ。


 変わらぬ声のまま、彼は続ける。


「手数を増やして無駄なら、威力を上げるしかあるまい」


 そのセリフと共に、この場の空気が一変した。


(これはまずい)


 蒼生は自らの血の気が引いていくのを実感する。


 直感系や予知系の異能など使っていないが、ひとつだけ理解した。相手が次に放つ攻撃を受けてはいけないと。


 可視化して物質化された魔力が男の周りを縦横無尽に舞い、荒ぶる暴威を体現している。おそらく、次に来るであろう攻撃は周囲一帯を野晒しにするレベルの代物だ。


 そのようなものを街中で放つなど正気を疑うけれど、向こうは唐突に襲いかかってくる輩。常識を問う方が間違っている。


 どうするべきか。蒼生は必死に頭を回転させる。


 相対距離は相変わらず十メートル。異能戦では取るに足らぬ距離ではあるけれど、遠距離攻撃手段を持たない彼女にとっては、絶望的に離れた間だった。どう頑張っても、攻撃によって魔法をキャンセルさせることはできない。


 かといって、このまま防御に徹するのも悪手だろう。【自動防護膜】が耐え切れるか怪しいところだし、耐えたとしても余波によって真実たちが死んでしまう。


 まさに八方塞がり。考えている間にも、刻一刻と攻撃の準備が整っていってしまう。


 そして、ついに、


「さらばだ。破滅の少女」


 その言葉と共に、男の最大魔法が顕現する。


 彼の頭上数十メートルの位置に出現したのは光の玉だった。見ただけで分かる、途方もない魔力が凝縮された巨大な光球。それが数多の稲妻を、太陽のプロミネンスの如くまとっていた。


 そこにあるだけで周囲の空気を分解し始める球体を、男は蒼生に向かって射出する。光球は耳障りな甲高い音を響かせながら、蒼生たちへ迫る。


 打つ手なし。すでに、蒼生にできることは何も残されていなかった。ただ、彼女の瞳に諦めの色は見られない。


 それもそのはず。戦闘が開始されてから一分近く経っているのだ。それほどの時間を要していて、彼女のもっとも信頼する者が間に合わないはずはなかった。


 直進を続ける光の玉が、何の前触れもなく消滅する。


「何!?」


 会心の一撃が瞬く間に消されてしまった。この事実には仏頂面だった男も目を見開くしかない。


 そして、蒼生の期待した人物が目の前に降り立つ。


「ギリギリだったか。待たせたな」


 待ち人たる一総がそう気軽に言ったので、蒼生も気軽に返す。


「ナイスタイミング」


 そこにはもう、張り詰めた空気など一切存在しなかった。

 

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