003-2-06 蒼生たちの逃走(前)

 時は一総かずさたちがアルテロと接触する前まで遡る。


 デートの終わりが近いということで、一日中尾行していた蒼生あおいたちは思い思いに感想を述べていた。


「想像以上に紳士的な振る舞いだったね」


「ものすごく丁寧なエスコートだったわ。今も道路側に立って、歩幅を合わせて歩いてるみたいだし。さりげなくて細かいことなんだけど、気づくとグッとくる」


「手慣れてる感じだった。めっちゃ意外だよね」


 三人娘はイメージとのギャップに驚きを覚えつつも高評価を下していた。悪い噂が多く、煙たがっていた相手だけに、その衝撃は計り知れない。三人共、「もう少し彼と普通に接してみようかな?」と態度を改めようと思うくらいには、今回のことで良い印象を受けていた。


 この変化には蒼生も顔を綻ばせる。信頼を寄せている者が友人から良く見られて嬉しくないはずがない。彼が意図して自身の評判を下げていることを知っていたとしても、その感情は抑え切れるものではなかった。


 真実まみが呟く。


「うぅぅ。センパイの初デート相手は私でありたかった」


 心底悔しそうな彼女。涙目でハンカチを噛み締めるという芸の細かさがあった。


 気持ちは分かる。真実は一総にベタ惚れといって良い。想い人が他の女性とデートをしている姿を見て、心穏やかでいられるわけがなかった。


 口には出さないが、かくいう蒼生もつかさに対して羨ましく思う部分があった。男女のそれではないが、彼女も一総へ好意を持っている。今回のような楽しそうなデートができるなら、一緒に回ってみたいと考えるのは当然だ。


 真実への同情の念を抱いていると、三人娘の一人が首を傾いだ。


「うーん。伊藤って、今回が初デートだったのかな?」


「どういうことですか?」


「いやさ、初めてにしては手慣れすぎっていうか……」


 真実の質問返しに答えると、他の二人も「嗚呼」と同意の声を上げた。


「確かに歴戦の猛者みたいな慣れがあったよね」


「あのフォローの仕方は秀逸だったよ」


 思い当たる節は随所に存在した。それは真実も頷かざるを得ない事実だったが、納得できないところもある。


「でも、こういっては失礼ですけど、あの不愛想なセンパイがたくさんデートしたことがあるって想像できますか?」


 真実の容赦ない発言に、皆一様に苦笑いを浮かべた。まさに彼女の言う通りなのだが、少しストレートすぎるのだ。


「私たちも信じ切れてないけど」


「他に説明しようがないのよね」


「あれを天性のモノと断ずるのは難しいよ」


 三人娘も半信半疑だけれど、事実を説明できるものが他にないといった様子。


 というより、結局のところ、


「私たちは誰もかずさ・・・のことをよく知らない」


 ぴしゃりと言い切った蒼生のセリフが全てを語っていた。


 蒼生や真実は一総と知り合ってから日が浅く、三人娘たちに至っては深く関わり合いになったこともない。そんな彼女らが彼のことを語るには、あまりにも情報が不足していた。


 真実が悲しそうに言う。


「センパイって自分のことは全然話しませんもんね」


 好きな人のことを知りたいと思うのは当然の心理だが、一総はほとんど明かしてくれない。大きな秘密千にも及ぶ異能のことを共有しているとはいえ、それでもネガティブな感情は湧き上がってしまうようだった。


 対し、三人娘は肩を竦めるだけ。


「まぁ、十回も異世界を渡ってれば、色々あるんじゃない?」


「勇者って昔語りが嫌いな人が多いもんね」


「伊藤はその辺りの警戒が人一倍ってことでしょ。実際、最近のつき合いで印象が随分変わるくらい、あいつのこと全然知らなかったし」


 フォースの彼女たちとしては、共感できるところがあるらしかった。こればかりは一回しか勇者召喚されたことのない真実や過去の記憶がない蒼生では、完全に理解することは不可能だった。


 真実は何とも言えない表情をしている。好きな相手のことを知りたくても知ることができない、そんな複雑な想いを抱えているのだろう。


 彼女の胸中を察した蒼生は、ポンと肩に手を置く。


「これから分っていけばいい」


「蒼生センパイ……」


 無表情で抑揚の乏しい声からは、とても励ましているようには捉えられない。しかし、真実にはしっかり気持ちが届いたようだ。頬を僅かに緩ませていた。




 話題が途切れ、場に一瞬の間隙が生まれる。


 その隙間を利用して真実の視線が流れた。常に想い人へ目が向いてしまうのは、恋する乙女として仕方のないことだ。


 真実の何気ない仕草を微笑ましく見ていると、彼女の表情が陰ったのを確認した。その表情のまま、口を開く。


「なんかケンカしてるんですけど、大丈夫ですかね?」


 全員が言葉につられて前方を見る。


 しかし、そこにはケンカしている風景はなく、先程までと変わらず談笑する一総たちの姿があった。


 キョトンと首を傾げる三人娘。


「ケンカ?」


「普通に仲良く会話してない?」


「急に立ち止まったのは不思議だけど、ケンカはしてないよ?」


 彼女たちの言葉を聞いた真実は目を見開く。一総たちとこちらに視線を行き来させ、信じられないといった様子を見せた。そして、次第に一総たちの方を見る時間が長くなり、徐々に顔色が青くなっていく。


 これは只事ではないと判断した蒼生は、ジッと一総たちの方を注視する。


 相も変わらず、楽しそうに会話をする一総と司が映る――が、どことなく違和感を覚えた。具体的に指摘することはできないのだが、感覚的に見えている風景に違和を感じるのだ。


「幻術?」


 思わず漏れてしまった一言。


 それを耳聡く拾った真実が反応する。


「もしかして、一総センパイたちに幻術がかかってるんですか? というか、蒼生センパイも見えてる?」


 食い気味に問うてくる真実。彼女に何が見えているのか分からないが、相当焦っているようだった。


 ただ口を衝いただけで勘違いかもしれないなどと言える雰囲気ではなく、仕方なしと気づいたことを説明することにする。


「私には見えてない。でも、違和感はある」


「違和感?」


「あー、言われてみると?」


「よく気づいたね……」


 穴が開くほど前方の光景を睨みつけた三人娘も、些細な違和感を覚えたらしい。困惑しながらも頷いている。どうやら、蒼生の覚えた違和感とやらは勘違いではなかったようだ。


 僅かに安堵しつつ、違和感の正体を掴もうと観察を続ける蒼生たち。


 と、そこで変化が訪れた。


「あれ、誰かいる」


 三人娘の一人が呟く。


 いつの間にか、一総たちの目の前に少年が現れていた。つい先程まで影も形もなかったというのに。


 今度は全員に見えているようで、全員が怪訝そうな表情を浮かべていた。


 少年が一総らに話しかけているが、その内容までは聞き取れない。だが、歓迎できるものではないことは分かった。何故ならば、徐に一総と司の雰囲気が物々しく変わっていっているのだから。


 一触即発と言っても過言ではない空気に、蒼生たちも警戒を高める。


 すると、不意に蒼生の頭の中に声が響いた。


『ここら一帯は危険だ。離脱しろ』


 一総の声だ。おそらく、異能具いのうぐによる念話で伝えられたのだろう。


 何の説明もない簡潔すぎる言葉だったが、蒼生にはそれで十分だった。


 彼女は、念話の聞こえていない他四人へ指示を出す。


「撤退する」


「蒼生ちゃん?」


「え?」


「どういうこと?」


「センパイ?」


 突然のことに疑問を呈する四人。


 しかし、応対する時間はない。そのようなものがあったならば、一総はもっと丁寧に説明をしていたはずだから。


 ゆえに、蒼生は言葉を重ねる。


「この区域から離脱する。早く」


 有無を言わせぬ力強さは、普段の彼女らしからぬ迫力があった。


 これには三人娘も二の句が告げられない。


 ここでようやく察しがついたのか、真実も口を揃えた。


「センパイたち、行きますよ。今はとにかく足を動かして!」


 三人娘の背を押して、真実は一総たちから離れるように足を動かす。


 訝しみながらも三人娘は歩みを進め、蒼生もその後に続くのだった。

 

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