003-2-05 想定外の危機
『
ポーズを取り終えた五人組は自然体へと戻り、周辺の警戒を始める。彼らの視線の先には、
五人の目的は争いを止めること。どういう経緯の事態か把握していない以上、戦闘の中心にいた一総へも注意を払うのは当然だった。
もはや戦いどころではなくなった雰囲気の中、五人組の中心人物であろう赤マントの青年が再び口を開く。
「改めて警告する。即時、戦闘を止めたまえ。さもなければ、我々が武力介入する」
ふざけた格好とは裏腹に、青年は真剣で固い声を出した。
それに対して戦闘を行っていた当事者二人は、対極の反応を見せた。
一総は自己防衛以外に争う理由もなかったので、最低限の警戒を残して構えを解いた。
アルテロは不機嫌そうな顔をし、戦闘放棄をするどころか逆に力を高めた。空気がピリピリと震え、徐に戦の雰囲気が帰ってくる。
それを受け、『五つの流れ星』の面々は、一人を残して全員がアルテロへ体を向けた。身にはそれぞれの得意とする力の波動をまとっており、すぐにでも異能を放てることが窺える。
「矛を収める気はないのか?」
赤マントが問う。
アルテロは吐き捨てるように返した。
「たかが米国風情が調子に乗らないでほしいな。君らがいてもボクが目的を遂行するのに変わりはないし、立ち阻むというのなら排除するだけさ。ケガしたくなかったら、さっさとどけ」
本気の殺意が撒き散らされる。勇者でも力の劣る者なら失神するレベルのもので、現に周りにいた一般人の多くが気絶してしまった。
とはいえ、その程度で臆する五人組ではない。倒れる無関係の人を見て、眉をひそめる彼ら。
「一般人を巻き込むんじゃない!」
「チンタラと残ってるのが悪い」
「そんなの――」
「知ったこっちゃ――」
赤マントとアルテロが口論を始める。我慢できなくなったのか、途中から他のメンバーも口を挟み始めていた。
誰一人、一総たちに意識を割いている者はいない。
このチャンスを逃す一総ではなかった。周囲に悟られぬよう、静かに隣にいた司の手を握る。不意をついたせいで振り払われそうになったが、そこは強引に握り締めることで阻止する。
そして、ひとつのスキルを発動した。
『司、聞こえてるか?』
突然、頭の中に響いてきた一総の声に驚く司。だが、さすがはフォースの勇者と賞賛すべきか。動揺は一瞬で消え去り、こちらへ振り向くことなく状況の確認を取る。
『これは……念話系のスキル?』
司の時と同じように、一総の頭の中にも彼女の声が響いた。
『ああ、【接触心話】というスキルだ。【念話】みたいに魔力の流れを追われる心配がなく、機密性に優れてる。まぁ、接触しないと発動できないのが欠点だが』
即座にスキルの概要を理解した司に感心しつつ、一総は説明を続ける。
『……時間がないから本題に入るぞ。隠密系のスキルを総動員して、この場から退却したいと思う』
『本気?』
表情にこそ出ていないが、その声色は怪訝そうだった。
一総は肯定する。
『本気だ。そのために米国の連中を呼び寄せたんだから』
『あれは一総くんが呼んだの?』
『ああ。あいつらなら足止めくらいにはなるからな』
米国の
それで、一総が彼らを呼び寄せたのは、場を混乱させて
いくら実力差があったとしても、英国一位に対して下位魔法だけで対抗するのはジリ貧。己の実力を隠し通しながら無事に切り抜けるには、どこかで別勢力による介入があることが望ましかった。
その点、米国の救世主は正義感が溢れ派手好き、実力も申し分なしと、もってこいの人材だったわけである。実際、インパクトある登場のお陰で、先程までの一総の奮戦の記憶は薄れていっている。こちらへの意識を逸らしてくれていることも、実に良い展開だった。
一総の考えを聞いて納得しつつも、司は不安そうに尋ねる。
『このまま私たちが逃げて、後で問題になったりしないかな?』
『問題ない。相手は仮にも英国一位だ。騒動を起こしたなんて表沙汰にはできない。よって、オレたちが逃げたという事実――ここでの戦闘行為自体がなかったことになる』
『でも、米国の人に顔を覚えられちゃってるから、後々接触しに来るかも』
『それも対処済み。オレたちの顔や背格好は認識阻害を使って誤魔化してる』
『……用意周到だね』
『当たり前だ』
平穏な日常を守るためなら何だってやってみせる。これくらいの準備など、一総にとっては朝飯前だった。
ただ、問題があるとすれば、アルテロには顔が割れてしまったことか。戦線離脱後は、彼の襲撃対策も立てておかなくてはいけないだろう。
厄介なことになったと、一総は内心で溜息を吐く。
しかし、起きてしまったことは仕方ないので、素早く意識を切り替えた。
『逃げるタイミングになったら合図する。そうしたら、オレに抱き着いてくれ。離脱する』
『分かったよ』
司の返答を聞き、意識を張り巡らせる一総。
アルテロたちの問答も、佳境を迎えているようだ。お互いの意見が対立し、新たな戦端が開かれようとしている。
この辺は予想通りだった。アルテロの性格からして引くなどあり得ないし、『五つの流れ星』も正義感溢れる連中ゆえ、こんな蛮行を見逃すわけがない。
地面が揺れるほどの一触即発の空気が蔓延する。
――が、そんな空間にひとつの異物が紛れ込んだ。
真っ先に気がついたのは、警戒レベルを引き上げていた一総だ。今の彼を欺ける隠密など、どの世界にも存在しない。
『何だと?』
『どうしたの?』
驚愕のあまり、思わず【接触心話】を発動してしまったようだ。司が訝しげに問うてくる。
『いや……』
一総は言葉を濁す。
彼女に返答している場合ではなかった。異物の登場により、最悪の事態に気がついてしまったのだ。
彼は即座に探知を走らせ、懸念の払拭に努める。
しかし、悪い予感は的中してしまっていた。探知が終了すると同時、一総へと念話が届いたのだ。
『かずさ、たすけて』
それは
彼女に渡していた
探知結果と合わせ、どういった状況なのかを正確に把握した。
となれば、行動はひとつしかなかった。迷っている時間はない。
『司、行くぞ』
『え、あっ、はい』
固い声で合図を送ると、司は戸惑いながらも一総へ身を寄せる。
彼女の体を受け止めながら、一総は隠密系の異能をフル活用する。そして、全力でこの場からの離脱を図った。
全力を尽くした『異端者』の隠密に気づく者など存在しない。
誰の目にも映らず、一総たちはその場を後にする。
彼らの向かう先は決まっていた。助けを求める同居人たちの元へと、二人は急ぐのだった。
○●○●○
一総たちが立ち去ったことに誰も気がつかず、場は再び戦端を開こうとしていた。
いよいよアルテロが攻撃を仕かけようとした時、一人の声が響く。
「お待ちください」
それは聞いた者全ての注目を集める、鋭く通った音だった。
自然と、全員の視線が声の主へと向かう。
そこには、カツンカツンと靴音を鳴らす壮年の男性がいた。シックなスーツに身を包み、背筋を伸ばした姿勢の良い歩き方をする彼は、とても品の良い雰囲気を醸し出している。英国紳士という言葉がピッタリな白人男性だ。
この場にいる全ての者が理解している。彼はただ者ではないと。
まず、体つき。鋼鉄でも入れているのでは? と疑いたくなるほど引き締まっており、歩法の隙のなさからも、戦闘経験者であることが分かる。
次に眼光。一見は好々爺然とした柔和な笑みを浮かべているが、凍るような鋭い視線が時折見え隠れしていた。
そして何より、救世主たる『五つの流れ星』の面々が、この老人の接近に全然気づけていなかったことが大きい。アルテロに集中していたとはいえ、それは信じがたい出来事だった。
それらの理由があって、五人の警戒心は最大限まで上がる。
そんな妙な緊張感が生まれているところ、ひとつの呟きが聞こえてきた。
「げっ、爺さん」
初老の男を認め、とっさに声を漏らしたのはアルテロだ。苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべている。
耳聡くそれを拾った赤マントは、事実確認に移った。
「あなたは……そこの少年の関係者か?」
男は笑んだまま首肯する。
「はい。私は英国アヴァロンで救世主の監督を務めています、スペードと申します。以後、お見知りおきを」
優雅に礼をする姿は、とても様になっていた。
アルテロよりは話が通じる相手だと知って、赤マントは僅かに安堵する。
それから、表情を引き締め直して問う。
「こちらは米国救世主『五つの流れ星』だ。我々はそちらの少年が行っていた戦闘を中断させるために参じたのだが、あなたは何の目的を持って姿を現した?」
見た目は物腰柔らかだが、アルテロへ助力しないとは限らない。その場合、敵が二人に増えるため、非常に厄介だった。
そこで負ける可能性を考慮していない辺り、プライドの高さが窺えるが、そこは救世主だから仕方ないのかもしれない。
スペードは答える。
「私の目的もあなたたちと同じですよ。彼、アルテロを止めるために参ったのです」
「はぁ? ボクは職務を全うしただけ――」
「アルテロ?」
「ッ!?」
スペードの目的を聞いたアルテロが文句を口にしようとしたが、それを一言で封じてしまった。救世主五人相手にしても臆さなかった彼が、だ。
接近に気づかなかったことといい、底の知れない恐怖がスペードにはあった。
赤マントは思う。アルテロ以上に、スペードは敵に回してはいけないと。少なくとも、今この場で構えてはいけないと感じた。
勇者の直感は侮れない。勘に従ったお陰で間一髪生還できたことだって幾多もあるのだから。
命あっての物種。何より、相手は矛を収めると言っている。ならば、ここは見逃すべきだ。
「そちらが引いてくれるのなら、こちらとしても言うことはない。そちらも問題はないか――」
戦闘相手の方へ意見を尋ねようとした赤マントだったが、そこで初めて一総たちがいなくなっていることを知った。それは他の面々も同じようだったらしく、鳩が豆鉄砲を食ったような呆けた表情をしていた。
唯一、一総たちと顔を合わせていなかったスペードは、平然と言葉を紡ぐ。
「問題はなさそうなので、我々は引かせてもらいます。また明日お会いしましょう」
「あ、ああ」
釈然としない様子で頷く赤マント。
それを認めたスペードは、アルテロを引き連れてその場を後にした。
場に『五つの流れ星』と気絶した通行人以外いなくなり、赤マントは大きく息を吐く。
「明日の会議は大きく荒れそうだ」
零れた言葉には、強い確信が込められていた。
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