003-2-04 異端者vs英国第一位

 最初に動き出したのはアルテロだった。


「ははっ、いけ!」


 凶悪な笑みを湛えながら合図を送ると、周囲に渦巻いていた魔力が収束を始める。その勢いはすさまじく、ものの一秒で千にも及ぶ魔力槍が誕生した。しかも、一本一本に膨大な魔力が圧縮されていて、かすっただけでも致命傷になり得るレベルだ。


 それらが一総かずさつかさ――否、正確には一総のみを狙って射出される。さながら、槍の雨の如く。


「チッ」


 一総は小さく舌を打つ。


 予想できていたことだが、アルテロは周りにいる無関係の人々への配慮など、一切しないようだった。性格ゆえか、何らかの対策があるのかは不明だけれど、その遠慮のない攻撃は一総を非常に不利な状況へと追い込んでいた。


 当たり前のことだ。彼は実力を隠して生活している。先の防衛は命を守るためであり、いくらでも言いわけが利くから能力を使ったものの、こんなに大勢の人間がいる場所で堂々と異能を行使するのははばかられることなのだ。


 だが、だからといって、たかが不利な状況に陥ったくらいで、千もの異世界を渡った一総がなす術なくやられるなど、あり得ない。もちろん、自分の実力を公で晒す愚も犯さない。自身と司の命を守ることと、真の実力を露見させないこと、その両方をこなしてみせる。そのために準備を整えていたのだから。


 降りかかる魔力槍を見つめる。【思考加速】や【多重思考】などの複数のスキルを行使している影響で、槍の動きはハイスピードカメラで視聴しているかのように遅く映った。そのお陰で、対処に移るまでに僅かな猶予があった。


 その間隙を利用して、改めて周囲の状況を確認する。


 まずはアルテロ。心底愉しそうに笑っていた。放たれている殺気は本物だが、「この程度で死なないだろう?」といった挑発的な心理が透けて見える。


 次に司。今でこそ、攻撃に対処しようという姿勢を取っているが、正直期待は持てない。先程も冷静に振舞っていたにも関わらず、相手の言葉で取り乱していた。再び動揺を誘われる可能性が大いにあった。それほどまでに、司にとって“研究”とやらは重要な意味を持っているのだろう。


 しかし、彼女の心情を理解したところで状況は変わらない。情緒不安定な人物に協力を求めるわけにはいかなかった。


 最後に蒼生あおいたち。準備中に【念話】を用いて離脱することを指示しておいた。その甲斐あって、無事に戦闘圏内から脱出できている。油断はしないけれど、彼女らに関しては問題ないはずだ。


 その他、通行人たちには気を払うつもりはない。アルテロも一応攻撃の射線には入れていないし、気を配ったせいで人質に取られる展開になってしまったら本末転倒。放っておくのがお互いにとって最善だ。


(そろそろ時間か)


 魔力槍が目と鼻の先まで迫っている。すぐにでも対処しなければ、攻撃を食らってしまう段階だった。


 一総は一瞬よりも速く魔力を高め、術式を構築する。


 唱えるは、ありふれた呪文。


「『第三の結界ドライ』」


 一総と司の足元に魔法陣が展開され、その外周を沿うようにして魔力が流れる。瞬く間に、半球状のドームが完成した。


 結界と槍が衝突する。


 結界に接触した魔力槍らは僅かな停滞を見せつつも、次々と内側へ侵入していった。直後に響くのは、ドドドドという地を裂く轟音だ。


 大量の土埃が舞い上がり、一総たちどころか結界までをも包み込む。


 しばし周囲一帯の視界は閉ざされたが、初級魔法であろう一陣の風が吹き、土埃は一掃された。


「ヒュゥ」


 目の前に広がった光景を見て、アルテロは口笛を吹いた。攻撃に晒された二人が五体満足で立っていたからだ。


 司は無傷で、一総は全身にケガを負っているものの、どれも表面をかすめた程度。小手調べで放った攻撃だったが、それでも特別手を抜いたものでもなかった。それを一手――しかも、基本の結界魔法で防がれたのだから、感心しても当然だった。


 そう、一総の使った『第三の結界』は結界魔法の基礎に当たる代物。普通であれば、膨大な魔力が圧縮された魔力槍を受けて、軽傷で済ませられるはずがなかった。


 とはいえ、そこは一総であればこそ。受け止められないなら受け流せば良いと、絶妙な魔力コントロールで結界を操り、接触した魔力槍の矛先を微妙にずらしていったのだ。結果、軽い回復魔法で治せるケガしか負わなかったのである。


「こんなもんじゃ終わらないか。もう少しギアを上げていこうかな」


 突然の戦闘開始に周囲の人間が逃げ惑う中、アルテロは弾んだ声で言う。


 対する一総は無表情。無言で視線を返すことで、継戦の意思を伝えた。


 アルテロは一層嬉しそうに笑んだ。


「いくよ!」


 彼は片腕を大きく振るう。


 すると、アルテロの頭上に魔法陣がふたつ出現し、それが割れると同時に十メートル以上ある巨大な火炎球が射出された。


 一秒にも満たない上級魔法の早撃ち。これは魔法陣が読み取られることのリスクを減らす技術で、早ければ早いほど技量が必要となる。その点、アルテロの腕は驚嘆に値するレベルであり、並の術者では魔法陣の影すらも見つけることができないだろう。


 攻撃は魔法だけではない。火炎球によってアルテロの姿が見えなくなった時、彼はこちらに向かって走り出していた。上級魔法が射線上にあるため魔力探知は難しく、気配も消している。アルテロの接近を察知するのは至難の業といえた。


 まぁ、一総は気づいているのだが。


「口だけじゃないか」


 ここまで徹底した戦術と、それを可能にする技術。英国救世主セイヴァー第一位という肩書は伊達ではないということか。


 最大出力がどれほどかは分からないが、どれくらい警戒すべきなのかは把握できた。


 一総は思考を回しつつ、片手を正面へ向ける。


 四つの魔法陣が現れ、下級魔法である水弾と風弾がそれぞれふたつ・・・ずつ放たれた。水弾は火炎球の上面を、風弾は下っ腹をかすめるように通過する。


 上級魔法に対して下級魔法を撃ったこともそうだが、まともに命中さえしなかったことに、隣で立っていた司は驚愕と焦りを見せる。


 すぐに、自分で何とかしようと構える。


 ――が、


「必要ない」


 一総は何もするなと口にした。


 司は訝しんだが、彼の自信に満ちた表情を見て、渋々ながらも任せることにした。最悪、あれを食らっても司なら再生できるし、一総も問題ないだろうと踏んだためだ。


 結果は即座に現れる。


 轟とすさまじい音を響かせて迫ってくるふたつの火炎球だったが、それらは一総たちに衝突することはなく、ギリギリ上空を通りすぎて、後方の地面へと落下した。道路のアスファルトが砕け散る音と炎が燃え上がる音が、大音声で聞こえてくる。ついでに、通行人の悲鳴も幾許か耳に届いた。直撃しないルートを選んだが、爆発にあおられてしまったようだ。


 この結果には司も、後ろから駆けていたアルテロも目をみはった。


 アルテロは確実に命中するよう魔法を放った。外的な要因がない限り外れるわけがない。ということは、外的な要因があったということなのだが、その要因こそが二人を驚愕させた原因だった。


 つまり、先の水と風の下級魔法である。


 水と風により炎の出力を操作するという物理現象を応用して、火炎球の軌道を逸らしたのは理解できる。しかし、本来は下級魔法で上級魔法を退けることはできないのだ。内包する魔力量が違いすぎて、物理現象云々以前の問題なのである。爆走する普通自動車に爪楊枝を突きつけるようなものだ。


 ところが、それを可能としてしまうのが『異端者ヘレティック』。遥か膨大な魔力と超越した魔力操作技術、情報分析に優れた疑似魔眼。それらを用いれば、魔法の軌道をずらすことは不可能ではなかった。


 背後で燃え盛る炎の熱を感じながら、一総は走るアルテロを見据えた。


 そんな彼の視線を受けて我に返ったのか、アルテロは表情を引き締め直し加速した。引き下がる選択肢はないらしい。


 数度の瞬きで到着するだろう敵を観察しつつ、一総は次なる手を打った。


 彼はトントンと、足で地面を二回タップする。


 叩いたところに加え、彼の前方の地面に稲光が走った。それと同時、アルテロの進行を邪魔するように、数々の土柱がせり上がってくる。


 錬成術によって、道路の形状を再構築したのだ。


 ただ、この程度では一秒足止めできれば御の字といったところ。それが分かっていたので、一総は続けて行動を起こす。


 司を抱き寄せ、足元に向かって風魔法を発動。弧を描きながら、大きく後方へ飛び退いた。


 着地点は、先程の火炎球の着弾点より後方。燃え盛る爆炎がブラインドになるため、さらなる時間稼ぎが望めた。


(まぁ、これも一秒と持たないだろうが……)


 苦い顔をしつつ、さらなる手を打とうとする一総。


 だが、それは遮られてしまった。


「もう逃がさないよ!」


 前方の炎が真っ二つに割れ、そこからアルテロが一総へと飛び込んでくる。最初よりも遥かに速く、すでに近距離戦闘圏内まで侵入されてしまっていた。


 アルテロの手には銀に輝く片手剣が握られており、その刃が亜音速を以って振り下ろされる。


(面倒な)


 一総は内心で悪態を吐く。


 相手の攻撃をさばけないわけではない。思考を加速している彼にとって、亜音速程度はあくびをしながらでも対処できる。問題は、振り下ろされようとしている剣にあった。


 アルテロの剣は、見るだけで製作者が凄腕であると分かるミスリル合金の西洋剣。特別な効果は付与されていないが、魔力伝導率に優れており、所持者が戦闘中に効果を付与することを重視した武器なのだろう。実際、今もアルテロが付与魔法を使用している。


 そして、その付与魔法が厄介だった。効果はふたつ。【人体同化】と【魔法破断】。


 前者に関しては語ることもない。いきなり出現したことに説明がつくくらいか。


 今問題となっているのは後者だ。【魔法破断】とは読んで字の如く、魔法を切り裂くという効果だ。魔法そのものや、魔法によって生み出された結果を断つことができる。炎を切り開いたのも、剣によってに違いない。


 端的に答えると、アルテロの剣を防ぐ手段がない。魔法で武器を生成しても武器ごと切り捨てられてしまうし、錬成術も同じ。他の方法はあるにはあるのだが、実力がバレないようにするという制約を破ってしまうことになる。


 本体狙いは無理だ。魔法やスキルで防備を固めているのは一目で分かる。


 となれば、回避することになるが、それは悪手だと勘が告げている。


 何と言い表せば良いのだろうか、あからさまに誘われているのだ。おそらく、剣による攻撃は囮で、その後に用意された攻撃が本命な気がする。


(さて、どうしたもんか)


 何か手はないかと思考を巡らせる。


 いくら加速させているとはいえ、時間を止めているわけではない。刻一刻とタイムリミットが迫ってくる。


 いよいよ時間切れで、仕方なしと隠しておきたかった手札を切ろうとした時、ぐっと体が後ろへと引っ張られた。


 振り下ろされた剣が、鼻先をかすめて通りすぎていく。


 思い切り吹き飛ばされた一総は、慌てることなく空中で身をひねって勢いを殺し、ふんわりと着地した。


 即座に何が起こったのかを確認する。


 目に入ったのは、一瞬前まで自分が立っていた場所。そこには真っ二つに割れた土柱がそびえ立っていた。状況から察するに、あれが一総を吹き飛ばしたのだろう。その後、アルテロによって切り裂かれたと。


 では、誰が土柱を作り出したのかと言えば、司しかいない。土柱の隣で錬成円を展開する彼女の姿が見える。


 司のお陰で無事に切り抜けることができたが、現状はお世辞にも宜しいとは言えなかった。何せ、アルテロの本来の目的は司の身柄の確保なのだ。護衛が傍を離れては本末転倒だった。


 一総とアルテロが状況確認を終えるのは同時だった。二人は揃って司に向かって片手を掲げる。


 司との距離はアルテロの方が近い。しかし、超常の使い手にとっては誤差の範囲にすぎない。


 二人は一斉に口を開く。


「スティール!」


「バインド!」


 一総はスキルの、アルテロは魔法の名称を言い放った。


 どちらも同時にコマンドを口にしたように聞こえるが、結果はすぐさま形となって現れた。司の姿が忽然と消失し、次の瞬間には一総の傍らに出現したのだから。


 スティールとは強奪スキルだ。本当は物品を奪うスキルなのだが、今回は司自身を引き寄せる効果に変換して使用した。事前に準備をしておかなければ使用できない使い捨ての方法だが、役に立って良かった。備えあれば憂いなし、である。


 安堵の息を漏らす一総。


 アルテロの魔法が先であっても、こちらの手に戻すことは可能であったが、何もされないに越したことはない。


 早撃ちに負けたことを悟ったアルテロは舌打ちをする。それから、一総たちを見据えて剣を構え直した。


 彼は腰を屈め、再度二人へ突撃しようと力を溜める。


 それに対し、司も迎え撃とうと身構えた。


 ――が、一総は棒立ちのままだった。


 彼は微かに笑みを湛えつつ、口を開く。


「残念、時間切れだ」


 その言葉に怪訝な表情を見せるアルテロと司だったが、疑問を口にすることは叶わなかった。


 何故ならば、一総の宣言通り時間切れだったのだから。




 ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!




 唐突なことだった。豪快な音を鳴らし、何かが一総たちとアルテロの間に落ちてきた。


 煙が舞う中に、五つの人影が見えた。


「□□□――微風」


 人影の一人が呪文を唱え、土煙が取り払われる。


 五人の闖入者は、何とも珍妙な格好をした輩だった。例えるなら――そう、アメリカンコミックのヒーローのような現実感のない服装だ。


 青のウェットスーツに赤いマントを身にまとった男が声を張り上げる。


「我らは米国の救世主ヒーロー組織『五つの流れ星シューティングスターズ』! その戦闘、止めてもらおうか!」


 そう言って、赤マント男を含めた五人が、思い思いのポーズを決める。


 新たな闖入者によって、場は混沌を極めるのだった。

 

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