003-2-03 英国の救世主

 一総かずさたちへ声をかけてきたのは金髪碧眼の少年だった。変声期前の甲高い声と幼さの残る顔立ち。中学生……下手したら小学生かもしれない年頃だ。


 容姿はとても愛らしい。美少年と評せば良いか、男物の服を身に着けていなければ、少女とも見紛えてもおかしくはない。


 そんな彼は、今にも戦闘を始めそうだった一総とつかさに対し、場違いなほど柔和な笑みを向けてくる。


 一瞬の静寂の後、すぐに行動を再開したのは一総だった。


 彼は少年の方へ身を翻し、警戒心を最大まで高めた。


 本来ならあり得ないのだ。いくら司へ集中を割いていたとはいえ、探知系の異能を常用している一総に気づかれることなく接近するなど。


 一総の警戒網は異能数百以下を想定して構築されている。何故ならば、公になっている最大異能数は『勇者ブレイヴ』の十五である上、非公式のものでも六十を超える者になど、彼は遭遇したことがなかったからだ。百をボーダーラインにしている時点で、十二分に安全を考慮しているのである。


 それでも、現実に接近を許してしまった。それはすなわち、目の前の少年が異能数百を超える猛者、もしくは一総も知り得ない未知の異能持ちの何れかという証左。


「何の用だ?」


 目を細め、相手の挙動に注視しながら問う。


 少年が何者であるか。どうやって近づいてきたのか。尋ねたいことは山ほどあったが、素直に答えるかは不明。なれば、確実に得られる質問をするべきだ。


 チラリと隣の司の様子を窺う。そこには先程まで荒れていた彼女はなく、冷静に状況を分析する姿があった。念のための確認だったが、心配無用だったようだ。司も勇者の端くれである以上、こういった事態への対応も早い。


 警戒心を露わにする二人を見ても、少年の笑顔は崩れない。


「君に用はないよ、興味もないし。僕が声をかけたのは天野あまの司、彼女の方だから」


 明らかに一総を軽視した物言い。向けられた視線は、完全に見下したものだった。


 だが、それに対して文句など一切ない。むしろ、軽んじてくれた方が油断を誘えるので、遠慮なく見下してほしいくらいだ。


 それに、早速情報も手に入れた。彼は一総の正体を知らないらしい。調べようともしない。まぁ、一総の警戒網を突破するほどの実力者なのだから、どんな相手でも容易に対処できるという自負があるのだろう。


 一向に言い返してこない一総を見て少年は呆れた表情を浮かべると、欠片ほどあった興味さえも失せたのか、彼への視線を切ってしまう。


 その隙を見逃すほど愚かではない。待っていましたと言わんばかりに、一総はバレないよう細心の注意を払いつつ、いざという時のための準備を開始した。






 一総が小細工を弄しているなど露知らず、少年は司へと話しかける。


「天野司。今日、僕が君の前に現れたのは、協力してもらいたいことがあるからなんだ」


「協力?」


 一総への対応とは打って変わって物腰柔らかな少年。


 司は眉根を寄せながらも話を聞く姿勢を見せる。


 不意を打たれた現状を鑑みれば、時間を稼いで態勢を整えるべきと理解しての行動だった。相手からその手段を持ちかけてくれるのだから、乗っかる以外の選択肢はない。


 経験が浅いからか、何か企んでいても突破する自信があるのか、はたまた両方か。司の思惑にまるで気づいた様子もなく、少年は満足げに頷く。


「そう、協力さ。僕の所属してる組織のメンバー……仕事と私的なものの両方で重傷者が出ちゃってね。君に治癒をお願いしたいんだ。あり体に言えば、スカウトってやつかな?」


「仕事の話ってわけだね。組織ってどこ?」


 司が尋ねると、少年は「嗚呼」と思い出したように手を叩いた。


「そういえば、名乗ってなかったね」


 彼は大仰に、紳士然とした一礼を行う。


「僕の名前はアルテロ。英国で救世主セイヴァー第一位を任ぜられている者さ」


「英国の、救世主?」


「何?」


 少年――アルテロの名乗りに司は呆気に取られ、裏工作をしていた一総も思わず声を漏らす。


 世界にある七つのアヴァロンの内、一番初めに建造された英国アヴァロン。初代勇者を輩出し、古くから行われていた魔法の研究も相まって、世界で最も異能や勇者の研究が進んでいると言われている。


 そのような環境に置かれている救世主は、無論、他の国の救世主とは形式が些か異なっていた。その代表的なひとつが、救世主一人一人に格づけがされていることである。


 日本を始めとした他のアヴァロンでは、公的に救世主全員は平等な立場と定められている。しかし、英国は違う。実力順に、明確な格づけがなされていた。


 つまり、目前の少年は英国で一番強い勇者ということになる。


 一総の目を掻い潜った点を考慮すれば納得の一言ではあるが、ひとつの疑問が生じた。


 その疑問を司が口にする。


「英国救世主の第一位は、あなたのような少年ではなかったはず」


 救世主の面は、基本的に世界各国に公開されている。記憶が正しければ、二十歳すぎの青年が第一位についていたはずだ。


 その問いは予想していたのか、アルテロのレスポンスは早かった。


「彼なら現在は第二位だよ。僕が第一位になったんだ、三日前に連続召喚から帰ってきてね」


「三日前……連続召喚……」


 司は彼の言葉を反芻するように呟く。


 不自然なところはないと思われる。話の筋も通っている。おそらく、嘘ではないのだろう。


 熟考し、彼女は言葉を慎重に選んだ。


「となると、英国アヴァロンからの引き抜きということ?」


 わざわざ第一位が勧誘しに来るなど、すさまじい好待遇だ。それだけ司に期待を寄せているということになる。


 とはいえ、自分で口にしたものの、司はこの予想に対して半信半疑だった。アルテロの様子は、どうにも英国の引き抜きとは異なる気がしたのだ。


 その勘は見事に的中する。


 アルテロは首を横に振った。


「いいや、違うよ。英国側でも打診しようって意見は出てるけど、今回の勧誘は僕個人と契約しないかっていう話さ」


「個人契約をしたいってこと?」


 ニタリと笑う彼に、司は嫌な予感を覚える。


 ただの個人契約であれば、ここまで警戒はしない。即断すれば良いだけだ。――が、アルテロの言葉には裏があると思えてならなかった。何か暗いものを、彼からはヒシヒシと感じる。


「うん。契約内容はそうだな……こちらの要求には絶対答えてもらうし、他者との接触には制限をかけされてもらう。その代わり、君の研究には全面協力をしよう」


「それは……」


 言葉を詰まらせる司。


 要求の全承諾などありえない。それは犯罪行為や己の不利益になることまで行わなくてはいけなくなってしまうから。


 普段の彼女であれば、この条件なら突っぱねていただろう。ただ、タイミングが悪かった。つい先程、研究に関して一総と言い合いになったばかりだったため、少しだけ欲に目がくらんでしまったのだ。


 そして、その躊躇は、致命的な意識の間隙を作ってしまう。


 アルテロは口を三日月に裂く。


「まぁ、断っても無理やりつれてくんだけどね」


 刹那、空間が爆ぜた。


 文字通り、一総と司を中心に張られていた誤認結界の内部が爆発した。激しい光が辺りに満ち溢れ、夕闇に飲まれていた景色を明るく照らしていく。


 爆発に飲まれたのは三人。一総と司は当然として、二人の目前にいたアルテロも巻き込まれていた。


 突然の爆発に、周囲にいた通行人が騒ぎ出す。会話を隠す程度の結界では、さすがに爆発まで隠蔽することなど無理だった。


 たっぷり一分かけて、結界内に広がっていた光が収まっていく。


 中に立つのは三つの影。そのうちの一人が、大きく笑声を上げた。


「あははははははははははははは! まさか、この僕が手玉に取られるなんてね」


 光が完全に収まり、影の姿がハッキリと目に見える。


 笑い声を上げていたのはアルテロだ。天を仰ぎ、額に手の平を当てている。激しい閃光に包まれたというのに、その姿からケガは見られない。


 残りのふたつ、一総と司も無事だ。司の方は光で目がくらんだのか瞳をパチパチと瞬かせていたが、ケガらしいケガはなかった。


 ひとしきり笑ったアルテロは、一総を真っ直ぐに射抜く。


「前言を撤回しよう。君には俄然興味が湧いたよ。一体、何者なんだい?」


 対して、その熱意ある言葉を向けられた一総は、淡泊に肩を竦めるだけだ。


 自分のことを語る必要性は一切なく、敵対する相手への興味など微塵もない。よって、彼からしてみれば、アルテロと言葉を交わす意味は全くといって良いほど存在しなかった。


 そんな彼の態度をどう捉えたのか、アルテロは愉しそうに口角を歪ませる。


「いいだろう。無理やりにでも口を割らせてやる。実力行使だ」


 膨大な魔力が吹き荒れる。司と相対した時とは比較にならない、冗談では済まされない暴威が渦巻く。それでもなお、徐に膨れ上がっていく力。それはアスファルトにひび割れを起こすほど、物理的な影響を与えるほどにまで濃度を増していく。


 濃密な魔力が場を満たす中、強者同士の戦が始められようとしていた。

 

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