003-2-02 デートと真の目的

 アヴァロンの一画に建つ十階建てほどの立派なマンション。一総かずさたちの住居から電車を利用して十分程度の距離にあるそれは、波渋はしぶ学園の保有する学生寮のひとつだ。防犯カメラはもちろんのこと、ロビーとエレベーターと玄関の三重チェック、異能対策も施してあるという、学生寮にしては高いセキュリティを備えている。


 こういった防備の固い寮は、どの学校もひとつくらい持っているのが当然だ。異世界で戦火を交えてきたからか、勇者の中には安全性に過敏な者も多く、充実した防衛施設がないと安眠できないのだ。暗黙の了解――半ば義務化されているといっても良い。


 そして、そんな建物に一総は訪れていた。今日は前々から約束していたつかさとのデート当日で、彼女がここに住んでいるためだ。


 といっても、何も彼女が先に語ったような人種なわけではなく、“一等治癒師という立場のために身を守る必要があった”という単純な理由から。


 一総はロビー入口に設置されているインターホンの前に立ってから、スマホで時刻を確認する。


「八時五十五分か」


 約束した時間は午前九時。五分前という良いタイミングで到着できたようだ。こういう私的な用事で家に向かう際は、約束の三分後や五分後くらいに伺うのがマナーらしいのだが、そこまで気にすることもないだろう。一般的に広まっていないことだし、司の性格からも早めに準備を済ませているに違いない。


 事前に聞いていた司の部屋番号を入力し、インターホンを押す。1コール半で司が受話器に出た。かなり早かったので、待っていたのかもしれない。


「はい、何かご用でしょうか?」


「一総だ」


「やっぱり一総くんだったか!」


「待たせたか?」


「ううん。そろそろ来るかなと思ってインターホンに近づいたところ。ドンピシャだったよ」


「それなら良かった」


「今から下に行くね」


 本当の恋人のような会話を交わす二人。偽装とは思えない仲の睦まじさだ。両者共に演技派と言えよう。


 しばらくして、ロビーから司が現れる。


「お待たせ、一総くん」


「ああ、おはよう」


「うん、おはよう!」


 満面の笑みを見せる彼女は、当然ながらおめかし・・・・をしている。化粧は薄め――ナチュラルメイクというやつだろうか。元の整った顔の造詣を生かす素晴らしい手腕だ。服装は袖の広い無地の白Tシャツに膝下丈のジーンズスカート。朝陽で白く輝くプラチナブロンドと相まって、天使が降臨したかのような神々しさを感じた。


「司の私服は初めて見たな。白い服がよく似合ってる。綺麗だよ」


「ふふ、ありがとう」


 一総の褒め言葉に、司は軽く頬を染めて礼を言う。それから言葉を続けた。


「一総くんもステキだよ。ビシッと決まっててカッコイイ」


 そう、彼もデートと言うことで装いを改めていた。チェックのシャツに黒のベスト、藍色のズボンといったシックな格好だ。


「ありがとう」


 礼を返すと、一総は司の手を優しく握った。


「それじゃあ、行こう。プランは練ってあるから、エスコートはお任せを」


「そうなの? だったら、お願いします」


 二人はお互いに手を握り合い、歩き出す。


 その姿はどこからどう見ても恋人そのものだった。






 それから二人はデートを満喫した。ウィンドウショッピングを楽しみ、映画を鑑賞し、オシャレなカフェで食事を摂り、ボーリングやカラオケなどの娯楽施設で遊び倒す。学生が行う平凡なものだ。日常を愛する一総がプロデュースしたのだから、何の変哲もないデートにもなるだろう。とはいえ、司も楽しそうにすごしているのだから、問題はないのだろうが。


 陽もすっかり暮れ、二人は帰路に就く。一総の本来の目的は司の護衛なので、彼女を家まで送り届けることになった。


「はぁ」


 道中、一総は息を吐いた。それはとても小さく誰にも聞こえないはずだったのだが、隣で手を繋ぐ司には聞こえてしまったらしい。


「どうかしたの?」


 彼女の問いに、一総は苦笑いを浮かべた。


「いや、あいつら、よくもまぁ飽きずについてきたなと」


 彼が指したのは、今日のデート中にずっと二人の後をついてきた者――蒼生あおいたちのことである。


 そも、一総から離れられない事情の蒼生や、つき添いの真実まみのことは事前に把握していた。面倒ごとを発生させないため、認識を誤魔化す魔法を施しておく用意周到さを以って。だから、二人だけが後をついてきているのに文句はない。


 しかし、今日になって追加メンバーが現れたのだ。それは蒼生や司の友人である三人娘である。


 彼女たちは義務のある蒼生や一総を好いている真実と違って、追いかけてくる確固とした理由がない。それなのに、好奇心のみで一日中尾行を続けたのだから、一総が呆れるのも無理はなかった。


 彼の返答を聞いた司も、同じように苦笑をした。


「あはは。あの子たち、変なところで行動力あるから」


「まぁ、それくらいじゃないとフォースやってないか」


 そうやって雑談を交えること幾許か。ふと、一総は言葉を放った。


「ところで、話は変わるんだが」


「なに?」


 どうしてか歩みを止めた彼に疑念を持ちつつ、司は首を傾ぐ。


 彼はさらりと言い放つ。


「オレは君の研究は手伝わないぞ」


「…………」


 無言で彼へ視線を向ける司。


 その表情には何ら変化がないように見えるが、内心では動揺していることが一総には分かった。


 彼は追い打ちをかけるように、言葉を重ねる。


「最初から不自然さは感じていたんだ。オレが護衛することのメリットは聞いたが、そもそも司は護衛される必要なんてないじゃないかって」


「……どういうこと?」


 絞り出すように、司は小さく尋ねてくる。


 一総は答える。


「だって、そうだろう? 数多の魔眼を所持していたテロリストを倒せるほどの実力者だ。そこら辺の有象無象なんて自力で何とかできる。不意打ちを考慮した護衛だとしても、それなら夜も護衛させなきゃ意味がない。学校のある時間だけってのは不自然すぎる。違うか?」


「……」


 彼の問いかけに返事はない。


 それなので、気にせず続けることにした。


「となれば、他に目的があると考えるのが自然だ。で、色々と調べた末に判明した」


 実際のところ、各所資料を漁っても何ひとつ分らなかったのだが、今日のデートのお陰で判明できた。


 一日中、司に対して記憶を探る魔法をかけ続けたのだ。さすがに彼女ほどの実力者からバレずに魔法をかけるのは骨が折れたが、何とか直近の記憶を覗くことに成功した。その結果が、司の真の目的の判明である。


 一総は声のトーンを一段下げて、断言する。


「不老不死の研究なんかに、オレは絶対に協力しない。あんな外道な研究は破棄すべきだ」


「ッ!?」


 彼から滲み出る迫力から、司は握っていた手を離して後ずさりする。額に汗を流し、頬は引きつっていた。


 それでも、彼女は折れない。


「お前に何が分かるって言うんだ!」


 瞳に険を宿し、怒声を張り上げる。


すでに不老不死・・・・・・・のお前に、おれの苦悩が分かるわけないだろう! 外道が何だって言うんだ! おれは……おれは何をしてでも研究を完成させなきゃいけないんだ!」


 普段の物腰柔らかな口調はどこにもなく、その声質には苛烈な憎悪と憤怒、そして後悔と懺悔が含まれていた。


 この口調が彼女の素であることを一総は知っている。だが、その感情のもとが何であるかは分からない。記憶の表層を覗いた程度の彼では、彼女の行動原理たる記憶まで知り得ないのだ。


 言葉を吐き出した司の周りに、危険な魔力が漂い始める。どう見ても、力尽くで一総に協力させようという感じだ。


 これには一総も眉をしかめる。


 彼としては話し合いを持って場を収める気でいた。語調を強くしていたのは自分の意思が揺るがないことを伝えるためであり、争うためではない。彼女の思慮深さを考慮すれば、戦いには発展しないはずだった。


 それなのに、今まさに司は攻撃をしようとしている。実に彼女らしくない短慮だ。それだけ、司にとって不老不死の研究というのは重要だというのだろうか。


「仕方ない」


 一総は構える。


 向こうが敵対するというのなら、黙ってやられるわけにはいかない。かといって、殺すわけにもいかない。


 この話題に入った時点から、蒼生たちに気づかれないよう、周囲に誤認の魔法をかけている。ただ、それは会話を聞かれないようにする程度のものであって、殺人を誤魔化すのは不可能だ。


 強力な認識阻害をかけ直せば良いかもしれないが、それだって一時しのぎにしかならない。学校の人気者で、一等治癒師の立場を持つ彼女が消えてしまえば、大騒ぎになるのは目に見えているし、真っ先に疑われるのは恋人を演じている一総だ。


 ゆえに、殺してはいけない。気絶させるのが妥当な線だろう。


 今にも戦端が開かれる緊張した空気が流れる。


 司の片手が一総へ向き、まさに攻撃が仕かけられようとした瞬間。


「立て込んでいるところ申しわけないんですが、少しいいですか?」


 場違いなほど気の抜けた声が、二人へかけられた。

 

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