003-2-01 少女たちの興味

 つかさの護衛を引き受けてから早五日。偽装の恋仲を演じることで妬みを受けるなどのトラブルはあったが、これといって大きな生活の変化は起こらなかった。


 日常を崩さない前提で契約を交わしたのだから当然だと思うかもしれないが、実際のところ、一総かずさはやや拍子抜けした部分がある。周囲の人間が、司との仲をあまりにもすんなり受け入れてしまったからだ。もっと不釣り合いだの何だの言われると構えていたというのに。


 真実まみがその辺の心情を聞き込みしたところ、どうにも司の今までの行動が要因となっているらしかった。数多の告白を受けても誰にもなびかなかった彼女が、何故か腫物扱いの『異端者』に毎日声をかける。これは気があるのでは? と、前々から密かに疑念を抱かれていたようだった。ゆえに、つき合いだしたとしても大きな衝撃はなかったわけだ。


 ここまでくると、クラスメイトになってから今日までの全てが司の計画の内なのではないかと考えてしまう。しかし、それは邪推でしかない。念のために調査した結果、彼女が外部組織に襲撃されたことも、多数の組織から監視されていることも事実なのだから。


 おそらく、日々の声かけは、何らかのキッカケで一総との仲を接近させる必要が出てきても、それが不自然ではなくなるようにするための布石だったのだろう。今回は、その布石を利用したにすぎない。


 周りの状況を整理した一総は、この分だと他にも色々布石を打っていそうだな、と空笑いした。




 そして、現在。放課後を迎えた一総たちは、彼の家にて勉強会を開いている。メンバーは一総に蒼生あおい、真実、司、三人娘の七名。この光景は、この六日間で恒例となっていた。


 ちょうど休憩時間を設けたところのようで、皆一様にペンを机へ置いていた。


「お茶でも入れてくる」


「それなら、私も手伝うよ」


 一総がゆっくり立ち上がると、それに司も続き、寄り添うようにして台所へと去っていった。


 そんな二人を見て顔を盛大にしかめるのは真実だ。


「むぅ」


 珍妙な唸り声を上げ、下唇を噛んでいる。


 彼女は二人の関係が欺瞞行為だと知っているが、それでも好きな人と他の女性が仲睦まじい姿を見るのは嫌だった。ムクムクと嫉妬心が湧き上がってしまう。


 不機嫌そうな真実の表情を窺い、周囲にいた蒼生や三人娘は顔を見合わせた。


 彼女が一総へ好意を寄せていることは周知の事実。だから、嫉妬していることは十二分に理解していた。


 かといって、彼女たちにできることは何もない。一総と司が恋仲になってしまったのは覆せない事実で、恋敗れた少女へ安易な言葉をかけるのは、逆に傷つけてしまうと知っていたから。


 微妙な空気を払拭するように、三人娘が口を開いた。


「それにしても、この勉強会を始めてから、自分の頭がドンドン良くなってくのを実感するよ」


「私もー。この調子なら、本当に上位五十に入れるかもしれない」


「教師役の司ちゃんが優秀なのもそうだけど、それ以上に伊藤の教え方がものすごく上手いのが原因だよね。あいつの存在はチートアイテム」


「それなー。蒼生ちゃんと真実ちゃんの調子も良さそうだし。二人は実際、次のテストは大丈夫そう?」


 話を振られ、蒼生が真っ先に応える。


無問題もーまんたい。このまま順調に進めば、テストで百位以内は堅いって、かずさにお墨つきをもらった」


 無表情ながらも満足げな色を見せる彼女は、グッと親指を立てた。


 それを聞いた三人娘は深い感嘆の息を吐く。


 つい三ヶ月前まで小学生並みの知識しかなかった少女が、高校のテストで百位を取れるレベルになる。異常な成長率と言えよう。実力のある教師と、地頭の良い生徒が揃ったからこそ為しえた奇跡だった。


 続けて、一同の視線は真実へと集中する。


 そも、この勉強会は真実の成績向上のために開かれたものだ。これまでに彼女の壊滅的な勉学のできなさを目撃していただけあって、メンバーの興味は一段高い。


 皆の心情が理解できていた真実は、居心地の悪さに眉を曇らせたものの、静かに経過を報告した。


「伊藤センパイ曰く、ギリギリ赤点は回避できるみたいです」


「「「「おお!!」」」」


 感動も一入ひとしおといった風に声を上げる蒼生たち。


 赤点回避だけで大げさだと思うかもしれないが、彼女らの反応は無理のないものだった。それだけ、真実の学力は酷かったのだ。高校に進学できたのが何かの間違いではないかと疑うほどに。


 そんな一同の反応が気恥ずかしかったのか、真実は頬を掻きながら目を逸らした。


「まぁ、それでも油断はできないので、テスト当日まではしっかり勉強しますよ」


「一緒に頑張ろう、まみ」


「はい、蒼生センパイ!」


 優しく頬笑んだ蒼生に対し、真実は元気良く頷く。


 場がほっこりとしたところで、ふと疑問が投じられた。


「そういえば、どうして真実ちゃんはテストに力を入れてるんだ? いや、勉強するのは学生の本分だし、良いことなんだけど、わざわざ学年二回目のテストで必死に頑張ることもないんじゃないかなぁと思っちゃって」


「あー、確かに」


「真実ちゃんの学力を考慮すれば、最後のテストに向けて少しずつ勉強していった方が楽だもんね」


 同調する三人娘たち。


 真実は不思議そうに首を傾ぐ。


「テスト当日に勇者召喚されるリスクがあるから、最初のテストから全力で挑んだ方がいいって聞いたんですけど」


 それは一総から直接聞かされたことだ。


 三人娘は首肯する。


「うん、その意見は正しい」


「正しいけど、それって留年したくないって場合だよね」


「そもそも、私たちに留年のデメリットはないからねぇ」


 彼女らの言葉に疑問を呈したのは蒼生だった。


「どういうこと?」


「ああ、蒼生ちゃんは知らない感じか」


 彼女たちは語る。


 学歴とは就職を有利にするためのもの。普通の企業に勤めたいのなら一定の学歴は必要だし、留年はしない方が良いだろう。ところが、勇者にはその常識は通用しない。基本的に、彼らは異能の力を有効活用するような企業へ進むからだ。


 そうなると、就職に必要なのは学歴ではなく、有用な異能ということになる。つまり、留年したところで彼らには痛手ではない。それどころか、学校へ通っていなくても良いのだ。


 それでも、勇者の大半が学校生活を送っている。それは、「勇者召喚のせいで謳歌できなかった学生生活を満喫するため」という理由が大きなものなのだ。


 そういった常識を考慮すれば、必死に留年を回避しようとする真実の行動は奇妙だった。


 一連の説明を終えてから、三人娘の一人が尋ねる。


「もしかして、真実ちゃんも知らなかった?」



 蒼生のような記憶喪失でもない限り、誰でも知っているような常識のはずだが、真実は度々常識が通用しないことがある。となれば、今回も同じだと考えた。


「いいえ、知ってましたよ。記者を目指そうって決めた時、その辺の事情は調べましたから」


 しかし、真実は首を横に振った。


「というか、そういう意図の質問だったんですね。あー……なんて答えたらいいかなぁ」


 どこか気まずそうな表情を浮かべる彼女に、その場の全員が怪訝な顔をした。


 しばらく言葉を濁していた真実は、意を決して言葉を紡ぐ。


「私が留年したくない理由は……その……か、一総センパイと、少しでも長く一緒の学校に通いたいから……です」


 よほど恥ずかしかったのか、頬を朱に染めて話す真実。最後の方は消え入りそうな声量だった。


 彼女の言葉を聞き、他の面々はポカーンと呆けた表情を見せる。


 そして、一斉に口を開く。


「まみ、かわいい」


「何、この可愛い生物は!」


「これが恋する乙女の力ッ」


「こんな健気な子を振るなんて、伊藤のやつ許すまじ!」


「え? え?」


 想定外の反応に、真実は困惑する。


 そんな彼女を放って、蒼生たちは相談を始める。


「まみを応援したい」


「私も。だけど、伊藤は司とつき合ってるからなぁ。友達の恋人を奪うってのは……」


「問題はそこだよねぇ。どうしたものか」


「というより、伊藤ってそんなにいいわけ? 司ちゃんとつき合ってるのも不釣り合いな気がしてならないんだけど」


「さぁ? 私に訊かれても」


「そこんところはどうなの、真実ちゃん?」


「え、そこで振ります!?」


 突然、話題を振られた真実は困惑を深める。


 あわあわと慌てる彼女では話が進まないと判断した三人娘は、次点の候補に尋ねることにした。


「蒼生ちゃん、伊藤のいいところを挙げて」


「優しい。強い。家事が得意、特に料理は絶品。気遣いができる。器用。あと、たぶんお金持ち」


 つらつらと語る蒼生。


 振っておいて何だけれど、よくもポンポンと言葉が出てくるものだと感心してしまう。


「いくつか納得しかねる部分もあるけど、概ね正しいね」


「料理が上手ってのは加点大だよねー。伊藤の料理は美味しすぎ」


「というか、あいつってお金持ちなの?」


「生活費の大半、かずさが払ってるから」


「マジか」


「そういえば、伊藤って救世主セイヴァーだもんね。依頼受けてれば金も貯まるよ」


「あれ? 色々と噂があるから印象良くなかったけど、こうやって列挙してみると、かなりの優良物件では?」


「確かに。顔立ちは平凡だけど悪いってわけじゃないし、体格も良し。モテない方が不思議なレベル」


 三人娘は自分たちの抱いていたイメージとのギャップに首を傾いだ。


 それも仕方のないこと。一総はそういった印象を抱かれないよう動いていたところがあるのだから。


 それよりも、と話題を仕切り直す彼女たち。


「司か、真実ちゃんか。どちらを応援するにしても、一度伊藤のことを見極めなきゃいけないと思うのよ」


「うん、友達として当然だよね」


「自分の目で確かめるのが一番!」


「どうやって?」


 見極めるまでもなく一総は良い人なのに、と思いつつも、蒼生は質問を投げる。


 彼女たちは力強く答える。


「もちろん、デートを尾行する!」


「初デートは色々とボロが出るって聞くし」


「何より、伊藤と司ちゃんのデートとか興味ある」


 要するに、色々と言いわけをつけて友人の色恋を覗きたいだけだった。無論、友人を心配する気持ちもゼロではないが、彼女たちも年頃の女子なのだ。


「でも、デートはいつやるんだろう?」


 いつデートに行くんですか? などと直接聞き出すわけにはいかない。いくら友人でも、そんな質問をしては怪しまれてしまう。


 しかし、思わぬところから即答があった。


「明日」


「え?」


「明日行くって聞いた。元々、私はかずさの側にいなくちゃいけないから、後をついていくつもりだった」


 どうやら蒼生が事前に聞かされていたらしい。一総と彼女の関係性を考えれば、伝えていてもおかしくはない。


「ナイス、蒼生ちゃん!」


「勉強会が終わったら、早速作戦会議ね!」


「今から楽しみだわー」


 四人が盛り上がっている間に、お茶を淹れに行っていた一総たちが戻ってきた。


 顔を突き合わせる蒼生たちと何やら慌てている真実を見て、彼はキョトンとする。


「何があったんだ?」


「さぁ?」


 司も怪訝に首を傾ぐ。



 こうして、一総たちのデートに余計なオマケがついてくることが決まった。

 

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