003-1-06 司の思惑(後)
「それに比べて、
「確かに」
「反論の余地がありませんね」
「……」
あまりにも
彼女の意見に間違いはなく、事実を述べただけだった。だが、明らかに司が口にしてはおかしい内容が含まれていた。
それに逸早く気づいた
「今、オレが『誰よりも強い』って言ったのか?」
「「ッ!?」」
彼の問い質しで、二人もようやく事態のおかしさを理解したようだった。
そう。一総が誰よりも強いだなんてこと、
これが、新米風紀委員の二人組のような推測から来るものであれば、そんなことはないと一蹴するだけで良い。
しかし、一総の直感はそうではないと告げていた。彼女は確信を持って、一総は強いと言っていると。
一総は静かに司を見据える。
司は、最初はキョトンとした表情をしていたが、やがて待ってましたと言わんばかりに頬笑んだ。
「言ったよ。何かおかしかった?」
「
「それは伊藤くんが意図的に起こした情報操作でしょう? それに、
一点の曇りもない笑顔を向けてくる司。
彼女の語った二人は一総と敵対し、彼自身が手を下した人物の名前だった。
当てずっぽうだと否定することはできる。しかし、彼女の自身ある表情から、何か証拠を持っていることが察せられた。ハッタリでもないだろう。嘘を見抜けるはずの
そこで、一総は彼女の真意に考え至る。
「真実たちを連れてくることを前提にしているとは分っていたが、そういうことか」
「ふふ。やっと気づいたね」
「えっと、どういうことでしょう?」
当の本人である真実は困惑の声を漏らす。
彼は答える。
「君の魔眼を利用したかったんだよ。天野が話すことは真実だと、オレたちに信じさせるために」
「ああ……」
得心がいったようで、真実は呆然と頷く。
一総は忌々しげに司を見る。
「最初から手の平の上だったってことか。想定より強かさが上回ってた」
「お褒めに預かり光栄だよ」
「別に褒めてないんだけどな。しかし、そこまで情報を得てるとなると、エヴァンズ兄を消したのは天野か」
「え!?」
「……」
一総の発言を聞き、真実はギョッとした様子で、
それを受け、彼女は肩を竦めた。
「そこまで分かっちゃったかー。さすがだね」
彼女から否定する言葉は出てこない。つまり、一総の予想は当たっているということ。
一総は眉をひそめる。
「さすがも何も、あれだけヒントを残してれば嫌でも分かる。稀代の錬成師と謳われる天野は、最初から犯人候補だった」
錬成術というのは、素材に魔力を流して分解や構築を行う術のことを差す。技術体系の違いによっては錬金術と称すこともあるが、基本的に魔法や魔術とは異なる代物だ。
そして天野司は、世界中にいる勇者の中でも指折りの錬成師。特に、生体錬成においては右に出る者がいないと評価されるほどの実力者。それこそ、部位欠損を治せてしまうほどの。
エヴァンズ伊波だった残骸は、人体錬成の素材そのものだった。あれを見れば、誰だって錬成師や錬金術師を疑う。加えて、一総の実力を知るとなると、疑いようもなく司が犯人であると理解できた。
「どうやってオレのことを突き止めたんだ?」
今まで細心の注意を払って実力を隠してきた。どこに穴があったのか、それを確認しておきたかった。
「伊藤くんの隠蔽は完璧だったよ。最近までは、政府とかと変わらない程度の推測しかできてなかった。けどね、私がさっき例に上げたふたつは、今までと違う要素があったでしょう?」
「ッ!?」
一瞬考え込む一総や真実だったが、蒼生は違った。真っ先に息を呑み、顔面を蒼白させる。
その反応を見て、他の二人もすぐに気がつく。今までと違う要素とは、蒼生のことであると。
司は愉しそうに笑む。
「伊藤くんは自分の対策はバッチリだったけど、いつも傍にいる蒼生ちゃんの対策は穴があったんだよ。そこにつけ込んで、情報を得てたってわけ」
一総は蒼生へ目を向ける。
ジッと彼女を眺めること数秒。司に実力がバレた理由を悟った。
「
蒼生の近くにより、彼女の制服のボタンをひとつ千切り取る。指で摘まんだそれは、瞬く間に原型をなくし、崩れ去っていった。
生体錬成で生み出した『目』によって、遠隔から視認していたのだろう。錬成を極めた司が、一総に見つからないよう慎重に慎重を重ねて作り上げたモノだ。よほど注視しなければ、発見することは難しかった。
「わ、私の……せい?」
いつも無表情な蒼生らしからぬ、動揺した表情を見せる。その
そのような彼女を見て、一総は溜息を吐く。それから、彼女の頭に片手を乗せ、乱暴に掻き回した。
普段の彼からは見られない行動に、蒼生はポカーンとした表情をする。
「あまり気負うな。これは対策を怠ったオレの責任だ。というか、オレが見破れなかったものを村瀬が見つけられるわけがないんだから、気にしたって仕方ないんだよ」
気遣ったつもりなのだろうが、どう考えてもフォローにはなっていなかった。お前は実力不足だと言っているようなものなのだから。
それでも、彼なりに励まそうとしたことは伝わったようだ。蒼生は苦笑いを浮かべる。
「センパイ、不器用すぎません?」
真実が、からかうように言葉を紡ぐ。
一総もそれは分っていたのか、そっぽを向いた。
「それで、私の頼みごとは引き受けてくれるかな?」
一連の様子を見守っていた司が、笑顔で尋ねてくる。
一総は微笑む彼女を見据え、肩から力を抜いた。
「どうせ、断ったらオレの実力をバラすって脅すんだろう? なら、受けるしかない」
「ふふ、ありがとう」
司は彼の言葉を肯定も否定もせず、笑顔で流した。
その反応を受け、一総は一層脱力しつつ、言葉を続ける。
「でも、条件はつけさせてもらう」
「何かな?」
首を傾ぐ司へ、人差し指を立てた拳を向ける。
「一ヶ月だ。夏休みが始まる一ヶ月だけ、護衛をしよう。そこから先は状況次第で切り上げか延長を決めよう。それと、多少そちらの都合にはつき合うが、基本は今までの生活リズムは崩さない」
いつまで司のゴタゴタが続くか分からない以上、明確に期限を設ける必要があった。そして、一総が日常を捨てるなどあり得なかった。だからこその条件だ。
司は首肯する。
「それくらいなら問題ないよ。カモフラージュにデートへつき合ってもらうことはあるだろうけど、普段は私が伊藤くんについてく形でいいのかな?」
「それでいい」
「それじゃあ、よろしくね。伊藤く――ううん、一総くん」
にっこりと頬笑んだ司は、握手のために片手を差し出してくる。
それに対して、一総は仏頂面で手を握り返した。
「こちらこそよろしく、司」
こうして、夕焼けに染まる屋上にて、異端者と錬成師による契約が交わされるのだった。
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