003-1-05 司の思惑(前)

伊藤いとう一総かずさくん。私とつき合ってくれませんか?」


 そのセリフと同時、世界が凍った錯覚に陥った。それほどつかさの発言は衝撃的で、この場にいる司以外の全員が、理解するのに時間を要した。何か言われるのを身構えていた一総でさえ、予想外すぎる事態に混乱した。短い期間で二回も告白を受けるなんてモテ期か? まるで創作物の男主人公みたいな境遇だ、などと現実逃避をするほどだ。


 しかし、いつまでも目を背けているわけにはいかない。数秒という僅かな時間を最大限かつ有効的に使って落ち着きを取り戻すと、司へ意図を問おうとした。


「あー……天野、それって――」


 ――が、それは最後まで言葉にならなかった。


 何故かといえば、


「ちょっと待ったああああああああ!!!!!!!!!!」


 真実まみが栗色のふたつの尾をなびかせ、大声で一総と司の間に割り込んできたからだった。


 彼女は膨れ上がる感情により漏れ出た魔力で髪を宙に漂わせながら、司へビシッと指を差す。


「他の頼みごとならいざ知らず、告白は看過しかねます! 私が一総センパイの恋人へ先に立候補してたんですから、割り込みは止めてください!」


 フシャァァと唸り声を上げる真実の姿は、まさに威嚇する猫そのものだった。


 施していた隠蔽魔法は、目の前に躍り出てきた瞬間に解けてしまっている。さすがに、目と鼻の先にいるモノを隠すほど強力な魔法は使用しなかったので仕方ない。蒼生あおいの方は姿を現さないので、まだ静観に努めるようだ。


 感情を爆発させる真実に対し、司の反応はというと、微笑ましいものを見たかのような柔らかい笑みを浮かべていた。いきなり登場した真実に驚いていないところから、予想していた通り、真実たちの存在をあらかじめ想定していたのだろう。


 司は笑みに少しだけ悪戯っぽいものを混ぜると、口を開いた。


「告白は早い者勝ちじゃなくて、相手の返事次第だと思うんだけど?」


「そ、それはそうですけど、でも……」


「先に告白した方が有利なのは確かだけど、決して早く告白した人が優先的につき合えるわけじゃないよね? いい返事を貰えた人がつき合える。間違ってるかな?」


「ぐぬぅ」


 理路整然と言葉を並べる司を前に、真実は悔しげに口をつぐんでしまう。


 真実の表情は不満ありありだったが、逆に司は楽しそうな顔をしていた。完全にもてあそんでいた。


 普段の優等生な彼女からはあり得ない態度だったが、真実は“一総が告白された”という事態に焦っていて、その事実に気がついていない。冷静に観察しているだろう蒼生ならば気づいているかもしれないが、現在は身を隠しているので断言はできなかった。


 そも、優等生然とした性格を崩している――おそらく素の性格を露わにしている時点で、この告白の真意の厄介さがチラチラ窺える気がする。


「まぁ、からかうのはこれくらいにするね。つき合ってほしいといっても、本当に恋人同士になってほしいわけじゃないよ」


 司が説明を始めたので、一総は考えるのを一旦止め、彼女の話を傾聴することにした。


「何が目的なんだ?」


「実は、最近私の周りが色々とキナ臭いんだよね。だから、護衛が欲しいんだ」


 勇者、それもフォースともなれば、稀に命を狙われたり誘拐の危機に晒されたりすることがある。異能という、この世界にない力を行使できるのだから、強硬手段に出る組織も存在するのだ。だから、護衛依頼は珍しいことではない。


 ただ、疑問に思うことが一点あった。


「えっと、それは伊藤センパイに護衛役をしてもらいたいってことですか? それがどうして、つき合ってほしいということに?」


 真実が代表して疑念を口にする。


 護衛を頼むのであれば、普通にそう伝えれば良いのだ。また、個人で呼び出すのではなく、救世主セイヴァーや勇者の護衛専門の企業に依頼した方が確実だろう。わざわざ紛らわしい言葉を口にする必要性などないはずだった。


 司は困ったように眉を曇らせた。


「狙われる理由が理由なだけに、護衛されてるって周囲に知られるわけにはいかないんだ」


「……そういうことか」


 そこで、ようやく司の行動の原因が理解できた。


 渋い表情で得心した一総の横に、すっと蒼生が現れる。状況から隠れている意味がないと判断したようで、隠蔽を完全に解いていた。


「どういうこと?」


「あ、蒼生ちゃんもいたんだね」


「うん、ごめん。隠れて聞き耳を立ててたのは謝る」


「いいよ、気にしてないから」


「ありがとう。それで、さっきのはどういう意味?」


 友人の危機と知り、意外と正義感の強い彼女は黙って見ていられるわけがない。無表情でありながら、瞳に真剣さを乗せて尋ねる。


 蒼生に見つめられた司は、うーんと逡巡した。チラリと一総の方を窺ってきたが、彼は好きにしろと目で返すだけ。司が何を話すつもりなのかは察していたが、それに関しては当事者の自由意思が尊重されているため、特に口を挟む気はなかった。


 十秒ほど沈黙した彼女だったが、小さく息を吐いてから口を開いた。


「他言無用でお願いね? あなたたちが他人に話したらペナルティを課せられちゃうし、私も困っちゃうから」


 蒼生と真実が頷くのを見届けてから司は語る。


「といっても、長々と話すことはないんだけどね。というか、一言で済んじゃうんだ。私は一等治癒師の資格を持ってるんだよ」


「「…………」」


 事もなげに言う彼女に、二人は沈黙を返す。


 見守っていた一総は「やけにあっさり言うんだな」と半ば感心していた。それほど、彼女の明かした「一等治癒師」という立場は重い。


 立場の重さは理解しているようで、返ってきた反応は司の想定したものだったようだ。呆けてしまった二人に慌てもせず、静かに落ち着くのを待っている。


 ただ、彼女はひとつ勘違いをしていた。何も、蒼生たちは驚いたから呆けているのではないということに。


 ポッカーンという表情のまま、二人は異口同音に口を開く。


「「イットーチユシって何?」」


「……え?」


 今度は司が呆ける番だった。目を真ん丸にした彼女の表情から、「二人が何を理解していないのか理解できない」といった感情が透けて見える。


 呆然としてしまった三人を眺め、今まで黙していた一総は溜息を吐く。ここまでの流れを、おおよそ推測していたのだ。


 だから、このまま放っておいても話が進まないことは分っていたので、仕方なしと説明を引き継ぐことにする。


「天野。村瀬と真実は、そもそも一等治癒師が何たるかを知らないんだよ。そこから聞かせないといけないんだ」


「常識だと思ってたんだけど」


 そんなバカな。そう言いたげに言葉を漏らす司。


 彼女の気持ちは十二分に理解できるが、そのバカが目の前に二人なのだから、受け入れるしかない。


 片や先日まで異世界にいたため、必要最低限の常識しか教わっていない。片や勉学が大の苦手のため、生活に必要のない知識を蓄えていない。そういった事情を考慮すれば、一等治癒師のことを知らないのも無理はなかった。


 一総は蒼生たちに向き直り、話し始める。


「一等治癒師――正確には「国家認定一等資格保有治癒師」。文字通り、国が最も優れてると認めた治癒師に贈られる資格だ。その数は救世主ほどではないが希少で、安易に漏らさないよう言い渡されるくらいだ。まぁ、緊急時に身分を明かす必要もあるから、本人が語ることの制限はないんだが」


「へー、天野センパイって、そんなすごい人だったんですね」


「すごい」


 感心した風に声を漏らす二人だが、いつも感情の起伏に乏しい蒼生はともかく、真実の反応が若干薄い。話の重要性が見えていないのだろう。


 一総は補足する。


「一等治癒師の資格を得るための条件は“部位欠損を完全修復できること”だ」


「本当ですか!?」


「それはすごい」


 これには二人も驚きを隠せなかったようで、瞠目どうもくしてみせた。まじまじと司のことを眺めてしまう。


 それに、司は照れたように頷いた。


「本当だよ。私は部位欠損を治せる力を持ってる」


「それじゃあ、加賀かがくんのケガは……」


 真実が表情を暗くして、小さく呟いた。部位欠損と聞いて、先日の事件で片腕を失った風紀委員のことを思い出したようだ。


 司は申し訳なさそうに言う。


「ごめんね。部位欠損の治療は政府の監督の元で行わないといけないから、私の一存じゃ治せないんだ」


「……どういうことですか?」


「政府が部位欠損を治す人を選定してるってことだね。もちろん、ちゃんとした理由はあるよ」


 ひとつ。根本的に人手が足りないため。


 ひとつ。欠損しても治ると知った場合、無謀な行動を起こす輩が発生する可能性があるため。


 ひとつ。医療や発展途中である義手義足関連の仕事を奪わないため。


 他にも色々とあるが、結局のところは部位欠損の治癒を大々的に行うメリットが少ないのだ。よって、政府によって条件を制定し、患者の管理をしている状況というわけである。


「事情が事情だから、そのうち私を含めた一等治癒師の誰かが治すと思う。今は耐えてとしか言いようがなくて……ごめんなさい」


 頭を下げて謝罪する司。


 それに対して、真実は慌てて言葉を紡いだ。


「せ、センパイが謝ることじゃないですから、頭を上げてください。それに、私が謝罪を受けても仕方ないですし」


「それもそうだね。ケガをした本人に謝らないとダメだよね」


 頭を上げた司は苦笑いを浮かべる。


 すると、得心がいった風に、蒼生が嗚呼と首を振った。


「だから、バレないように護衛してもらいたいんだ」


「村瀬は気づいたか」


 知識が欠けているだけで、地頭の良い蒼生なら然もありなん。


 未だ理解が及んでいない真実もいることなので、一総は説明をすることにする。


「足を失った金持ちがいたと仮定して、そこに大金を積めば部位欠損を治せると持ちかけられたら、どうなると思う?」


 問いかけられた真実は、怪訝そうに答える。


「それは当然、お金を払って治してもらうんじゃないんですか?」


「そうだな。となれば、一等治癒師というのは金の生る木ってわけだ」


「あ!?」


 一総の言葉で、ようやく事の次第に気がついたようだ。司の立場が露見すると、金の亡者共がこぞって群がることを。


 真実は目を見開いた状態で、司の方へ視線を向ける。


「普通に護衛をつけると、変に目立っちゃうんですね。で、そこから資格のことがバレてしまうと」


「そういうことだね。その点、恋人って立場なら周りから怪しまれないと思ったんだ」


「偽装恋人?」


「そうそう」


 女子三人が語り合う中、一総は一人眉根を寄せた。そして、解消されていない疑問を尋ねる。


「秘匿にしたい理由は分かったが、何でオレに頼むのかが理解できない。救世主や業者への依頼でも、バレないように立ち回ることはできるだろう? あと、護衛としてオレは力不足だと思うが」


 救世主の依頼は政府が管理しているものだし、業者だってプロだ。依頼人のオーダーであれば守り切ってくれる。少なくとも、個人で頼むよりも信頼できるはずだ。


 加えて、一総の実力は対外的に弱いとされている。弱い護衛など本末転倒だった。


 そういうことから、わざわざ呼び出してまで彼に頼む理由が考えつかない。秘密にしたいことも本当だろうが、他にも何かあるのは明白だ。


 ジッと司を見つめると、彼女は困った表情で頬を掻いた。


「さすがに誤魔化せないか。まず、前者の方から説明すると、書類が残ってしまう“依頼”って形式を取りたくないからだよ。書類が残ると、そこから情報が漏洩する可能性が出てくるもの。あと、金銭の移動とかからもバレる危険があるね」


 確かに護衛自体を隠せても、そういった形跡から辿ることは可能だ。でも、それでは――


「既に目をつけられてるのか?」


 一総は目つきを鋭くする。


 依頼した形跡を探られるというのは、司自身がピンポイントで監視されていることに他ならない。つまり、そのような心配をするとなれば、一等治癒師である事実が露見していると確信していることになる。


 対して、司はあっけらかんと答えた。


「うん。先日襲われたから、たぶんバレてるよ」


「なっ」


「……」


 真実が驚愕の声を上げ、蒼生は無言のまま表情を厳しくした。


 二人の様子が変わったことを察した司は、慌てて言葉を続ける。


「あっ、でも、襲撃者は撃退したから安心して。そんなに強くなかったし、私も無傷だよ!」


 蒼生たちへの気遣いか、それとも本当に気にも留めぬほど弱かったのか。真相は定かではないが、襲われた当人だというのに、司に気負いは感じられない。


 溜息を吐く一総。


「そんな状況なら、尚のことプロに任せた方がいいと思うぞ。バレてるんなら今さらだろう」


「バレたのは一組織だけだったんだけど、どうにも襲撃のせいで他の組織も様子見に入ったみたいなの。だから、これ以上は証拠を与えたくないんだよね」


「難儀な……」


 ひとつの組織が襲ってきた影響で、司のことをマークしていなかった組織も、半信半疑ながら監視を始めてしまったらしい。状況としては、今にも火がつきそうな火薬庫のようだ。


 どうして、ここまでの面倒ごとを持ち込んでくるのだろうか。


 そう嘆きたくなる一総は、再び質問を投げかける。


「何度も聞いて悪いが、何でオレなんだ? 聞けば聞くほど、オレでは力不足に感じる。偽装の恋人を演じるなら、師子王ししおうでもいいだろう。むしろ、実力的には申し分ないはずだ」


 一総や司のクラスメイトには、勇者の中でも最強と謳われる『勇者ブレイヴ』師子王勇気ゆうきがいる。人助けをモットーにする彼なら喜んで引き受けてくれるだろうし、イケメンだから美人の司とも絵になる。考えれば考えるほど最適の答えに思えた。


 一総の考えを聞いた司は、首を横に振った。


「師子王くんじゃダメなんだよ」


「何故?」


「師子王くんは誰もが認めるほど強いけど、そんな人を今の状況で傍に置いたら、護衛なのではって疑われちゃう。それに彼の性格を考慮すると、誰か一人のモノになるとは考えづらくないかな。その二点から、怪しまれる可能性が出てくるんだよ」


「確かに」


「あー、それもそうですね」


「……」


 蒼生と、偽装恋人に否定的だった真実でさえ首肯している。一総も、司の意見を否定する材料がないため、反論のしようがなかった。


 とはいえ、引き受けるわけにはいかない。このような厄介ごとを抱え込むなど、彼の目指す日常とはかけ離れたものだ。何とか断る理由を見つけ出さなくてはいけない。


 しかし、そのような一総の考えを吹っ飛ばす発言を、司は口にする。


「それに比べて、伊藤くんは誰よりも強い・・・・・・のに周りからの評価が低いから、護衛だと疑われる可能性がゼロに等しいでしょう? 私が普段から話しかけてたのは、そういう気があったからって言いわけもできるし」


「確かに」


「反論の余地がありませんね」


「……」


 あまりにもあっさり・・・・言い切ったので、思わず先程と同じ反応を示してしまった三人。


 彼女の意見に間違いはなく、事実を述べただけだった。だが、明らかに司が口にしてはおかしい内容が含まれていた。

 

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