003-1-04 司の頼みごと

 翌日の放課後。一総かずさはメモに記された場所に立っていた。学園敷地の端にある建物の屋上で、この時間には滅多に人が訪れないところだ。秘密の会話をするには持って来いの環境だろう。


「センパイ、本当に私たちも一緒に来ちゃって良かったんですか?」


「……」


 真実まみが居心地悪そうに尋ねてきて、蒼生あおいはジッとこちらを見つめてくる。


 見ての通り、彼の隣には二人の姿があった。真実の言うように、普通はこういう呼び出し方をされたら一人で来るものだが、一総はそうはしなかった。


 無論、理由はある。渡されたメモには「一人で来い」とは書かれていなかったからだ。蒼生と常に同行している事情を知っていれば、一人で来てほしいと記載する。それくらいの配慮はつかさならば利かせるはず。


 その旨を彼女たちに伝えたところ、二人は揃って首を傾いだ。


「つまり、つかさは私たちの同行を承知してる?」


「むしろ、君らが来ることを前提で呼び出してる可能性が高い。何せ天野だし」


「考えすぎじゃありません? 私の知ってる天野センパイなら、普通に書き忘れた線の方が濃厚な気がしますけど」


 どうやら、蒼生も真実も半信半疑のようだ。


 無理もない。日頃の司が見せている優等生の顔からでは、一総の言うような裏の裏を読むような行動をするとは想像できない。そういった画策をするよりも、正々堂々とした姿の方がイメージしやすい。邪推していると捉えられても仕方がなかった。


 しかし、一総は司の抱えるとある秘密・・・・・を知っているがゆえに、彼女の本質がどのようなものなのか感づいていた。だからこそ、自分の予想が大方当たっていると確信していたし、日中にメモのことを尋ねた時にのらりくらり・・・・・・はぐらかされたことも、確信を深める材料となっている。


 とてつもなく嫌な予感がする。


 メモ通りに動かず、さっさと帰宅してしまいたい衝動に駆られるが、それはできない。一総の思う通りの司であれば、ここで逃げ出すと、後で本来の三倍以上の面倒ごとに肥大させて返してくると推測できたからだ。


 色々ごちゃごちゃと述べたが、結局は司から呼び出しを食らった時点で、彼女の言う通りに動くしかないというわけだ。


 一総は溜息を吐きたいのを堪え、蒼生たちへ指示を出す。


「そんなに同行するのが気になるんだったら、物陰に隠れてても構わないぞ。オレが隠密系の魔法を施せば、めったなことではバレないから」


 彼女たちの心情も理解できるので、妥協案を提案しておく。


 彼が譲歩を見せていることは二人も理解できたので、渋々といった様子だったが、小さく頷いた。




 蒼生たちに隠蔽を施して物陰に忍ばせてから十分も経たない内に、この場への唯一の入り口である鉄扉がキィと甲高い音を鳴らして開いた。そこから姿を現したのは待たせ人たる司だった。ひょっこり顔を覗かせた彼女は、一総のことを認めると破顔して歩み寄ってくる。


「待たせちゃったみたいで、ごめんね」


「いいや、オレもさっき来たばかりだから、それほど待ってたわけじゃない。気にするな」


「そう? それなら良かったよ」


 赤く染まる屋上にて向き合う二人は、他愛ない挨拶を交わす。


 これがビジネスの場であれば、しばし世間話などを挟むのかもしれない。が、如何せん今回は私用によるもの。よって、無駄話は不要と切り捨て、さっさと本題に入ることにした。


「それで、何の用があって呼び出したんだ?」


「……いきなりだね。会話のキャッチボールを楽しむ気はないの?」


「球投げに興じる必要性を感じないな」


 苦笑いを浮かべる司の言葉を、一総は問答無用に一蹴した。


 そのような彼の反応に対し、司は「あはは」と苦みを濃くする。


「私としては、もうちょっとお話しをして、伊藤くんとの親交を深めたいんだけどなぁ」


 やや上目遣いでこちらの様子を窺う司。その姿はとても愛らしかった。それは自然な流れで嫌味を感じさせず、誰もが魅了される動作だった。司のような優等生人種だからできる仕草だろう。


 だが、一総は違った。可憐な司に微塵も心を揺らさず、冷淡に言葉を返す。


「オレは今のままで十分だと思うが」


 彼の偽らざる本音だ。学校で適度に会話を交わし、たまに蒼生や真実友人を介して外出をする。そんな“クラスメイト”もしくは“友人の友人”というポジションが、彼女とのベストな関係だと考えていた。


 司の秘密を知っているから拒絶しているわけではない。一総にとって彼女の秘密など些細なことであり、肯定も否定もする必要性がないのだ。向こうも、こちらがそれを知っていることは把握していないし、ゆえに相手の内面にズカズカ踏み込む必要のない、表面を撫でる程度の距離感が適当だった。


「つれないなぁ」


 眉をハの字に曲げる司を、彼は見つめる。その瞳にある色を観察する。


 巧妙に隠されてはいるが、何やら計画があるのは確かのようだ。謀略とまではいかないけれど、厄介ごとを頼もうとしていると予想できる。


 回避することが不可能である以上、このまま腹の探り合いを続けたくはない。さっさと切り上げて、残った時間で勉強会を始めた方が有意義だ。


 それなので、一総は手早く本題に入るよう、再度司に促した。


「無駄話をするだけなら、もう帰るぞ?」


 踵を返す動作を見せると、司は慌てて口を開く。


「あ、待って待って! 分かったよ。呼び出した目的を話すから、帰らないで!」


「最初からそうしてくれ」


 動きを中断し、溜息を吐く一総。


 対して、司は苦笑いを浮かべるが、すぐに表情を引き締めた。それから、ひとつ深呼吸を置いて、話し始める。


「今回、伊藤くんを呼び出したのは、大事な話が――頼みたいことがあったからなんだ」


 そのセリフに、一総は「やっぱりか」と眉をひそめる。そして、何を頼まれるのかと気を引き締めた。


 しかし、続く彼女の言葉は、完全に予想外だった。


 彼を真っ直ぐ見つめる司が、悠然と言葉を紡いだ。


「伊藤一総くん。私とつき合ってくれませんか?」


 瞬間、場の雰囲気が完全に凍った。

 

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