004-4-07 記憶の試練(2)

 私が初めて異世界に召喚されたのは小学四年生の秋。召喚された場所はとある王国の城で、多くの貴族や騎士に取り囲まれていた。


 王曰く「魔王によって世界が滅亡の危機に瀕している。もはや我々の手には負えないのだ。どうか勇者殿の力を貸してほしい」とのこと。


 物語では定番の展開だったが、当時の私は酷く困惑した。学校で教わっていた『勇者召喚』を、まさか自分が体験することになろうとは夢にも思わなかったのだ。


 普通はそういうものだろう。交通事故にしろ、殺人事件にしろ、天災にしろ。厄災とは、遭遇して初めて脅威を実感するものだ。誰しも、自分が被害者になるなど考えもしない。


 十歳の女児に、敵と戦う覚悟を瞬時に固められるはずがなかった。二の句を継げない私を見て、王は私に考える時間をくれた。


 あの時は気にする余裕もなかったが、あの国の王は非常に優しい方だったのだろう。勇者を呼ばなくてはいけないほど困窮しているというのに、こちら側の配慮をしてくれたのだから。


 しかし、一週間が経っても私は決断を下せないでいた。王城でただ漫然とすごす日々は、いつも修行に明け暮れていた私の心にポッカリと穴を空けてしまった。何かしなければいけないとは思いつつも、どうしても奮起できなかった。


 怠惰な毎日を送っていたけれど、友はできた。名前は■■■■、王国の第二王女だ。私と同い年だったため、すぐに打ち解けられた。


 ■■■■は私の元に訪れては、色々なことを話してくれた。家族のこと、使用人のこと、城下町のこと、魔法のこと、最近王都で流行しているもののこと。彼女の話題は実に下らないことばかりだったが、とても楽しくて、私の心を明るくしてくれた。




 召喚されてから一ヶ月。私は兵士の訓練場に来ていた。


 未だ戦場に立つ決意はできていないけれど、■■■■と話しているうちに、何か変化を起こさなければと考えたのだ。自分にできることは武術しかない。だからこそ、訓練場で兵士と模擬戦をすることにした。


 勇者が模擬戦をするということで、いくらかの貴族が見学に見えた。その中には国王もいて、当然■■■■も一緒だった。


 友の前で恥ずかしい姿を見せるわけにはいかない。私は密かに気合を入れる。


 今回の相手は一般兵士でも上位の実力者だという。さすがに王国最強ではないが、全身鎧フルプレートをまとう彼からの圧力は本物だ。油断できない。


 ちなみに、こちらの装備は片手剣と急所を隠しただけの防具。防具を完全装備すると重すぎて動けなくなるので、こればっかりは仕方がない。


 一定距離を置いて私と兵士は向き合い、審判の合図を待つ。


 ピリピリした空気が流れる中、私は内心で自分に言い聞かせた。たゆまず桐ヶ谷流を学んでいた自分なら大丈夫だと。きっと相手に勝つことができると。


 家の者以外と戦うのが初めてだった私は、本心ではとても焦っていた。だが、それを表には出さないよう努力した。そのようなことをしては、もはや私は立ち向かえなくなると直感していたからだ。


 審判が開始の合図を出すと同時に、私は対戦相手へと踏み出す。桐ヶ谷流の直進フェイントと超加速を用いた踏み込みは意表をつけたようで、相手は目を丸くして硬直していた。


 体格や経験の差がある以上、この機会を逃すわけにはいかない。私は相手兵士の懐へ飛び込み、数度のフェイントを交えて剣を振り払った。


 キンッとカン高い音が響き、続けてドスッと地面にモノが落ちる音がした。それは兵士の持っていた剣が弾かれ、遠くに落下した音。


 私はすかさず兵士の首元に刃を添えた。


 審判が私の勝利を宣言する。


 場は大いに盛り上がった。歓声をあげていない者はおらず、■■■■も大はしゃぎで私を祝福している。


 心の奥底が温かくなった気がした。死にもの狂いで培った技術が他人の役に立っていると分かり、とても嬉しかった。私が全てを投げ打って得たものは無駄ではなかったのだと実感できた。


 この満足感、高揚感をまた味わいたい。そう思った私は即日、魔王討伐を請け負うと国王に申し出た。


 それからは戦いの日々だった。国王や貴族に依頼され、幾多いくたの戦場を駆け抜けた。血に濡れ、土をかぶり、敵の屍を踏み越えていく。生き物の命を奪うことへの忌避感はすさまじいものだったが、勝利に喜ぶ人々を目にすれば、その嫌悪感も抑え込むことができた。


 ――この勝利の味が埋伏の毒とは知らずに。




 召喚から一年。私たちの勢力は、魔王軍に簒奪された領地を全て取り戻すことに成功した。残るは敵の本拠地のみ。味方の士気は高く、世界を救うまであと一歩だと思われた。


 正直、当時の私は調子に乗っていたのだろう。だからこそ、敵の思惑に気づけなかった。




 その報告がもたらされたのは、私が最前線での戦闘を終えた時だ。私を召喚した王国の王都が魔王軍に襲撃されているという。先の戦闘はおとりで、本命は王国だったのだ。


 知らせを聞いた私は、戦闘の疲れなど忘れて飛び出していた。今までお世話になった人たちが、友である■■■■が危ない。脳裏に皆の顔がよぎれば、いてもたってもいられなかった。


 前線と王都とは馬で一週間の距離がある。間に合うはずがない。


 だが、桐ヶ谷流の技術とこの世界の魔法とを習得していた私なら、そんな無謀も何とかなる可能性があった。


 不眠不休で走ること三日、私は王都に到着した。


 街は変わり果てていた。城壁や門は砕け散り、家々からは火の手が上がっている。王城にさえ、その影響が及んでいた。


 愕然とする私だったが、一刻の猶予もないと己を叱咤し、城に向けて足を進めた。道中に数多くの敵兵がいたが、私は構わずに蹂躙していく。■■■■の無事を確かめたい、その一心だったのだ。


 そうして、ついに■■■■を発見する。


 王城前の広場にて、彼女は――王族たちは張りつけにされていた。皆一様にボロボロで、今にも死にそうな顔をしている。彼らの傍には槍を手にした敵兵が二名おり、今から処刑が始まるのだと、すぐさま理解した。


 黙って処刑を見届ける私ではない。彼女たちを解放するために駆け出した。


 ところが、数メートル走ったところで進路を阻まれる。目の前に現れたのは、四天王と呼ばれる強者の一人だった。私であっても即座に斬り捨てるのは難しい敵。疲労が蓄積している現状では尚さら。


 絶望が襲った。今にも■■■■は殺されそうだというのに、四天王はすぐに突破できない。このままでは■■■■を助けられない。


 雄叫びを上げ、私はがむしゃらに剣を振るった。一秒でも早く敵を突破したいがために。


 しかし、無情にも処刑は始まってしまう。一人ずつ、遺言を言わせてから槍に貫かれていった。私が剣を振るう度に、彼らの命の灯火が消えていく。


 そしてとうとう、■■■■の番が回ってきてしまった。


 私はさらに大声を上げて、四天王の突破を試みる。――が、敵はそれを許さない。こちらが彼女の救出を望んでいることを見越して、防御に徹しているのだ。浮かべている笑みが酷く憎たらしい。


 彼女は必死に戦う私を見て、口を開いた。


『ユキ。私のもっとも信頼する友よ。最後に、あなたへ本当のことを話すわ。私があなたの友人になったのはね、あなたを勇者として奮起させるためだったのよ。怯える勇者には信頼できる者が必要だと父が考案したの』


 それを聞いた私は一瞬だけ頭が真っ白になり、危うく四天王に斬られそうになった。慌てて剣を構え直し、今は敵を倒すことに集中せねばと気持ちを改める。話し合いなど、助けた後にいくらでもできるのだから。


 私が気合を入れ直している間も、■■■■の言葉は続く。


『でも、それは最初だけ。共にすごしていくうちに、私はあなたのことが本当に好きになったわ。友として、これからも一緒にいたいと思えるほどにね。だからこそ、戦の矢面に立たせることが心苦しくなってしまった。王女として、この世界に生きる人間として、あなたには戦ってもらわなくてはいけないのに。友としては戦ってほしくないと思ってしまった』


 だから、これは罰なのかもしれない。そう彼女は言った。


 私は剣を振りながらも、それは違うと叫ぶ。


 ■■■■は次第に涙を流し、頬笑んだ。


『ユキ、あなたに最後のお願いよ。生きて。この世界がどうなっても気にしないで。あなたが生き残ることを私は望むわ。そして、今までありがとう。私の友だちになってくれて、本当にありがとう。もう会えないのは悲しいけれど、ユキの人生に幸があらんことを祈っているわ』


 直後、二本の槍が■■■■の胸を貫く。彼女は盛大に血を吐き、徐々に瞳から生気が消えていった。


 私の友が死んだ。


 頭をガツンと殴られたような衝撃があった。気力がものすごい速度で抜けていき、今にも膝を折りそうになる。


 だが、そうはならなかった。


 生きてと願われたから。友の人生最後の頼みを無視するなど、私にはできなかった。


 ゆえに、逃げた。まだ生きている国民もいたが、助けようとはせず逃げた。その甲斐もあって、私は無事に王都を抜け出すことができた。




 その後は――正直よく覚えていない。生きてという願いを遂行するため、魔王討伐を続けたのは覚えている。世界が破滅してしまえば、私は死んでしまうからだ。


 いつの間にか剣を魔王の胸に突き刺していて、いつの間にか元の世界に帰還していた。何とも味気ない最後だったと思う。


 それでも、あの世界のできごとは、私という人間に大きなくさびを打ち込んだ。誰かに願い請われると、どうしても■■■■の顔がチラついてしまうのだ。名前さえ思い出せないほどショックを受けているというのに、――ジジ――死ぬ前の光景と音が鮮烈に蘇る。そのせいで、頼まれると断れなくなってしまう。


 私の心は恐ろしく脆い。何かの寄る辺なしでは、いつか崩れ去っててててて―――――――ジジジジジジジジジジジジジ………………。

 

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