005-4-03 覚悟と想いを懸けた戦い(前)

 先手はつかさの錬成術だった。お馴染みの白い錬成光が煌めき、一総かずさの足元の土が大きく盛り上がる。同時に周囲の草々が瞬間的に大成長を遂げ、彼の身体を隙間なく拘束した。頭の天辺から足の先までの全身を覆い尽くし、ギチギチとはたから聞いているだけでも痛みを訴える強烈な音を鳴らす。


 最強たる一総でも拍手を送りたいほど、流麗な錬成術の行使だった。距離の開いた対象を複数、それも一瞬で錬成するのは、並の術者では叶わない技術だ。特に、植物のような生物を異常成長させる技は圧巻の一言。本来なら植物魔法などの畑であり、錬成術で起こせる事象ではないのだ。生体錬成のエキスパートの面目躍如といったところか。


(さて)


 一総は口内で言葉を転がす。


 強者の余裕を持って先手を譲ったが、いつまでも捕まっているわけにはいかない。現状は一切のダメージを負っていないけれど、それが変化しないとも限らないのだ。司は勝てないと言ったものの、あれが本心という保証はない。


 次の攻撃が放たれる前に【分解魔法】を発動して拘束を排除。【無拍子】や【縮地】などのスキルを用いて、地面を滑るように司の背後へと回り込んだ。


 移動した次の瞬間、彼が先程までいた場所に無数の鉄杭が殺到する。地中から抽出した鉄分を集めた代物だろう。簡単に抜けないよう捻じりと返しがついている辺り、なかなかエゲツない攻撃だった。


 容赦のない司の対応に苦笑を漏らしながら、一総も攻勢に出る。片手に霊力と魔力を混ぜたモノを宿し、背中から心臓を突き刺すように手刀を繰り出す。


 錬成術発動直後の一番気が抜けるタイミングを狙ったのだが、さすがに甘くはなかった。彼女の真後ろの地面が大きな壁へと変形して、一総の手刀を防いだのだ。


 彼と同様に魔力と霊力が土壁へ付与されているところからして、この強襲は読まれていたらしい。まぁ、異能発動後を狙うのは定石だから当たり前か。


 土壁と地面から錬成術の兆候が見られたので、素早く後退する。


 直後、大きな爆発が起こって軽く爆風にあおられたが、退避が早かったために無傷で済んだ。


 その後も間断なく司の攻撃が続いていく。だいたいが植物や鉄杭によるものだったが、忘れた頃に地雷にも似た爆発が起こるので、決して気は抜けない。


 司の怒涛の攻撃を回避し、時折こちらからも攻撃を仕かけつつ、一総はとあることに思考を巡らせていた。


 それは、司に対してどこまで力を使えば良いのか。オブラートに包まず言えば、ハンデはどの程度にするべきかということ。


 本気で戦う司に申しわけなく思う部分もあるけれど、これは仕方のないことだ。一総が全身全霊で戦闘を行なったら、それこそ一瞬のうちに決着がついてしまう。


 その辺は彼女も承知しているだろうし、瞬殺されるのは本意ではないのだろう。だからこそ、今の時間稼ぎ的な戦い方に文句を溢さない。


 ハンデの条件を司に尋ねるのが一番手っ取り早いが、その手段は最悪だ。


 司は、一総へ何かを伝えるために全力で戦っている。そんな相手に「ハンデはどうしたらいい?」などと訊けるわけがない。たとえ問うたとしても、本音はともかく、ハンデはいらないと返ってくるに決まっていた。彼が自主的にハンデをつけるから意味があるのだ。


 とはいえ、露骨に手加減するのも彼女の覚悟を侮辱する形になってしまう。あくまで筋の通った制限をつける必要があった。


 まず、今回の問題の争点となっている魄法はくほうないし霊術。一総がもっとも得意とする異能であり空間魔法に次ぐ強度を誇るため、正直使いたくない。


 ──が、これは使わざるを得ない。この世界の法則である異能を封印するのは不自然すぎるし、問題の中心であるコレの不使用を貫いたら、どのような結末でも司は納得しないはずだ。即死系の行使は控えつつも、霊術を中心に戦術を整えるのが無難だろう。


 続いて魔法。これは大半を使わないことにする。というより、使えないと言った方が正確だ。


 この霊術の世界にも魔法──当たり障りのない属性魔法──は存在するのだが、実態は霊術の劣化版だ。魂に取り込んだ霊力を魔力へ変換するという七面倒臭い工程を経過せねばならない上、出力が低下し燃費が悪いという三重苦。補助に使用する者は稀にいるが、戦闘の主体にする輩は皆無だった。


 異能とは世界の法則。つまり、他の世界で習得した魔法もこの世界では同じレベルに成り果ててしまうし、ものによっては発動さえできない。例外は属性の塊である精霊を媒介にする精霊魔法くらい。だから、ほとんどの魔法は放棄する決断をした。


 法術や神術といった、霊力や魔力以外を消費する異能も同様。この世界には存在しない法則なので、考慮する必要もない。


 体術の類と魔力をエネルギーとするスキルや錬成術に関して。


 体術は当然使う。ただ、一部破格すぎる性能の技はナシだ。あれらを行使すれば、司はなす術もなく散ることになる。たかが体術と侮るなかれ。異能ではないが、立派な技術体系のひとつとして確立したモノは、時として恐ろしい結果をもたらすのだ。


 後者の方も使用はためらわない。とはいえ、攻撃よりも補助に主眼を置きたいとは思う。魄法を解禁している時点で戦力過多だから、文句は言われないはず。


 そして、残る最大の難題は空間魔法。


 一総が持つ異能の中でもっとも強力であるゆえに、これを制限するのはあからさま・・・・・な手心だった。かといって、使ってしまえば瞬く間に決着がついてしまう。


 良い具合に程度を調整するのがベストなのだが、空間魔法にそのような塩梅は利かせられない。壊すか壊さないか、ゼロかイチかしか存在しないのだ。


(すぐに結論が出る問題でもないか。まぁ、何とかなるだろう、司も『連世の門』を扱えるし)


 彼女も空間を司る異能を行使できる上、空間魔法使い相手に戦った経験もある。その辺りの対応力を期待しつつ、臨機応変に動く他ない。


 答えは出た。とりあえず、考えをまとめておこう。


 攻撃の主体は霊術および魄法と体術。補助にスキルや魔法を交え、状況を見て空間魔法の使用も検討。これで不足はないはずだ。


 考察を終えた一総は思考の海から浮上する。それは、ちょうど司が攻撃の手を緩めた間隙だった。


 十メートルほどの距離を開けて相対する二人。そこに一切の雑音は存在しない。


 【並列思考】により考察中も戦闘行動は行えていたが、改めて戦場を見ると溜息が漏れてしまう。


 つい五分ほど前まで真っさらな草原だった場所は、もはや原型を留めていなかった。無数の鉄杭が所狭しに並んでおり、あちこちに大小様々な穴がボコボコ開いている。加えて、背の低かった草々も巨大化し、魔境の樹海の如き様相を作り出していた。


 ここまで来ると天地創造の域に到達している気がする。複数の異能を行使したならまだしも、錬成術のみでコレをなした司の技術力には脱帽するしかない。


 小休止というように動きを止めたのは十秒ほど。その僅かな時間だけで、両者の空気はさらに研ぎ澄まされた。これからが本番と言わんばかりに、強い戦意が一帯に放出される。


 第二ラウンドの始まり。次に先攻を取ったのは一総だ。【身体強化】と【瞬脚】を合わせた力任せの前進。彼の足元が爆ぜ、空気が破砕音を奏でる。


 魔力をある程度使ったとはいえ、ほぼ体術のみで音速の壁を破る一総は、『異端者』の称号が相応しい人間の逸脱者だろう。


 音速で動く彼にとって、メートル単位の距離などゼロに等しい。光以外のすべてを置き去りにして司へ迫る。


 間合いに入ったところで、一総は拳を繰り出した。ただのパンチではない。身体強化で限界まで威力を高め、魄法の【魂砕こんさい】を付与した代物だ。まともに命中すれば心身共に粉々に砕け散る一撃だった。


 初手から即死級の攻撃。もし、先程までの彼の思考を覗いていた者がいれば、どこに手加減が存在するのだとツッコミを入れたことだろう。


 何も、考えなしにこの技を選択したわけではない。


 一総はどの勇者よりも戦場を踏んだつわものであるため、戦力分析においても一級品の眼を持つ。司の対処できない攻撃をするなどあり得ない。彼は狙って、司がさばけるか否かの瀬戸際ギリギリの攻撃をしたのだ。


 これは、ある意味で宣戦布告。司に対し、甘っちょろい手加減はしないという意気込みを伝えるための行動だった。


 だいぶ過激な伝達方法ではあるが、それも彼女の真剣さに応えるゆえ。信頼しているからこその手段だ。


 そして、司はその期待へ見事に応えてみせる。


 一総の拳が直撃する寸前、空から氷塊が降り注いだ。ひとつひとつ三メートルを超えるものが数十と落下してくる。一総はおろか司までも巻き込んで大地を蹂躙していく。


 己が身を顧みない大規模攻撃に、さしもの一総であっても攻撃を中断せざるを得なかった。【魂砕】をキャンセルし、【縮地】を用いて慣性を殺しつつ氷塊を回避する。


 流星群でも降ったように、氷塊の群れは大地をえぐり震撼させた。


 後退しながら、一総は司の戦術に対して感心する。


 第一ラウンドにて、彼女は終始地上に存在するもののみを錬成術の対象にしていた。それによって自然と下に視線が誘導され、上への警戒が僅かながら落ちていた。その隙を突いての空気中の水分を使った氷攻撃。相手が一総でなかったら、この時点で戦闘終了していたに違いない。


 距離を取って氷塊をやりすごした一総だったが、舞う土埃と落下の衝撃で破砕する氷片により司の姿を見失ってしまう。


 彼女のことだから自爆特攻ということはないはずだ。肉眼ではなく、スキルと霊術による探知を行った。

 

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