005-4-04 覚悟と想いを懸けた戦い(後)

 距離を取って氷塊をやりすごした一総だったが、舞う土埃と落下の衝撃で破砕する氷片によりつかさの姿を見失ってしまう。


 彼女のことだから自爆特攻ということはないはずだ。肉眼ではなく、スキルと霊術による探知を行う。


 その結果が判明した時、一総かずさは目を見開いた。


 何せ、司の反応がどこにも存在しないのだ。まるで、先の氷攻撃で自滅してしまったように。


 連世の門を使用した? いや、それはあり得ない。彼女の空間跳躍はもっとも警戒すべき点であるため、常に注意を払っていた。空間の揺らぎひとつ見逃さない自信がある。


 であれば、どうやって姿を消したのか。


 未知との遭遇に多少の動揺が表情に浮かんでしまったが、それは一瞬で終わる。


 久方ぶりではあるけれど、こういった状況は過去に何度も経験してきた。今さら慌てることはない。


 一総は即座に感情を押し殺し、探知方法を変更した。彼の切り札である空間魔法と魄法はくほうのそれだ。出し惜しみはしていられない。


 すぐに司の位置は特定できた。間髪入れず、彼は全方位へ防御結界を展開する。


 刹那──




 ドガガァアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!!!!!!!!!




 大音声と共に、一総の周囲一帯が爆発を起こした。その威力は相当なもので、霊術による結界に亀裂を入れる。


 間一髪で爆発を防ぎ切った一総は、背後へ振り返った。


 視線の先には荒れた大地しかなく、司の姿は影も形もない。だが、彼の探知は、確かに司の存在を捉えていた。


(まさか、たった一ヶ月でその域まで到達してるとは)


 心の裡で驚嘆の言葉をぼやく一総。ここ最近で一番驚いたかもしれない。


 それだけ、司の状態は信じられないものだった。


 というのも、今の彼女は魂のみで現世に存在しているのだ。


 通常、魂は身体という檻から外に出てしまうと、時と共に世界へ溶けていってしまう。世界と一体化し、新たな魂の誕生の糧となるのだ。たまに強い感情を湛えて怨霊と化す場合もあるが、それを含めても身体を持たぬ魂は変質する運命に変わりない。


 だのに、目前にある司の魂は揺らいでいない。司という存在を維持したままであり、さらには錬成術による水素爆発までかましてきた。


 おそらく、最上級霊術の【魂の楔ゼーレ・カイル】を己に使ったのだろう。あの術には一定時間だけ魂の状態を固定化する副次効果がある。


 だが、驚きはそこではない。司が霊術を学んだ期間が問題なのだ。


 前述した通り、【魂の楔】は最上級霊術。しかも、魂に直接関わるタイプのものを自らに施すのは、他者へ向けるよりも難易度が跳ね上がる傾向にあった。要するに、【魂の楔】を己にかけるなど、超熟練者の霊術師以外は不可能な手段となる。


 それを霊術師歴一ヶ月の人間がなし遂げてみせ、異能を使う余裕まで残している。最上級霊術を行使するまでは予想できていたが、ここまで腕を上げていたとは感嘆するしかない。


 司は魂だけのまま、次々と錬成術による攻撃を行なってくる。土や草、空気といった環境を利用した縦横無尽の技が一総を襲う。


 彼はそれらを巧みに回避しつつ、反撃に出る。


 霊術による飛ぶ斬撃で牽制をし、その後に本命となる魄法を放った。


 本命は先程も使用した【魂砕】。この術は肉体がある状態でも必殺となるが、魂のみの存在には余波だけでも殺し尽くせるものだった。今の司には相性抜群だろう。


 【魂砕】を斬撃に変形させ、先に飛ばした攻撃に隠す。術の格が異なるため完全な隠蔽は不可能だが、乱れ打ちを受けている状態では確認もままならないはずだ。


 一総は魄法習得実験の副産物である紅眼で司の魂を見据える。


 攻撃の中に致命的なもの魂砕が混じっているのを悟ったのか、彼女から焦りの感情が読み取れる。


 堪らなくなった司は、ついに『連世の門』を使用した。彼女は空間跳躍により大きく後退し、こちらの霊術の攻撃射程圏外へと出る。


 魄法や空間魔法なら十分に追撃可能だったが、これは殺し合いではないので大人しく見送った。


 再度世界に現界した司は、錬成術により身体を再構築する。瞬く間に元の美少女の姿が現れる。


 人一人を生成するのに一秒とかからない技術力は、彼女以外に持ち得ないと思う。一総でも難しいところだ。司という少女は、まさに一芸最特化の勇者の体現といえた。


 霊術の刃を何発か喰らっていたようで、司の顔色は悪く呼吸も荒い。


 魂のみでいることの利点は、霊術や魔法の威力向上と移動速度の上昇にある。物理攻撃無効もメリットだろう。


 反面、弱点は明確だ。身体に守られていない魂は酷く脆い。下級霊術を受けただけでも重傷になり得るし、下手をすれば即お陀仏。上級レベルの術を受けた彼女の疲弊度合いは然もありなん。即死していないだけ、彼女の強さが窺えた。


 一総は司の呼吸が整うのを待つ。


 再三になるが、これは殺し合いではなく決闘。遠慮はしないけれど、容赦はする。そういう戦いだ。


 息を整えた司は、ゆっくり声を出した。決闘が始まってから初めて口にする言葉だった。


「やっぱり、一総くんは強いね」


 どこか軽い声ではあったが、青白い顔は苦渋に満ちていた。今の状況が、彼女の望むものではないことを示していた。


 司は続ける。


「私はほとんど手札を出し尽くしちゃったんだけど、一総くんはどう? あっ、制限をかけた範囲での話だよ」


「…………まだまだ序の口ってところだな。魄法は言わずもがな、霊術もスキルも体術も、基本的なものしか使ってない」


 ためらいはあったが、一総は正直に事実を述べる。


 ここまでの決闘において、彼が行使した異能は戦闘ベースとなるものだけ。戦力差が拮抗した場合、ここから色々な術を組み合わせてバリエーションを富ませることになる。


 つまり、司の全力は一総の基本行動にさえ及ばないということ。


 それを聞いた司はしばらく唇を噛み締め、それから乾いた笑声を上げた。


「何となく察してはいたけど、直接言われると凹むなぁ。こっちは必死で戦術を組み立てたっていうのに、そっちは大した労力もかけてないなんて」


「慰めにはならないかもしれないが、一ヶ月でここまで霊術を極めたのはオレも想定外だった。空間魔法がなかったら、多少はケガを負ってたと思うぞ」


「そっか、それは良かった。……でも、多少のケガで済んじゃうのかー」


 さらに落ち込む司を見て、一総は余計な一言を言ったと後悔する。


 司は天を仰ぎ、深呼吸を繰り返す。その間、二人は口を開かなかった。


 すっかり陽の落ちた場には月明かりが照り、涼やかな夜風が通る。


 風に揺られた司の金糸が緩やかになびく。身体を再構築したから、そこに穢れはまるでなく、月光を浴びてキラキラと輝いていた。


 司の容姿は、彼女の理想を突き詰めただけあって大変美しい。月下で憂いを見せる少女の姿は、思わず見惚れてしまうほど美麗だった。


 どれくらい、そうしていたか。ふと、司が声を漏らした。


「一総くん」


「なんだ?」


 一総が返すと、彼女はこちらへ視線を向けた。


 そこに先までの苦々しさはなく、決闘前のような覚悟があった。


 それを見て悟る、司はまだ戦うつもりだと。


 彼の推察は正しかった。


「私はね、まだ全然覚悟を伝え切れてないんだよ。だから、第三ラウンドと行こうか」


「オレは構わない」


 一総は頷く。決闘の申し出を受けた時点で、最後までつき合うと決めていたから。


 対し、司は嬉しそうに頬笑んだ。


「ありがとう、私の我がままにつき合ってくれて。図々しいんだけど、我がままついでにひとつ・・・だけお願いを聞いてくれないかな?」


「内容によるが……」


「大したお願いじゃないよ。この後……第三ラウンドでの私の初手を邪魔しないでほしいってだけ」


「構わないが、危険そうなら止めるぞ」


「それは当然だね。見届けてくれるだけでも、ありがたいよ」


 司のセリフから、彼女が何をしようとしているのか大雑把に悟った。たぶん、未完成の術を行使するつもりだと思われる。発動に時間がかかりすぎるゆえ、ここまで使ってこなかった。だが、もはやそれに頼る以外の手が残されていないため、投入する覚悟を決めたのだろう。


「じゃあ、始めるよ」


 やや弛緩した空気が、再び緊張感を持ち始める。


 司を中心に、膨大な霊力と魔力が渦巻いていくのが感知できた。今までの比ではない、最上級の術を凌駕するそれが集約していく。


 彼女の足元に円が出現する。錬成円に見えるが、要所要所の意匠が異なる。部分的に霊術が組み合わさっているのか。


 十分かけて霊力と魔力が集まっていくと、続いて空間が震え始めた。この感覚には覚えがある。間違いなく『連世の門』の発動前兆だ。


 ただ、いつものように即座に発動しない。空間は揺らぎ続け、次第に大地を裂き始めた。


 それからさらに十分。少しでも突けば崩壊してしまいそうなほど、空間がひしめいている。かなり危険な状態だった。


 これ以上続くようなら止めに入るべきだと内心で考えていた時、ついに司は術を完成させた。


 彼女は貯めた膨大な力によって瞳と髪を白く発光させ、最後の詠唱キーワードを口にする。


「断界、開門」


 刹那、世界のすべては白く染められた。残されたのは荒れた大地と白い空、そして一総と司の二人だけだった。

 

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