005-3-02 兵士たちとの模擬戦
二週間後。朝の訓練場にて、
ただし、全兵士を一堂に相手しているわけではない。できなくはないが、それではさすがに効率が悪いので、今は軍の中でも一総が一目置く優秀な兵士九人と戦っていた。
「えりゃっ」
「シッ!」
若手の兵士アランとベテランの兵士ベネットが、それぞれ一総に向かって剣を振る。アランが袈裟斬りに、ベネットが首を狙った攻撃だ。二人とも霊力を上手く武器に込められており、その一撃は疾く鋭い。まるで旋風の如き剣閃だった。
並の戦士、それこそダブル程度の勇者であれば傷を与えられるだろうが、まだまだ一総には敵わない。単なる体捌きのみで二人の攻撃をかわした。
攻撃直後で体勢の崩れている隙を見逃すはずない一総であったが、この時は素直に身を引いた。というのも、
「おりゃああ!」
「はあっ!」
これまた若手とベテランの組み合わせである、クリストファーとダイノフの攻撃が迫っていると察していたから。先程まで一総が立っていた位置にクリストファーの斧が突き刺さり、回避地点を読んで放たれたダイノフの刺突は片手で軽々と受け流された。
二人の霊力の練度とコンビネーションも称賛に値するが、やはり彼には届かない。
飛び退いた一総に休んでいる暇はない。前衛から距離を取ったため、四人いる後衛たち──フリード、グラン、ヘンリー、イアン──から霊術の一斉射撃を受けた。火、氷、風、石といったバリエーション豊かな術が殺到する。
ドドドドドッと重低音が響き、訓練場の床が粉砕された。同時に土埃が舞い上がり、一時的に目視しづらい状況に陥ってしまう。
しかし、兵士たちは焦らない。彼らは霊力による知覚が行えるので、視界が遮られようと問題ないのだ。
霊術の炸裂した場所にて一総が健在だと判断した前衛組は、未だ土埃が舞う中へ突っ込み、追い討ちをかけた。一総に向けて、一斉に苛烈な攻撃を仕かける。
ところが、兵士たちの得物からは一切の手応えが感じられなかった。目の前に一総の霊力が感知できるのに、実態が掴めない。
この異常事態の原因にいち早く気がついたのは、ベネットとダイノフだった。ベテランゆえの経験則か、自分たちが欺瞞行為に引っかかったことを悟った模様。
「霊力は囮だ!」
「すぐに離脱しろ!」
若手二人へ声をかけ、すぐさま脱出しようとしたが、その反転は一歩遅かった。視界不良の中、ドサリという何かが地面に落ちる音が聞こえたのだ。それもふたつ。
間違いなくアランとクリストファーがやられたのだろう。証拠に、二人の霊力反応は小さい。気絶しているということになる。
舌打ちしたくなるのを堪え、ベネットたちは土埃の中から離脱した。ある程度の距離を置いたところで立ち止まり、様子を見守った。
数秒後。一陣の風が吹き、視界を遮っていたモノが取り払われた。そこに立っていたのは無傷の一総で、足元にはアランとクリストファーが転がっている。
無言の睨み合いがしばらく続くと、一総は肩を竦めた。
「どうした、来ないのか?」
挑発するような、嘲りを含んだ声音。
それに反応する者はいない。というより、現状で動ける人員がいないのだ。至近距離にアランらがいるせいで、巻き込みを恐れて後衛は攻撃できない。前衛二人も、バカ正直に正面から挑めば即座に沈められると理解している。
要するに、現状を打破するキッカケが必要だった。
無論、そのことを一総も分かっている。訓練だから、兵士たちに考えさせるため尋ねたのだが、その返答は何もなかった。言葉も、術も、攻撃も、何ひとつ返ってこない。
小さく溜息を吐く一総。
自分が相手では仕方ないとはいえ、もう少し足掻いてほしいものだと内心で思う。兵士たちの瞳はすでに諦めた者のそれ。必死に打開策を練っているように見えて、実際は諦観を湛えていた。どのような時でも諦めないのが、生還する道筋になるというのに。
(模擬戦じゃ、そこまで真剣になれないか)
ある意味で仕方のないこと。これ以上を望むには実戦をこなすしかないだろう。
そう妥協した彼は、自ら動き出すと決める。霊術での【身体強化】の出力を上げ、一気に踏み込む。
ドンッと床が弾け、一総は刹那のうちに前衛組へ肉薄した。彼らが驚愕の表情をする時間も与えず、まずはベネットに拳を放った。
「ぐはっ」
かろうじて防御を間に合わせるベネットだったが、寸分違わず鳩尾に撃ち込まれたパンチは重く、ほとんど威力を殺せていない。多量の霊力が体を突き抜け、彼は一瞬で意識を刈り取られた。
地に沈むベネットを見届けることなく、一総は次の標的を見定める。
ダイノフはレイピアの使い手。攻撃速度の高い彼は、すでに一総へ刺突を繰り出す途中だった。ためらいなく脳天を狙っている辺り、ベテランの貫禄が見える。
しかし、そういった急所狙いが通じるのは、同格か格下だけだ。
一総はダイノフの攻撃を無視し、そのまま彼の方へと突っ込んだ。必然、レイピアの切っ先が一総の額に突き刺さることになるのだが──
「なっ」
ダイノフが喫驚の声を漏らす。
その反応から察しがつく通り、レイピアは刺さらなかった。まるで分厚い金属へ突き立てたような硬質な音を鳴らし、弾き返してしまった。
ダイノフが武器に込める霊力より、一総が身体へ注ぐ霊力の方が多いのは自明の理。それが急所ともなれば、より注力して防御力を高めるだろう。内側に湛える質量差が圧倒的なら、歯牙にもかけないのは当然だった。ゆえに、この結末は分かり切っていた。
ベネットと同様に、ダイノフも気絶させる。
残るは後衛。
一総は棒立ちする四人へ駆け出す。前衛を失った時の対処法を学ばせるため、気持ち遅めに走った。まぁ、向こうにとっては、あまり大差ないかもしれないが。
ぐんぐん近づいてくる一総に対して後衛組が行った手段は、一斉攻撃だった。ありとあらゆる霊術が、一総を接近を阻もうと降り注ぐ。
(バカのひとつ覚えだな)
先程から、後衛連中は一斉攻撃しか行なっていない。模擬戦メンバー──否、軍全体の後衛職の指導が必要そうだ。戦術の知識が、前衛よりも遥かに劣っている可能性が高い。
今後の指導方針を考えながら、降りかかる攻撃を避けていく。無闇やたらに放たれた攻撃が、一総に当たるはずがない。
後衛組が全滅するのは時間の問題だった。距離を詰められた彼らは、なす術なく秒殺された。
これで訓練場に立っているのは一総──
「とキミだけか」
一総の言葉は、いつの間にか彼の背後に現れた人物にかけられたもの。今回の模擬戦に参加した最後の一人にして紅一点であるエレナが、そこにいた。
メンバー全員を仕留めて油断しているところを狙おうとしたのだろう。彼女は一総の背中にナイフを突き立てようとしていた。といっても、その刃は霊術の結界によって防がれているが。
「暗殺という手段はいい。タイミングも悪くない。だが、今回実行したのは愚作だった。相手の人数が把握できてる状況での暗殺は、よほど上手くやらないと成功しない」
そうアドバイスを送りつつ、一総はエレナの腕を絡め取る。
当然、彼女も逃れようとするが、その努力は実らず、手早く気絶させられた。
こうして、今回の模擬戦も一総の勝利で幕を下ろしたのだった。
「というわけで、反省会の時間だ」
他の兵士らが訓練を行なっている最中、模擬戦メンバーは訓練場の隅へ集まっていた。一総が言うように、先の戦闘内容を省みるためだった。
ちなみに、一総と兵士九人の他には
「で、キミらから言いたいことはあるか?」
まずは自分たちだけで考えるよう、質問を投げる。
真っ先に口を開いたのは、ベネットとダイノフだった。
「致命的な失敗は、霊視に頼りすぎていたことでしょう。もう少し慎重に行動をしていれば、あの時点でアランたちが倒されることはなかった」
「霊力の操作力も課題だと思います。カズサ殿の訓練により扱える霊力の質は向上しましたが、力に振り回されている感じが否めませんから」
二人の意見に続いて、グランを除く後衛組も意見を出す。
「我々の問題は前衛以上ですな。今回の模擬戦、後衛が足を引っ張ってしまっていました」
「ですね。前衛がカズサ教官と接近戦を行なっている最中、私たちが棒立ちというのは無駄が多い」
「広域殲滅作戦における霊力温存ならいいんですけど、今回みたいな少人数戦闘では頭を使わないといけませんねぇ」
さすがはベテランといったところか。最低でも二十年は軍に勤めている面々だけあって、即座に的確な意見が出てくる。戦争経験の浅い新人にはない観察眼は、とても希少な能力だ。
その後、若手連中も混ざって意見を交わし合う。最終的に、初めに出た指摘を一番に直すべきだと落ち着いた。
一通り話し合いが終わったタイミングで、一総も口を開く。
「みんなの考えてる通りで概ね間違いない。キミたちの魂は以前より強くなった。これからも、期限までは強くしていくつもりだ。ただし、出力を上げるのみでは意味ない。大きな力を十全に扱える技術を身につけないといけない。特に、前衛はとっさの判断が要求されることが多いから、その辺の能力向上は急務と言える」
前衛職は【身体強化】の霊術を常用するのが基本戦法だ。【身体強化】は霊力を身体中に漲らせることで能力強化する単純な術で、発動させるだけであれば非常に容易い。しかし、より強くなりたいと願うのなら、もっとも技術力の要求される術でもある。
たとえば、敵の攻撃を腕で防ぐ場合。継戦する体力を残しておきたければ、ダメージを極力抑える必要がある。であるのなら、腕に多くの霊力を集め、防御力を強化するのが最適解だ。その場に踏み留まらなくてはいけない時は、足腰も適切な強化を施す必要があるだろう。ダメージを皆無に等しくしたいのなら、その他の部位も細かな強化をし、衝撃を受け流さなくてはならない。
このように、防御ひとつを取っても繊細なコントロールを求められる。妥協できる点だが、上を目指すのであれば、こなさなくてはいけない技術だ。しかも、秒単位で戦況が変化する近接戦闘の最中で。
そういうわけで、前衛には高い霊力操作の技術が必須となる。王国に所属する異常強化兵を相手にするのなら、なおさら極める以外の選択肢はない。
「霊力コントロールを巧みにすれば、【身体強化】以外にも恩恵がある。向上させておいて損はない。オレがいなくても練習できる方法を後で教えておこう」
「「「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」」
前衛のみならず、九人全員が敬礼をした。
一総の言ったように、霊力の操作技術向上は色々な方面へ活用できる。皆が学びたいのは当然だった。
続けて、後衛の指摘に入る。
「後衛が棒立ちになる乱戦に関しては、解決策が出なかったみたいだな」
「すみません」
「いや、謝らなくていい。今までに経験のないことだっただろうから、考えつかなくても仕方がない」
この世界の戦争といえば、武器を持って敵へ突貫することと、後ろからバカスカ攻撃系霊術を放つこと。これしかない。
元の世界の戦術を考えれば、あまりにもお粗末と思うだろう。だが、霊術が根底にある世界において、この力押しでこと足りてしまうのだ。それほど、この世界の霊術は攻撃力に傾倒している。裏で破壊工作などはするかもしれないが、戦争自体は正面衝突が基本だった。
だから、一総は彼らの思考には存在しない方法を教授する。
「後衛組にやってほしいのは、補助系や妨害系の霊術の習得だ」
攻撃や防御に傾いてはいるけれど、それ以外の霊術が存在しないわけではない。開発が遅れている技術系統ではあるものの、大衆でも読める書籍にも載る程度には認知されていた。
一総の言葉を聞き、兵士らは怪訝な表情をする。代表して、イアンが問うてきた。
「教官がご存じないとは思いませんが、補助霊術の効力など、たかが知れてますよ?」
他者を強化する術は能力が
そういう事情があり、認知していても習得している者は軍にはいなかった。
ところが、一総は「そんなもの関係ない」と一刀両断する。
「たかが知れてるなりの使い方ってのがあるんだよ。戦いは、効果量の高い術を使用した側が勝つわけじゃないのさ」
元の世界で実力を隠すために低威力の異能ばかりを利用していた一総は、誰よりもそれを実感していた。
確かに、上位の術と下位の術が真っ向勝負をすれば、勝つのが前者であるのは明白だ。しかし、だからといって、弱い術の価値がないわけではない。使いどころは確実にある。
「使い方は後日伝えるから、それまでに一通りの補助霊術を覚えておくこと。これは後衛だけじゃなく、可能なら前衛もやっておいてほしい。期限は……次の模擬戦実施日の三日後にしよう」
圧倒的強者の一総が言うのなら否はない。兵士九人は一様に頷いた。
「最後はエレナの批評だ」
一総はエレナへ視線を向ける。
彼女の役割は斥候や遊撃といったもので、先の模擬戦でも一人だけ連携を取っていなかった。そのせいで改善点が思いつきにくいのか、兵士たち自ら意見が出ていない。よって、一総の指摘が彼女の今後の方針となる。
エレナは若干前のめりになりながら耳を傾けた。
「戦闘中にも言ったが、ああいう乱戦での暗殺は難易度が高い。それを専門に扱ってる者でも賭けになろう戦法だから、あまりオススメはできないな。それよりも、ヒットアンドウェイでチマチマ攻撃して敵の行動を阻害した方が、味方の助けになると思う。戦闘中に可能な妨害工作も、あとで教えよう」
「分かりました。今後はあのような手段は控えます」
エレナが素直に聞き入れたのを認め、一総は続ける。
「とはいえ、隠密に関しては申し分なかったよ。あれだけ気配を殺せるのなら、すぐに実戦でも活躍できるだろう。強いてアドバイスを送るとすれば、攻撃の際に気配が漏れるから、そこは気をつけた方がいい」
王国兵を想定して能力を落としていたとはいえ、攻撃される直前までエレナの姿を捉えられなかった。彼女には間違いなく、その手の才能がある。是非とも長所を伸ばしてほしいものだ。
「オレからは以上だ。以前よりも強くなってることは保障する。より上を目指したいのであれば、各々で精進するように。では、解散!」
「「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」」」
九人は最敬礼をし、それぞれの持ち場へ戻っていく。他の兵士たちは訓練を続けているが、仕事へ支障が出ないうちに終えるよう言い聞かせてあるので、放っておいても構わないだろう。
一総は、傍で反省会を聞かせていた二人へ声をかける。
「参考になったか?」
「おもしろかった」
「戦術方面は疎かったので、大変勉強になりました!」
蒼生も真実も、有意義な時間となったみたいだ。退屈していなくて何より。
(そろそろ、いい頃合いかな)
雑談を交わす二人を見て、一総はそう思案する。
「二人はこの後に予定はあるか?」
「ない」
「私も特にないです」
「だったら、オレにつき合ってくれ。二人に──というより、真実に話があるんだ」
「それって、わたしが一緒でもいいの?」
蒼生が窺うように尋ねてくる。どこか困惑している様子だ。
最初はその反応を不思議に思っていたが、隣の真実が頰を染めているのを見て、勘違いを生んでいる事実を悟った。
一総は慌てて両手を振る。
「すまない、妙な言い回しをしてしまって。戦闘に関して伝えたい事柄があるんだ。村瀬と連携することも多いし、一緒に聞いてもらった方がいいと考えたんだ」
「把握した。わたしは問題ない」
「あー……はい、私も大丈夫です」
蒼生は淡々と、真実は少し落胆しつつ頷いた。
二人の了承は得たので、一行は話し合いをするために移動を開始する。向かうのは、ミュリエルの屋敷にある一総が使用している部屋だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます