005-3-03 真破写覚の眼

 部屋に辿り着いてすぐ、一総かずさは周囲一帯に【探知】で探りを入れ、【隠蔽】と【結界】の異能を複数施す。かなり念を入れた術式の数々で、これから話す内容の重要性を物語っていた。


 作業を終わらせると、蒼生あおいたちへソファに座るよう勧める。


 いきなり物々しい展開となったことに緊張はしつつも、二人は素直に着席した。


 それを見届けた彼は、慣れた手つきでお茶を用意し始める。あらかじめ準備は済ませておいたらしく、三人分のカップがテーブルに置かれるまで五分とかからなかった。できたて同然の香りが漂うため、何らかの異能を行使したのだろう。


 お茶を配膳した一総も席に座り、ようやく会話が開始される。


 口火を切ったのは真実まみだった。


「私に戦闘についての話があるってことでしたけど、何なんでしょう?」


「他人の目があったから『戦闘に関して』ってボカしたが、具体的には『眼』に関わる話だ」


「『眼』ですか?」


 一総の言葉に、真実は首を傾ぐ。


 真実の眼は『精霊の護眼ごがん』と呼ばれる風の精霊の力が込められた魔眼であり、風の精霊魔法の効果上昇や他者の嘘を探知する能力が秘められている。彼女の場合、特に後者の能力が強く、これまでに何度も活用してきた。


 そんな眼について、今さら話すことがあるのだろうか。真実は魔眼と相性が良いのか、能力以上の効果を発揮することは幾度とあったが、それにしたって周囲の耳目を気にする範疇ではない。


 そういった疑問を彼女が持つことを一総は理解していた。ゆえに、分かりやすく簡潔に伝わる一言を返した。


「真実の眼は『精霊の護眼』じゃない」


「はい?」


 よほど驚愕だったようで、口を半開きにして固まってしまう真実。


 まぁ、それも仕方がない。自分の身体にまつわる異能が、自分の信じていた代物とは異なると言われたのだ。隣にいる蒼生でさえ、いつもの無表情を崩し、勝色の瞳を大きく開いている。本人の困惑度合いは計り知れない。まさに、思考停止フリーズしたい事実だろう。そう簡単に現実逃避など許されやしないのだが。


 動揺を隠せない二人を置いてきぼりにして、一総は説明を続ける。


「正確には、『精霊の護眼の能力を模倣している魔眼』と表現すべきだな。真実が常用してるのは『精霊の護眼』の能力で間違いなく、だから、キミの魔眼の種類を誤認してたわけだ。本家と遜色ない力を発揮するなんて、規格外と言ってもいい眼だろう。何より、オレや生体錬成のプロであるつかさの観察眼を騙した擬態能力が──」


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 突然ペラペラ説明されても頭が追いつきません。少しでいいので、思考を整理する時間をください!」


 つらつらと語る一総を、真実は諸手を目一杯振ることで静止した。


 それを受け、彼は口を閉じる。自分が、柄になく我を忘れるほど興奮していたのだと悟った。


 気恥ずかしさを誤魔化すように、一総はゴホンッと咳をつく。


「すまん、取り乱した。いくらでも待つから、ゆっくり気を落ち着かせてくれ」


「ありがとうございます」


 真実は礼を言い、テーブルにある紅茶に口をつける。蒼生は一緒に出されていた茶請けのスコーンを頬張っていた。


 ほどなくして、心と頭の整理がついたようだ。真実は手に取っていたカップをテーブルに戻し、一総をその翡翠の瞳で見据えた。


「お待たせしました。お話を再開しましょう」


「もう大丈夫なのか?」


 静止を促されて数分しか経過していない。暗に、もっと時間を空けても良いと尋ねた。


 しかし、彼女は首を横に振る。


「これ以上の時間はいりません。話を聞いた瞬間は混乱しましたが、冷静になって考えてみると、私にとって『眼』は重要な武器です。できるだけ早く、真相を明らかにしておきたいんです」


 彼女の声はしっかり定まっていた。説く内容も得心がいくもの。ことを急いてしまっている状態ではない模様なので、本人の申告通り問題ないのだろう。


 一総は真実の意思に従い、彼女の『眼』の説明を始める。


「まず、真実の魔眼の正体から明かそう。といっても、その眼はキミ固有のモノみたいだから、名称なんて決まってないんだが」


「私固有ですか?」


「そう。あらゆる世界を探しても、真実と同等の力を持つ魔眼は存在しないだろう。その能力は『あらゆる真実しんじつを見破ること』と『目撃した術を瞬時に写し取り、覚えてしまうこと』のふたつ。名づけるとしたら、『真破写覚しんはしゃかくの眼』ってところかな」


 真実まみ自身に自覚はなかったが、これまでにも能力の片鱗は見えていた。特に前者、一総の展開した幻術までも見破ってしまう眼力は破格と言って良い。


 また、あまり活用できていなかった後者の能力も規格外だ。目にした術式を覚えられるということは、極端な話、ずっと元の世界にいたままでも新しい異能を覚え続けるのも可能だということになる。無論、新たな異能を見せてくれる協力者がいれば、の話にはなるが。


 どんな誤魔化しも通じず、見ただけで術を模倣していく。使い方次第では、一総を上回る確率を含む力だ。一総が柄にもなく熱くなったのも無理はない。


 それらを語り終えると、真実と蒼生の二人は絶句していた。全世界最強であり、規格外の塊である一総を超えると言われれば、当然の反応と言えた。


 当人ではないだけに、我に返るのが早かった蒼生が怪訝そうに呟く。


「どうしてそんな能力を、まみが?」


 もっともな疑問だった。


 前に真実から聞いた話によると、異世界に召喚された直後に風の精霊と出会い、魔眼を手に入れたと話していた。つまり、その時点ですでに『真破写覚の眼』を所持しており、風の精霊の能力を写し取ったことになる。


 だが、そうなると疑問が残るのだ。一体どこで、そこまで強力な魔眼を入手したのかと。


 異世界に召喚されてから風の精霊に会うまでに手に入れたとしか考えられないが、真実にそのような記憶はない。記憶が消された可能性を考えて一総が内情を探ってもみたが、そういった形跡は確認できなかった。


 となれば、残る選択肢はひとつしかない。


「真実は『秘石』なんだろう」


「ヒセキ?」


 蒼生が首を傾ぐ。見れば、真実もキョトンとしている。どうやら、二人とも『秘石』に関する知識を持ち合わせていないらしい。


 一総は首を捻りそうになり、すぐに考えを改めた。『秘石』の情報は各国の上層部や救世主セイヴァーくらいにしか明かされない重要機密。彼女たちが知らないのも無理はないのだ。ここ最近は自身の秘密を色々と語っているため、『秘石』についても話したものだと誤認していた。


「『秘石』っていうのは、生来異能を所持、もしくはその素養を持っている人間を指す隠語だ。ごく稀に、異世界に行かずとも異能を行使できる者が生まれることがあって、超能力者とか魔女とか呼ばれる輩がそれに当たる」


 どういった原因により発生するのかは未だ解明されていない。異世界に渡ったことで覚醒する者が一定数いることから、異世界にある何らかの素子が我々の世界に干渉し、産前の子に影響を与えているのではないかと囁かれている。


「私は、生まれつき魔眼を持ってたってことですか?」


「断言はできない。オレも知らない魔眼だから、オレが特定できないような原因によって後天的に付与された可能性も否めないし。でも、真実の魔眼の能力が先程伝えたものであるのは確かだ」


「ふむ……」


 一総の意見を聞き終えると、気になる点があったのか、真実は口元を手で覆って黙考する。


 これは真実に関わる重要なことなので、一総も静かに彼女の反応を待った。


 しばらくして、真実は口を開く。


「……『真実しんじつを見破る能力』は心当たりがありますが、『目撃した術を写し取り覚える』っていうのは、どうなんでしょう? いくら振り返っても、身に覚えがないんですが」


 実感が湧かない以前に、身に覚えがない。一総の言うことだから事実だと信じたいのだが、どうしてその能力だと結論を出したのか知りたい。そう真実まみは問うた。


 一総は当然の疑問だと言って答える。


「オレが最初に違和感を覚えたのは桐ヶ谷の事件の後、キミたちの修行につき合い始めた辺りだ。オレやつかさが異能を行使してる時、決まって真実の眼に何かの反応が見られた」


「マジですか? 全然気づかなかった」


「無意識に発動してたんだろう。当初は魔眼が何をしてるのか全く分からなかったんだが、回数を重ねてくうちに、ひとつの仮説が浮かんだんだ」


「それが『術式を写し取っている』っていう能力?」


 蒼生の応答に、一総は首肯する。


「その通り。オレは相手の術式を分析する擬似魔眼を使えるんだが、真実の魔眼の動きがそれに似ていた。だから、同様のことをしてると推測するのに時間はかからなかった」


「なんで今頃になって教えてくれたんですか? 判明してすぐに教えてくれても良かったのに」


「端的に言えば、確証がなかったから。行ったことのない異世界の術を模倣するなんて、オレにもできない。そんな非常識な力、ただの推測だけで説明することはできなかったんだよ」


 一総の言葉を受けて、真実が息を呑んだのが分かった。散々、規格外だの何だの言っていた相手に『非常識』などと表現されたのだ。そういう反応を示すのも無理はない。


「ということは、確証が得られたってことですか?」


 真実が、恐る恐る尋ねてくる。


 一総は大きく頷いた。


「霊術を教える過程で確定したよ。口頭での説明だと他の勇者と変わらない習得速度なのに、オレが手本を見せた途端、すぐに覚えるんだからさ」


「そういえばそうですね…………あれ? でも、私は霊術をマスターしたわけじゃありませんよ。魔眼の能力があるのなら、今頃は霊術の達人では?」


 真実は首を傾いだ。魔眼の能力が説明された通りであれば、すでに霊術の全てを覚えているのではないかと。


 しかし、そう都合の良い話はない。


「『真破写覚の眼』の能力は、あくまで『目撃した術式のみ・・を写し取る能力』だ。異能全てを網羅するなんてものじゃない」


「メラ○ーマを模倣したからといってメ○は使えるわけじゃない、そんな感じ?」


「その例えにツッコミを入れたいところだけど……まぁ、概ねそんな感じだな」


 蒼生の表現に苦笑いを浮かべつつ、一総は首を縦に振った。


 真実の魔眼は破格ではあるが、万能ではないということだ。目にした術式なら何でも覚えられるが、逆に言えば、目にしたことのない術式はまるで使えない。そこは気をつけねばならない点と言えよう。


 話に一段落ついたところで、ふと真実が何かを悟った。


「え、あ、あれ? もしかして、私ってセンパイの使ったことある【空間魔法】とか【魄法はくほう】が使え……る?」


 そう口にした彼女の表情は非常に困惑していた。伝説級である異能が自分にも使えることを示されれば当然。人によっては歓喜するのだろうが、真実の場合は恐れ多さが勝っていた。


 それを聞いた一総はニヤリと笑う。


「当たり前だろう。オレが見せたことある異能は全て使えるはずさ。オレだけじゃない、司の錬成術や先の兵士たちの霊術、今まで相対してきた者の術も使えるだろう」


 狂化人間、エヴァンズ兄妹、『三千世界』のスペード、桐ヶ谷きりがや侑姫ゆき。これまで敵対してきたのは、計らずとも世界でも有数の実力者たち。目撃した術だけとはいえ、強者の力の一端を扱えるようになったのは、頼もしいと同時に末恐ろしいことだった。


 何故なら、真実にはそれらを使いこなせる技量が伴っていない。とりわけ、一総から模倣したであろう術式の数々は、使い方を誤ると大惨事を招くかもしれない。能力の行使には慎重な姿勢が求められた。


 顔色を悪くする真実を見て、一総は満足そうに頷いた。ことの重大さを理解できているのなら、彼が改めて釘を刺す必要もない。


 であれば、この後に一総が発するセリフは決まってくる。


「そんなに心配するな、真実。キミが憂うような事態が起こらないために、オレが指導するんだからさ」


「指導、ですか?」


「ああ。これまで訓練につき合ったように、魔眼の扱い方をマンツーマンで教えていく。オレが相手なら、惨事に陥る心配はいらないだろう?」


「はいっ!」


 一総が笑いかけると、真実は暗くなりかけていた表情を霧散させた。快活な返事がくる。


 一総は続けた。


「それじゃあ、今から修行を始めよう。真実は“習うより慣れよ”の方が向いてるから、実践方式でいこうと思う」


「分かりました!」


「私は?」


「蒼生は見学しててくれ。第三者の意見も欲しい」


「わかった」


 三人はそれぞれの定位置へと移動する。一総と真実は一定間隔を開けて対峙し、蒼生は二人から離れた位置に座り込む。


 ほどなくして一総による結界が展開し、一総対真実の模擬戦が開始された。

 

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