005-3-04 真実の真価

 一総かずさ真実まみの組み合わせによる模擬戦は、あれから毎日行われた。バァカホ王国との戦争への準備の合間という短時間ではあったが、連日の修行により真実の魔眼の扱いは着実に向上していった。未だ空間魔法や魄法はくほうといった最上級異能の出力は不安定だが、それ以外の異能に関しては熟練者並みの水準へ至れた。これも一総の一級品の指導力と真実の努力の賜物と言える。


 今もまた、二人は刃を交えていた。明日には前線へ出撃するため、この世界での最後の模擬戦となるだろう。


「はあああああ!」


 気合いのこもったかけ声と共に、真実が異能を放つ。それは彼女がもっとも得意とする風の精霊魔法。風を圧縮して形成された矢が数十本、ドリルのようにギュルギュルと回転しながら発射される。


 ターゲットは当然、対戦相手である一総だ。十数メートル先に立つ彼に向かって、矢の雨が高速で降り注ぐ。


 一総は、時速二百キロメートル以上の面攻撃をいとも容易く回避した。おそらく、【縮地】辺りを使用したのだろう。重心そのままに、彼は数メートル後方へ移動した。


 だが、真実は焦らない。今の攻撃が避けられるのは想定内だ。すでに次の手は考えてある。


 風の矢が地面に衝突する直前、真実は片手をクイっと上へ捻った。そんな彼女の動きに合わせて矢の雨も上方へ進路を変更、一総に向かって追撃を仕かける。


 それを目撃した一総は足を止めた。この風の矢たちは、回避だけでは対処できないと悟ったようだ。となれば、彼の続く行動は容易に予想できる。


 彼は片手を矢の群れに向けた。そして、自らの身を守る透明な壁を展開する。


 真実はそれを待っていましたとばかりに駆け出した。向かう先は当然ながら一総。瞳を銀色・・に輝かせ、異能のアシストにより超高速で突っ込んでいく。


 真実が一総の元へ到着する前に、風の矢が透明な壁に衝突する──ことはなかった。身を守るそれは役割を全く果たさず、そこに何もないかの如く矢たちを素通りさせてしまう。結果、風の矢は一総の目前へと殺到した。


 瞬きの間に攻撃を喰らってしまうだろう危機的状況にも関わらず、一総の表情はピクリとも動かない。


 それを認めた真実は、彼が現状を打破できるのだと理解した。この程度で勝利を収められるとは微塵も考えていなかったので、彼女にも動揺はない。むしろ、全力を尽くしてやると意気込み、さらに走る速度を早めた。


 案の定、風の矢は一掃された。何をされたのか真実には分からないが、ノーモーションで全ての攻撃が蹴散らされたのだけは把握した。


 悲観はしない、これくらいの奇天烈さは予想の範疇だ。風の矢に意識を割かせたお陰で自身が彼へ接敵できたので、成果としては十分。


 真実はいつの間にか取り出した短剣で突きを繰り出した。風の精霊魔法と霊術、加えてほんの少しの空間魔法を付与した渾身の一撃。


 未熟ながらも空間魔法をブレンドしているから、普通の方法では防げない。一総にできる対処は、回避か同じ空間魔法での防御のみ。


 そのふたつの展開を予測し、次の攻撃を計画していく。頭のデキが悪いながらも、真実は懸命に戦術を巡らせる。


 ところが、ここで一総は予想外の行動を起こした。何と、攻撃を仕かける真実の方へ進み出てきたのだ。


 ただの突きに見えるが、実際は付与した異能によって攻撃範囲を広げている。刃の部分だけではなく、真実の体を覆う広さの攻撃となっていた。さながら、シールドバッシュのようなもの。こちらに近寄れば、もれなく餌食になってしまう。


 その辺を見破れない彼ではないはずだが、何か思惑があるのだろうか。


 疑念を抱く真実ではあるが、答えを出す時間はない。一総は目と鼻の先にいて、あと二秒もしないうちに衝突するのだから。


 覚悟を決める。心を強く持ち、異能の強度を上げた。何をされても攻撃が打ち破られないようにする。


 いよいよ真実の攻撃が一総に当たろうという刹那、彼は彼女の視界から消失した。


「は?」


 短剣が空振り、一瞬呆けてしまう真実。


 しかし、即座に気を取り直した。魔眼と探知系の異能を行使して、一総の行方を探す。


 彼の現在位置はすぐに見つかった。真実の真上にいたのだ、膨大な霊力反応と共に。


「くぅ!」


 間を置かず強大な霊術攻撃が放たれるのは自明。真実は苦々しい声を上げながら、若干の空間魔法を混ぜた結界を多重展開した。


 その後、目視で一総の姿を確認しようと上を見上げる。


 それと同時に────




 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!




 ──天が落ちてきた。


 そう錯覚してしまうような、極太の霊力の塊が真実へと殺到した。


 彼女の視界は青白い光一色に染め上げられ、ほどなくして彼女自身も光の中に包み込まれる。


 真実の見える世界は白に染まってしまった。音も一切が消え失せている。ただ、それ以外の感覚は失われていないし、一総の攻撃は何とか持ち堪えられていた。バリンバリンと結界が秒ごとに割られていくが、魔眼による異能の高速展開により結界を張り直し、ギリギリの均衡を保った。


 とはいえ、ジリ貧であるのは間違いない。真実は防戦一方ゆえに反撃の余地などない反面、一総は余力を残している。否、今行っている攻撃こそ、片手間に放っていると考えても良さそうだ。となると、早々にこの膠着こうちゃく状態を抜け出さなければ、一気呵成に攻勢をかけられかねない。


 そも、彼と彼女ではスタミナの絶対値も雲泥の差だ。現状を維持し続けられるだけでも彼女の負けは決まってしまうだろう。


 可及的速やかに、再び攻撃へ打って出たい。しかし、目前で展開される膨大な白光を防ぎながら他のことをする余裕はなく、かといって攻撃を跳ね返す手段もない。八方ふさがりだった。


 せめて、視界内に一総がいたら魔眼による反撃の可能性もあったのだが、見える範囲は全て真っ白。真実の長所を完全に潰していた。


 おそらく、彼の策略のうちなのだろう。これは真実の魔眼の扱いを向上させるための模擬戦。こういった不利な状況を打破する方法を、実地で覚えさせようとしていると思われた。実際、これまでの模擬戦でも似たような状況は何度も繰り広げられている。


(といっても、ここまで不利な展開は初めてですが……ッ!)


 この世界で行う最後の模擬戦ゆえに、一総も本腰を入れているといったところか。今までは打開策が考えつきそうな隙があったが、今回はそれが見られない。少なくとも、真実の現状の能力では乗り越えるのは厳しそうだった。


 たかが模擬戦、ここで諦めるのも選択のひとつだ。自分の力不足を悟り、撤退を図るのも優秀な戦士の資質と言える。ギブアップしたところで一総は咎めないと思う。


 しかし、しかしだ。真実は諦めるという手段を選びたくなかった。ここで足を止めてしまったら、一総たちに置いていかれてしまうと思ったから。ただでさえ遥か高みに彼女の愛しい人はいるというのに、このようなところで足踏みしていては時間の浪費にしかならない。


「や――――――ってやりますよぉぉお!」


 腹の底に力を込め、たっぷりタメを作り、真実は吠えた。


 全ては一総に追いつくために。愛した人の横に並び立つために。胸を張って彼の相棒だと名乗るために。彼女は恋に準ずるために突き進む。限界の壁など知ったことではないと、それらを粉砕して直進する。


 今あるモノで打破できないのであれば、新たな手札を手に入れるしかない。つまり、この場で成長するしかなかった。


 普通であれば、そんなことは不可能だろう。漫画などの創作ではあるまいし、戦いの中で急激に成長するといった現象は起こりえない。


 だが、残念なことに真実は普通ではないのだ。彼女は非日常を駆ける勇者であり、その勇者の中でも特異な魔眼を持つ者。秘めたポテンシャルは底知れず、加えて恋という魔法の原動力も存在する。何かの拍子に急成長を遂げたって不思議ではなかった。


 そして、真実は奇跡の一歩を踏み出した。








          ○●○●○








 模擬戦を観覧していたのは蒼生あおい一人ではあったが、もし、大勢の見学者がいたとしても、その瞬間のできごとを正確に理解した者はいなかっただろう。一総でも、詳細を把握するまで僅かながら時間を要したのだから。


 ただ、結果的に何が起こったのかは明白だった。


 ――一総が致命傷を負ったのだ。腹をえぐり取るような大穴がガッポリと開いた。


 だが、どうして彼がケガを負ったのかは判然としない。一総が上空から地上にいる真実へ向けて攻撃を放っていたら、突如として彼が血を吐いた。客観的に見て、そう説明する他になかった。


 さすがの一総でも、不意の致命傷を受けて攻撃を続行することはできない。放っていた霊術――【極天きょくてんの鉄槌】を破棄し、治療を施しながら地上へと降り立つ。無論、真実への警戒は怠らない。


 治癒系の異能と彼の特異体質の相乗効果により、地面へ降り立つ頃には傷は完治していた。致命傷を数秒のうちに治すとは、専門家のつかさと同等の技術力といえる。


 一総が術を破棄したため、白光に包まれていた真実も姿を確かにした。彼女は五体満足、両足で立っている。見える範囲でのケガも負っていない。


 手加減していたとはいえ、一総の上級霊術を受けて無傷に抑えたのだから、真実の成長は著しかった。


 しかし、それが彼女の限界でもあった。


 真実は両足で立っているものの、今にも倒れそうなほど疲労困憊の様相だった。息は荒く、目は虚ろ、汗を滝のように流している。体は小刻みに震えており、これ以上の戦闘は不可能なのは一目瞭然だ。


 そのような真実の状態を認めた一総は、張っていた警戒を解く。そして、彼女の傍らへと移動し、彼女のふらつく体を抱え込んだ。いわゆるお姫さま抱っこで。


 普段の真実であれば狂気乱舞しただろうが、もはや意識も朦朧としているらしく、全く反応がない。というより、一総が抱えた瞬間に意識を落とした。規則正しい寝息が聞こえ始め、寝顔も達成感に溢れている。


「異常はなさそうだな」


 軽く身体状況を精査した一総は、安堵の息を漏らす。極度の疲労を抱えてはいるが、命に差し障る問題は見られなかった。ゆっくり休養させれば、明日には元気を取り戻しているだろう。


「かずさ!」


 見学をしていた蒼生が焦った声音で駆け寄ってきた。表情こそ変化に乏しいが、倒れた真実を心配しているのは明らかだった。


「まみは大丈夫?」


「ああ、問題ないよ。疲れて眠ってるだけだ」


「そう」


 一総が診察結果を伝えると、蒼生はホッと胸を撫で下ろす。


 それから二人は、真実を休ませるために屋敷へと戻った。






「何が起こったの?」


 真実を自室のベッドに寝かせて落ち着きが返ってきたところ、蒼生が切り出した。


 主語のない問いだが、一総が致命傷を負ってからの一連の流れを指した質問だということは分かり切っている。


 一総は口元を片手で隠しながら、「うーん」と煮え切らない声を漏らした。


「実のところ、オレもハッキリと理解できてないんだよ」


「えっ?」


 彼の答えに、蒼生は驚きの声を上げる。


 千以上の異世界を救い、それに見合う力と知識を携えた一総。そんな彼の理解が及ばない現象があるなど、夢にも思わなかったためだ。


 彼女の反応に苦笑を浮かべつつ、一総は言葉を続ける。


「まぁ、ある程度の予想はできてる。オレが致命傷を受けたのは……おそらく、魔眼の『真実しんじつを見破る力』を使ったんだろう」


「?」


 蒼生は首を傾いだ。


 真実まみが魔眼の力を用いて一総を攻撃した、というのは理解できるが、『真実しんじつを見破る力』でどうやって攻撃したのか想像できなかったのだ。どう考えても、あれは攻撃に転用できる能力とは思えない。相手を補足するなどの補助系の力だと思う。


 蒼生の疑問は当然で、一総も自身が立てた推論にイマイチ確証が持てていない。しかし、あの攻撃を食らった時の感覚からして、それ以外の手段は考えつかなかった。


「致命傷を負う直前、オレは自分の存在が認識され固定された感覚を味わったんだ」


「自分の存在が認識? 固定?」


「言葉にすると難しいんだが……“伊藤一総という存在の根源に目印を立てられた”って言えばいいのかな」


 あの瞬間、どう足掻いても自分は逃げられないと確信した。それほどまでに強烈な補足力だった。


「それがまみ・・の魔眼の力だったと?」


「ああ。真実を見破るということは、事実を見据えると同義だ。真実まみは魔眼で“伊藤一総がそこに存在する”という事実を見たんだと思う。いやはや、存在根源を見るだなんて、上位次元を観察するのと変わらない常軌を逸した能力だ。人間業じゃないな」


 そこにある事実のみを視認できるというのなら、真実が知り得ない情報は皆無になる。現実に存在するのであれば文字通り見ることができるのだから、世界の表裏の隅から隅まで既知とできるはずだ。


 アカシックレコードという、すべての事象、想念、感情が記録されている世界記憶の概念が存在するといった説はあるが、まさに真実の瞳は類似した代物に目を通せる。もはや神の領域といって良い。


 だからか、それを行使した彼女は疲労困憊の状態に追いやられた。――いや、神の所業をなしたというのに代償が体力だけなのだから、やはり彼女の魔眼の力は異常だろう。


「かずさが補足されたのと、まみが倒れた理由はわかった。でも、なんでかずさが大ケガを?」


「それは簡単さ。オレの根源を補足したのなら、それに向かって攻撃を繰り出せばいい。オレの存在そのものに攻撃したんだ。異能による防御とか、そういうのを一切無視してダメージを負うのは当然だろう?」


 真実が眼を通して捉えたのは一総単体。それに付随する装備や異能は含まれていなかった。ゆえに、ガチガチに固めていた防御をすり抜けて、彼は致命傷を受けたというわけだ。


「しかも、あの時の真実が放ったのは空間魔法の初歩である【穿うがち】だった。ただでさえ防御方法の限られる空間魔法をノーガードで放たれるとは恐怖しかないよ」


 恐ろしいと言いながらも、彼の声音に悲壮感はない。どちらかといえば、呆れてモノが言えないといった方がシックリくる態度だった。


 かなり壮大な情報を軽々と語るため、蒼生はいまひとつ事態を真剣に受け止められなかった。どういう反応をしたら良いのか混乱してしまう。


「えっと……まみは、かずさより強くなったってこと?」


 先程から真実の魔眼のすごさばかりを話すので、何となく気になってしまった。


 一総は肩を竦める。


「真実がオレに勝つ可能性ができたのは事実だけど、まだオレの方が強いよ。今の彼女のスタミナだと一発使えば倒れちゃうし、タネが分かれば防ぐ方法も一応ある。技量もまだまだ追いついてない。でも――」


 すると、彼は心底楽しそうに笑った。


「将来的には分からない。真実が経験を積んで、今よりも魔眼を扱いこなせるようになったら、オレを超えるかもしれないな」


 真実は一総たちの立つ強者の側へ、一歩踏み出したのだ。すべては一総の隣に立つという目的のため。彼女の行動力は誰よりも凄まじかった。


 それほどまでに自分が好かれていることを一総は照れくさく思うと同時に、嬉しくも感じていた。過去の一件を経て周囲の評価を気にしなくなったといえ、やはり人から好意を向けられるのは喜ばしいものなのだから。


「とはいえ、しばらく最後のアレは禁止だな。また倒れかねないし、下手したら自爆するかもしれない」


 今回は一総の存在のみを見たが、場合によっては多くの根源を見ることもある。そうした時、莫大な情報量に耐え切れず、脳がショートしてしまう危険性も考えられた。だから、この能力を扱うのは慎重を期した方が良い。


 真実が起きたら釘を刺すのを忘れないよう心の中のメモに記しておき、彼は「さて」と声を上げる。


「今日はこの辺で解散しよう。明日から戦場に向かうんだ、早めに休むに越したことはない」


 真実の覚醒という思わぬ事態に直面はしたが、明日の予定が変わらない。真実も寝ていれば回復するので、看病の必要性も薄かった。であれば、この場にいつまでも留まる必要性はない。


「……わかった」


 一総の言葉を受け、蒼生は何やら難しい表情をしつつも部屋を出ていった。


 先程まで普通の態度だったというのに、どうしたのだろうか。


 そう怪訝に思いながらも、彼は蒼生へ追及しようとはしなかった。深刻な問題だったら、蒼生は隠さず頼ってくると考えたからだ。彼女は問題を先送りにして事態を悪化させるような愚者ではない。


「オレも部屋に戻るか」


 気持ちを切り替え、一総は自室へ戻るために部屋を出た。


 そうして自室に到着すると、扉の前に一人の少女が立っているのが見えた。それは双子メイドの片割れであるムムだった。


「どうしたんだ?」


 一総は彼女へと声をかける。


 この一ヶ月、ムムは司と共に行動していたはずだ。司は霊術を覚えるため図書館に入り浸っていたので、兵士の訓練にはつき添わなかったのである。


 こちらに振り返ったムムは、いつになく深刻な表情を浮かべていた。明らかに、問題が起こった時の顔だ。


 一総は若干目を細め、彼女の返事を待つ。


 ムムは簡潔に答えた。


「ツカサ様が真相に辿り着きました」


 戦争前にもうひとつ片づけねばならない問題が発生したことを、一総は静かに悟った。

 

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