006-2-04 王国の現状と反乱の内情

 背の低い草が一面に生えるなだらかな丘。それを割くように続く馬車道を進んでいくと、目的地は見えてくる。周囲を石壁に覆われたバァカホ王国の王都だ。


 【転移】で王都付近の人気のない場所に飛び、そこから歩いて移動した一総かずさたち。一総が【変装術】という希少な異能を行使した甲斐もあり、一行は怪しまれることなく入国を果たした。


「ザ・異世界って感じですね」


 無事に潜入できた安堵からか、真実まみは素直な感想を漏らす。口にはしないが、勇者組の内心は同じだろう。


 眼前に広がる王都の街並みは、誰もが想像する異世界の様相そのものだった。レンガや木造りの家々に土がむき出しの街道、出店の数々。近未来的な文化を擁していた霊魔国とは異なり、王国はずいぶんと中世的な生活様式だった。


 同じ世界、しかも隣国だというのに、ここまで文明レベルに差が生じるものなのだろうか? 初見である蒼生あおい、真実、つかさの三人は、そのような疑問を抱く。


「あっちを見た後だと、そういう反応にもなるよな」


「お恥ずかしい限りです」


 訝しげな三人の様子を見て一総は小さく笑い、ナディアは羞恥で身を縮める。


 二人の反応から、両国の技術力の差異には明確な理由があると察したようで、司が「どういうことか」と問うてきた。


 別に隠す話でもないので、盗聴対策を施した後に一総は語る。


「色々な要因はあるが、もっとも大きな理由は王国が“人間至上主義”だからだ」


 霊魔国の技術発展の根本は、初代国王が転生者の魂から盗み取った知識よりもたらされて・・・・・・いる。流出防止していても、ある程度は技術漏れがあるのが普通だろう。実際、他の国では、霊魔国の技術が活用された代物も存在した。


 しかし、バァカホ王国は違う。人間が一番優れた種族だというプライドを掲げる彼らは、格下の魔族から学ぶモノなどないと一蹴し、頑なに新技術を取り入れてこなかったのだ。


 それらの説明を聞いた三人は、呆れた表情を浮かべた。


「頑固というか、何というか」


「司センパイ、ハッキリ阿呆だと言ってやっていいと思います」


「まみに同意」


「キミら、王国の王女がいるのを忘れてないか?」


 あまりに直截ちょくさいな言葉を吐く彼女たちに、一総は苦笑いしながら指摘した。


 すると、ナディアのことを失念していたようで、蒼生たちは慌てた様子で謝る。


 対するナディアは軽く手を振った。


「事実ですので気にしないでください。プライドのせいで国が全然富まないと、私も憤懣ふんまんやるかたなく感じていましたから。転生者が王国側だった時に伝えたという技術は、難なく取り入れているのに」


 ナディアの刺々しい発言の数々に、他の面子は乾いた笑みを溢す。今まで、相当鬱憤うっぷんが溜まっていたらしい。第五王女という立場を考慮すると仕方ないか。


「そ、それにしても、クーデターが起きたっていうのに、街の様子は普通ですね」


 少し微妙になってしまった空気を何とかしようと、真実が話題を変えた。


 司も、それに乗っかる。


「ナディア王女の言ってた通り、争いは城内だけに収めたのは明らかだね。多少の混乱があったどころか、王がすげ変わってること自体を知らないみたい」


「内部からの裏切りと複数の空間魔法使いがいれば、それくらい容易く行えるさ」


 一総は、静かな反乱の方法をいくつか思い浮かべる。


 初歩的な術である【穿うがち】であっても、力量差関係なく相手を一撃でほふれる。【転移】を使えば目的地へピンポイントで忍び込めるため、外部に露見される心配もいらない。大技にはなるが、幻影を施した結界で城全体を覆うという手段もあるだろう。使い手の少ない術理というものは、得てして対策が薄くなるのだ。


「これから、どうする?」


 普段と変わらない大通りのにぎわいを眺めながら、蒼生が相変わらずの無表情で問うてきた。


 それに対し、真実が不思議そうに首を傾ぐ。


「どうするも何も、情報を集めるのでは?」


「どうやって?」


「そりゃあ、聞き込みで」


「街の人は何も知らないのに?」


「あっ……」


 端的かつ的確な言葉に、真実は反論ができなくなる。


 蒼生の言う通りなのだ。情報収集のために王国へ侵入したは良いものの、クーデターが城内で完結してしまっているせいで、その手段がほとんどなかった。むしろ、下手に聞き込みをしてしまえば、街中にいるとも分からないスパイに自分らの存在を明かしてしまう。


「如何なさいますか、勇者さま」


 ナディアが不安の色を湛え、一総に尋ねた。


 彼は言う。


抵抗勢力レジスタンスを探す」


 反乱に抵抗する者たちがいるのなら、味方になり得る。力では一総たち勇者が優っているが、人手や現地に詳しい人材がいた方が有利なのは間違いない。もし、協力を得られなくても、新鮮な情報が手に入るはずだ。


 それを聞いても、ナディアの表情は晴れなかった。


「レジスタンス……存在するのでしょうか?」


 彼女の憂慮は、レジスタンスが実在するか否かだった。


 侯爵家をはじめとした内部の裏切りに加え、伝説の空間魔法を扱う『ブランク』が背後に控えている。そのような圧倒的布陣を出し抜ける者がいるとは思えなかった。実際、もっとも失ってはいけない国王や王太子が処刑されているのだから。


 ところが、一総は彼女の心配を一蹴し、断言する。


「十中八九、存在する。しないはずがない」


「理由をお伺いしても?」


 キッパリと言い切る彼へ、ナディアは訝しげに尋ねた。情報が不足している状況で、どうしてレジスタンスがいると判断できるのだろうか。


「釣り上げるためだな」


「釣り上げる、ですか?」


 発言の意図が掴めなかったようで、横から真実が言葉を挟む。


 彼はそれに頷き、説明を続けた。


「そもそも、今回のクーデターで反乱分子を殲滅するなんて不可能だったんだよ。何せ、霊魔国との戦争中に仕かけたんだからな。戦争に出てた王族──確か第一王女だったか? が、どうしても確保できないわけだ。軍隊のおまけつきで」


「つまり、レジスタンスをわざと泳がせて、そこにノコノコと合流した第一王女らを一網打尽にするってことかな?」


 司の言葉に、一総は無言で首肯する。


 いくら空間魔法使いが多数いようと、相当の熟練者でもない限り、十万の軍隊を相手取るのは手間がかかる。勝てはするだろうが、これから国を治めなくてはいけない彼らにとって、余計な時間が取られるのは必至だ。


 また、第一王女の性格如何では、慎重を期して、情報を得られるまで雲隠れする可能性もある。


 ここまで大胆な作戦を決行したグインラースが、長期戦を望むはずがない。クーデター以降に何か計画があるのは明らかで、それを早々に実行したいはずなのだ。懸念材料をいつまでも残しておかないだろう。


 そこでレジスタンスを利用する。反抗の意思がある者をわざと逃し、不十分なもしくは偽の情報を持ち帰らせる。それを第一王女が知れば、雲隠れする可能性はグッと減るに違いない。逃亡者を尾行していれば、敵側の拠点を把握することもできる。もしかしたら、逃亡者の中にスパイを紛れ込ませているかもしれない。


 それらを活用すれば、目の上のタンコブである第一王女の排除も容易という寸法だ。


 ただ──


「『ブランク』が主力になってない、という前提があっての話なんだが」


 あの組織が主戦力であったら、十万の軍隊など敵ではない。予測の根本が覆ってしまう。


 とはいえ、それはないだろうと、一総は考えていた。


 ナディアが問う。


「勇者さまは『ブランク』が出張ってこないとお考えなのですか?」


「正確には『主戦力ではない』ってところだな。この世界にいるあいつらは、多くても三人程度だと思ってる」


「どういう経緯で、その結論に至ったのでしょう?」


「現状のすべてが、そう結論づけてる」


 一総の回答は簡潔だった。


 今の状況を見れば一目瞭然だと、彼は言う。


 しかし、それが理解できるのは、この場に一総しかいない。他の面子は全員首を傾げていた。


 皆の反応を認めた一総は答える。


「『ブランク』が総戦力でこの世界を侵攻した場合、王国のクーデター程度で収まってるはずがないんだよ。相手は二桁以上の空間魔法使いを擁しているんだ。この世界に手を伸ばしてから一週間もあれば、世界征服だってできてるだろう。そうなってないなら、連中が主力になってないことの証左さ」


 空間魔法を知り尽くす彼だからこそ理解できていた。今世界が無事なことで、全部を説明するに足ると。


「加えて言うと、ナディアが逃げ切れてるのも論拠になる。空間魔法による探知は、キミの隠密も看破できるからな。あと、オレがいるのに何の対処してないのもそう。今語った計画は王国軍が勝利する前提の話。それを覆す存在に何ひとつアプローチしてない時点で、オレの実力を甘く見積もってたと分かる」


 これまでに何度か敵対しておいて、『ブランク』が一総を警戒していないわけがない。もし、彼らが計画の主導であれば、戦争の時に何らかの行動を起こしていたはずだ。


「……それほどまでに、【空間魔法】とやらは破格なのですか?」


 空間魔法をよく知らないナディアが、神妙な面持ちで訊いてくる。


 一総は首を縦に振った。


「同じ使役者がいなければ、一人でも世界の支配者になれるレベルだ」


 空間魔法は空間魔法でしか対処できない。もしくは、真実の魔眼のような常軌を逸した異能か、司の錬成術のような極致を超えた術か。


 そも、一年も王国で暗躍していたのが不思議なのだ。そのような周りくどいことをせずとも、力技ですべてを薙ぎ払えるのだから。ゆえに、そうしなければならない目的があるのだと推察できるわけだが。


 彼の言を聞いたナディアは、眉間にシワを刻んだまま押し黙る。


 彼女に代わり、司が口を開いた。


「レジスタンスが存在するのは分かった。でも、合流しちゃっていいの? 監視されてるんだったら、私たちのことを教えちゃうわけだけど」


 内偵しに来ているのに自分ら姿を晒す行動を犯して良いのかと、彼女は尋ねた。


 一総は「対策は考えてる」と返す。


「オレが全力で隠蔽を施せば誤魔化せる。さすがに騙し続けるのは無理だが、十分な時間稼ぎはできるはずだ」


「リスクを負ってまで、レジスタンスと合流する価値はあるの? 一総くんが言うには情報が正しいとも限らず、スパイが紛れ込んでる可能性もあるのに」


 司は問いを重ねてくる。この辺の慎重さは、過去四回の異世界の経験あってだろう。


「情報なしで城に突貫したり、時間をかけて情報収集に努めるよりはマシだと考えてる。前者は『ブランク』相手に無謀もいいところ。後者は、情報を得る前にオレたちが捕捉される可能性が高い。であれば、虚実が混ざってても、最短で情報を獲得できるレジスタンスと接触する方が賢明だ」


 街に侵入してから気づいたことだが、街全体に空間魔法の結界が張られているのだ。それも、だいぶ練度の高い代物が。


 今こそ一総の隠密が効力を発揮しているけれど、それが永続するとも限らない。都市内の行動は短期決戦で終わらせたいところ。


 それに──


「情報の信憑性は、真実が何とかしてくれる。彼女の魔眼は、当人の認識に関わらず、真偽を測れるようになったからな」


「はぁ!?」


 珍しく司が大声を上げた。隠密を施していなければ、通行人から注目を集めたのは間違いない。


 まぁ、無理のない話だ。それだけ、今の内容は驚愕に満ちていた。


 『当人の認識に依らず物事の真偽を見定められる』とは要するに、『語った本人が真実しんじつだと思い込んでいようと、それが実際に嘘か真なのか判断できる』ということ。


 たとえば、AがBから「Cはリンゴが大好物」と嘘の情報を聞いていたとしよう。今までの真実まみであれば、Aからその情報を聞いても虚偽情報とは見破れなかった。何せ、Aはそれを本当のことだと信じて発言しているからだ。しかし、今は違う。Aが嘘を吐いている認識がなかろうと、情報が事実と異なるなら虚偽だと見抜けるのだ。


 情報収集において、これ以上に最適な能力は存在しないだろう。


「いつの間に、そんなバカげた能力を……」


「キミが図書館にこもってる間だよ」


「ふふん」


 呆然と呟く司に一総は苦笑い気味に答え、真実は渾身のドヤ顔を見せた。


 司は口元を片手で覆って逡巡する。


 数十秒の間を置いて、彼女は言った。


「現状を踏まえると、レジスタンスに接触した方がメリットはありそうだね。うん、私は賛成するよ」


 司の理解は得られたらしい。


 その言葉に続き、他の面々も同意の言葉を発する。


 全員の賛同を得た一総は、街全体に探知を広げながら頷いた。


「じゃあ、レジスタンスの元へ向かおう。幸い、アジトは近くにあるみたいだ」


 一行は、そのままレジスタンスが身を潜める場所へ足を運んだ。

 

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