006-2-03 王国を目指して
「といった流れだ」
時は、再び
現在、ナディアを連れてきた経緯を説明し終えたところだった。
話を聞いた一総とナディアを除く面子は、それぞれに難しい表情をしている。特に、霊魔国の第二王女の立場を持つミュリエルは、敵国からの救難要請を聞き、眉間に深くシワを刻んでいた。
「王国で反乱が起きるなんて、予想外もいいところだわ。戦争の真っ只中でやらかしたのは、どこの阿呆よ?」
領土を取り戻す戦いが残っていたというのに、敵国で政変が起こってしまった。となれば、こちらに飛び火が降りかからないよう警戒に当たらなくてはいけない以上、戦争は続けられない。せっかく考案した計画が全部お釈迦になってしまい、ミュリエルは苛立ちを隠せなかった。
そんな彼女の態度に怯えつつ、ナディアは敵の首魁の名を口にした。
「現在の王国を牛耳っているのは、フェムルガ次期侯爵であったグインラースという男です。勇者殿――ユキ殿が現れるまでは、王国最強の称号を所持していました」
「あれ、王国最強はナディア王女じゃないんですか?」
誰よりも見える眼を持っている彼女だからか、ナディア以上の実力者がいるとは考えられなかったらしい。それは
それに対し、ナディアはあっけらかんと言う。
「
「それ、本当?」
「はい。誓って嘘偽りはありませんよ、ミュリエル王女」
そう言って、ナディアはニッコリと笑う。
たちまち、彼女の膨大な霊力が消え失せた。一般人よりも少ないレベルしか認識できない。
「……」
絶句するミュリエル。
彼女の気持ちは理解できる。普通なら、ナディアほどの力を隠蔽できるはずがない。力は大きくなればなるほど、必ず誰かに感知されてしまうものだ。
だが、それを可能としてしまう才能がナディアにはあった。彼女は、隠密関連の術に強い適性があり、相当良い眼を持たなければ認識できない。その才能を用いて、普段は実力を隠しているのだろう。現に、彼女の隠蔽を見破れているのは一総と真実だけだ。
ミュリエルは疲れた声を漏らす。
「普段はか弱い王女を演じているってわけね。そんなに見事な隠蔽を見せられたら、納得せざるを得ないわ」
長年の敵国の王女が相手だからか、微かなトゲが見え隠れする。
対し、ナディアは笑顔を崩さない。
「信じていただけたようで何よりです。でも、
「それだけの霊力を保有しておいて、それは通らないでしょう」
「うふふ、冗談です」
「……そう」
若干の間を置いてから、ミュリエルは言葉を切った。これ以上会話を続けても、振り回されるだけだと悟ったようだ。
ここに到着するまで、いくらか言葉を交わした一総は理解していた。一見はほわほわした雰囲気のナディアだが、その中身は油断ならない。捉えどころのない応答を繰り返して翻弄してくるし、かと思えば、突発的に核心を突く発言をしてくる。十三という年齢らしからぬ強かな少女だった。
今は若さゆえに未熟さもあるが、きっと将来は稀代の策略家になる。その美貌と合わせれば、全世界の男たちを手玉に取るのも難しくないかもしれない。
まぁ、その辺りを事前に察知して、痛いところを突かれる前に会話を切り上げたミュリエルも、十二分に優秀な人材だが。
無言でお互いを牽制し合う王女を尻目に、そんなこと知ったことかと
「グインラースが反乱を起こしたのは何故?」
クーデターは、次期侯爵という安泰な立場を捨ててまで行うことではない。
確かに誰もが疑問に思う点だが、バチバチ火花を散らす二人に割って入る胆力はさすがだった。しかも、表情ひとつ動いていない。
無表情の蒼生にジッと見つめられ、さしものナディアもたじろぐ。
「え、えっと、すみません。グインラースが何を考えて行動に出たのか、
「侯爵家の待遇が良くなかった、とかじゃないのか?」
ありきたりな理由だが、権力者が反乱を起こす原因の最有力候補だろう。次点は、権威欲に目がくらんだか。
当然、それらの要因は考慮済みのようで、ナディアは
「
謝辞を述べる彼女に、一総は手を振った。
「それは仕方ない。王族のキミが自身の無事を優先するのは当然だし、こちらに情報を持ち込めただけで十分だ」
ナディアがいなければ、王国の一件を知るのは随分と遅くなったはず。かの国へ人族以外が入り込むのが難しいせいでスパイの数が少なく、情報伝達が遅れるのだ。
加えて、話によるとクーデターは民衆を巻き込まず、静かに行われたとか。余計に、事実が伝わるのは先送りになっていただろう。
ミュリエルは難しい表情で言葉を溢す。
「民衆を巻き込んでいない、か。よほど綿密な計画を立てていたのでしょう。王国の協力者──『ブランク』が後ろ盾になっているとすれば、少なくとも協力当初から考案されていたものよね」
彼女の推測に、ナディアは頷く。
「間違いないかと。彼らはあまりにも王国に都合良く働いていました。おそらく、心象を良くすることで、裏で動きやすい環境を作っていたのだと思います。
「男尊女卑社会かつ上に七人も兄弟がいるんだ、それは仕方ないさ」
彼女には兄が三人に姉が四人、弟が一人いた。九人兄弟など、元の世界では滅多にお目にかかれない大家族だ。こちらの世界でも稀だろう。妃が複数人いるとはいえ、バァカホの王はかなりの性豪だったらしい。
これを聞いた真実が「野球チームが作れますね、私もそれくらい……」などと不穏な呟きをしていたが、一総は全力でスルーした。
「で、世界の危機が関わっているのなら協力するのは構わないけれど、どう動くつもりなの?」
ミュリエルが一総に問う。
前以って考えていたこともあり、彼はすぐに答えた。
「おおむね事前の計画通りって感じだな。オレたち勇者組で王国に潜入し、諜報活動を行う。変更点はナディアが同行すること。得られた情報次第では、その場で戦闘を始めるかもしれないが……まぁ、相手は『ブランク』だ。空間魔法使いが複数いる想定ができる以上、無茶せず騒ぎは起こさないつもりだよ」
「最低でも、王城の制圧に参加した兵士たちは【空間魔法】とやらを習得していると思われます。クーデター時、奴らは唐突に城内へ現れましたから」
「兵士たちの人数は?」
「即座に逃げたので正確な数は分かりませんが、少なく見積もっても五十人はいるかと」
「カズサが空間魔法を使うところは何度か目にしているけれど、それが五十人も用意できるなんて、『ブランク』とやらは相当厄介な組織ね」
「さすがにオレ並の練度を誇る奴は、そうそういないと思うがな」
ナディアの補足情報に、ミュリエルと一総は渋い表情を浮かべる。
だが、絶望はしない。本来であれば勝ち目のない戦力差だが、こちらには最強たる一総がいるからだ。彼が存在するだけで、敗北の文字は辞書から消え失せる。
ただ、懸念事項はあった。
途中で密かに本陣に入り、これまで静観していたホワイトブロンドの美女、
「私たち全員が王国に向かっても大丈夫かな? 相手は空間魔法使いの集団でしょう? 私たちの留守の間に霊魔国へ【転移】で乗り込まれたら、ひとたまりもないんじゃない?」
そう、それが一番問題となる点だった。
現時点でクーデターの、ひいては『ブランク』の目的が判然としていない。今回の騒動が王国内で完結するのなら良いが、霊魔国を巻き込む計画であった時が悲惨なのだ。一総たち全員が王国へ行ってしまうと、途端に防衛戦力が低くなる。
一総は口元に手を当て、一分ほど黙考する。それから、おもむろに語った。
「……ミュリエルとミミ、ムムが残ってれば、最低限の時間稼ぎは可能だ。オレが想定する
「もっとも最悪の事態って?」
司が尋ねてくるが、一総は答えなかった。
正直、彼が考える事態がどれほどの確率なのか、推測できていないのだ。如何せん情報が足りなすぎる。せめて、『ブランク』がこの世界にどれだけ注力しているか判明すれば結論を下せるのだが、それさえ把握できていない。
雲を掴むような予想、それも確実に士気を下げる内容を、安易に話すわけにはいかなかった。明かすにしても、もう少し確度を上げてからの方が良い。
その辺りの事情を話し、皆に納得してもらう。
そうして、いよいよ行動を開始する流れとなった。
「事態がいつ動き出すか分からない以上、オレたちもすぐに動こう」
「本当はゆっくりしたいところだけど、状況が状況だし、仕方ないよね」
「どこまで役に立つか分かりませんが、精いっぱい頑張ります!」
「がんばる」
「勇者の皆さま、よろしくお願いします!」
勇者組がそれぞれの意気込みを口にし、ナディアが深く頭を下げる。
続けて、ミュリエルが言った。
「こっちのことはアタシに任せなさい。軍はこの場に駐屯させておいて、アタシとミミたちは王都に戻るわ。敵が【転移】するとしたら、国の中枢でしょう」
「無理はするなよ」
「あなたにだけは言われたくないわね」
彼の勇者生活を知っているだけに、ミュリエルは苦笑を溢す。
対し、一総は何とも言えない表情を浮かべた。心配だが、強くは言えない。そういったもの。
「心配しなくても、命を張ったりはしないわよ。カズサは自分のことに集中してちょうだい」
「……そうだな。あとは任せた」
「はい、任されました」
笑顔を向けるミュリエルへ笑みを返し、一総は声を上げた。
「いくぞ、バァカホ王国へ」
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