006-2-05 レジスタンス

 レジスタンスの隠れ家は表通りから離れた路地隅、スラムとまでは言わずとも貧困層がはびこる区画にあった。外壁沿いに建つ二階建てのボロ屋で、とても人が住んでいるようには見えない。


 だが、見る人が見れば分かる。そこには確かに、人の住む気配が感じられた。


「こ、ここにレジスタンスの面々がいるのですね……」


 普段であれば決して近づかない荒んだ場所のためか、ナディアはおどおどした様子で言う。


 建物内の気配を探りながら、一総かずさは首肯した。


「人数は九人か。魂の強度や形状からして騎士が五人、使用人が二人、文官が一人、王族が一人ってところだな」


 生き残った王族は第四王子のようだ。見たことのない男の王族の魂となれば、必然的に答えは出た。


 しかし、想定より人数が多い。使用人や文官が生き延びるとは思っていなかったし、騎士も二人いれば御の字だと考えていた。


 予想していた以上にクーデター側の練度が低いのか、はたまた何かの思惑があっての結果か。その辺りは、今考えても結論は出そうもない。


「早速、合流しましょう!」


 死んだと思っていた兄弟が目前にいると分かったからか、ナディアは先程までの雰囲気を一転して駆けていこうとする。


 それを一総は押し留めた。


「ゆ、勇者さま?」


 一刻も早く建物の中へ向かいたいが、敬愛する一総に止められているため、振り解くこともできない。彼女は、焦燥と困惑と僅かな怒りとが混ざった複雑な表情を浮かべる。


 一総はナディアを落ち着かせるよう、極力柔らかい声を意識した。


「まぁ、待て。焦る気持ちは理解できるが、準備してからじゃないと、向こうにも迷惑をかけるぞ?」


 現在進行形で発動している隠密のお陰で、彼らが敵に見つかる心配はない。しかし、今のままでレジスタンスと邂逅したら、向こうの反応を誤魔化す術を施していないため、確実に何者かと接触したことが露見する。


 また、スパイの有無さえも調査していない。外部からの監視はともかく、内部の監視役を欺くのは手間なので、相対する前に対策しておきたいのだ。


 一総の説得を受け、ようやく足を止めるナディア。何度も深呼吸を繰り返しているところを見るに、未だ焦燥感はくすぶっているようだが、それ以上は何も言わない。


 しっかりした物言いや実力から忘れがちだけれど、彼女はまだ十三歳。成人の早いこの世界でも未成年の分類に入る。感情に折り合いをつけろと言う方が無理なのだ。今こうして一総の言い分を聞き入れているだけ、十二分に大人びている。


「何か手伝うことはありますか?」


「いや、今は大丈夫だ」


 真実が尋ねてきたので、首を横に振る。


 やっておくべき事項の多い事前準備ではあるが、彼女たちの手は借りない。ナディア以外に隠形を専門としている者がいないというのもあるが、万が一にも自分たちの存在を認識されるわけにはいかないからだ。敵がどういった監視を行なっているか判然としない以上、空間魔法でも防げる一総が着手する他になかった。


 それに、彼女たちの力が必要になるのは内部に入ってから。余計なことで消耗する必要はない。


 一総はその場で立ったまま、様々な異能を行使する。ただ監視を途絶させるだけではなく、偽の情報を掴ませる術を展開する。魄法はくほうのみならず、あらゆる体系の魔法や空間魔法、果てや神術や法術といったこの世界では成立し得ないモノの対策も施していった。


 もはや、誰もその防壁を突破できないだろう。彼が既知としていない異能でもある程度の抵抗ができる、そんな場ができ上がったのだから。


「これは……」


「ははは、センパイは相変わらずセンパイですね」


「いつも通りだね」


「実家の如き安心感」


 一割も理解できない壮大な力を前にナディアは絶句し、勇者三人は慣れを見せつつも苦笑いを浮かべた。


 作業を終えた一総は、四人の反応など気にせずに言う。


「行こう、レジスタンスと会いに」




 ボロ屋に足を踏み入れた一行は、一総の先導に従って内部を進んでいく。砕けた木片やらガラス片やらが廊下に満遍なく散らばっており、壁や窓にも穴が開いている。スキマ風を遮るものはなく、雨と多少の風がしのげる程度の建物でしかなかった。


 一見、放置された廃屋といった体だが、そこには確かに人が住む痕跡が散見された。


 分かりやすいところだと、埃がほとんど積もっていないことが挙げられるか。ここまでボロボロの家屋だというのに、土埃が山積していないのは不自然すぎる。レジスタンスの面々が掃除したのだろう。


 次に、散らばる破片が細かすぎる点。劣化によって落ちたものであれば、もう少し大きいカケラであるのが普通だ。明らかに、複数の人間が何度も踏みつけた形跡である。破片を踏む音によって侵入者を感知しようという試みなのだろうが、本末転倒さは拭えない。


 他にも隠し切れていない足跡や霊術の残滓、微かな生活臭などなど。隠れ潜んでいるにしてはお粗末な、人の気配が数多くあった。


 まぁ、無理のない話だ。レジスタンスに所属するのは王子と騎士、使用人、文官という職業の者たち。盗賊シーフ斥候スカウトのような専門技術を期待する方がおかしい。人材不足を考慮すれば、現状でも十分頑張っていると思う。


 それらに気づいた面々は何とも言えない表情を浮かべつつ、建物の奥へ進んだ。


 ボロ屋は、日本にある一般住宅と変わらない大きさであるため、そう時間を要さず最奥の部屋の前に辿り着いた。扉の向こう側──おそらく書斎であろう室内には、複数の人の気配がある。それは一総以外のメンバーも感じ取っていた。


 どんなに鈍かろうと、これほど接近しておいて気づかないはずがない。だが、中にいるレジスタンスたちは気づかなかった。一総の隠形の強さを物語っている。


 改めて書斎内部を精査した一総は、他の面々に合図を送ってから扉を開け放った。同時に、一気に室内へと踏み込む。


 一瞬の内に全員が入室を完了し、目視による確認を行う。


 中の様子は、事前に調査した情報と変わりなかった。最奥の椅子に第四王子であろう幼い少年が座っており、その両隣に男女の若い使用人と地位の高そうな初老の文官が立つ。そして、それを騎士たちが守るよう囲んでいた。内二人が見張り役のために入り口付近に寄っているが、大勢に関わりはない。


 突如入ってきた一総たちにレジスタンスの面々は呆けた顔を向けていたが、いち早く我に返った騎士の一人が声を上げた。


「侵入者だ、排除しろ!」


 そのかけ声と共に、五人の騎士が一総たちへ剣による攻撃を仕かけてくる。


 対して、一総たちは落胆した様子を見せた。


「落第点」


「やっぱり、阿呆ですね」


「うーん、さすがにこれは擁護できない」


 特に、蒼生たち女勇者三人は辛辣しんらつで、大仰に肩を竦めてみせた。とても、白刃が目前まで迫っている者の態度ではない。


 バカにされた騎士らが黙っているはずもなく、振り下ろした剣にいっそうの力を入れた。


 勢いに乗った刃は何にも阻まれることなく、一総らの頭に吸い込まれていくように思えた。


 しかし、彼らがその辺の騎士に遅れを取るわけがない。


 決着は一瞬だった。攻撃が命中する直前、騎士全員が糸の切れたマリオネットの如く地面に伏したのだ。


 ガチャガチャと彼らの鎧が奏でる鈍い音が響き、その後に静寂が書斎を支配する。


 しばしの沈黙の後、残るレジスタンスも動いた。


 文官はその場で土下座をし、「何でも致しますので、どうか殿下の命だけはお助けを!」と慈悲を請う。


 使用人二人は絶望的な状況を受け入れられなかったのか、気絶して倒れてしまった。


 最後の第四王子は動かない。いや、動けないと言うべきか。恐怖で体を震わせるだけで、完全に硬直してしまっていた。


 このような状況を見て、蒼生たち三人は呆れてものも言えないといった風。


 何せ、騎士たちは最重要護衛対象である王子を放って全員で攻撃を行う愚行を仕出かすし、主人のために体を張るべき使用人は主人を先置いて気絶している。旗頭である王子も、敵前にして縮こまってしまう体たらくだ。呆れるなという方が難しい。


 ただ、一総やナディアの反応は些か違った。


「当然の帰結ってやつかな」


「この結果が予想できてしまうのが、我が祖国ながら嘆かわしいです」


 王国騎士の質を知っていた二人は結末を読めていたため、ただただ溜息を吐くだけだった。


 仕切り直しとばかりに、一総は開手を打つ。


「さて、放置してても話が進まないし、オレが仕切らせてもらうぞ」


 勇者一行は当然だと頷き、レジスタンス側は無反応だった。というより、反応できる状況ではない。


「まず、土下座してる文官の人。オレたちは別に第四王子を殺しにきたわけじゃない。だから、必死になって頭を下げる必要はないぞ。というか、話し合いたいから、さっさと頭を上げてくれ」


 今までの反応からして、レジスタンスの中でまともに対話ができそうなのが彼しかいない。王子さえ生きていれば何とかなると、間髪入れず自身のすべてを差し出したこの男は、間違いなく優秀な人間だった。


 ゆえに、いつまでも土下座をされていては困るのだ。


 文官は、恐る恐る顔を上げる。


「ほ、本当だろうか──いや、でしょうか?」


「本当だ。あと、無理に敬語を使う必要はない。慣れてないんだろうから」


 服装からして、かなり高い役職についていたことが窺える。王国の内情を考えると高位の貴族であるのは間違いなく、王族以外に謙った態度を取ったことがないと思われる。対話をスムーズに行うためにも、慣れた話し方をしてほしかった。どうせ、タメ口を利かれても気にしない。


 しかし、向こうはそう考えなかったらしく、ためらった言動を見せた。


 どうしたものかと思考を巡らせる一総。萎縮されていては、こちらとしても困ってしまう。


 すると、隣にいたナディアが控えめに手を上げた。


「勇者さま、私たちの隠形を解いてはどうでしょう? 私の存在に気がつきますし、話が早いかと」


 現在、レジスタンスの面々から一総一行の正体は知られていない。スパイを警戒し、姿を捉えられない術式を施しているのだ。だから、ナディアのことに気づく者がいないわけである。


 現状を考慮すると、こちらの正体を明かすのが手っ取り早いのは確か。ナディアの提案に乗るのがベストだろう。


「そうだな。スパイの洗い出しを終えたら、正体を明かそう」


 そう答えると、一総はレジスタンスの記憶の走査を開始した。

 

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