007-1-02 放課後デート(前)

 放課後。今日も無事に学校が終わり、帰り支度を始める一総かずさたち。授業から解放されたクラスメイトたちがガヤガヤと騒ぐ教室に、二人の生徒が入ってくる。一人は元気溌剌に勢い良く。もう一人は礼儀正しくお淑やかに。


「センパイ、帰りましょう!」


「カズサ、迎えに来たわ」


 前者は真実まみで、後者はミュリエルだった。


 教室中の視線が一瞬だけ向かうが、当の二人は大して気にも留めない。いち早く一総の元へ辿り着きたいのか、駆け足で寄り添ってくる。


「相変わらず早いな、二人とも」


 どこか呆れた様子で呟く一総だったが、その顔に浮かぶのは優しい笑み。健気な彼女たちの行動が愛らしくて堪らないと、隠し切れていなかった。


 それを見て、さらに嬉しそうな表情をする真実たち。甘いスパイラルが完成していた。ここにつかさまでも加わるのだから、まだ生ぬるい方だったりする。


「バカップル」


 傍まで来ていた蒼生あおいが淡々と言う。


 彼女の口数が少ないのもあるが、三回に一回くらいの頻度で『バカップル』とツッコミを入れられている気がする。一総たち自身にその自覚はないのが、なおさら手に負えないところだ。


 すると、帰宅の準備を終えた司が歩み寄ってくる。


「一総くんの言う通りだよ。同じ教室にいる私よりも早いって、どんな手段を取ってるの?」


 軽い調子で尋ねている彼女ではあったが、目は本気だった。クラスメイトという利点を潰されている司にとって、現状が続くのは由々しき事態なのかもしれない。


 対して、真実とミュリエルは、共に平たい胸を張る。


「ふっふーん、教えてあげません。司センパイは、私たちよりいいポジションにいるんですから、少しくらい譲ってもらいます」


「悔しかったら、自力で解明することね」


 三人の間に、バチバチと火花が散る幻影が見える。異能の恩恵ではなく、雰囲気が作り出すものだろう。


 普段は仲良くすごしている彼女たちだが、一総を巡ってはライバル同士。割と、日頃からドンパチやり合っていた。そこまでやっても他では手を取り合えるのだから、三人の関係性は不思議で仕方ない。


(もしも自分が同じ立場だったら、絶対に仲良くなんてできないな)


 そう一総は思う。自分の懐の浅さを恥じると同時、彼女たちの寛大さに改めて感謝した。


「センパイ」


 ふと、真実が右腕にしがみついてくる。


 どうやら話し合いは終わったようで、全員がこちらを窺っていた。状況から察するに、登下校で抱きつくのは一人まで、という朝の約束を守ってくれるようだ。


 すでに一総も荷物をまとめ終えていたので、寄り添う真実に気遣いながら席を立つ。それから、下校を始める。


 一総を中心に真実、司、ミュリエルが囲み、少し離れて蒼生が歩く。ここ最近でのお馴染みの光景。


 当然、朝と同様に注目を集めるが、彼らは気にしない。いつも通り、他愛ない会話を交わしていく。


「今日はどうします?」


 真実の問いに、司が唸る。


「うーん、どうしよっか。私はこのまま直帰しちゃっても構わないけど、みんなは寄りたいところある?」


「それなら、ちょっと気になってるカフェがあるのだけれど、寄ってもいいかしら?」


「私はOKだよ。みんなは?」


「構わないよ」


「もちろんOKです」


「だいじょうぶ」


 ミュリエルの提案を、全員が承諾する。


 それを認めたミュリエルは、皆の前に立った。


「案内するから、ついてきて」


「ちょっと待ってくれ」


 先導しようとした彼女へ、一総が待ったをかけた。


「寄り道するなら、あの二人も呼んだ方がいい」


 彼の言葉を受け、首を傾げていた真実たちは得心する。


 あの二人とは、一総の使い魔であるミミとムムを指していた。彼女たちもシングルの勇者として戸籍を誤魔化しているが、波渋はしぶ学園とは別の学校へ通っていた。


 というのも、ミミたちはこの世界のメイド教育に興味があり、その手の教育機関への通学を希望したためだった。


 どうして勇者の集う島にメイド学校が? と疑問に思うかもしれない。


 最大の理由は、創設者の趣味である。


 何をバカなと思うだろうが、紛れもない事実だった。異世界にロマンを求めた勇者の一人が、「創作の中に登場するような戦えるメイドを侍らせたい」という欲望の元、創立したのだ。


 一応きちんとした理由もある。


 王族や貴族に仕えることになる勇者の中には、不自由のない金銭を与えられたり、何人もの従者を与えられたりなど、好待遇で迎え入れられる者もごく稀にいた。そういった輩はその環境に慣れ切ってしまい、従者なしの生活ができなくなってしまうのだ。そのような勇者を救済するための処置でもあった。


 正気を疑う創立経緯ではあるものの、教育内容は本格的。家事全般や礼儀作法はもちろん、相手の機微を読む手段の心理学や護衛用としての戦闘術、財務を支えるための経済学などなど、主人を支えるありとあらゆる・・・・・・・技術を叩き込まれる。


 メイド姉妹曰く、その筋でも有名な学校で、外部からの入学希望者が多いらしい。


 風の噂程度にしか知らなかった一総は、その話に結構驚いた。彼がメイドに興味なかったのもあるし、勇者の間ではあまり話題に上がらない学校だったゆえに。


 閑話休題。


 そういうわけで、日中のミミとムムは別行動を取っている。何の連絡もせずカフェに行けば、面倒くさいね方をするのはわかり切っているので、一声かけようと進言したのだ。


 全員の了承を得た一総は、道の端に寄ってスマホを取り出す。そして、ムムへ電話をかけようとした。


 ところが、その行動は中断されることになる。何故なら──


「ミミがここに馳せ参じましたッス!」


「不肖ムム、喜んでご同行させていただきます」


 突如として、当の二人が出現したから。


 金髪赤目、グラマラスな体をメイド服で覆う双子。快活な雰囲気で、ミディアムショートの髪型の方が姉のミミ。シニョンの髪型をしていて、落ち着いた空気をまとっている方が妹のムムだ。


 彼女たちは、一総の影からヌルヌルと迫り上がってきていた。


 突然のことに皆が瞠目どうもくしている中、一総は額に手を当てて息を吐く。


「また、許可なく視界をリンクしてたのか」


 使い魔とその主人は、特殊な繋がりを持っている。それを利用して視覚や聴覚を共有できるのだ。異世界間でもできたことを、同じ世界にいてできない・・・・わけがなかった。


 嘆息する彼に対し、姉妹はその豊満な胸を張る。


「当然ッスよ。ご主人さまの要望に、いつでも答えられるようにしなくちゃいけないッスからね」


「姉さんの言う通りです。ムムたちはご主人さまの手足も同然。手足が本体の状況を把握していないなど、あり得ないことです」


 まっすぐ見据えてくる赤目を覗けば、冗談を言っているわけではないと理解できる。大真面目に、一総の隅々まで把握しようとしているのだ、彼女たちは。


 少し度がすぎていないかとも感じてしまうが、自分のことを想ってくれている嬉しさもあり、あまり強く物申せないのが難点だった。


 一総は軽く手を振りながら、溜息を吐く。


「分かった分かった。もう好きにしてくれ」


「「ありがとうございます」」


 所作だけは完璧なメイドなんだけどなぁ、と呆れながら下げられる金色の頭を眺めていると、不意に真実が疑問を投じてきた。


「使い魔のパスって、タイムラグがあるとか言ってませんでしたっけ? 今、ドンピシャで現れましたけど」


「あれは異世界間で使ってたからさ。本来はラグなんてないんだよ」


 離れた世界で使い魔のパスを扱うという、普通だったら不可能な運用をしていたのだ。当然、不具合だって生じる。数ヶ月の時間差程度で済んだのは、運が良い方だろう。


 真実が納得しているのを認めてから、一総は改めて口を開いた。


「じゃあ、全員そろったことだし、件のカフェに行こうか」


 その言葉に全員が頷き、ようやく目的地へ歩を進め始める。


 六人の美女を侍らせる一総の姿は、さぞ注目を集めたのだとか。

 

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