007-1-03 放課後デート(後)

 ミュリエルの勧めたカフェテリアは、なかなか小洒落た店だった。天井、壁、床を木組みで覆った建物で、自然の温もりを感じられる。上から吊るされた照明やテーブルに置かれた調味料など、インテリアの類は可愛らしいものが多く、全体的に落ち着いた空気を演出している。


 肝心の飲食物も、文句のつけようがない。紅茶を推しているのか種類が豊富で、それに合った味の料理も数多い。茶葉に合わせて、料理の味も調整する本格さには脱帽した。


 店奥の四人席をふたつ合体させ、一総たちはティータイムにしゃれ込んでいる。


「いい店だな」


 一口つけたカップをソーサーに置き、一総はホッとひと心地つける。


 彼の意見に、皆が同意した。


「私、そこまで紅茶は得意じゃなかったんですけど、ここのは美味しいです」


「ケーキも美味しいよ。紅茶にとっても合ってる」


「クラスメイトからオススメされたのだけれど、来て正解だったわね。ここまで良いところだとは思わなかったわ」


「ふーむ。この紅茶、どういう工程で淹れてるんッスかね。ぜひともレシピが知りたいッス」


「ムムは料理の方のレシピが気になります。ここまで紅茶に合わせられるなんて、相当試行錯誤したに違いありません」


 感想はそれぞれだが、一様に楽しんでいるようだった。


 にぎやかに雑談を交わす彼女らを眺め、一総は自然と頬を綻ばせる。


 すると真実が、自身のケーキをすくったフォークを差し出してきた。


「一総センパイ、あーんです。美味しいですよ!」


 明るい調子で言う彼女だったが、その瞳は僅かに揺れ、頬も朱が差している。


 おそらく、恋人っぽいことがしたくて行動したは良いものの、いざやってみると恥ずかしくなってしまったのだろう。猪突猛進な真実らしい。


 そのような彼女を可愛らしいと思ってしまう辺り、自分も相当彼女に入れ込んでいるな。そう一総は自嘲しながら、差し出されたケーキを頬張った。


 ただケーキを食べさせてもらうだけなのに、気分が高揚するのを感じる。心臓の鼓動がリズム良く刻まれる。


「うん、美味しいな」


 幸せの味と言えば良いか。実際の味よりも、何十倍も美味しかった。


 “あーん“ができて余程嬉しかったようで、真実は満面の笑みを溢す。


 それを見ていた他の面々は、一時呆然としていたものの、次の瞬間には全員がフォークを差し出していた。何故か蒼生も混じっているが……場の勢いに乗っただけだと思われる、たぶん。


 対して、恋人の分のみを食す一総。その辺りの分別は、しっかりつける。メイド姉妹や蒼生の残念そうな視線を受けて翻意しそうになったけれど、鋼の意志で乗り越えた。


 時折、甘い雰囲気を交えながらのんびり・・・・すごしていると、にわかに店内が騒がしくなった。店の出入り口から始まった動揺が、最奥にいた一総らの場所まで伝播してきている。


 どうやら、カフェの前の通りで問題が発生したらしい。


「二、三十人くらいの人だかりができてるわね」


 店先の方へ視線を向けたミュリエルが呟く。ここから表の様子は直視できないので、霊視によって魂を見たのだと思われる。


 だが、それ以上は何もしなかった。彼女の腕前であれば、この場を動かずとも外の騒動を確認できるが、先の忍び音以降は“我関せず“と紅茶をすすっている。


 他のメンバーも同様。皆、問題の確認など造作ないことなのに、まるで何ごともなかったようにお茶を続けた。特に真実は、何も見たくないと言わんばかりに、固く目をつむっていた。


 唯一、蒼生だけは外を気にする素振りを見せていたけれど、それでも積極的に介入しようとはしない。


 全員の──とりわけ女性陣の心情はひとつだった。


『デートの邪魔をされるわけにはいかない』


 である。


 複数人いる上に恋人ではない者も同行しているが、彼女たちにとって、現在はデートの真っ最中という認識なのだ。少し店内がざわつく程度の問題に邪魔されたくはない。


 とはいえ、詳細を知ってしまうと無視しづらくなるので、こうして耳目を閉ざしているわけだ。


 一般人が知れば「お前ら、本当に勇者か?」と言われるだろうし、『勇者』など正義感の強い者は間違いなく糾弾してくる所業。


 それを理解していて、なお彼らは動かない。『勇者は正義の味方と同義語ではない』という根本的な理由もあるが、彼らからしてみればデートの方が重要案件なのである。


 ただ、ずっと知らぬ存ぜぬを貫くのは難しい。一総たちが状況把握を拒絶しようと、他の客たちがそれを行い、自然とその情報が耳に入ってきてしまうもの。


 騒動が発生してから幾分か。客らがヒソヒソと話す内容から、一行は何が起きているのかを把握してしまった。


 もはや逃避は不可能と観念した一総は、諦観混じりに溢す。


「なるほど、例のデモ活動か」


「最近多いですよね。島外では、軽い暴動が起こるくらい酷いとか」


「世界的な問題になってるって話だよ」


 応じるように真実と司も言う。


 外の騒動を彼らは知っていた。──いや、よっぽどの世間知らず以外は、誰もが知る問題だった。


 現在、世界各地でアヴァロンや勇者を糾弾するデモが発生していた。それはアヴァロンという組織の安全性を問うものだったり、勇者が如何に危険分子かを訴えるものだったり、果てや両者の撲滅を掲げるものだったり。


 反勇者派の過激思想が、多くの人々に広まっていた。それこそ、勇者や勇者に寛容な一般人の集うアヴァロンでもデモが発生するほどに。


 何故、このような事態に陥っているのか。原因は、半年前に発生したひとつの事件にあった。


 テロ組織『三千世界』による、アヴァロン首脳会議への襲撃。


 そう。初めて『ブランク』と邂逅し、蒼生が狙われているのを察知するキッカケとなった事件。それが世界的混乱の大元だった。


 あの一件で、英国アヴァロンはテロに加担した。しかも、そのせいで各国の重役や救世主セイヴァーが複数名死んでしまった。


 この事実はかなり重い。


 まず、裏切ったのが英国であること。かの地はアヴァロン発祥の地であり、勇者や異世界の研究をどの国よりも先駆けていた。アヴァロンの看板とも言える英国の裏切りは、もっとも一般人の勇者への不審をあおる材料になるだろう。


 次に、多くの企業や投資家が、英国へ資金を投じていたこと。以前にも語ったが、英国の不審は経済にも大打撃を与えていた。多数の投資が無駄金と化し、世界の金を回す者たちが消極的にならざるを得なかった。ゆっくりとした侵攻ではあるが、世界恐慌に陥る未来が待っているだろう。


 最後、これが一番重い事実。死者が出てしまったこと。各国の重要人物が殺されたとあれば、親族のみならず所属国も勇者へ不審を抱く。反勇者派の政治家の声が大きくなり、支持を集めるのは当然だった。


 これらの理由があったゆえに、『三千世界』によるテロは、公には伏せられていた。明かされたら、世界が混乱すると目に見えていたため。


 経済が徐々に低迷していたことから、完全に情報封鎖はできていなかったと思うが、大混乱を食い止める程度には機能していた。


 ところが、年が明けてすぐ。事態は急転する。


 突発的に、どこからともなく、件のテロの詳細が世界中に広まってしまったのだ。まるで空間魔法の【転移】をしてきたかのように、何の痕跡も残さず噂が投下された。


 突如舞い込んだ事態に対応し切れるはずもない。


 結果、予想していた通りの大混乱が起きた。世界恐慌は、とある理由により間一髪で回避したけれど、勇者の株の暴落は避けられなかった。世界各地で反勇者派によるデモや暴動が発生している。酷い場所だと、救世主の武力介入があったとか。


 幸い、日本では悪くとも軽い暴動で済んでいるが、それも今のところの話。決して、無視できる内容ではない。


 ほどなくして、店先のデモは、駆けつけた風紀委員によって沈静化させられる。行政の許可を取っていないものだったらしい。


「そろそろ声がかかるかもなぁ」


 状況が悪化するのは目に見えている。そうなれば、一総たち救世主が招集されるのは必至だろう。


 平穏な日常を求める彼にとって、それは望まざる展開。


 しかし、抗うことはできない。さすがの一総でも、全世界の人々の思考誘導を行うのは、かなりの無理と時間を浪費せねばならないのだ。そこまで苦労するくらいなら、対処療法を行なっていた方が楽というもの。


(まぁ、いつも通りってことだな)


 自分や仲間たちに火の粉が降りかかりそうになった時、捻り潰せば良い。それは、これまでの行動と何ら変わりない。


 圧倒的強者ゆえの楽観を抱きつつ、一総はやや冷めた紅茶で唇を潤す。


 ちょうどその時だった、彼らのスマホが着信音を鳴らしたのは。

 

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