007-1-04 新たな面々

 アヴァロンの中枢に近いオフィス街。その中のひとつである風紀委員本部に、一総かずさたちは集まっていた。


 パイプ椅子とテーブルを並べただけの簡素な会議室にいるのは、十の人影。


 うち一総を含む七人は、救世主会議セイヴァー・テーブルにおけるお馴染みの顔触れだった。


 一総の付き添いである蒼生あおい。『勇者』の称号を冠する師子王ししおう勇気ゆうき。二十そこそこの金髪ヤンキー男。二十半ばほどの気が強そうな女。三十代の無骨な男。そして、政府から派遣されているスーツ姿の男性。


 加えて、新たな救世主セイヴァーが二人。


 一人は、先まで一総や蒼生と行動を共にしていたつかさだ。彼女はミュリエルたちのいた世界へ赴く一総に同行したことで、異世界に渡った回数が五回に到達。見事、救世主の仲間入りを果たした。


 もう一人は、元風紀委員長の桐ヶ谷きりがや侑姫ゆき。彼女も規定回数を迎えたため、救世主となった。委員長を退任させられたのは、かの職に権力者が就いてはならぬ──救世主は一種の権力階級──という規則があったせいだった。


 ちなみに、二人は『万世クリエイション』と『剣姫ヴァルキリー』の二つ名が与えられている。


 それから、最後の一人は新風紀委員長。メガネに七三分けの髪型、ぴっちり整えた制服と、如何にも堅物そうな男だった。委員長に任命されるのだから強いのだろうが、侑姫の後任としては格落ち感が否めない。まぁ、比較対象が悪いとしか言いようがなかった。


 席につく面々を見て、女救世主が嬉々として語る。


「いやぁ、ずいぶんとにぎやかになったもんね。年度始めには五人だった救世主が今や八人。1.5倍よ」


「一人は、正式メンバーではないがな」


「細かいわねー。実力は申し分ないって分かってるんだし、こうして会議にも顔を出してる。実質、救世主と変わらないでしょうが」


「それもそうか」


 チラリと蒼生へ視線を向けて指摘する三十路救世主に、女の方は唇を尖らせた。


 彼らの言うように、蒼生は救世主入りを果たしていない。


 学園でフォースに所属していながら、異世界にもう一度渡った。結果だけを見れば条件は達しているのだが、彼女の状況は些か特殊だった。


 というのも、蒼生の異能は“世界を滅ぼす“性質。おいそれと使わせるわけにはいかない。荒ごとも生業とする救世主への参加など言語道断なのだ。


 彼女の異能を公にはできないゆえに、対外的には『記憶喪失の影響による異能の使用不全のため、救世主入りを見送る』として通っている。


 救世主二人の反応を受け、政府の男が口を開く。


「今回は新人お二人の参入以来、初めての救世主会議。顔見知りの方もいるでしょうが、ここは一度、自己紹介でもいたしましょうか」


「いいんじゃない? 私たちって通称の方が有名すぎて、本名を知られてないことも多いし」


 女救世主をはじめ、全員が承認する。


 それから、お互いに視線を交わし合った後、勇気が立ち上がった。もっとも知名度の高い人間から、という結論に至ったようだ。


「二人とはクラスメイトだから、改めて名乗る必要もないと思うけど、一応やっておくよ。恐れ多くも『勇者ブレイヴ』の通り名をもらっている師子王勇気です。今後は同僚としてもよろしく」


 爽やかな笑みで自己紹介をする彼は、さすがに手慣れた様子だった。『勇者』の看板を背負っているだけはある。


 勇気の着席と同時。次に席を立ったのは一総だ。


 彼はやや気怠げに語る。


「あー、オレも自己紹介するまでもない気はするが……『異端者ヘレティック』の伊藤一総だ。よろしく」


 やる気のなさが窺える、何ともテキトーなものだったが、相手を考えると仕方がない。片や恋人で、片や想いを寄せられている女性なのだから。名乗り上げなど今さらすぎる。


 その後も、救世主面々の紹介は続く。


「『華炎マジシャン』の北条ほうじょう魅花みばなよ。植物園の運営とか花屋のチェーン展開とか、普段はそういう仕事をしてるわ。よろしくね」


「『武王ぶおう』、門戸もんど剛大ごうだい。『剣姫』とは、ぜひとも手合わせしてみたいものだな」


「『雷帝プラズマ』の黒田くろだ紀臣のりおみだ。馴れ合うつもりはねぇ。足だけは引っ張んなよ」


 女、三十路、金髪青年の順に行われた。


 そんな名前だったな、と内心思う一総。


 彼らの名を呼ぶ機会はめったにないので、ほとんど忘却の彼方だった。これからも呼ばなさそうだから、しばらくしたら忘れそうだ。


 何気に酷い考えを抱いている間に、司と侑姫は自己紹介を終えてしまう。知らぬ仲でもなし、真剣に耳を傾ける必要もあるまい。


 そして、会議はいよいよ本題に移る。


「この度、皆さまをお呼び出しした理由は、昨今頻発しているデモ活動に関してです」


 一同は得心した表情を見せた。この時期に話す内容など、それ以外に考えられなかった。


「昨晩、中国本土とアヴァロンにて、同時に大規模な暴動が発生いたしました」


 政府男の報告に、救世主たちは眉根を寄せる。加えて、場の空気が若干重さを増した。


 普段は軽い調子の北条まで真面目な顔をしていることから、如何に今の情報が重大かが窺える。何せ、デモの加担には一番縁遠い人物らが集まる場所で、大きな暴動があったというのだ。


 緊迫した雰囲気の中、説明は続けられる。


「暴動自体は、すでに鎮静化しています。不幸中の幸いと申して良いのか判断に迷いますが、重傷者と死者は出ておりません。ただ、多数の軽傷者や物損はあった模様です」


「向こうの勇者たちは何やってんだ。そんな大ごとになる前に止められただろうが。ビビって手が出せなかった、なんてバカな話はねーよな?」


 黒田が鋭い眼光を政府男へ向ける。


 アヴァロンには多数の勇者がいる。特に中国は、総人口が膨大なだけあって、他国よりも勇者が多い。全員が率先して行動はしないだろうが、キナ臭くなった時点で制止に入る者もいたはずだ。


 彼の言うように、大規模な暴動に発展するのは不自然だった。


 この手の質問は想定していたらしく、政府男のレスポンスは早かった。


「暴動の参加者の半数が勇者だった、との報告を受けています」


「はぁ?」


「そんなバカな!?」


 黒田と勇気が驚愕の声を上げた。後者に至っては、椅子を倒す勢いで立ち上がっている。


 二人ほどではないにしろ、他のほとんどの面々も内心は同じ。それぞれが表情を崩していた。


 無理はない。勇者を糾弾する暴動に勇者が参加するなど、まったくもって意味不明な状況だろう。


 起立した勢いのまま、勇気は声を張って尋ねる。


「いったい、どういうことですか?」


「残念ながら、経緯は不明です。暴動を抑えたばかりで、こちらに詳細が回ってきていないのですよ。推測程度なら可能ですが──」


「推測でも構いません!」


 よほど腹に据えかねているようで、食い気味に返す勇気。


 彼にとって勇者とは正義の味方であり、犯罪に手を染める輩は許せないのだと思われる。実際、異能犯罪者の捕縛任務は、いつも率先して引き受けていた。


 勇気の性格を理解している政府男は、言葉を遮られたことへ目くじらを立てない。小さく苦笑いをしつつも、彼の質問の回答を口にした。


「そもそも、一連のデモはアヴァロンへ向けた訴えが主立っていました。とすると、先刻の暴動に加担した勇者たちは、自分たちの存在への糾弾ではなく、中国アヴァロンへの不満を吐き出したかったのだと予想できます」


「まぁ、自分のことを『危険な存在です』なんて言う人間はいないわよね」


 北条の相槌あいづちに、政府男は首肯する。


「ええ。中国アヴァロンは、勇者へ相当の負担を強いる政策を取っておりましたので、この推測の確度は高いと考えます」


 そこに、侑姫は首を傾ぐ。


「そうなんですか?」


「勇者をかなりき使ってるって噂です。勇者が一般人よりも体力が多いからと、労働規定がとても緩いらしいですよ。あと、福利厚生も僅かしか存在しないとか。召喚回数による格差が激しいとも耳にしますね」


 日本政府に所属する者からだと口にしづらい話題だと考え、一総が説いた。


 中国アヴァロンが勇者をぞんざいに扱っている情報は、割と簡単に手に入ものだった。機密情報などに施される異能対策が、他国と比べてザルなのだ。


 たぶん、手酷く扱ってくる相手に尽くす気はないと、担当する勇者たちが手を抜いた結果だろう。


 この辺りの話を侑姫が知らないのは、内側の監視を仕事とする風紀委員に、長く従事していたためだと思われる。彼女に、外国の情報を得る必要性は皆無だったのだ。


 侑姫は眉間にシワを寄せた。


「酷い話ね。勇者だって人間なのに」


「まぁ、これが中国アヴァロンだけの話で済むなら、まだマシだったんですけど」


 未だ、真の問題に理解が及んでいない様子だったので、一総はわざとらしく含みを持たせたセリフを発した。政府男も、この流れを望んでいたはずだ。


 その予想は正しく、彼は大きく頷く。


「伊藤さんの仰る通り、このままだと世界中に暴動が広まってしまうでしょう」


 そう。この問題は中国に収まる話ではなかった。


 そもそも、どうして中国アヴァロンで勇者の扱いが悪いかといえば、上層部の大半が反勇者派閥だからだ。他国の動きを気にしたり、勇者の有用性を理解しているからこそ、大々的な迫害が起こっていないだけ。


 現に、希少な勇者を監禁し、その力のみを利用している封鎖的な小国も存在する。


 そして現在、世論の流れは反勇者派に寄りつつある。英国アヴァロンの失墜の影響により、かの者たちの声が大きくなっている。


 要するに、このまま現状が継続されれば、他の国も中国アヴァロンと同じ体制を敷いてしまう危険性があるわけだ。


 そうなれば、もはや暴動程度の騒ぎには収まらない。きっと一般人と勇者の対立が激化し、世界中を巻き込んだ戦争に発展するだろう。


 それらの説明を受けた侑姫は、顔色を青くする。


 ――いや、彼女だけではない。この場にいる多くの者が、表情を暗くした。いつも無表情の蒼生でさえ、真っ白になるほど血の気を引かせている。


「結局のところ、我らに何をやらせたいんだ?」


 重い沈黙が場を支配する中、厳かな表情を湛えていた門戸が問う。


「具体的に、今すぐ何かをしていただきたいという話はありません。ですが、色々と敏感なご時世なので、勇者の代表として見られやすい皆さまには、普段の振る舞いに一層気を遣っていただきたいのです」


「当然ですね」


 品行方正を地でいく勇気は即答する。


 他の面子も、渋々な態度を見せながらも頷いていた。


 反勇者の勢力が強くなることは、全員にとって損でしかない。いくらクセの強い者たちとはいえど、場をわきまえる常識は有していた。


 救世主たちの反応を、政府男は満足そうに見る。


「ご協力感謝します。また状況を踏まえまして、しばらくは、あなたたちの仕事から過激なモノの類が減少するでしょう」


「イメージアップ戦略でも立てるんですか?」


 司が尋ねると、彼は首肯した。


「ええ。低迷した勇者の評判を向上するには、救世主のネームバリューを最大限に生かさねばなりません。ボランティアのような仕事を割り振る機会が増えると思います」


 一総にはありがたい報告だった。非日常の仕事が減り、日常的な仕事が増加するのは喜ばしい。


 ボランティア系の仕事は、積極的に引き受けても良いかもしれない。そう、心の裡で頬笑んでいると、政府男が一総へ声をかけてきた。


「伊藤さん。実は、あなたへ指名依頼があるのですよ。タイミングがいいので、この場で内容を提示しても構いませんか?」


「……? オレは構いませんけど」


 一総は首を傾いだ。


 やや唐突な話題転換だったため、訝しさが湧いてくる。話の流れ的に、早速ボランティアの仕事でも割り振るのだろうか。


 ところが、この予想は覆される。


「伊藤さんには、米国アヴァロンに向かっていただきます。今後の活動を考慮して、あちらの救世主と会談し、協力関係を強固なものにしていただきたいのです」


「……何故、オレなんですか? 自分で言うのも何ですが、オレは他人と仲良くする任務には向いてませんよ?」


 色々と浮かぶ文句を呑み込み、一総は一番の疑問を口にした。


 どう考えても、今回の仕事の適任は他にいる。勇気か侑姫か司、この辺りがベストな人選だ。


 政府男は淡々と語る。


「理由を簡潔に申し上げるのなら、消去法ですね。まず、交渉能力という点において、北条さん、黒田さん、門戸さんのお三方は不向きです」


 結構失礼な発言をしているが、名の上がった三人が気にした様子はない。話術が得意ではない、もしくは不向きな性格だという自覚があるのだろう。


 彼は続ける。


「残るは四人。天野さんと桐ケ谷さんは新入りですので、真っ先に除外します。救世主の振る舞いに不慣れでしょうし、お相手の侮っていると捉えられかねません。となると、師子王さんか伊藤さんの二択です」


「じゃあ、師子王でいいのでは?」


「いいえ。師子王さんでは、逆に強すぎます。我が国のトップどころか、現世界のトップと評される彼を送れば、無意味に警戒させてしまいますから」


「オレなら妥当な落としどころってわけか……」


 拒否したいがために反証を探すが、翻意の決定打になりそうなものは見当たらない。


 他者との交流が苦手といっても、ビジネスライクな関係なら無難にこなせるし、彼の悪名はあくまで日本アヴァロン限定で広まっている。外から見れば、召喚数二位かつ帰還速度一位というタイトル持ちが赴くのだから、十分に敬意を払った人選だった。


 ──拒絶するよりも受け入れた方が早い。


 素早く勘定を終えた一総は、溜息交じりの声で問うた。


「出発の日時と滞在期間、同行者の有無など、詳細を教えてください」


「出発は一週間後、二月三日の朝。滞在期間は一週間。同行者はお好きに選んでください。無論、村瀬さんを伴うことは、先方より許可を得ています。ああ、天野さんはダメですよ」


「ええええ、何でですか!?」


 スラスラと回答していた政府男は、最後に司へ釘を刺した。


 不満の声を上げる彼女だったが、政府男は動じない。


「伊藤さんと村瀬さんの二人に加え、天野さんまで参加してしまうと過剰戦力です。それでは、師子王さんに待機していただく意味がありません」


「むぅ」


 正論ゆえに、司は言い返すことができなかった。


 一総も恋人が同行できないのは残念に思うが、今回ばかりは留守番してもらう他にない。


 となると、同行者は蒼生、真実まみ、ミュリエル、ミミ、ムムくらいか。結構大所帯だけれど、好きにして良いと言われたのだから問題あるまい。


 それ以上の質疑応答はなく、話は次の議題へと進んでいく。


 一総は、渡米に必要なモノのリストアップやトラブル対策をシミュレートしながら、残る会議の時間をすごすのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る