007-2-01 米国アヴァロン
米国のアヴァロンは、他国のそれと同様に勇者の集う島だ。島民のほとんどが勇者であり、関係者以外の立ち入りは著しく制限されている。
ただ、かの国のアヴァロンは、他と異なる様相を呈していた。
それは――
「まさか、米国アヴァロンが空飛ぶ島だとは思わなかったわ」
ガラス張りによって景色の眺めが良いホールエントランス。米国アヴァロンの入口たる空港に降り立ったミュリエルは、感慨深げに呟いた。
そう。米国のアヴァロンは浮遊島だった。科学と異能を総動員して作られた人工島で、米国の領空を飛んでいる。東京二十三区ほどの面積を持つ建造物が浮いているなど、他に類を見ないだろう。
「ロマン」
普段はクールな
そんな二人を見て、
「米国は、英国に次いで異能の研究を進めているからなぁ。特に、科学技術とのかけ合わせに重点を置いてるらしく、色々と物珍しいものが多いって話だ」
日常で役に立つ品々はもちろん、軍事や宇宙開発まで支えていると聞く。ともすれば、島を浮遊させることは朝飯前なのかもしれない。
各々が感想を言い合っていると、二人のメイドが近寄ってくる。ミミとムムの姉妹だ。
「ご主人さま、入国手続きは終わりましたッス」
「案内役の方が、
「分かったよ。二人とも、ご苦労さま」
彼女たちを労う一総。
ただでさえ出入りの厳しいアヴァロン。それが外国、かつ一総たちの
それらを一手に引き受けてくれたのがミミとムム。使用人の仕事だと頑なだったために任せたわけだ。無論、一総自身が面倒に思っていたのも事実だが。
さて。ムム曰く、案内人が来るらしいけれど、今のところ気配は感じられない。しばらくは待機が続きそうだし、どう時間を潰そうか。
若干悩ましく思っていると、ミュリエルが言った。
「あそこで休みましょう」
彼女が指差す先には、ソファやテーブルが配置された、ホテルのラウンジのような場所があった。確かに、あの場所なら
全員が同意し、近くの自動販売機で飲み物を購入してから腰を下ろす。
「ようやく一息つけたって感じだな」
ソファに座った一総は、肩の力を抜くように息を吐いた。
彼の隣に腰かけたミュリエルも同意する。
「今回の旅が決まってから、ずっと慌ただしかったものね。出発直前は特に大変だったわ」
当時のことを思い出したらしく、彼女はゲンナリと疲労を湛えた表情を浮かべている。
そこに、缶ジュースを一口含んだ蒼生が一言放った。
「真実の自業自得」
「アオイさまの言う通りッスねぇ」
「さすがに擁護できません」
蒼生の言葉に、姉妹も頷く。
散々な言われようの真実に、いったい何があったのか。端的に答えるなら、彼女は米国アヴァロンへの旅に同行できなかったのだ。
司と違って何の制約もない真実は、元々一総たちと一緒に渡米する予定だった。だのに、何故この場にいないかといえば、彼女に外国へ渡る資格がなかったから。――そう、彼女はパスポートを所持していなかった。
パスポートの発行は、おおよそ一週間前後かかる。よっぽどの緊急事態でもない限り、これは短くならない。色々デリケートな存在である勇者なら余計に。
一総が任務を請け負ったのは一週間前であり、普通なら間に合うのではないかと疑問に思うだろう。ここで蒼生の『自業自得』の意味が分かる。
加減を知らない真実の行動の結末は、当然ながら司の報復だった。
からかいが終わった直後、司は真実を『固有世界』に閉じ込めたのだ。たった一日だけの監禁だったが、それは真実にとって致命傷。パスポート習得は完全に間に合わなくなり、彼女もお留守番が確定した。
出かける直前、泣きながら追いすがってきた時は本当に困ってしまった。まぁ、そこで司があおって二人のケンカが始まったので、何とか振り払えたのだが。
「あのケンカ、かなり本気だったわよね。周囲に被害が出ていなければ良いのだけれど」
「怖いこと言うなよ」
異世界から帰ってきてからも鍛錬を続けている彼女たちは、すでに救世主をも凌駕する実力を身につけている。そのような二人が全力でぶつかり合えば、容易に世界が滅んでしまうだろう。全力でなくとも、国を吹き飛ばすくらいは可能だ。
帰宅したら自宅周辺が更地になっていました、といったオチは勘弁願いたい。
二人が誤魔化しようのないレベルまで暴れる愚行は犯さないと信じているけれど、いまいち不安を払拭できなかった。何せ、彼の恋人たちは、カレシ関連の話になるとブレーキがかなり緩くなる傾向にある。
一総が渋い顔をしていると、不思議そうにミミが訊いてくる。
「ご主人さまなら、ここからでもお二人の仲裁はできますッスよね? 何も問題ないんじゃ?」
「まぁ、できなくもないが……」
何とも歯切れの悪い返答をする一総。
継いでムムが問う。
「何か問題がおありで?」
彼が悩むのは余程の事態だと判断したようで、彼女の声音は深刻そうだった。
それに気づいた一総は、慌てて両手を振る。
「そんな大袈裟な問題があるわけじゃないんだ。ただ単に、オレの心情的な問題ってだけさ」
「心情?」
蒼生がその長い黒髪を揺らし、
一総は気まずそうに口を開く。
「いやさ。しょっちゅうカノジョの動向を覗くって、重くないか?」
「「「「…………」」」」
「お、おい。黙り込まないでくれよ」
うろたえながら声をかけるが、女性陣の憮然とした態度は崩れない。
一総がオロオロとする珍しい光景が続くこと少々。ようやく、彼女たちは再始動した。大笑いという反応をもって。
「ぷっ、ふふふふふ」
「あははははは、ま、マジッスかぁ。はははは」
「ふ、ふふふ。も、申しわけございません。ですが、これは我慢できません。ふふふふふ」
「……クスッ」
全員が抱腹絶倒だった。目頭に涙を溜め、お腹を抱えて笑っている。あの蒼生までもが、だ。
「オレだって、らしくないとは思ってるが、いくら何でも笑いすぎじゃないか?」
皆の反応を受け、不機嫌に眉を寄せる一総。
情けない発言をしている自覚は、彼にもあった。普段の彼であれば、こういったウジウジした悩みなど抱えない。
しかし、恋人関係という不慣れな事象を前にしては、さすがの一総でも迷ったりするのだ。
ひとしきり笑い終えた彼女たちは、ムスッと顔をしかめている一総へ謝罪する。
「ごめんなさい。まさか、あなたが
「ごめん。でも、予想外だった」
「ごめんなさいッス」
「申しわけございません」
「いや、もういいよ」
一総は疲れた風に溜息を吐いた。
釈然としない感情はあるが、彼女たちが笑うのも仕方ない内容だと理解はしていた。
彼は改めて言う。
「ってなわけで、気が咎めるから、真実たちの様子は覗いてないんだよ」
「気にしすぎだと思うけれどねぇ」
ミュリエルはしみじみと答える。
真実と司の性格を考慮すれば
彼女の言葉に、蒼生が頷く。
「同感。すでに
「「「「え?」」」」
蒼生の発言は特大の爆弾だった。他の四人は、同音ながらも異なる意図の反応を示す。
「どういう意味だ?」
即座に一総は尋ねた。
すると、蒼生は何のためらいもなく答える。
「みゅりえる、みみ、むむの三人、使い魔のパスを利用して、かずさの写真を大量に盗撮してる」
「何だと?」
一総は眉をつり上げた。
事実だとしたら説教案件だったが、すぐに問い詰めはしない。蒼生の言だけでは証拠不十分だからだ。
それを理解しているのか、ミュリエルとムムは真顔で押し黙っている。絶対に尻尾は出さないという、確固たる意思を感じられた。
ところが、そういった駆け引きができない者がいた。
「どうして知ってるんッスか!?」
そう大声を上げたのはミミ。その発言は自白も同然だった。
ミュリエルとムムはおっとり刀でミミの口を押さえるが、時すでに遅し。彼女たちの目前には、ゴゴゴゴゴという迫真の効果音を背負った一総がいた。
彼は一点の曇りもない笑みを浮かべる。
「洗いざらい吐こうか」
最終宣告が下された。
もはや三人に逃げ延びる術はなく、自分らの罪を告解する道しか残されていなかった。
暴露した蒼生を恨めしく見つつ、せめて潔く散ろうと、彼女たちは口を開こうする。
しかし、ミュリエルたちが言葉を発することはなかった。
というのも、タイミング良く、空港の職員が声をかけてきたためだった。
「ご歓談のところ、失礼いたします。伊藤一総さま、お時間をいただいても宜しいでしょうか?」
「どのようなご用件でしょうか?」
一総が応えるよりも早く、ムムが起立して応対する。言葉にはしていないが、こういった対応は自分に任せてほしい、ということだろう。
ところが、今回は一任できないようだった。
職員は恐縮した様子で言う。
「申しわけございません。アヴァロン本部より通話が届いていまして、伊藤一総さまご本人の応対が求められています」
「分かりました。すぐ向かうので、案内お願いします」
このタイミングで米国アヴァロンが何用かは不明だが、本人対応を求めているのなら出るしかない。
間が悪いと思いながらも、一総は素早く腰を上げる。
「あとで、しっかり説明してもらうからな」
忘れないようキッチリ釘を刺してから、彼は先導する職員に続くのだった。
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