7.楽園への扉

007-1-01 遷ろう日常

本日より、最終話まで毎日投稿となります。

最後まで、お付き合いよろしくお願いします。


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 一月下旬。通る風は凍てつき、予報によれば来週末には雪も降るという時節。人が活動するには過酷な頃合いではあるが、そのようなもの関係なしに社会は回っていく。会社員は始業に間に合うよう出勤するし、学生だって朝から登校をするのだ。


 それは勇者も変わらない。防寒着を着込み、教科書を詰め込んだカバンを片手に、お馴染みの通学路を歩いていく。


 その内のひとつの集団。制服を身につけているため学生で間違いないだろうが、数ある人々の中でも、ひときわ目立っていた。


 男一人に女四人の集まりとだけ聞けば、特段妙なところはない。ところが、彼らの通学の仕方が問題だった。というのも、男に対して、少女三人が抱きついているのだ。加えて、抱きついていない少女も含めて全員が美人なのも、周囲の目を惹く要因だった。


 右腕に抱きつくのは、ホワイトブロンドをアップテールにまとめた少女、天野あまのつかさ。燦然と輝く太陽のような笑顔と黄金比といって過言ではないプロポーションは、あまねく異性を虜にするに違いない。錬成術を極めたプロフェッショナルで、元男という驚愕の経歴を持つ。


 左腕に抱きつくのは、ハーフアップの銀髪が特徴の少女、ミュリエル・ノウル・カルムスド。美貌もさることながら、細くしなやかな肢体や気品に満ちた立ち振る舞いは、多くの者を魅了するだろう。一見忌避感を覚えそうな病的なまでに白い肌や紅い目も、彼女にかかれば魅力的なポイントと化してしまう。


 彼女の経歴も一筋縄ではない。異世界の王族であり、吸魂魔ソウル・サッカーという異種族なのだ。


 背中に抱きつくのは、翡翠の瞳に黒ブチ眼鏡をかけた小柄な少女、田中たなか真実まみだ。栗色の髪をツインテールに結わえていることも相まり、全体的に幼い印象を受けるが、彼女も間違いなく美女の部類。勇者としての経歴は浅いものの、唯一無二の魔眼である【真破写覚の眼】を持つイレギュラー。


 そして、彼女たちと並んで歩く黒長髪とくらい勝色の瞳を持つ少女、村瀬むらせ蒼生あおい。無口で無表情と、ミステリアスな雰囲気をまとっている。真実と同程度の身長だが、その胸部装甲は圧巻の一言。


 そのような愛らしい外見とは異なり、一撃で世界を滅ぼす異能を複数も所有する規格外だ。


 そして最後――


「……歩きにくい」


 他者からの羨望の的となっている男――どこにでもいそうな容姿の青年、伊藤いとう一総かずさが、うんざりした様子で白い息を吐いた。


 彼は周囲から『異端者』という蔑称を授かっているけれど、その実、千を超える異世界を渡った世界最強の存在。見た目と実力がもっとも乖離した人物だ。


 外見の派手さは無論、中身の実力も人外魔窟の集団が、一総たち一行だった。


 一総の漏らした言葉に、抱きついている面々が耳ざとく反応する。


「私の方が何倍も歩きにくいです。我慢してください!」


「せっかく恋人同士になったのだから、こういうシチュエーションは楽しまないと」


「こうやって抱きついてた方があったかいよ」


 真実、ミュリエル、司の順に発言する。といっても、ほとんど同時に声を上げるものだから、余計に姦しく聞こえてしまった。


 彼は眉を寄せ、溜息を吐く。


「言いたいことは分かるが、こう毎日続くと面倒さが上回るんだよ」


 異世界の騒動を経て、三人と恋人同士になった。それ以来、各々とは多くのスキンシップを重ねてきた。彼女たちのことは好いているし、もっと仲を深めたいと心から思っている。


 しかし、いつまでもベッタリされては困ってしまうのだ。何ごとにも良い塩梅が存在する。


「ちゃんと一人一人に埋め合わせはするから、登下校くらいは普通に歩かせてくれないか? せめて一人ずつの交代制にしてほしい」


 いくら何でも、毎朝三人が抱きついてくるのは珍妙すぎる。彼女らには悪いが、腕を貸すのは一人ずつにしてもらいたかった。


 対して真実たちも、現状を続けるのは無理があると考えていたのか、不満そうな表情ながらも首肯した。


「仕方ないですね。まぁ、背中に抱きつくのは変だとは思ってましたし」


「確かに、ずっとベッタリしすぎたかもね」


「腕を組む機会が減るのは不満だけれど、ハーレムを認めたのはこちらですし、諦めましょう」


「すまないな。他の何かで、必ず埋め合わせするよ」


 一総がそう謝ると、三人は気にしないでと返す。それから、彼女たちは顔を突き合わせ、何やら話し合い始めた。


 数秒後、司が意気揚々と一総の腕にしがみつき、他の二人が落ち込んだ様子で歩き始める。どうやら、今の短い間に交代制の順番を決めてしまったらしい。


「ふんふんふーん」


「ぐぬぬぬぬ」


「はぁ……」


 上機嫌な司と悔しがる真実やミュリエルの対比を目撃してしまうと、無理してでも全員構いたい衝動に駆られてしまう。――が、ここは耐えるしかない。さすがに、登下校で四人固まるのは厳しすぎる。


 一段落した彼らは、再び学校へ向かって歩く。


 その様子を傍らでずっと眺めていた蒼生は、ポツリと呟いた。


「バカップル」


 その言葉に、周りにいた人々も大いに頷いたとか。








 学校に到着し、一総たちはミュリエルと真実の二人と別れた。歳の違う真実に関しては言をまたないとは思うが、ミュリエルも似たような理由だった。というのも、彼女は“ダブル”クラスに編入したためだ。


 知っての通り、波渋はしぶ学園を含む勇者が通う教育機関は、そのほとんどが勇者召喚された回数によってクラス分けを行っている。原則として、勇者の強さは召喚回数に左右されるので、実技の授業で実力差を生まない配慮だ。


 そのルールに則るのなら、ミュリエルはシングルになるはずだろう。


 だが、何ごとにも例外は存在する。


 彼女は闇精霊の女王と契約を交わし、奥義たる【精霊化】を習得していた。本来は同一世界上の異能ではあるが、奥義まで極めたミュリエルの精霊魔法は、他世界で身につけた精霊魔法を超える。つまり、他者から見れば、ふたつの異世界を渡った者と見分けがつかないのである。


 まぁ、本当の実力を示すのであれば、彼女はすでに『救世主』級の能力者といって過言ではない。【精霊化】と【魄法】のふたつは、ひとつの世界で覚えられるほど生易しくはなく、通常の異能で対抗できるほど弱い能力でもないのだから。


 ミュリエルがダブルで甘んじたのは、【魄法】の存在を公にしたくないゆえだった。


 閑話休題。


 そういうわけで、教室に辿りつく頃には、一総の恋人は一人に絞られる。司の独壇場だった。


 彼の隣を独占できる一時いっときを十二分に楽しみながら、教室の扉を潜る。


 一総たちが入室すると、室内にいた全員の視線が向かった。ほんの一瞬で済む注目ではあったが、一度に十数人から注視されるのは、さすがに圧を感じるものだ。フォースに所属する実力者たる彼らの視線なら、なおさらだろう。


 刹那の傾注を受け、司は「あはは」と苦笑を漏らした。


「もう一ヶ月以上経ってるのに、みんな慣れないみたいだね」


「そりゃ、慣れるわけないでしょ」


 ふと、司の言葉にツッコミが入る。


 見れば、彼女の席の周りにたむろ・・・する三人娘がいた。


「人気の高い司がハーレムの一員ってだけでも驚きなのに、他の面子も美人ぞろいだもんね」


「しかも、お相手は『異端者』の伊藤よ。気にならないわけがないわ」


「ここまで大きいゴシップは珍しいから、まだまだ注目は続きそう」


 各々に感想を言い合う三人娘。


 実は、ハーレムを築く輩が特段珍しいわけではない。幼い頃に召喚されたり、長期間帰れなかった勇者の中には、異世界での価値観が定着してしまった者もいる。そのため、稀に一夫多妻や多夫一妻の関係を持つ勇者は現れるのだ。無論、法律で認知された夫婦にはなれないけれども。


 では何故、一総たちに限って興味を注がれているかと言えば、理由はハーレム内のメンバーにあった。


 才色兼備の優等生で、学校でもっとも人気の高い司。人間離れした──本当に人外だが──美貌かつ気品に溢れた振る舞いから、一気に人気者となったミュリエル。勇者としての評価は低いながらも、一総に根気良くつき合っていることで注目を浴びていた真実。


 このように、一目で壮々たる面子だと判断できる彼女たちだ。目立たない方が不自然だろう。


 加えて、ハーレムの中心人物が、色々と悪名高い『異端者』である。羨望せんぼうのみにとどまらず、ただならぬ噂も広まるせいで、余計に視線を浴びる結果に至ってしまった。


「今まで言われ放題だっただけに、悪い噂は結構広がってるよね」


「『異端者が彼女たちを脅してる』とか『催眠系の異能で操ってる』とか、だったかしら」


「チープな創作物みたいな発想だよねぇ」


 三人娘たちがそう語ると、司は頬を膨らませて憤慨する。


「まったく失礼しちゃうよね。私たちがその程度のモノに屈すると思われてるのもだけど、一総くんはそんなことする人じゃないもん!」


 プンプンと可愛らしく怒る彼女に一総は苦笑いを浮かべ、その頭を優しく撫でる。


「嫉妬は人の目を曇らせるからなぁ。それだけ、司たちが魅力的ってことだよ」


「ふふ、ありがとう。一総くんも、とっても魅力的だよ」


 熱い瞳で見つめ合う恋人たち一総と司。周囲のことなど眼中になく、完全に二人の世界に浸っていた。


「バカップル」


「恋も目を曇らせるよね」


「二人とも性格変わってない? 特に伊藤」


「この一ヶ月で慣れたけど、ブラックコーヒーが欲しくなるね」


 間近で見ていた四人は、呆れた声を漏らした。遠巻きに眺めていたクラスメイトたちも、砂糖の蜂蜜漬けでも食べたような表情を浮かべている。


 その後も一総と司の甘ったるいイチャイチャを挟みつつ、五人が雑談を続けていたところ、教室へ新たな人物が入室してきた。


 クラスメイトは一人を除いて勢ぞろいしていたため、誰が登校してきたかは見ずとも分かった。


「おはよう、みんな」


 甘いマスクでクラスメイトたちに挨拶をするのは、『勇者ブレイヴ』の二つ名で有名な師子王ししおう勇気ゆうきだった。整った顔立ちで浮かべる爽やかな笑みは、多くの女性の心をワシ掴みにするに違いない。


 彼が挨拶を続ける最中さなか、チラリとこちらを窺う様子が見られた。途端、温厚だった気配に若干の殺伐さが混じる。ほんの僅かな変化ではあったが、真水へ一滴の汚れを落とせば全体が汚染されてしまうように、その変化は顕著だった。


 この場にいるのは全員フォース以上のため、察知できない者はいない。勇気の気配につられ、皆の雰囲気にも微かな緊張が走った。


「はぁ」


 一総は小さく溜息を吐く。


 勇気が着席するまで続いた緊迫感は、無視できる程度のものでしかなかった。しかし、これも毎朝続いてしまうと、精神的な疲労が溜まってしまう。面倒くさがりである彼なら、なおさらだろう。現状の継続は、新たな火種を生みかねない。


 一連の流れを見て、司は乾いた笑声を溢した。


「あ、あはは。師子王くんも相変わらずだね」


「これでも落ち着いた方だよ。初日なんて、やばかったよね」


「『彼女たちに何をしたんだ』って、すごい勢いで食ってかかってたわね」


「らしくない行動だったよねー、あれ」


 司に続いて、三人娘が感想を言い合う。


 一総たちの関係が周囲に露見した時、真っ先に押しかけて来たのは勇気だった。一総が真実たちに不埒ふらちな真似をしたのだと思い込み、糾弾してきたのである。説得の末、彼女たちの自由意思だと信じてくれたが、未だに確執は消し去れていない。


 司と三人娘は勇気の行動を意外に感じているようだが、一総は異なる感想を抱いていた。


 おそらく、勇気はハーレム自体に否定的なのだと思う。何せ、彼の意見の大体は、大衆の持つそれと同義だ。女性の人権云々などの細かい理由はあるだろうが、世間で認められていない代物を、彼が認めるはずがない。


 勇気がハーレム否定派であることが気づかれなかったのは、ただ単純に、彼の周りにそういう人たちが存在しなかったにすぎないのだろう。さすがに、ここまで大きな拒絶反応を見せるとは予想できなかったが。


 一総は肩を竦める。


「元々、師子王とはソリが合わなかったからなぁ。そういうのも相まっての態度だったんじゃないか?」


「まぁ、伊藤くんの人柄を知らない人は、そんな感じになるんだろうね。司ちゃんや蒼生ちゃんと関わらなかったら、私たちも噂に流されてただろうし」


「それはあるわね。伊藤の友好関係が狭すぎるのも、妙な空気になってる原因だわ」


「春先までは、ものすごく話しかけづらい雰囲気だったもんねぇ」


 三人娘がそれぞれ言うと、司は「嗚呼」と首を振る。


「三人がして疑わなかったのって、一総くんの性格を知ってたからなんだ」


「そりゃそうよ。いくら伊藤でも、噂みたいな非道なマネをするとは思えないもの」


「話してみると結構気さくなところあるし、面倒見も良さそうだし」


「いつも落ち着いてて、他人を気遣える紳士らしさがあって、家事も得意で……正直、優良物件だよね~」


「……」


 賞賛の連続にムズ痒い気分を覚える一総。異世界ならともかく、元の世界で褒められる機会など滅多にないので、どうにも慣れないのだ。


 その様子を見た司は、半眼で三人娘を睨む。


「……もしかして、狙ってる?」


 その言葉に、三人娘のうち二人が慌てた。


「わ、私はそんなつもりで言ったんじゃないよ!? べ、別に、伊藤くんとつき合いたいなんて思ってないから!」


「な、ななな何で、アタシがコイツと恋仲になりたいなんて話になるわけ!?」


「ちょっといいかなぁと思ってたりー」


「「まき!?」」


「私は『一総くんの恋人になりたいの』なんて一言も聞いてないんだけど」


 ジトォと粘度の高い視線を受け、ますます彼女らは慌てる。


「しまっ――じゃなくて。今の話の流れ的に、そうとしか捉えられないでしょ」


「そうよそうよ!」


「ふーん」


 二人の抗議も虚しく、司の返事は気のないもの。どう考えても信じていない。


 それから、ギャーギャーと討論し始める司たち。


 完全に置いてきぼりになってしまった一総は、疲れた風に息を吐いた。


「オレの話をしてるはずなのに、オレが放置されるって……」


「ドンマイ」


 今まで沈黙していた蒼生が慰めてくる。それが余計に虚しさをあおった。


 とはいえ、この空気は嫌ではない。他愛のない会話は、普遍的な日常の営みは、自身に平穏を実感させてくれる。


 一総たちを巡る環境は、人間関係という面で大きく変化した。何の不安もないとは言い切れないが、幸せに違いない日々。


 この平和が長く続けば良いと、彼は儚くも祈るのだった。

 

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