005-2-09 ハーレム同盟
「突然お邪魔しちゃってごめんね」
「いえ、私も寝つけなかったので構わないですよ」
申しわけなさそうに謝辞を述べる司に、真実は気にしないでと返す。
ただ、彼女を見つめる視線に油断の色はない。目の前の少女がいつもと異なる様子であることに、真実は感づいていたためだ。上手く表現はできないが、彼女の周囲をたゆたうオーラが固く感じる。
このオーラが何であるのか、真実は知らない。だが、霊術を学び始めてから感じ取れるようになったので、魂に関係する何かであると推察できた。おそらく、常識外に位置する自らの魔眼と霊術とが相互作用した結果なのだろう。詳しくは、一総かミュリエル辺りに訊くしかない。
といっても、司が真実を害そうとしているとは微塵も考えていない。一総を巡るライバルではあるが、そのようなことを仕出かす人物ではないと信じていた。信頼を寄せられる程度に、彼女の
では、何を警戒しているのかといえば、一総を巡る恋愛戦争に関して、である。
というのも、一総が『近いうちに答えを出す』と宣言したせいだ。あれは考えるまでもなく、真実の告白に対する答えだと分かる。つまり、司がこのタイミングで訪問した理由は、一総関連の話をするためだと断言できた。彼女も彼へ好意を寄せているのだから、牽制をしてきても不思議ではない。
司の一挙一動をくまなく観察していたところ、不意に司がコロコロと笑い出した。固い雰囲気のオーラも、かなり緩まっている。
唐突な変容に呆気に取られていると、司は頬笑みながら謝ってきた。
「いきなり笑ったりしてごめんなさい」
「いえ、それはいいんですけど、どうしたんですか?」
「真実ちゃんが厳重警戒してるものだから、ついおかしくなっちゃって」
「そんなにおかしいですか?」
妙なタイミングで訪れてこられれば、誰だって警戒すると思う。真実はそう考えた。
しかし、司の思考は異なったらしい。
「私がここに来た理由は察してると思うけど、勝利間近のあなたが警戒する必要はないじゃない? もっと堂々とした態度を想像してたのに、おっかなびっくりって感じだったから笑っちゃったんだよ」
「なるほど?」
勝者が敗者の顔色を窺うのは不自然だと言いたいのだろう。若干納得のいかない部分はあるが、司の意図は理解できた。
だが、だからといって増長する理由にはならない。
「私は自分が勝ったとは考えてませんよ。平凡な私とは違って、司センパイは魅力溢れる人ですもん」
真実が一総の恋人に一番近いのは確かだ。彼は真実の告白に応えようとする素振りを見せている。
とはいえ、このリードは告白の有無の差でしかないと、真実は考えていた。司も同じ条件下であったなら、結果が変わっていた可能性は高い。
加えて、今は新たな難敵――ミュリエルが出現している。彼女はすでに告白を終えているし、一総の信頼も厚い。告白を行った当時はフラれたようだが、現状は変化している。異世界人という障害も、一総がどうにかしてしまいそうな気がする。
となれば、もう一度告白を受けた場合、一総がどう返答するか想像がつかなかった。
ゆえに、真実は気を抜かない。先の一総のセリフを受け、内心で狂気乱舞したのは事実だが、現状に甘んじるつもりは一切なかった。
「司センパイとかミュリエルさんの惚れっぷりを見るに、もし私が一総センパイと恋人関係になっても諦めなさそうですし。寝取られるのは嫌です」
その点がもっとも怖い。国政に口を出せるほど頭の良いミュリエルと結構腹黒い司の二人のことだ。こちらが気を緩めた瞬間、あらゆる手を使って一総を奪いにくるに違いない。
真実の歯に衣着せぬ本音を聞き、司はキョトンと呆ける。それから、おもむろに笑い始めた。朗らかで柔和なイメージを崩さない彼女には珍しく、快活で張りのある笑い――大爆笑だった。
「あっはっはっはっはっはっはっはっ! そんな風に思われてたんだね、ふふふっ。確かに、私なら『愛人でもいいから』とか言って迫りそう。あははははっ」
仮定の未来でも想像したのか、よりいっそう声を大きくする司。
対して、真実は半眼を彼女に向けた。
「何で大笑いしてるんですか、しかも愛人って……。とまぁ、そういうわけで、私は司センパイ相手に油断したりしませんよ。というか、何をしに来たか本題に入ってくださいよ。いつまでも笑ってないで!」
「ふふふ、ごめん。ちょっとツボに入っちゃって、ははは」
よほど面白かったらしく、司が平静を取り戻すのに十分ほど時間を要した。
真実の呆れ返った視線をものともせず、司はキリッと真面目な表情をし、訪問した本当の理由を話し始める。
「真実ちゃんの予想してた通り、一総くんことで話をしにきたんだ。さっきもチョロっと関係ある話題があったけど」
「関係ある話題ですか?」
「私やミュリエルちゃんが諦めないってやつだよ」
「あー……」
真実は曖昧な声を漏らす。
司とミュリエル――特に十年も恋し続けていたミュリエル――は、いつまでも一総を好きでいると予想できてしまったからだ。もちろん、自身も絶対に諦められないだろう。要するに、この恋の戦争には決着がつかないことになる。
そこで提案なんだけど、と司は言った。
「私たち全員が一総くんの恋人になるってのは、どうかな?」
「はい?」
言葉の意味が読めず、真実は間抜けな声を出してしまう。
――が、数秒もすると頭の回転が追いつき、セリフの意図を理解した。
「はああああああ!?!? 何言ってるんですか、あなたは!?」
椅子をひっくり返して立ち上がった真実は、バンッとテーブルを叩く。カップに注がれていた紅茶が、少しだけ零れた。
彼女の反応に怖気づいた様子もなく、司は笑顔を崩さずに答える。
「一総くんのハーレムを作っちゃおうって話だよ。それが一番手っ取り早いと思うんだ」
「正気ですか?」
「うん。誰も負けを認めない不毛な争いを続けるくらいなら、協力した方がいいんじゃないかな。少なくとも、私はそう考えるよ」
「……」
真実は絶句する。
魔眼は嘘を一切感知していない。司は本気で一総のハーレムを作ろうと提案しているのだ。
確かに、誰も諦めないのなら、全員が彼の恋人になってしまえば良い。非常に合理的な回答と言える。
しかし……しかし、だ。合理的だからといって、実際にハーレムを作ろうなどと口にする輩はいないだろう。現代社会の常識として、あり得ない選択肢だった。
フォースまで上り詰めると、その辺の常識が通じなくなるのだろうか? そのような疑問が頭をかすめるが、シングルの真実に真相が分かるはずもない。
今は、自分に分かる範囲で対処していく他になかった。
真実は大きく深呼吸をして心を落ち着けてから、司に問う。
「司センパイはいいんですか? 一総センパイが他の女の子とイチャイチャしてても、心が痛まないんですか?」
真実は嫌だった。一総が自分以外の女性と良い雰囲気を持つことに、たまらなく嫉妬を覚えてしまう。
司は堂々と答える。
「私はあまり嫉妬深くない性格みたいで、そういうのは平気なんだ。まぁ、真実ちゃんやミュリエルちゃんみたいな本気の子だから許せるのかもしれないけど。ほら、十年も我慢してたミュリエルちゃんが一総に甘えるところを見ると、『仕方ないなぁ』って気持ちにならない?」
「なりますけど……」
彼女がどれだけ一総に惚れているかは、見ていれば理解できる。ゆえに、多少は良いかなと思えるのは事実だ。
真実の反応から好機と見たか、司は畳みかけてきた。
「見方を変えればいいんだよ。ハーレムメンバーは、いわば家族。一総くんは他の女と仲良くしてるんじゃなくて、家族と仲良くしてるって考えるの。家族にトラウマのある一総が、多くの家族に囲まれるっていうのは素敵なことじゃないかな。きっと彼のためになるよ」
「むー」
司の説得に、真実は唸り声を上げた。
上手く誤魔化されている気がしないでもないが、納得できる部分も存在した。
この数ヶ月で、司とはずいぶん仲を深めた。家族といっても過言ではないほどに。だから、彼女を家族と認識するのに抵抗はないし、いくらか嫉妬が薄まる気はする。
何より一総のためになると言われると、大きく反論するのが難しかった。惚れた弱みと言うべきか、彼の役に立つのなら何だって受け入れたいと考えてしまうのだ。
でも、即断は困難。今まで培ってきた道徳観や倫理観が、ハーレムの形成など非常識だと訴えかけてくる。
腕を組み盛大に悩む真実を見て、司は満足げに頷いた。
「すぐに結論を出なくていいよ。一総くんが決定を下すまでには決めてほしいけど、焦る必要はないから」
今回は司の意思表明みたいなものだったのだろう。一総が恋愛へ前向きになり始めたと知ったから、彼女も表立った行動に移ったのだ。
嗚呼、と司は思い出したように続ける。
「一応補足しておくと、ミュリエルちゃんはハーレムに賛成すると思うよ。霊魔国は一夫多妻制だから、むしろ推奨してくるかも。一総くんも、私たちからの提案だったら承認するだろうね。困惑はするかもしれないけど、拒絶はしないと思う」
これを聞き、真実は司をズルい人だと感じた。今の言い方では、ハーレム否定派が真実だけと言われているも同然だ。
常識面を除き、ハーレムを作ることのデメリットは何があるか。
……ほとんどないように思える。一総を独占できる、と言いたいところだが、司やミュリエルがあの手この手で奪取を敢行してくるのを考慮すると、完全に独り占めすることは難しい。常に警戒しなくてはならず、心も休まらないだろう。
一総が軟派なマネをするとは思わないが、それでも相手が相手だけに心配は絶えない。
(これ、完全に思考が誘導されてますね)
ハーレム以外の選択肢がないように思えてしまった。最初は猛反対していたというのに、である。推測にすぎないが、これは司の術中に違いなかった。
「はぁ……分かりましたよ、ハーレムを認めればいいんでしょう?」
結局、真実は折れた。これほどまでの策謀を目の当たりにしては、頷かざるを得ない。敵にするよりは味方にしてしまった方が良いと判断した。
ただし、と彼女は続ける。
「正妻枠は一総センパイが選んだ人、もしくは私です。この条件を呑むなら賛同します」
それだけは譲れなかった。一総が他の者を選ぶのなら諦められるが、そうでないのなら自分が彼の一番になりたい。
司はコクコクと頷く。
「いいよ、いいよ。私はむしろ愛人枠の方が好みだもん。ミュリエルちゃんも説得できると思う」
「でしたら、協力しましょう。よろしくお願いします、司センパイ」
「これからも末永くよろしくね、真実ちゃん」
この時の司は、憎たらしいほど満面の笑顔だった。
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