007-2-03 案内役

 一総かずさが蒼生たちの元へ戻ってから一時間後、ようやく案内役の者が到着した。


 予定よりも遅くなったのは、アヴァロン市街で非合法の大規模なデモが発生し、交通網の混乱が起きたせいだった。一総が呼び出されたのも、その辺の事情を通達するためだ。


 幸い、初日は自由時間を多めに取っていたので、予定に大きな狂いはなかった。


 そうして、一総一行と案内役の女性が初対面を果たしている。


 外人にしては童顔で百六十半ばくらいの身長、頬周りのそばかすも相まって愛らしい容姿をしている。だが……寝癖だらけのショートヘアの金髪、ダサい丸メガネ、野暮ったい作業着と、だらしない状態が台なしにしていた。


 見るからに、趣味や仕事に没頭してしまい、生活能力が壊滅的なタイプである。本当に案内役を任されているか、怪しい人材だった。


 加えて──


「ドウモ、はじめまして。ワタシの名前はジェシカ・ミラー、デス! セントラル勤めのエンジニアをしてますデス。勇者のランクはフォースデス。ドウゾ、ジェシカと呼んでくださいデス」


 何ともタドタドしい日本語で挨拶をしてきたのだ。不安をあおられて仕方がなかった。


 一総が頬を引きつらせていると、ミュリエルが耳元に口を寄せてくる。


「ねぇ、カズサ。アタシの翻訳術式が誤作動を起こしているみたい。彼女の言葉がカタコトに聞こえるわ」


 焦燥感のようなものを湛える彼女。


 一総は穏やかな口調で答える。


「安心しろ。オレにもカタコトに聞こえる。というか、彼女は英語で話してないから、翻訳のされようがない」


「うわぁ」


 すると、ミュリエルから引いた風な声が漏れた。気持ちは非常に分かる。


 以前、勇者召喚の頻発によって衰退した職業の存在を語ったことがあったと思うが、その内のひとつが通訳だ。


 というのも、先の一総やミュリエルのセリフから分かる通り、勇者たちは【翻訳】の異能を身につけるのが基本なため。そして何より、現世界には【翻訳】をベースとした“全世界の言語対応の翻訳機”が一般的に普及していた。


 この翻訳機が普及したお蔭で、『異世界に飛ばされても言葉が通じない』という大きな問題が根絶されたのだが、デメリットとして通訳の仕事を完全に奪ってしまったわけだ。


 つまり、ジェシカと名乗った女性は、普通に母国語で喋れば伝わるものを、無意味に下手くそな日本語で話しかけてきているのである。酔狂にも程があるし、意思疎通に難のある案内役など不適格としか言いようがなかった


 一総たちがドン引きしていると、彼らからの反応が薄いのを不審に思ったらしく、ジェシカは不安そうに首を傾いだ。


あれ?Oh? No事がない responseただの屍Looksのようだ dead。……って、冗談T,This‘s言っ noてる time場合 forじゃない frivolityもしかしてMaybe,Youわって don’tない get の?it?


 今度はしっかり通じている。ちゃんと英語が翻訳されているので、術式や翻訳機の不具合ではないと確信が持てた。


 しかしそれは、彼女が無駄につたない日本語を使った証左となる。できれば、不具合であってほしかった。


 一総は久しい頭痛を覚えつつ、戸惑った様子のジェシカへ話しかける。


「ちゃんと伝わってるから安心してください、ジェシカさん。あなたが日本語を使ったのに驚いただけですよ」


 初対面ゆえに、苦言は呑み込んでおく。聞き取りづらいだけで、まったく話が通じないわけではないのもある。そのうち、それとなく指摘するつもりではあるが。


 彼の言葉を受け、ジェシカは人懐っこい笑みを浮かべた。


「良かったデス。ジャパニーズと話したのはハジメテだったので、すこし不安でしたデス。Ah、ワタシには敬称ケーショー敬語ケーゴもいらないデスヨ」


「分かったよ、はは……」


 変わらず下手な日本語を喋るジェシカに、一総は乾いた笑声を漏らした。


 どうにも、彼女は日本語で会話をするのにこだわって・・・・・いる節が見られた。こちらへのサプライズとか、そういう様子ではない。


 その辺の事情を聞いておきたい気持ちはあるが、今は他に優先すべきことがあったので堪える。


 ひっそり溜息を吐き、一総は続けた。


「事前に聞いてるかもしれないけど、オレが救世主セイヴァーの伊藤一総だ。今回は米国との交流のため、日本を代表して訪問させてもらった。これから一週間ほど世話になる。よろしく頼む」


「ハイ、よろしくデス! カズサ殿とお呼びしても?」


「好きに呼んでくれ」


 殿という敬称に小首を傾ぐが、彼女が突拍子もないのは今さらなので、さらっと流すことにした。全部に気を留めていたら、きっと胃に穴が開く。


「で、こっちの小柄なのが村瀬蒼生。銀髪がミュリエル・ノウル・カルムスド。メイド二人──ミディアムヘアの方が姉のミミで、シニョンにまとめてる方が妹のムムだ」


「よろしく」


「よろしくお願いするわ」


「よろしくッス、ジェシカさま」


「よろしくお願いします、ジェシカさま」


 それぞれが挨拶をすると、ジェシカは目を輝かせた。


 彼女の瞳が向く先は、意外にもメイド姉妹だった。


「あの有名なジャパニーズメイド! 生で見れるなんて感激デス!」


 何が嬉しいのかサッパリ分からないが、ものすごくテンションが上がっていた。ミミたちの周りをグルグル回りながら、何やら興味深げに頷いている。


 無粋だから口には出さないが、ミミとムムはジャパニーズメイドではない。由緒正しき霊魔国産のメイドだ。というか、見た目からして日本人ではないのに、どうして勘違いしているのだろうか。


 ジェシカの奇行の連続に皆が辟易へきえきしていると、スッと彼女へ近づく者がいた。


 はたして、それは蒼生だった。いつになく真剣な雰囲気で、ジェシカの傍に寄っていく。


 蒼生の接近に気がついたジェシカは奇行を止め、彼女に向き直る。


「どうかしましたデスカ?」


「いくつか、質問がある」


「Ah? ナンデモ訊いてくださいデス」


 質問とは何だろうか。蒼生の様子から真面目な問いだと推察するが、見当がつかない。ジェシカに対して、一総は特に引っかかる部分はなかった。


 ミュリエルやメイド姉妹に視線を配るが、彼女たちも彼と同じ感想のよう。怪訝そうに、首を横に振っている。


 一総たちが見守る中、蒼生は口を開く。


「まずは小手調べ。『終わらない八月』は何回繰り返した?」


「「「「はい?」」」」


 彼女のセリフに、この場のほぼ全員が疑問符を浮かべた。いくら異能がはびこる現代でも、八月が永遠に続くことはない。


 ただ、質問を投げられた当人のジェシカは、蒼生の言葉の意味が理解できたようだった。目を大きく見開き、感動に打ち震える風な態度を取る。


 それから、ジェシカはハッと我に返ると、グッと拳を握り締めた。


「15532回目で終わったので、15531回デス!」


「正解」


 一万五千回以上も八月を繰り返したという、意味不明な発言を肯定する蒼生。何を言っているのか、さっぱり分からなかった。


 一総たちが首を傾げるのを余所に、蒼生たちは質疑応答を重ねていく。


「おジ○魔女どれ○にて、魔女見習いがカエルになってしまう条件は?」


「『あなたは魔女見習いだ』と口頭で指摘された時デス」


「ジョセフ・ジョー◯ターは飛行機墜落を何回経験してる?」


「四回デス」


「声優のレジェンドと名高い山○さんの、アニメ一話における最大配役数は?」


「五十デス。しかも、三分間で!」


「平成仮面◯イダーでパンチ力のトップは?」


「エグゼ◯ドのムテ◯ゲーマーで、128tデス」


「『ンラナ チスイ ソラモスチシイ。ミニソイ カラ モイイカ ンラナ』」


「『ミニソイ カラ モイイカ ンラナ カララ』」


 最後に意味不明な言語を口走ったかと思うと、彼女たちは固く握手を交わした。翻訳によると、「あなたは同志。よろしく」か。


 二人とも満足そうな笑みを浮かべているのは良いのだが、まったく状況についていけない。状況の説明が欲しかった。


 一総たちが困惑しているところ、蒼生はこちらへ振り向く。


「ジェシカはいい人。間違いない」


 案内を任せても大丈夫、と彼女は言う。いつもの無表情の中に、隠し切れないほどの期待感があった。


「まぁ、それはいいんだけど、何が起こってるか説明してくれないか? オレたち、状況についていけてないんだが」


 一総のセリフに、ミュリエルたちもコクコクと頷く。


 それを見て、ようやく自分たちが暴走していたことを認識したようだ。蒼生たちは慌てた様子で説く。


「ジェシカはアニメファン。だから、日本に憧れを抱いてる」


「今のは、アオイ殿がアニメやゲーム、特撮トクサツの問題を出してきたんデスヨ。全問正解したので、お互いに認め合ったんデス」


「そういうことか」


 完全とは言い難いが、ある程度の理解は示せた。


 ジェシカはアニメ文化を通じて日本に関心を抱いており、それが影響して日本語の勉強をしていた。そこに日本人である一総らが訪ねてきたものだから、日本語で話したくなったと。


 先の問答の詳細は分からないが、ジェシカの姿勢から並々ならぬ熱量は感じる。かなり熱心なファンなのだろう。


 ──正直、このまま彼女に案内を任せて良いのか不安だった。


 共通の趣味を持つ蒼生は気を許しているけれど、ジェシカはそこはかとなく頼りならない。不信とまでは言わないが、安心できない人材だ。


 とはいえ、彼女は米国側が用意した人物。安易にチェンジを申し出るのもはばかられた。何せ、今回の目的は友好を築くことなのだから。


(想定してたより、気が抜けなさそうだ)


 心の裡で重い溜息を吐きつつ、一総はジェシカに促す。


「じゃあ早速、宿まで案内してもらっていいか?」


「ハイ、お任せくださいデス!」


 明快なジェシカの返事に微かな煩慮はんりょを抱きながら、一行は空港を後にするのだった。




 ジェシカの案内で到着したのは、セキュリティの充実したマンションの一室だった。一階フロアを丸々使用した部屋で、置かれた物品等も一目で高価なものと分かる。かなりグレードの高い宿だ。


「今いる中央リビングに、すべての個室が繋がってますデス。みんなで一緒にくつろぎたい時はリビングで、一人になりたい時は個室を利用してくださいデス」


 今ジェシカの言ったように、半円状のリビングの弧の部分には複数の扉があった。あの先に個室や水場、炊事場が用意されているらしい。


 ジェシカは続ける。


「部屋割りは好きに決めてもらって大丈夫デス。アト、ワタシも一緒に住むので、そこはゴリョーショー願いますデス」


「……あなたも一緒なの?」


 若干嫌そうにミュリエルが問い直す。


 これまでの道中、蒼生とのアニメに関するマシンガントークを見せられては、仕方のない反応か。マニアのああいう面は、それ以外の人間からは気後れされるものだ。


 ミュリエルの反応を気にも留めず、ジェシカは首肯する。


「ミナサンの身の回りの世話も任されているんデスヨ。上からの命令メーレーなので、ワタシにはどうしようもないんデス。ゴメンナサイ」


「いえ、嫌というわけではないのよ。少し気になっただけ。若干嫌味な言い方になってしまったわね。こちらこそ、ごめんなさい」


「大丈夫デスヨ。気にしないでくださいデス」


 二人の仲を心配する必要はなさそうだ。ミュリエルもジェシカが嫌いなわけではない。ただ、ノリが合わないだけ。


 彼女たちの様子を窺って安堵しつつ、一総は個室のひとつへ歩を進めた。


「各自荷物を置いてこよう。それから、今後の予定について話し合おう。一応訊いておくけど、今日は何も予定は決まってないよな?」


 事前に聞かされていた内容を振り返りながら、念を入れてジェシカに尋ねる。


 彼女はひとつ頷いた。


「何も決まってませんよ。今日はフリースケジュールなのデス」


「OK。じゃあ、さっき言った通りの動きでよろしく」


 そう言って、一総は適当な個室へ入っていく。


 背後から一総の隣室を取り合う喧騒が聞こえてきた気がしたけれど、彼はまるっと無視することにした。

 

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