001-3-01 異能具の腕輪

 一総かずさの家で蒼生あおいが生活するようになってから一週間以上が経過した。


 一総を狙った決闘はいくつかあったが、当初懸念していた蒼生目当ての攻撃はほとんど起こらなかった。どちらかというと、彼女の美貌に釣られたナンパの方が多かった気がする。


 また、私生活の面でも大きな問題は発生しなかった。一総は私室にこもることが多く、蒼生もリビングでボーっとしたり、テレビを見たりするだけだったので、二人の接触する機会は食事の時くらいなものだったからだ。


 これは決して二人の仲が悪いというわけではなく、単純に両者とも積極的にコミュニケーションを図るタイプではなかったというだけ。お互いに程良い距離感を構築した結果だ。


 兎にも角にも、一総が頭を悩ませていたほどの騒動はなく、むしろ、蒼生がマスコットとしてクラスでチヤホヤされている分、手間がかからなかった。


 そして、思わぬところで、彼女とルームシェアすることの細やかな利点が発覚した。


 一総は度々遠出をしなくてはいけなく、その都度に学校を休んでいた。彼は救世主セイヴァーのため無断で欠席したとしても問題ないのだが、日常を重んずる彼としてはあまり快く思えない状態だった。加えて、今は監視対象である蒼生のこともある。彼女を放っておくわけにはいかなかった。


 ここまで聞けばデメリットしかないように感じるかもしれないが、遠出する際の対策を考えていた時、ふと思いついたのだ。これは逆に利用できるのではないかと。


 今までは遠出の真相を誰にも悟られないようにしていた。だが、現在は蒼生がいる。同居する以上、彼女には遠出のことを完全に秘匿にすることはできない。ある程度の説明をする必要があるのだ。実際、頻繁に外出することや、それが唐突であることは彼女に説いていた。


 つまり何が言いたいかというと、蒼生を協力者にすることができるのだ。一人で隠蔽するには欠席届を出すくらいしか手段を取れなかったが、一人でも協力者がいるなら、できる幅は大きく広がる。


 一総が行ったことは分身の作成だ。それも普通の分身ではない。その道に精通した勇者であろうと見破れない代物を作り出した。そのお蔭で学校を欠席することはなくなったし、蒼生の監視を離れた事実も露見しない(無論、分身でも蒼生の異能を止める程度の力はある)。


 何で今まで分身を作らなかったのかと疑問に思うかもしれないが、さすがの一総でも協力者なしで実行するのは難しかったのだ。


 他の勇者たちにバレず、蒼生の異能を止める能力も持ち得る。しかも、いつ帰還できるかも不明なため、長期間消滅しないだけの力を込める必要もある。これだけの能力を持つ分身を作ることは、一総をもってしても相当の時間を要した。


 彼が遠出する時は毎回唐突で、所要時間も少ない。緻密な分身の作成には時間が足りなかった。あらかじめ用意しておくことも難しい。分身はそれを維持するだけでも力を消費するため、コストパフォーマンスが悪すぎた。


 では、どうして協力者――蒼生がいれば可能かというと、彼女にパスを渡して分身を維持する力の消費を肩代わりしてもらったのだ。要するに、分身のバッテリーになってもらった。


 必要な工程がひとつ減ったことで分身作成の時間が短縮でき、今まで実行できなかったことができるようになったわけだ。


 蒼生の力を使用するため、彼女が異能を使う危険性も少なからず減るおまけつき。一石二鳥と言える。


 難点があるとすれば、分身と蒼生が半径五百メートル以上離れられないことだが、監視や世話をする依頼があるので問題にはならない。


 この一週間で二回ほど機会があったが、不測の事態なく乗り越えることができた。


 こうして、一総は今まで悩みの種だったひとつを解決することができた。


 依頼を押しつけられた時は自分の日常が崩れるのではないかと眉をしかめていた一総だったが、フタを開けてみれば、多少の問題はあるものの変わりない生活を送ることができている。彼にとって大満足な結果と言えるだろう。

 蒼生を押しつけられて政府への評価が下がっていたが、今後もメリットが見つかるかもしれないと考えれば、少なからず機嫌が保たれる一総だった。



          ○●○●○



 ピピピピピ。


 ベッドにビジネスデスク、本が敷き詰められた本棚と、物の少ない侘しい室内に単調な機械音が響く。それは目覚まし時計のタイマー音のようだった。それは、そのうちカチッという音と共に消えてなくなる。


 目覚ましを止めたのは、この部屋の主である一総だ。ベッドに腰をかけ、ぐっと腕を持ち上げて伸びをする。それから、軽く勢いを付けて立ち上がる。


 日曜の朝六時。一連の動作から彼が起床したばかりと考えるかもしれないが、それはあり得なかった。彼の身を包むのは白のTシャツに灰色のジャケット、紺のジーンズといった外出用のもの。表情も寝起きの気だるさはなく、さっぱりしている。一総はとっくに朝の準備を整えていて、目覚ましは時間を知らせるタイマーでしかなかったようだった。


 休日の早朝にも関わらず準備万端。普段から規則正しい生活を心がけている一総でも、今日の行動の早さは格別だった。もちろん、それは理由あってのことだ。


 彼は私室を出て、すぐさまリビングへ足を向ける。


 すると、そこには先客がいた。


「かずさ、おはよう」


 透き通る小さな声を紡いだのは蒼生だ。こちらに振り向いた際、濡れ羽色の長糸が大きく

揺れる。


 彼女はソファに座りながらテレビを見ていたようで、テレビからは朝のバラエティ番組が流れていた。


 一総は彼女の言葉に応える。


「おはよう。今日は早いんだな」


 基本、蒼生は一総より起きるのが遅い。彼女が寝坊助というわけではなく、朝食を用意する関係で、一総が早起きだからだ。


 それなら、どうして彼女がすでに起きていたかというと、


「今日はお出かけだから」


 と、淡々と述べる蒼生。


 不変の無表情に見えるが、一週間も様子を窺い続ければ分かる。僅かに頬が上気しているので、出かけることを楽しみにしていたのだろう。待ち切れず、早く起きてしまったに違いない。


 今日、蒼生――ついでに一総――は、クラスメイト数人と街に出かける予定だ。先日学校にて、蒼生に街を案内しようという話になったのだ。


 蒼生と違って、一総は街の案内にあまり乗り気ではなかった。アヴァロンは広大だ、東京二十三区くらいの面積がある。今日案内するのは、そのほんの一部だけだろうが、それでも相当歩くだろう。


 正直言って面倒くさかった。蒼生が動くということは、自動的に一総も共にいるということだ。となれば、わざわざ彼女に道を覚えさせなくても、その都度に一総が説明すれば良いと、彼は思っていた。


 だが、そう簡単な話でもなかった。一総は男で蒼生は女。服など、性別の違いで訪れる店が変わることもある。そうなると、一総でも案内できない可能性があった。だから、今日の街案内は必要なことであり、面倒くさくても行くしかなかった。


 せっかくの休日。いつもなら趣味に興じるので、若干気が重い一総。とはいえ、必要なことなので仕方ない。露骨に態度に出すのも憚られた。


 溜息を吐くのを堪え、朝食をすぐ作ることを伝えようと目を向けた。


 彼女はジッとこちらへ視線を注いでいた。何か言いたいことがある雰囲気だ。


「どうした?」


 一総が言葉を促すと、蒼生は黒髪を揺らし、頭をやや傾ける。


「かずさ、また出かけてた?」


「ああ、今朝早くから出かけてた。よく分かったな」


 蒼生の言うように、一総は昨晩遅くから外出していた。目覚まし時計が鳴るよりも早くに支度を済ませていたのは、そのせいだ。


 ただ、それを彼女には伝えていないし、気づかれないよう注意を払っていたのだが……どうやって知ったのだろうか。


 素直な疑問に対し、蒼生は淡々と返す。


「気配、しなかったから」


「気配が読めるのか?」


「なんとなく、だけど」


 首肯する蒼生を見て、なるほどと得心する一総。


 伊達に救世主候補ではないわけだ。記憶喪失と言えど、培われた感覚は消えないのだろう。


 蒼生が口を開く。


「……また、『遠出』してたの?」


 やや躊躇いがあったのは、約束に反するか判断に迷ったからだと思われた。


 一週間で、彼女が必要以上に物事を語らないことは分かっているので、その程度の受け答えなら問題ない。


 一総は苦笑する。


「いいや、今回は違う。これを作ってたんだ」


 そう言って、彼は何かを放る。


 蒼生が慌てて受け止めたそれは、ブレスレットだった。金属製の細い銀の輪が二本交差していて、それぞれにサファイアに似た青い小粒の鉱石がひとつ埋まっている。シンプルだが安っぽくない、洗礼されたデザインだと感じられる一品だ。


 手の中に収まった腕輪を確かめ、蒼生は怪訝な表情を浮かべる。


「これは?」


「身に着けた者の異能を封じる異能具だ」


「え?」


 キョトンとする蒼生を余所に、一総は腕を組んで説明を始める。


「正確には『装備した者の魔力や霊力といった“力”を制限するモノ』だな。異能を使えないレベルまで抑えるようにできてる」


「どうしたの、これ」


 未だに呆気に取られている蒼生は、辛うじて問うた。


 彼女の混乱は最もな反応だった。


 異能具自体は勇者召喚が頻発するようになってから、そう珍しい代物ではなくなった。元々あった科学技術に混じって、あちこちで開発されている。でも、異能を行使したくない者のところに丁度良く異能を封じる異能具を用意できるほど、簡単に入手できるものでもないのだ。


 そもそも、異能封じの異能具など存在しなかった・・・・・。そんなものがあれば、『空間遮断装置アーティファクト』なんて大仰なものを用いて、犯罪に走った勇者を処断するといった回りくどいことはしない。


 だから、質問への答えは、彼女をさらに混乱させるんだろうなと、ぼんやり考えた。


「作った」


 簡潔かつ明瞭な即答。ゆえに、衝撃は計り知れない。


 目を見開く蒼生は、もはや言葉も出ないといった様子だった。


 その反応を見て、一総は肩を竦める。


「異能具作成は得意なんだ。ただ、今回作ったのは失敗作だ。耐久性が低いから一日で限界を迎えるくせに、作成費用やらコストパフォーマンスが酷く悪い。そのうえ、“力”を抑え込むって効果だからか、腕力やら体力なんかにも僅かに影響を与えてしまうデメリットもある」


 犯罪勇者の拘束アイテムとしてはもちろん、蒼生が普段使いするものとしては不合格だ。


 本来なら蒼生の能力に合わせて、じっくりと調整を施した異能具を作成したかったのだが、如何せん彼女の異能は未知数。根元を断つような代物を作る他なかった。


 そういった点を踏まえた上で、一総は言う。


「とはいえ、今日使うくらいは問題ない。ある程度は気負いせずに街を回れると思うぞ」


 彼のその言葉を聞き、蒼生の昏い瞳が輝いた。


「今日のために作ってくれたの?」


 自分が今日を楽しめるよう急いで作ってくれた、と蒼生は考えたらしい。


「あー……」


 曖昧な声を漏らす一総。


 純粋な感謝の念を向けられると、さすがの彼でもバツが悪かった。


 彼が急ピッチで腕輪を作成した思惑は別にあった。


 街を巡るということは、いつもより活動範囲が広がる。加えて、クラスの女子たちが同行するとなると、一総の目が離れてしまう状況も考慮しなくてはいけないだろう。そうならないように気を配るが、もしもの保険は備えておきたかったのだ。


 蒼生の気持ちを全く慮っていなかったかと問われれば、即座に頷けないくらいには考えていた。だが、逆を言えば、その程度の逡巡を見せるほどしか頭の中にはなかった。


 だから、乏しいながらも嬉しそうな蒼生を見ると、若干居心地が悪い。いくら他人の目を気にしない一総とはいえ、良心は存在するのだ。


「まぁ、前々から準備していたものではあるし、その腕輪自体は一時間ちょっとで作った間に合わせモノだから、問題があるようなら遠慮なく言ってくれ。じゃあ、オレは朝食を用意するよ」


 誤魔化すように、一総はキッチンへと足を運ぶ。


 ちらりと背後を振り返れば、嬉しそうに腕輪を胸に抱く蒼生の姿が……。


 その日の朝食は、いつもより少しだけ手間をかけて作ることにした。

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