001-3-02 広がる噂

 曇りなき空、春の麗らかな日差しに暖かな風。街行くには絶好の天気だ。


 一総かずさ蒼生あおいの二人がいる場所は、寮と学園との中間地点にある駅前広場。休日とあって人の往来が多く、周りに建つビル内の店舗もにぎわいを見せていた。


 約束の時刻まで残り三十分ほど。そろそろ何人かが顔を出してくる頃合いだろう。隣に絶世の美少女がいる影響でチラチラと通る視線がわずらわしいが、直に声をかけてくる阿呆がいないだけマシだと思うことにする。


 当の美少女こと蒼生は視線など気にした様子もなく、周囲の店へと興味を注いでいた。彼女がウチに来てからは寮と学園の往復しか活動していなかったため、人のにぎわう光景が物珍しいのかもしれない。


 お上りさんの如くキョロキョロする蒼生を視界の端に収めつつ、待つことしばらく。待ち人の一人目が現れた。


「よっ、お二人さん」


 片手を挙げて挨拶をしてくるのは典治のりはるだ。


「ああ」


「おはよう」


 一総と蒼生は小さく頷いて返す。


 少ない反応に苦笑しながら、典治は二人の傍へと近づいた。


 彼は周りを見渡してから言う。


「他のみんなは来てない感じか」


 コクリと頷く蒼生。


 本日同行するメンバーは、この場にいる三人を含めて七人。残りはつかさと女子生徒三人、蒼生の転入初日に昼食を共にした面子となる。


 蒼生と司たちはあの後も一緒にいることが多く、すっかり仲良くなったようだった。彼女たちが蒼生を誘うのも納得できる。


 他の者が到着していないことを確認すると、典治はススッとり足気味に一総へ寄ってきた。


 彼はそのまま少し声量を下げて呟く。


「それにしても、女子に囲まれて買い物とか、まさに青春ってやつだよなぁ。役得だ。特に蒼生ちゃんと仲良くなれるチャンス!」


「そんなもんか」


 一総に話しかけているようなので、面倒に思いながらも仕方なく答える。


 どうやら蒼生とお近づきになりたいようだ。言われてみれば、彼と蒼生の接点は一総を通してのものなので、今回のメンバーの中で繋がりが薄い方かもしれない。ちなみに、一総は全メンバーとの繋がりが薄い。


 しかし、素っ気ない返事が不満だったのか、典治は大きく溜息をいた。


「なんだよ、その気のない返事は。思春期真っ盛りの男子なら、もっと別の言葉があるもんじゃないの?」


「知るか」


「枯れてるなぁ」


 変わらない声音に、典治はガックリと肩を落とす。


 それに対して、一総は特に反論しない。


 それは典治の言動を認めたからではない。単純に反論する労力を惜しんだにすぎなかった。無駄なことに体力を注ぐくらいなら、もっと有意義な使い方があると。


 彼だって年頃なので異性に全く興味がないわけではないが、今日の集まりに夢を見るほど本能に忠実でもなかっただけだ。


 そもそも、女子と買い物するくらいで盛り上がりすぎなのだ。典治はちょっとこじれている気がする。


 そんなことを考えているとは露知らず、典治は拳を握り締める。


「女の子との買い物中にハプニングがあって、それを颯爽と助ける俺! そこにラブロマンスが生まれる計画だ!」


 力強く宣言する彼に、一総もさすがに呆れ返る。


「ハプニングってなんだよ」


「えーっと……ナンパとか?」


「具体性がない計画は、願望と変わらないぞ」


 もしくは欲望か。


 今日の顔触れを考えるとナンパは幾度となく起こるだろうが、彼女たちもフォースの勇者だ、自分たちで解決してしまうと思う。典治が助けに入り、そこに恋愛が生じる可能性は限りなくゼロに等しいだろう。


 その辺りを話すと、典治は「ぐぬぬ」と声を漏らして渋面を作り、苦し紛れの言葉を発する。


「ほ、ほら、最近は物騒だし、なんかあるかもしれないだろ?」


「ああ、勇者殺しか……」


 勇者殺しの話は随分と広がってしまった。救世主セイヴァーと一部の関係者が知っていただけのそれは、この一週間でアヴァロンの誰もが知る話題へと変貌を遂げていた。


 きっかけは一週間前に発覚した、トリプルの男子生徒複数名の被害が出た殺人事件。目立った争いの形跡はなく、被害者全員が心臓を抉り取られていたという。それはつまり、トリプルの実力者複数を抵抗する暇も与えず殺したということで、発覚当初は島全体が震撼したものだ。


 また、今まで死体を隠蔽していたにも関わらず、今回は残していった。隠す暇がなかったというのなら良いが、そうする必要がなくなったと考えると、の者への警戒は格段に上がる。


 そういった影響もあり、現在もアヴァロンは警戒態勢が継続している。街中に警備の者が巡回しているし、辺りを観察すれば単独行動している者は非常に少ない上、個人差はあれど周囲警戒をしている者がほとんどだ。人気ひとけのない場所を歩く輩など、まずいないだろう。


 その辺は勇者として最低限の心構えといったところか。殺人鬼程度で外出を控えないところもリスクを恐れない勇者らしさと言えるが。


 閑話休題。


 確かに勇者殺しが関わってくれば、女子たちを救うなんて場面も発生しなくもないが……。


「勇者殺しが出張ってくる状況になったとして、お前が出る幕があるのか? 返り討ちにあったらシャレにならないぞ」


「うっ……」


 言葉に詰まる典治。


 勇者殺しの正確な実力は知る由もないが、女子たちが敵わない相手に、同レベルの実力である典治が太刀打ちできるのかという話だ。


 要するに、彼の夢は最初から幻想なのだ。


 一総に現実を突きつけられて、典治はいじけたように言う。


「言いたい放題言いやがって。少しくらい夢を見たっていいだろうが」


「夢ねぇ」


 一総としては、勇者殺しと接触する機会なんて欠片も持ちたくない。そういう面倒ごとは、『勇者ブレイヴ勇気ゆうきの担当だ。一総の夢は、そのような闘争の中にはないのだから。

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