001-3-03 強盗と『勇者』

 そんな風に『勇者』まかせにしたのが悪かったのか。今回の街案内に勇気が参加することになってしまった。司が彼を連れてきたのだ。


 彼女曰く、勇者殺しの捜査で疲れているだろうから、せめて気分転換でもさせてあげたかったらしい。


 勇者殺しが大々的に行動したことで一番負担が増えたのは、間違いなく勇気だ。彼は勇者殺しの案件を担当すると救世主会議セイヴァー・テーブルで発言していたし、性格を考えれば、他人が死んでいくことを黙って放置することもない。根を詰めて捜査に当たるのは当然の帰結だった。


 とはいえ、いくら休めと言っても勇気は犯人を捕まえるまで止まらないだろう。だから、街を巡って犯人を捜しつつ気分転換も狙える今回の街案内に誘ったようだ。



 そういうわけで、合計八人で街を巡ることとなった。


 街案内は滞りなく進んだ。途中、それなりのハプニングはあったが、ネガティブな出来事ではなかったので、特筆するほどでもないだろう。


 そして現在。お昼を少しすぎた辺りで、一同は食事を取るためにファミレスへ来ていた。


 ピーク時を避けて入店したので、店内の人口密度はそこまで高くない。おかげで、八名という大所帯にも関わらず、難なく席を確保できた。


 昼食はにぎやかだった。もっぱら、おしゃべりな三人娘と典治が止まることのない口を回し、本日の主賓である蒼生がコクコクと頭を動かして反応するといった流れ。無論、前述の四人ほどではないにしろ、司や勇気も会話を挟んでいる。一言も言葉を発しないのは一総くらいだ。


 そんな会話の中、一総と勇気が思わず眉を動かしてしまう話題が上がった。


「そういえば、蒼生ちゃんって実習訓練は全部見学してたよねー」


 女子三人組の一人が、ふと言葉を漏らした。


 それに反応するように、他の二人も口を開く。


「記憶喪失のせいで、習得してる異能が分からないんだっけ?」


「使えるはずのものが使えないって不便だよね」


 世界を滅ぼす異能など、一般に公開できるはずもない。そんなことをすれば世間の混乱は必至。彼女の力を悪用しようと近づく者まで現れるだろう。


 ゆえに、蒼生の異能に関して、対外的には女子たちの言うような説明がされている。記憶喪失のため、異能の使い方も忘れてしまったと。


「……異能を使ってた記憶もないから、別に不便さを感じたことも、ない」


 蒼生が小さく答える。


 彼女のセリフを聞き、納得したように頷く三人娘。


 そこへ典治が口を開く。


「でも、最近は色々あるし、やっぱり異能が使えないのは不便というか不安だよな。身を守れないわけだし」


 勇者殺しの一件もあるし、それがなかったとしても日常の中にも諍いは存在する。決闘然り、ナンパ然り。蒼生は美人だから、よく声をかけられるのだ。今日だって何度も足を止める羽目になった。


 だが、蒼生の表情は揺るがない。


「大丈夫。かずさが、守ってくれる」


 確信に近い堂々とした発言。その声色から、微塵も一総を疑っていないことが分かる。


「そ、そうなんだ……」


「何であそこまで言い切れるんだろ」


「あの二人の関係って、不思議よねぇ」


「蒼生ちゃんの伊藤くんへの信頼は尋常じゃないよね」


「……どうやって、そこまでの絆を築いたんだ」


 典治と三人娘、勇気は困惑した感じで言葉を漏らす。


 正直、一総もその辺が理解できていない。


 蒼生は最初から一総を信用していた。それもかなりのレベルで。彼女は一総のことを『いい人』と評していたが、その評価基準も曖昧で、結局具体的な理由は判明していなかった。だから、蒼生の信頼に対し、一総はどう答えれば良いのかハッキリできないのである。まさに釈然としない気分だ。


 すると、今までニコニコと笑顔を見せていた司が言った。


「信頼は素晴らしいけど、下着姿を見せるのはやりすぎだったと思うけどね」


 ピシリと一瞬固まる空気。


 だが、それはすぐに動き出した。


 ドッとした勢いで、女子三人が蒼生に詰め寄ったのだ。


「そうだよ、さすがにアレはやりすぎ!」


「異性に肌着を見せるのは、ちょっとねぇ」


「あの時はびっくりしたよ」


 今日の街案内は蒼生の買い物という側面もあり、ランジェリーショップにもいくことになったのだが、そこで事件が起きたのだ。


 無理やり店内に引き込まれていた一総の目の前に、下着オンリーの蒼生が現れたのである。これにはしもの一総も瞠目した。


 周囲に一総以外の男はいなかったし、すぐさま女性陣が連行したのは幸いだろうか。


 どうしてあんな暴挙に出たかと言えば、男性は女性の肌着や裸を見ると喜ぶという情報をどこからから入手し、日頃のお礼として実践したらしい。


 いくら常識に抜けがある彼女とはいえ、それで片づけられるものではないと思う。間違いなく、蒼生は天然の素養があった。


 その話題を境に、女子たちだけで姦しく話題が盛り上がっていく。


 それを静かに眺めていた一総だったが、典治が小声で話しかけてきた。


「で、蒼生ちゃんの下着姿はどうだった?」


 小柄なくせにデカかった。ものすごい着痩せだった。


 ……なんて言葉が脳裏をよぎったが、もちろん口にはしない。


 一総は黙秘権を行使し、その場を乗り切った。





 そろそろ店を出よう。そういう話になり始めた頃。何かに気づいた一総が、眉を寄せて店舗の入口へと視線を向けた。同様の動作を勇気も行っている。


 目を向けて数秒もしないうちに、キィィィィィィィィといった甲高い音が響き渡った。車が店前で急ブレーキした音だ。


 そして、間髪入れず、


「てめぇら、大人しくしろ!」


 ファミレス店内に押し寄せてきたのは全身を黒で覆った男たち十人。全員、目出し帽で顔を覆い、銃で武装していた。どこからどう見ても強盗だ。


 彼らは店員たちに銃を突き付けると、瞬く間に展開し、客たちにも銃を構える。その中には一総たちも入っていた。


「「「「「「…………………………」」」」」」


 静まり返る店内。


 しかし、それが恐怖によるものかと言えば、首を傾けざるを得なかった。


「ご、強盗って存在したんだ」


「絶滅危惧種なのは間違いない。希少ね」


「強盗の人質になるとか、イマドキ珍しい体験よね」


 小さく呟く女子三人。その表情は好奇心こそあれ、恐れなど一切なかった。それは他の客や店員も同じか。珍獣にでも出会ったような目で、強盗たちを見ている。


 実はここアヴァロンにて、強盗は皆無と言って良いほど発生しない。何故かと言えば、勇者がいるからだ。知略を巡らせた盗みならまだしも、力でゴリ押す強盗のような盗みは通用しないのだ。何せ、周囲の人間たちが皆強者なのだから、人質になるはずがない。


 ちなみに、銃火器は脅威にはならない。それぞれの分野を突き詰めた勇者にとって、ただ銃を振り回す者など恐れるに足りないのだ。無論、極めた銃使いなどは別だが。


 そんなわけで、目の前に現れた強盗たちは珍しさこそあれ、脅威ではなかった。


 幸か不幸か、その様子を強盗たちが気づくことはなかった。恐怖による沈黙と勘違いしているのだろう。目出し帽の上からでも分かる下品な笑みを浮かべていた。


 これは推測だが、彼らは最近この島に来た犯罪者集団なのだろう。アヴァロンでの強盗の意味を知らないことはその証拠だ。押し入る手際や銃の扱いは、それなりの慣れが見られるから、外では有名な者たちなのかもしれない。とはいえ、勇者たちからしてみれば“それなり”でしかないが。


「おら、早く金を持ってきやがれ! 金庫の方だぞ!」


 犯罪者の一人が店員に銃を向け、威嚇する。


 店員は曖昧な返事をして犯罪者二人と共に店の奥へと入っていった。あの雰囲気から察するに、万が一にも客にケガがないよう各個撃破するつもりか。なかなか優秀な人材のようだ。


 一総は周囲に視線を巡らせ、状況を確認する。


 残った犯罪者は八人。店員や客は全員勇者。こちらに被害が出る可能性は億が一もない。というよりも、この程度の連中であれば、今日の街案内のメンバー(蒼生を除く)単独でも全滅させられる。


(まぁ、オレの出る幕ではないか)


 一総はチラリと勇気を見てから、体の力を抜いた。


 勇気は全身を研ぎ澄ませ、いつでも強盗たちに跳びかかれるように体勢を整えていた。すぐに動かなかったのは、伏兵などの情報を集めていたからだろう。実際、店の裏口に二人ほど見張りが立っている。


 勇気が動くのであれば、無理して一総が行動する必要もない。彼だけで戦力としては十二分だ。


 だから、犯罪者の一人が蒼生の美貌に見惚れていて、今にも手を出しそうでも、一総が動くことはない。


「ほう。お前、ちょっとこっちに来い」


 予想していた通り、一総たちを見張っていた犯罪者が蒼生へと手を伸ばす。


 それに対処しようと反応するのは一総以外の街巡りメンバー。


 そして、誰よりも早く動いたのが――――


「ぐへっ」


 手を伸ばした犯罪者が情けない声を上げて崩れ落ちる。


 その声に気づいて他の強盗たちもこちら・・・を向くが、彼らは状況を確認するには至らない。その前に意識を刈り取られるのだから。


 ドサリと一斉に倒れ伏す強盗。


 文字通り一瞬。瞬く暇も与えずに、この場は制圧された。


 数秒の後、店の奥からも、くぐもった悲鳴が上がる。それから、勇気と店員が店奥から出てきた。


「さすが勇気くん!」


救世主セイヴァーの名は伊達じゃないね!」


「カッコイイ!」


 三人娘が姦しく勇気を褒め称える。


 そう。強盗たちを瞬く間に昏倒させたのは勇気だ。高速で移動し、一撃で強盗たちを沈めたのだ。


 女子たちが言っていたように救世主トップは伊達ではない。こんなの朝飯前だろう。


 客たちが勇気に賞賛の拍手を送る中、彼は店員といくつか言葉を交わすと、こちらへ歩み寄ってきた。……瞳に怒りを湛えて。


「あ、あれ。なんでアイツ怒ってるんだ?」


「さ、さあ?」


 典治と司は困惑の声を漏らす。


 蒼生はいつも通りボーっと虚空を眺めていた。強盗に襲われそうになったというのに、肝が据わっている。


 一総も勇気を見る。そして、確信する。彼の怒りは自分に向かっていることに。


 理由は分かっていた。だからこそ、気怠そうに息を吐いた。


 勇気は一総たちの元に辿り着き、開口一番に声を上げる。


「なんで守ってやらなかった!」


 ビシリと人差し指を一総へ突き付ける勇気。


「伊藤一総、君は村瀬さんを守る役目を担っていたはずだろう? それなのに、さっき強盗に手を出されそうになった彼女を守らなかったのは、どういうことなんだ? まるで動く気がなかったように見えたんだが」


 彼の言うことは事実だ。一総は蒼生に危機が迫っても一切の行動を起こさなかった。


 その理由は一言に集約される。


師子王ししおうに任せた方が早い」


 勇気が動く気満々なのに、わざわざ行動を移す必要性を一総は感じていなかった。一パーセントでも蒼生がケガをする可能性があるのなら対処していたが、勇気ならばそれもあり得ない。


 また、勇気と同時に一総が動けば、お互いがお互いの妨げになると考えていた。二人は共闘したことがないし、勇気は強盗を抑え込むのに全力を注ごうとしていた。もし、二人で対処に当たっていたら、呼吸を合わせることにリソースが割かれ、解決が少し遅れたかもしれない。


 以上、二点の理由から、一総は行動することを放棄していた。


 とはいえ、これを誰かに説明するつもりはない。いくら論理的に説いたとしても、一総の行動は非道だと言われれば反論のしようはないし、心証が悪いのは確かだ。加えて、一総にとって他人からの評価は気にするものではないので、余計に説明する必要性がなかった。


 しばらく問答(勇気が一方的に一総を糾弾するだけだが)が続いたところで、勇気は息を吐く。彼が一総へ向ける表情は苦々しいものだった。


「やっぱり、君に村瀬さんは任せられない」


 そう勇気は言うと、一総の傍にいた蒼生へと体の向きを変えた。勇気の表情は一瞬にして柔らかい笑みに変貌する。


 彼は小さく息を吸うと、優しい声音で言った。


「村瀬蒼生さん。伊藤一総は君を守りそうにない。これからは俺が君を守ろう」


 その発言に、店内は衝撃が走った。

 

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